劇場版 天元突破グレンラガン 紅蓮篇 <85点>

キャッチコピー - 『俺たちを誰だと思っていやがる!!』
予告編が中々に”漢の魂完全燃焼”。特に注目してもらいたいのは、テロップで表示される「これが俺たちの十倍返し!」である。果たされることのなかったカミナとヨーコの約束に代わり、制作陣は、我々にこの劇場版を届けてくれた。ただ1つだけ、製作者さん、お願いがあります。予告編で流すBGMは、劇場版用の新曲ではなく、すんなり盛り上がることの出来る既存のテレビシリーズ用音楽にして欲しかった。何故そうしなかったのか…俺にはさっぱりわからねぇ!
三文あらすじ:これは、まだ自分の運命に気付かぬ男がその運命に気付き、戦い続ける物語。地下のジーハ村に暮らす少年”穴掘り”シモン(声:柿原徹也)は、ある日、謎の小型ガンメン”ラガン”を発見、時を同じくして地上から出現した巨大ガンメン討伐を機に、同村に悪名轟くグレン団、漢の魂背中に背負う不撓不屈の鬼リーダー”アニキ”ことカミナ(声:小西克幸)、そしてガンメンと共に落ちてきた美女ヨーコ(声:井上麻里奈)と共に地上へと到達する。地上を支配する獣人からカミナが奪取したガンメン”グレン”とラガンが合体し誕生した”グレンラガン”を駆り獣人と戦う日々の中、カミナが命を落とし失意に暮れるシモンだったが、獣人の王である螺旋王ロージェノム(声:池田成志)の第1王女ニア(声:福井裕佳梨)の導きによって、今復活のグレンラガン、再び立ち上がった男シモンは、螺旋王四天王との決戦に挑む・・・
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最近は特に時間が無く、レビューをすっかりサボってしまっているので、今回は、遂に登場、度胸、超絶宿命、怒濤、最大最強のロボットアニメ『天元突破グレンラガン』の感想を…俺が書くって言ってんだ!!
漢の魂を込めた熱いレビュー、みなさん、たーんと召し上がれ。
筆者は、当ブログ内で度々、おもしろい展開に必要なのは”熱いハートとクールな頭脳”である、と言ってきた。それはすなわち”情熱”と”冷静”あるいは、”気合い”と”理論”ということであり、映画に限らず、仕事、恋愛、スポーツ、試験といった万事に妥当する普遍的な真実であるように思う。
これと似たようなことを言っていたキャラの1人に『ガンダムSEED』におけるキラ・ヤマトが挙げられる。彼は、終盤で作中おそらく最強のガンダムZGMF-X10A”フリーダム”を手に入れる際、「力だけでも…想いだけでも…」という台詞を反芻していた。しかし、どうだろう。100歩譲って”クールな頭脳”が彼及び同作にあるとしても、彼のどうしようもなく辛気くさい性格は、シモン風に言うなら「熱いハートは、どこにあるの~?!」と言った感じではなかっただろうか。ガンダムの中では確かに格好いいと言わざるを得ないフリーダムにしたって、雄大、壮麗、そして極めてダサ格好いいガンメンのフォルムを知ってしまった後では、核で動きゃあ偉いのか!?あるいは、羽が2枚たあ生意気なッ!!といった感じである。
そこで、本シリーズ『天元突破グレンラガン』だ。テレビシリーズ第2話「俺が乗るって言ってんだ!!」においてカミナが言った”喧嘩に勝つには、熱いハートとクールな頭脳だ!”という名台詞。これを完璧に体現しているのが本作。ガンダムシリーズ、エヴァンゲリオンシリーズなど数多あるロボットアニメの中で、誰に無茶で無謀と笑われようと筆者が押しも押されぬNo.1に挙げるのが本作である。もはや筆者の魂のバイブル、漢の魂の在処と言っていいだろう。
そんな本シリーズは、2007年秋にテレビ放映を終え、1年後満を持して”紅蓮篇””螺巌篇”の2部作として映画化された。構成としては、テレビシリーズ第1話~アニキがこの世を去る第8話までのいわゆる”立志編”及びニア登場の第9話~テッペリンが陥落する第15話までのいわゆる”風雲編”のうち、テッペリン攻略戦以前をまとめ直したもの。まぁ、テレビ版のダイジェストと言ってしまえばそれまでだが、細かな変更点も随所に見受けられ、ファンには当然にうれしい超弩級の映画版に仕上がっている。
さて、ここまでで筆者が如何に本シリーズに対して並々ならぬ情熱を注いでいるかがお分かりいただけたことだろう。したがって、本作で感銘を受けたシーンを一々あげつらっていてはキリが無く、語り尽くせば、また日が昇る。そこで、特に印象的なシーンのみに絞って言及していくことにする。
まず、アヴァンタイトル。ここは、テレビシリーズと映画版での最初の相違点である。
冒頭は、アンチスパイラルの語りからスタート。螺旋王ロージェノムがかつてシモン同様螺旋の戦士としてアンチスパイラルに戦いを挑んだことが描写される。自身が暮らす文明都市を破壊され、立ち上がる男ロージェノム。子供時代の彼が公園で遊んでいるシーンに注目してもらいたい。
まず、子供時代のロージェノムは、極めてニアに酷似した外見をしているということに気付くだろう。
そして、もう1点気付いてもらいたいのは、彼の傍らに小さなアルマジロがいるということ。そう、螺旋王四天王が1人”不動のグアーム(声:川久保潔)”は、実はシモンにとってのブータ(声:伊藤静)同様、ロージェノムの飼いアルマジロだったのだ。Wikipediaによると、グアームは他の獣人とは違って、普通のアルマジロが悠久の時を生きたため知性を持つに至ったものらしい。なんという衝撃の事実。テレビシリーズにおいて可憐な美少女を人質に取り、ニアの精神を陵辱したあのにっくきグアームは、実はパッパグ同様、”気合い”で話せるようになっていたのである。彼がロージェノムを指して「アレとも長い付き合いじゃしの。」と言っていたのには、こんな裏があったという訳だ。
次に言及したいのは、やはりアニキ絶命の衝撃シークエンス、ダイガンザン強奪戦である。
このシークエンス以前、シモンらがジーハ村から地上に出てから先は、ほぼダイジェストで綴られており、ロシウ(声:斎賀みつき)に至ってはアダイ村で登場こそすれ台詞が無い。ギミー(声:本田貴子)とダリー(声:伊藤静)でさえ自己紹介しているというのに…。
完全に一見さんお断り、テレビシリーズ?それはお前が観るんだよ!!といった作りになっている。よって、テレビシリーズを未見の人にとっては、アニキっていったい誰ですか?とまではならずとも、ロシウっていったい何ですか?とは充分なり得るので注意が必要だ。
さて、このシークエンスで漢の魂を完全燃焼させるのは、何と言っても”シモンとカミナの関係性”だろう。血のつながりは無くとも、互いを兄貴分弟分と認め合う名パートナー。てめえを信じるから、あいつを信じる…あいつを信じられるから、てめえを信じられる。そんな相棒の中の相棒、ザ・パートナーこそがシモンとカミナである。
そんな相棒同士の絆に小さなヒビを入れる”カミナとヨーコのキス事件”。淡い想いを寄せるヨーコのキスを目の当たりにしたシモンは、上手くラガンの操縦に集中できない。これは極めて陳腐で、いささかしょーもない展開と言わざるを得ない。しかし、そんな陳腐さも相まって観客のイライラは最高潮、その後に待つシモン復活というカタルシスへの最良の起爆剤となる。
チラつくヨーコのキスシーンに精彩を欠くシモンに、カミナが突撃する。「シモン!ここを開けろおぉぉ!!」漢の拳による痛烈な一撃。圧倒されるシモンにカミナはこう言い放つ。
「俺が信じる、お前を信じろ。」
これは、序盤でカミナが言った「お前を信じるな。お前を信じる、俺を信じろ。」から続く、3段活用の2段目。
目を覚ますシモン。溢れる螺旋力。やっぱりロボットは気合いだ!
ダイガンザン奪取成功に大グレン団のメンバーが歓喜した刹那、螺旋王四天王が1人怒濤のチミルフ(声:梁田清之)が駆るカスタムガンメン”ビャコウ”がカミナ諸共グレンを貫く。絶叫のカミナ。絶望のシモン。
しかし、男たちは再び立ち上がる。1人はこれが最後と知りながら、1人はこれが始まりとは知らずに。
再度飛ぶカミナの鉄拳、そして…
「シモン…お前自分を誰だと思っていやがる。お前のドリルは、天と地と、明日を貫くドリルじゃねぇか。」
作品全体をも貫くこのテーマ。終始一貫した姿勢が、本作の最大の魅力の1つである。
「諦めの悪ぃケダモノオヤジめ…。来い、シモン。一気に蹴散らすぞ。…合体だよ。最後の締めは、グレンラガンで決めてやる!」
合体すれば当然最強、ロボットってのは、そういうモンだろ?という製作者の心意気が非常にいぶし銀だ。漢の合体、それは気合いだ!宙を舞う美しさだ!!
そして、シモンとカミナ、2人一緒の最初の名乗り、最後の合体。
「無茶で無謀と笑われようと、意地が支えの喧嘩道。」
「壁があったら殴って壊す、道が無ければ、この手で創る!」
「心のマグマが炎と燃える!超絶合体!グレン!ラガン!!」
「俺を!」
「俺たちを!!」
「誰だと思っていやがる!!!!!!」
涙でパソコンのディスプレイが見えねぇ…。始めのうちは、カミナが無理無理発言し、ギャグ色の強かったこの”俺を誰だと思っていやがる”という決め台詞。このシーンの後も作中度々繰り返されるこの名言は、発言される度に感動を増していく。まさに”俺の進めに中身をくれた”という台詞そのまま。勢いと情熱だけで吐いていた口上が緻密で完成度の高いストーリーによって、最高の名言へと変化を遂げる。これこそが”熱いハートとクールな頭脳”だ。
確かに、シモンたちが上昇していくストーリーは、そのほぼ全てが結局”気合い”で解決される。だから、”何の説得力もない”だとか”共感できない”といった意見も甘んじて受け付けよう。しかし!そんなご託や揶揄に風穴を開ける圧倒的パワー。要は、理論交渉や科学交渉の正確さではなく、作品としての完成度こそが映像作品における”クールな頭脳”。そんなことも分からない屁理屈野郎ども!てめぇら全員湯あたりしやがれ!!
グレンラガンの気合いは、四天王チミルフを圧倒、最後のキメ技”ギガ・ドリル・ブレイク”を繰り出す直前、カミナは、シモンに語りかける。
「いいか、シモン。忘れんな。お前を信じろ。俺が信じるお前でもない。お前が信じる俺でもない。
…お前が信じる、お前を信じろ。」
これが3段活用の3段目!お前を信じる俺を信じろ→俺が信じるお前を信じろ→お前が信じるお前を信じろ。極めて感情的なシーンでありながら、この理屈っぽさがたまらなく良い!
しかも、注目してもらいたいのは、グレンとラガンが合体する際、カミナは既に死んでいる、ということ。グレンラガン合体時には、グレンとそれにドッキングするラガンをデフォルメして表示するオペレーション画面のようなものが映し出され、搭乗者は、オレンジ色に明滅して表される。しかし、このシークエンスにおけるオペレーション画面には、グレン搭乗者が真っ黒に表示されているのである。この直前、カミナがチミルフに刺されたシーンでは、リーロン(声:小野坂昌也)が見守る同様のオペレーション画面上でもグレン搭乗者がオレンジから黒に変わる描写があるため、合体時カミナは既に死んでいたという事実は、まず間違いないと思われる。
つまり、カミナは、既にその命の灯火が消えているにも関わらず、弟分であり魂の相棒であるシモンのピンチに気合いで立ち上がり、自分亡き後のシモンの歩む道を示唆したということになるのだ。なんという男気!まさに不撓不屈の鬼リーダーというに相応しい、最高に格好いいアニキっぷりである!あばよ、ダチ公…。
さぁ、次!
アニキの死に絶望するシモン、新たなる希望”ニア”との出会い、そして本作のクライマックスにして最大の”漢の魂完全燃焼”ポイントと言っても過言では無い、シモン復活のシークエンスである。
このシークエンスに至るまで、すなわちニア登場以降の展開は、テレビシリーズからリビルドされたほぼ新作と言っていいものになっている。筆者の感想としては、この試みは、一面において成功、一面において失敗といったところ。
まず、成功点としては、ストーリーの簡潔化とそれに伴う明瞭化が挙げられる。大グレン団の面々との初対面の時点でニアは既に自分がロージェノムの娘であることを述べたり、アニキの像を彫り続けるシモン&ニアの会話とシモン、ニア、ヨーコが大グレン甲板において3人でするカミナについての会話が一緒くたにされているといった部分が主な変更点。その他、端折られた描写も多々あるが、最大の変更点は、シモン復活のシークエンスで大グレンを急襲する敵が、グアーム単体からチミルフを除く四天王3人+新たなる力、巨大ダイガン”ダイガンザンドゥ”を螺旋王より賜ったヴィラル(声:檜山修之)の混成チームになっている点だ。これらの変更点は、ストーリーを手っ取り早く進め、かつ要点を絞る上で極めて効果的である。さらに、大グレン団を襲う敵が増えたことで、絶望感がより強くなり、それに比例してシモン復活の際のカタルシスが大きくなる、という効果をも同時に生んでいる。
しかし、決定的に納得できないのは、魂の完全燃焼度が下がっているという点。これはいただけない。その原因は、主に演出上の不具合にある。
まず、ニアが流麗のアディーネ(声:根谷美智子)を止めるシーン。テレビシリーズでは第9話「ヒトっていったい何ですか?」のラストで描かれる部分だ。脱兎のごとく駆け出し、勇敢にもアディーネが駆るカスタムガンメン”セイルーン”の前に立ちはだかるニア。彼女が次のように言い放ち、第9話は幕を閉じる。「私を誰と心得ますか。」これは最高に良かった。未だ大グレン団の志を完全には理解していないニアが、それでも”漢の魂”を持っているということが分かる、名台詞。
この台詞を無くしてしまうとは、何事か!!どけていいのは、シモンの手だけなのであって、良い台詞はそのまま残すべきだ。
次に、神速のシトマンドラ(声:陶山章央)が駆るカスタムガンメン”シュザック”に囚われたニアを救うため、シモンが単身シュザックのボディに取り付くシーンから、シモンの魂の叫びに呼応してラガンが復活、ニアを救出して遙か上空まで飛び出すシーンまで。
ここまでBGM無し。何故だ。この一連のシークエンスは、テレビシリーズから大幅な改変が加えられているものの、流れだけで言えばそれが功を奏している極めて秀逸なシークエンス。
まず素晴らしいのは、上空に滞空するシュザックに生身で取り付いた人間に驚くシトマンドラに対しニアが言い放つ「見ましたか?人間は確かにちっぽけです。そのちっぽけな人間には、大きな大きな心がある!」という台詞。そう、この台詞で思い出すのは、やはりテレビシリーズ最終回予告での語り、
巡る銀河のその果ての、
青く輝く小さな星の、
小さな男の大きな話、
語り尽くせば、日がまた昇る。
であろう。この語りと同趣旨の台詞を少女時代のニアに言わせるとは、中々ニクイ演出である。さらに、ニアの台詞直前にシモンが叫ぶ「ニアは、渡さない!!」も極めてグッド。まるで「綾波を…返せ!!」のような、熱い漢の魂の叫びだ。
その後、後一歩というところでシュザックにはじき飛ばされ、地上へと落ちていくシモン。落下中、彼は再び叫ぶ。「ニアが…ニアが、待ってるんだ!!」光を放ち胎動するコアドリル!この演出も良い!復活のラガンは、シモンと上空にてランデブー。シュザックにテレビシリーズ同様逆さまに突き刺さり「ニア!助けに来たよ!おいで!」というシモンのイケメン発言。飛びつくニア、飛び立つラガン。敵の航空部隊よりさらに上空まで飛び出したラガン内でのシモンとニアの例の会話。「シモン、手をどけて。」というフレーズが無くなってはいるものの、これは特に問題ないだろう。
というように、ここまでの演出は、テレビシリーズに比べて決して悪いものではなく、それどころか、漢の魂をかなり燃焼させるものに仕上がっていると思う。
が、しかし。「天元突破グレンラガン」の良さは、熱い展開にさらに油を注ぐような熱いBGMにもあったのだし、この一連のシークエンスにおいては、おおざっぱに考えても2箇所、細かく考えると4箇所以上ものBGM開始ポイントがあるにも関わらず、終始無音楽。これは、決定的にダメ。漢の魂不完全燃焼である。
さて、自らの役割に気付き、ニアを救出したシモン。ここからいよいよシモン復活のシークエンスが始まる。
グレンに搭乗するロシウのピンチを演出するのは、テレビシリーズにおけるグアームのカスタムガンメン”ゲンヴァー”に代わって、ヴィラルのカスタムガンメン”エンキドゥ”。ロシウを救うのは、シモンのあの言葉。「ロシウ!合体だ!!」最後の気合いでエンキドゥを突き放し、グレンとラガンが合体、今復活のグレンラガン!合体シーンでは、テレビシリーズ同様、名挿入歌「Happily Ever After」が流れる。これはやはり良い演出だ。
再び立ち上がった男シモンによる、最初の名乗りは、もちろんコレだ。
「アニキは死んだ!もういない!!
だけど!
俺の背中に、この胸に、一つになって生き続ける!
穴を掘るなら天を衝く!
墓穴掘っても堀り抜けて、突き抜けたなら…俺の勝ち!!!
俺を誰だと思っている…。
俺はシモンだ、カミナのアニキじゃない。
俺は俺だ!穴掘りシモンだ!!!!!!!!!」
やっぱ最高!テレビシリーズとは異なる劇画タッチ、及び台詞の最後に掛かるエコーも大変グッド!ただ、テレビシリーズでは「俺の勝ち!!!」の後「何だぁ?何を言っている?!」というグアームの台詞が挿入され、これが漢の魂を理解しない者には分からないシモンの、いや、大グレン団の”気合い”を表現しており大変良かったのだが、劇場版では除かれていて少し残念ではある。一方、シモンの名乗りに大グレン団のメンバーが圧倒される中、1人うなずくリーロンは、劇場版でも健在。本シリーズの主要キャラの中で唯一最初から最後まで悩まない達観した彼(彼女)は、やはり最高に格好いい。
これに対し、四天王+ヴィラルは、それぞれのダイガン、ダイガンカイ、ダイガンテン、ダイガンド、ダイガンザンドゥを合体させ、究極のダイガン、ドテンカイザンに変形、最強の一撃を大グレン団に放つ。壮大なスケールの大爆発、勝利を確信する四天王ら。しかし!爆煙の中、微動だにしない大グレン!「ひるむな!みんな!」と皆を励ますシモンに対するキタン(声:谷山紀章)の台詞が格好いい。
「あったりめぇだ!これだけの仲間がいて何を怯える必要がある!!」
しかし、この後の展開が、個人的に少々不満。キタンを始めとして、シモンに至るまでの大グレン団のメンバー全員が自信の名前を叫んでいくのだ。これはさすがにちょっとサブい。これに続いて、当然あの名台詞「俺たちを、誰だと思っていやがる!!!」があるのだが、今回はこの台詞の言い方も少し間延びしていてダサい。さらに、グレンラガンが放つ必殺技”ギガ・ドリル・ブレイク”。今回は、これに”大グレン団スペシャル”という接尾語が付いており、みんなが絶叫するのだが、ここも何だかなぁ…といった感じ。
もっとも、ドテンカイザンを破壊していく際のビジュアルは、圧倒的スケールで、劇場に足を運ばなかったことを痛く後悔させる秀逸な仕上がりになっているので必見である。ちなみに、ドテンカイザン破壊後、全世界に中継された映像を羨望の眼差しで見る少年時代のギンブレーの姿があるので要チェック。
このように、劇場版になって良いところあり悪いところありの本作であるが、また違った意味で漢の魂を完全燃焼させてくれるサービスも幾点か見受けられる。
まず、アディーネと肉弾戦を繰り広げる際、ヨーコの上着が切れて外れてしまう。本シリーズを見たことのある人ならお分かりだろう。そう、ヨーコの上着が外れるということは、丸出しになるということである。もっとも、彼女の長髪がニップレスの役割を果たし、漢の魂はいささか不完全燃焼と言わざるを得ない。
もう1点のサービスは、ニア救出時、風でスカートがめくれあがり、彼女のパンツが丸見えになってしまうということ。これはヨーコの場合と違い、押しも押されぬ丸見えであるから、漢の魂は完全燃焼である。一体何色であったかは、是非自分の目で確認してもらいたいが、多くの観客の期待を裏切らないものであったということだけは、付言しておく。
こんなことを書くと、なんだか変態のように思われるかもしれないが、仕方ないではないか。見てぇもんは見てぇんだ!
点数:85/100点
以上、長々と書いてきたが、本シリーズは紛れもなく筆者の魂のバイブル。間違いなくNo.1ロボットアニメである。
例えば、大きな試験をひかえている学生・ニートの諸君、仕事を始めた新入社員たち、仕事も板につき始めたサラリーマン、日々研究に没頭する研究員。生きていれば、必ず大きな壁や天井にぶち当たる日が来るだろう。それでも人は前に進む。”俺を誰だと思っていやがる!”そう自分自身に問いかけながら。
心のドリルを、己の魂を失くさない限り、必ず道は開けるはずだ。
お前のドリルで天を突け!!
(直近観賞日:2012.5.13)
最近は特に時間が無く、レビューをすっかりサボってしまっているので、今回は、遂に登場、度胸、超絶宿命、怒濤、最大最強のロボットアニメ『天元突破グレンラガン』の感想を…俺が書くって言ってんだ!!
漢の魂を込めた熱いレビュー、みなさん、たーんと召し上がれ。
筆者は、当ブログ内で度々、おもしろい展開に必要なのは”熱いハートとクールな頭脳”である、と言ってきた。それはすなわち”情熱”と”冷静”あるいは、”気合い”と”理論”ということであり、映画に限らず、仕事、恋愛、スポーツ、試験といった万事に妥当する普遍的な真実であるように思う。
これと似たようなことを言っていたキャラの1人に『ガンダムSEED』におけるキラ・ヤマトが挙げられる。彼は、終盤で作中おそらく最強のガンダムZGMF-X10A”フリーダム”を手に入れる際、「力だけでも…想いだけでも…」という台詞を反芻していた。しかし、どうだろう。100歩譲って”クールな頭脳”が彼及び同作にあるとしても、彼のどうしようもなく辛気くさい性格は、シモン風に言うなら「熱いハートは、どこにあるの~?!」と言った感じではなかっただろうか。ガンダムの中では確かに格好いいと言わざるを得ないフリーダムにしたって、雄大、壮麗、そして極めてダサ格好いいガンメンのフォルムを知ってしまった後では、核で動きゃあ偉いのか!?あるいは、羽が2枚たあ生意気なッ!!といった感じである。
そこで、本シリーズ『天元突破グレンラガン』だ。テレビシリーズ第2話「俺が乗るって言ってんだ!!」においてカミナが言った”喧嘩に勝つには、熱いハートとクールな頭脳だ!”という名台詞。これを完璧に体現しているのが本作。ガンダムシリーズ、エヴァンゲリオンシリーズなど数多あるロボットアニメの中で、誰に無茶で無謀と笑われようと筆者が押しも押されぬNo.1に挙げるのが本作である。もはや筆者の魂のバイブル、漢の魂の在処と言っていいだろう。
そんな本シリーズは、2007年秋にテレビ放映を終え、1年後満を持して”紅蓮篇””螺巌篇”の2部作として映画化された。構成としては、テレビシリーズ第1話~アニキがこの世を去る第8話までのいわゆる”立志編”及びニア登場の第9話~テッペリンが陥落する第15話までのいわゆる”風雲編”のうち、テッペリン攻略戦以前をまとめ直したもの。まぁ、テレビ版のダイジェストと言ってしまえばそれまでだが、細かな変更点も随所に見受けられ、ファンには当然にうれしい超弩級の映画版に仕上がっている。
さて、ここまでで筆者が如何に本シリーズに対して並々ならぬ情熱を注いでいるかがお分かりいただけたことだろう。したがって、本作で感銘を受けたシーンを一々あげつらっていてはキリが無く、語り尽くせば、また日が昇る。そこで、特に印象的なシーンのみに絞って言及していくことにする。
まず、アヴァンタイトル。ここは、テレビシリーズと映画版での最初の相違点である。
冒頭は、アンチスパイラルの語りからスタート。螺旋王ロージェノムがかつてシモン同様螺旋の戦士としてアンチスパイラルに戦いを挑んだことが描写される。自身が暮らす文明都市を破壊され、立ち上がる男ロージェノム。子供時代の彼が公園で遊んでいるシーンに注目してもらいたい。
まず、子供時代のロージェノムは、極めてニアに酷似した外見をしているということに気付くだろう。
そして、もう1点気付いてもらいたいのは、彼の傍らに小さなアルマジロがいるということ。そう、螺旋王四天王が1人”不動のグアーム(声:川久保潔)”は、実はシモンにとってのブータ(声:伊藤静)同様、ロージェノムの飼いアルマジロだったのだ。Wikipediaによると、グアームは他の獣人とは違って、普通のアルマジロが悠久の時を生きたため知性を持つに至ったものらしい。なんという衝撃の事実。テレビシリーズにおいて可憐な美少女を人質に取り、ニアの精神を陵辱したあのにっくきグアームは、実はパッパグ同様、”気合い”で話せるようになっていたのである。彼がロージェノムを指して「アレとも長い付き合いじゃしの。」と言っていたのには、こんな裏があったという訳だ。
次に言及したいのは、やはりアニキ絶命の衝撃シークエンス、ダイガンザン強奪戦である。
このシークエンス以前、シモンらがジーハ村から地上に出てから先は、ほぼダイジェストで綴られており、ロシウ(声:斎賀みつき)に至ってはアダイ村で登場こそすれ台詞が無い。ギミー(声:本田貴子)とダリー(声:伊藤静)でさえ自己紹介しているというのに…。
完全に一見さんお断り、テレビシリーズ?それはお前が観るんだよ!!といった作りになっている。よって、テレビシリーズを未見の人にとっては、アニキっていったい誰ですか?とまではならずとも、ロシウっていったい何ですか?とは充分なり得るので注意が必要だ。
さて、このシークエンスで漢の魂を完全燃焼させるのは、何と言っても”シモンとカミナの関係性”だろう。血のつながりは無くとも、互いを兄貴分弟分と認め合う名パートナー。てめえを信じるから、あいつを信じる…あいつを信じられるから、てめえを信じられる。そんな相棒の中の相棒、ザ・パートナーこそがシモンとカミナである。
そんな相棒同士の絆に小さなヒビを入れる”カミナとヨーコのキス事件”。淡い想いを寄せるヨーコのキスを目の当たりにしたシモンは、上手くラガンの操縦に集中できない。これは極めて陳腐で、いささかしょーもない展開と言わざるを得ない。しかし、そんな陳腐さも相まって観客のイライラは最高潮、その後に待つシモン復活というカタルシスへの最良の起爆剤となる。
チラつくヨーコのキスシーンに精彩を欠くシモンに、カミナが突撃する。「シモン!ここを開けろおぉぉ!!」漢の拳による痛烈な一撃。圧倒されるシモンにカミナはこう言い放つ。
「俺が信じる、お前を信じろ。」
これは、序盤でカミナが言った「お前を信じるな。お前を信じる、俺を信じろ。」から続く、3段活用の2段目。
目を覚ますシモン。溢れる螺旋力。やっぱりロボットは気合いだ!
ダイガンザン奪取成功に大グレン団のメンバーが歓喜した刹那、螺旋王四天王が1人怒濤のチミルフ(声:梁田清之)が駆るカスタムガンメン”ビャコウ”がカミナ諸共グレンを貫く。絶叫のカミナ。絶望のシモン。
しかし、男たちは再び立ち上がる。1人はこれが最後と知りながら、1人はこれが始まりとは知らずに。
再度飛ぶカミナの鉄拳、そして…
「シモン…お前自分を誰だと思っていやがる。お前のドリルは、天と地と、明日を貫くドリルじゃねぇか。」
作品全体をも貫くこのテーマ。終始一貫した姿勢が、本作の最大の魅力の1つである。
「諦めの悪ぃケダモノオヤジめ…。来い、シモン。一気に蹴散らすぞ。…合体だよ。最後の締めは、グレンラガンで決めてやる!」
合体すれば当然最強、ロボットってのは、そういうモンだろ?という製作者の心意気が非常にいぶし銀だ。漢の合体、それは気合いだ!宙を舞う美しさだ!!
そして、シモンとカミナ、2人一緒の最初の名乗り、最後の合体。
「無茶で無謀と笑われようと、意地が支えの喧嘩道。」
「壁があったら殴って壊す、道が無ければ、この手で創る!」
「心のマグマが炎と燃える!超絶合体!グレン!ラガン!!」
「俺を!」
「俺たちを!!」
「誰だと思っていやがる!!!!!!」
涙でパソコンのディスプレイが見えねぇ…。始めのうちは、カミナが無理無理発言し、ギャグ色の強かったこの”俺を誰だと思っていやがる”という決め台詞。このシーンの後も作中度々繰り返されるこの名言は、発言される度に感動を増していく。まさに”俺の進めに中身をくれた”という台詞そのまま。勢いと情熱だけで吐いていた口上が緻密で完成度の高いストーリーによって、最高の名言へと変化を遂げる。これこそが”熱いハートとクールな頭脳”だ。
確かに、シモンたちが上昇していくストーリーは、そのほぼ全てが結局”気合い”で解決される。だから、”何の説得力もない”だとか”共感できない”といった意見も甘んじて受け付けよう。しかし!そんなご託や揶揄に風穴を開ける圧倒的パワー。要は、理論交渉や科学交渉の正確さではなく、作品としての完成度こそが映像作品における”クールな頭脳”。そんなことも分からない屁理屈野郎ども!てめぇら全員湯あたりしやがれ!!
グレンラガンの気合いは、四天王チミルフを圧倒、最後のキメ技”ギガ・ドリル・ブレイク”を繰り出す直前、カミナは、シモンに語りかける。
「いいか、シモン。忘れんな。お前を信じろ。俺が信じるお前でもない。お前が信じる俺でもない。
…お前が信じる、お前を信じろ。」
これが3段活用の3段目!お前を信じる俺を信じろ→俺が信じるお前を信じろ→お前が信じるお前を信じろ。極めて感情的なシーンでありながら、この理屈っぽさがたまらなく良い!
しかも、注目してもらいたいのは、グレンとラガンが合体する際、カミナは既に死んでいる、ということ。グレンラガン合体時には、グレンとそれにドッキングするラガンをデフォルメして表示するオペレーション画面のようなものが映し出され、搭乗者は、オレンジ色に明滅して表される。しかし、このシークエンスにおけるオペレーション画面には、グレン搭乗者が真っ黒に表示されているのである。この直前、カミナがチミルフに刺されたシーンでは、リーロン(声:小野坂昌也)が見守る同様のオペレーション画面上でもグレン搭乗者がオレンジから黒に変わる描写があるため、合体時カミナは既に死んでいたという事実は、まず間違いないと思われる。
つまり、カミナは、既にその命の灯火が消えているにも関わらず、弟分であり魂の相棒であるシモンのピンチに気合いで立ち上がり、自分亡き後のシモンの歩む道を示唆したということになるのだ。なんという男気!まさに不撓不屈の鬼リーダーというに相応しい、最高に格好いいアニキっぷりである!あばよ、ダチ公…。
さぁ、次!
アニキの死に絶望するシモン、新たなる希望”ニア”との出会い、そして本作のクライマックスにして最大の”漢の魂完全燃焼”ポイントと言っても過言では無い、シモン復活のシークエンスである。
このシークエンスに至るまで、すなわちニア登場以降の展開は、テレビシリーズからリビルドされたほぼ新作と言っていいものになっている。筆者の感想としては、この試みは、一面において成功、一面において失敗といったところ。
まず、成功点としては、ストーリーの簡潔化とそれに伴う明瞭化が挙げられる。大グレン団の面々との初対面の時点でニアは既に自分がロージェノムの娘であることを述べたり、アニキの像を彫り続けるシモン&ニアの会話とシモン、ニア、ヨーコが大グレン甲板において3人でするカミナについての会話が一緒くたにされているといった部分が主な変更点。その他、端折られた描写も多々あるが、最大の変更点は、シモン復活のシークエンスで大グレンを急襲する敵が、グアーム単体からチミルフを除く四天王3人+新たなる力、巨大ダイガン”ダイガンザンドゥ”を螺旋王より賜ったヴィラル(声:檜山修之)の混成チームになっている点だ。これらの変更点は、ストーリーを手っ取り早く進め、かつ要点を絞る上で極めて効果的である。さらに、大グレン団を襲う敵が増えたことで、絶望感がより強くなり、それに比例してシモン復活の際のカタルシスが大きくなる、という効果をも同時に生んでいる。
しかし、決定的に納得できないのは、魂の完全燃焼度が下がっているという点。これはいただけない。その原因は、主に演出上の不具合にある。
まず、ニアが流麗のアディーネ(声:根谷美智子)を止めるシーン。テレビシリーズでは第9話「ヒトっていったい何ですか?」のラストで描かれる部分だ。脱兎のごとく駆け出し、勇敢にもアディーネが駆るカスタムガンメン”セイルーン”の前に立ちはだかるニア。彼女が次のように言い放ち、第9話は幕を閉じる。「私を誰と心得ますか。」これは最高に良かった。未だ大グレン団の志を完全には理解していないニアが、それでも”漢の魂”を持っているということが分かる、名台詞。
この台詞を無くしてしまうとは、何事か!!どけていいのは、シモンの手だけなのであって、良い台詞はそのまま残すべきだ。
次に、神速のシトマンドラ(声:陶山章央)が駆るカスタムガンメン”シュザック”に囚われたニアを救うため、シモンが単身シュザックのボディに取り付くシーンから、シモンの魂の叫びに呼応してラガンが復活、ニアを救出して遙か上空まで飛び出すシーンまで。
ここまでBGM無し。何故だ。この一連のシークエンスは、テレビシリーズから大幅な改変が加えられているものの、流れだけで言えばそれが功を奏している極めて秀逸なシークエンス。
まず素晴らしいのは、上空に滞空するシュザックに生身で取り付いた人間に驚くシトマンドラに対しニアが言い放つ「見ましたか?人間は確かにちっぽけです。そのちっぽけな人間には、大きな大きな心がある!」という台詞。そう、この台詞で思い出すのは、やはりテレビシリーズ最終回予告での語り、
巡る銀河のその果ての、
青く輝く小さな星の、
小さな男の大きな話、
語り尽くせば、日がまた昇る。
であろう。この語りと同趣旨の台詞を少女時代のニアに言わせるとは、中々ニクイ演出である。さらに、ニアの台詞直前にシモンが叫ぶ「ニアは、渡さない!!」も極めてグッド。まるで「綾波を…返せ!!」のような、熱い漢の魂の叫びだ。
その後、後一歩というところでシュザックにはじき飛ばされ、地上へと落ちていくシモン。落下中、彼は再び叫ぶ。「ニアが…ニアが、待ってるんだ!!」光を放ち胎動するコアドリル!この演出も良い!復活のラガンは、シモンと上空にてランデブー。シュザックにテレビシリーズ同様逆さまに突き刺さり「ニア!助けに来たよ!おいで!」というシモンのイケメン発言。飛びつくニア、飛び立つラガン。敵の航空部隊よりさらに上空まで飛び出したラガン内でのシモンとニアの例の会話。「シモン、手をどけて。」というフレーズが無くなってはいるものの、これは特に問題ないだろう。
というように、ここまでの演出は、テレビシリーズに比べて決して悪いものではなく、それどころか、漢の魂をかなり燃焼させるものに仕上がっていると思う。
が、しかし。「天元突破グレンラガン」の良さは、熱い展開にさらに油を注ぐような熱いBGMにもあったのだし、この一連のシークエンスにおいては、おおざっぱに考えても2箇所、細かく考えると4箇所以上ものBGM開始ポイントがあるにも関わらず、終始無音楽。これは、決定的にダメ。漢の魂不完全燃焼である。
さて、自らの役割に気付き、ニアを救出したシモン。ここからいよいよシモン復活のシークエンスが始まる。
グレンに搭乗するロシウのピンチを演出するのは、テレビシリーズにおけるグアームのカスタムガンメン”ゲンヴァー”に代わって、ヴィラルのカスタムガンメン”エンキドゥ”。ロシウを救うのは、シモンのあの言葉。「ロシウ!合体だ!!」最後の気合いでエンキドゥを突き放し、グレンとラガンが合体、今復活のグレンラガン!合体シーンでは、テレビシリーズ同様、名挿入歌「Happily Ever After」が流れる。これはやはり良い演出だ。
再び立ち上がった男シモンによる、最初の名乗りは、もちろんコレだ。
「アニキは死んだ!もういない!!
だけど!
俺の背中に、この胸に、一つになって生き続ける!
穴を掘るなら天を衝く!
墓穴掘っても堀り抜けて、突き抜けたなら…俺の勝ち!!!
俺を誰だと思っている…。
俺はシモンだ、カミナのアニキじゃない。
俺は俺だ!穴掘りシモンだ!!!!!!!!!」
やっぱ最高!テレビシリーズとは異なる劇画タッチ、及び台詞の最後に掛かるエコーも大変グッド!ただ、テレビシリーズでは「俺の勝ち!!!」の後「何だぁ?何を言っている?!」というグアームの台詞が挿入され、これが漢の魂を理解しない者には分からないシモンの、いや、大グレン団の”気合い”を表現しており大変良かったのだが、劇場版では除かれていて少し残念ではある。一方、シモンの名乗りに大グレン団のメンバーが圧倒される中、1人うなずくリーロンは、劇場版でも健在。本シリーズの主要キャラの中で唯一最初から最後まで悩まない達観した彼(彼女)は、やはり最高に格好いい。
これに対し、四天王+ヴィラルは、それぞれのダイガン、ダイガンカイ、ダイガンテン、ダイガンド、ダイガンザンドゥを合体させ、究極のダイガン、ドテンカイザンに変形、最強の一撃を大グレン団に放つ。壮大なスケールの大爆発、勝利を確信する四天王ら。しかし!爆煙の中、微動だにしない大グレン!「ひるむな!みんな!」と皆を励ますシモンに対するキタン(声:谷山紀章)の台詞が格好いい。
「あったりめぇだ!これだけの仲間がいて何を怯える必要がある!!」
しかし、この後の展開が、個人的に少々不満。キタンを始めとして、シモンに至るまでの大グレン団のメンバー全員が自信の名前を叫んでいくのだ。これはさすがにちょっとサブい。これに続いて、当然あの名台詞「俺たちを、誰だと思っていやがる!!!」があるのだが、今回はこの台詞の言い方も少し間延びしていてダサい。さらに、グレンラガンが放つ必殺技”ギガ・ドリル・ブレイク”。今回は、これに”大グレン団スペシャル”という接尾語が付いており、みんなが絶叫するのだが、ここも何だかなぁ…といった感じ。
もっとも、ドテンカイザンを破壊していく際のビジュアルは、圧倒的スケールで、劇場に足を運ばなかったことを痛く後悔させる秀逸な仕上がりになっているので必見である。ちなみに、ドテンカイザン破壊後、全世界に中継された映像を羨望の眼差しで見る少年時代のギンブレーの姿があるので要チェック。
このように、劇場版になって良いところあり悪いところありの本作であるが、また違った意味で漢の魂を完全燃焼させてくれるサービスも幾点か見受けられる。
まず、アディーネと肉弾戦を繰り広げる際、ヨーコの上着が切れて外れてしまう。本シリーズを見たことのある人ならお分かりだろう。そう、ヨーコの上着が外れるということは、丸出しになるということである。もっとも、彼女の長髪がニップレスの役割を果たし、漢の魂はいささか不完全燃焼と言わざるを得ない。
もう1点のサービスは、ニア救出時、風でスカートがめくれあがり、彼女のパンツが丸見えになってしまうということ。これはヨーコの場合と違い、押しも押されぬ丸見えであるから、漢の魂は完全燃焼である。一体何色であったかは、是非自分の目で確認してもらいたいが、多くの観客の期待を裏切らないものであったということだけは、付言しておく。
こんなことを書くと、なんだか変態のように思われるかもしれないが、仕方ないではないか。見てぇもんは見てぇんだ!
点数:85/100点
以上、長々と書いてきたが、本シリーズは紛れもなく筆者の魂のバイブル。間違いなくNo.1ロボットアニメである。
例えば、大きな試験をひかえている学生・ニートの諸君、仕事を始めた新入社員たち、仕事も板につき始めたサラリーマン、日々研究に没頭する研究員。生きていれば、必ず大きな壁や天井にぶち当たる日が来るだろう。それでも人は前に進む。”俺を誰だと思っていやがる!”そう自分自身に問いかけながら。
心のドリルを、己の魂を失くさない限り、必ず道は開けるはずだ。
お前のドリルで天を突け!!
(直近観賞日:2012.5.13)
category: アニメ
フォー・ルームス(Four Rooms) <80点>

キャッチコピー - 『1996 NEW YEAR タランティーノ軍団 世界席巻!』
このバージョンのポスターは、シンプルで非常に良い。予告編は、普通。日本版キャッチコピーは、目を見張る陳腐さである。
三文あらすじ:大晦日、ロサンゼルスのとあるホテル。ベルボーイのテッド(ティム・ロス)は、その日が初出勤日だった。やる気十分の彼だったが、怪しげな儀式を行う魔女集団、テッドを妻の浮気相手と勘違いした危ない男、お転婆な2人の子供、そしてハリウッドから来たスター、といった4つの部屋(Four Rooms)の宿泊客たちによって大騒動に巻き込まれていく・・・
-- 続きを読む --
我らが変態監督クエンティン・タランティーノが、アリソン・アンダース、アレクサンダー・ロックウェル、ロバート・ロドリゲスという3監督に声を掛け、各人が監督する4話のオムニバスで綴られるのが本作『フォー・ルームス』。
監督のうち前2者は聞いたこともない名前だが、後の1人は言わずと知れたタランティーノの盟友、最高にクールな『メキシコ』シリーズや映画史上希に見る変態爆発映画『プラネット・テラー』、そして最近ではダニー・トレホの魅力満載『マチェーテ』を監督したロバート・ロドリゲスだ。
本作の構成は、以下の通り。
まず、第1話は、誰だか分からない監督アリソン・アンダースが監督する「ハネムーン・スイート お客様は魔女(MISSING INGREDIENT)」。続いて、これまたよく分からない監督アレクサンダー・ロックウェルによる「ROOM404 間違えられた男(THE WRONG MAN)」。そして、第3話は、我らがロバート・ロドリゲスが監督する「ROOM309 かわいい無法者(THE MISBEHAVERS)」。トリを飾るのは、本作の主催者クエンティン・タランティーノがお届けする「ペントハウス ハリウッドから来た男(THE MAN FROM HOLLYWOOD)」である。
まずは、第1話。
これは何だか変な話である。正直あまりおもしろくはない。ストーリーは、邦題が示すように魔女のお客様がハネムーン・スイートに集まり、伝説の魔女ダイアナを復活させんと各々必要な材料を持ち寄って儀式を始めるのだが、魔女の1人が材料を持ってきておらず…というもの。原題は、この”欠けた材料”のことを示している。結局この材料というのが”男性の精子”のことで、仕方なく現地調達に切り替える魔女達は、ベルボーイであるテッドに目を付ける、という展開になる。劇中字幕で”ザーメン”が連呼されたりと、第1話にして中々下品なシークエンスだ。
しかも、魔女を演じる女優達の演技が良い訳でもなく、オチが捻ってある訳でもなく、見所と言えば、タランティーノの『レザボア・ドッグス』冒頭で「ライク・ア・バージン」の解釈が話題にされていたマドンナのボディコン姿と魔女のうち2人が惜しげもなく披露するおっぱいぐらいだろうか。やはり何故第1話に持ってきたか分からないパートである。
ところで、今思うとタランティーノは、自身の処女作のオープニングで処女の話をしていた訳で、今更気付いた筆者は遅れているのかもしれないが、これは中々興味深い。
次に、第2話。
これはそこそこおもしろい。パーティに興じる404号室の客から氷を持ってくるよう頼まれたテッドは、間違って409号室に入ってしまい、そこにいたシグフリード(デヴィッド・プローヴァル)という男に銃を突きつけられてしまう。彼は、テッドを妻であるアンジェラ(ジェニファー・ビールス)の浮気相手と勘違いしたのだ。という導入部。
しかし、実際はそう単純な話ではない。本シークエンスには、最後まで観てもその意味が明らかにならない描写がいくつかあるのだ。まず、テッドに銃を突きつけたシグフリードは、何故か既に右耳から出血している。そして、バスルームに広がる血。また、何故トイレの中に人が入っていたのかも大きな謎だ。これらの点については、作中一切説明がなく、もしかしたら何らかの作品へのオマージュなのかもしれないが、ある程度観客の解釈に委ねられている部分と言えるだろう。
そこで、筆者は自信の灰色の脳細胞をフル稼働させ、様々な角度から1本筋の通った解釈を導こうと鋭意努力したのだが、結論から言うとその試みは徒労に終わってしまった。
すなわち、筆者の考えでは、このシークエンスに明快なストーリーは無い。一応ラストのオチから、シグフリード夫妻は、部屋に迷い込んできた者をカモにして毎回”浮気男を問い詰めるプレイ”をしているらしいということが分かるものの、随所に散りばめられた謎めく描写は、全て観客のイマジネーションを喚起する以上の意味を持たず、有っても無くても良い、いわばその全てが一種のマグがフィンとも言える代物なのである。
したがって、このシークエンスの見所は、シグフリードを演じるデヴィッド・プローヴァルの好演、後のシークエンスにも出演のアンジェラを演じるジェニファー・ビールスの妖艶、そして奇縁によって事件に巻き込まれる人間の騒然たる試練のみと言っていい。もっとも、途中で掛かってくる電話がこの次のシークエンスと繋がっているという遊びも楽しいし、本シークエンス冒頭でテッドが見せるタバコの吹かせ方は非常にクール。
とにかく、オムニバスの一小話としては、かなり完成度の高い秀逸なシークエンスと言えるだろう。
続いて、第3話。
先ほど述べた第2話も中々完成度が高かったが、本作中、脚本の完成度という点で最も完璧なのがこの『かわいい無法者』である。
冒頭から子供2人の留守番が始まるまでは、とにかくアントニオ・バンデラスの格好良さ、これに尽きる。特に圧巻なのは、妻と肩を並べてエレベーターまで歩き扉が閉まる寸前に見せるキス。やり過ぎ感がたまらなく格好いい。
ストーリーテリングの巧さについては、もはや語る必要も無いだろう。冒頭から周到に張り巡らされた、臭い、酒、タバコ、アダルトチャンネル、”誰か死んだのか?”などなど、いくつもの伏線がラストでバシッとキレイに回収される。巧い!さすがは我らがロバート・ロドリゲスだ。
ちなみに、本シークエンスで意外なのが、サルマ・ハエックの出演。筆者は、本作を何度も観賞しているのだが、全く気付いていなかった。しかも、出演していると言われても何の役をやっていたか分からなかったのだが、おそらくあの淫売、彼女がサルマ・ハエックだと思われる。今にして思えば、何とも贅沢なカメオ出演だ。
最後に、第4話。
脚本の完成度が最も高いのが第3話なら、本シークエンスは、落とし方が最も巧いシークエンスと言える。監督・脚本は、我らがクエンティン・タランティーノ。いつものことながら、序盤・中盤・後半とダラダラペチャクチャ、とりとめのないお喋りが続く。フェイバリット・アクター、ブルース・ウィリスが出演していることも後押しして、タランティーノファンの筆者は冒頭からぐいぐい引き込まれていったクチなのだが、そうでない人にとっては、全くもって退屈なシークエンスだと感じられるに違いない。
しかし、そこはクエンティン・タランティーノ。彼は単なる足フェチではなく、スカしの天才である。ミアのオーバードーズ、キドーの娘登場などなど、引っ張って盛り上げてから観客の期待とズレた展開を持ってくる彼の手法は、我々タランティーノファンの心を掴んで離さない。そして、筆者がタランティーノ史上のベスト”スカし”だと考えるのが、まさに本シークエンスのオチなのだ。
様々な事件に嫌気が差したテッドは、ボスであるベティに辞意を表明するが、彼女の懇願を受け、最後の仕事とペントハウスに宿泊するハリウッドスター、チェスター・ラッシュ(クエンティン・タランティーノ)の下へ向かう。ここからは、タランティーノの独壇場。相変わらず変態チックで魅力的なマシンガントークだ。お疲れ系いぶし銀俳優ブルース・ウィリスも相変わらず良い演技。再登場ジェニファー・ビールスのバスローブ姿もセクシーである。
ひとしきりくだらないトークが繰り広げられた後、バーカウンターでいよいよ本題へ。名匠ヒッチコックによる『リオから来た男』の再現だ。同作においてピーター・ローレとスティーブ・マックィーンが行った賭け、すなわち、10回連続でジッポの点火に成功すれば高級車をゲットできるが、失敗すれば小指を切り落とされるというギャンブル。指切断の執行人に指名されるも、当然これを断るテッド。100ドルを提示し、1分間だけ話を聞くよう提案するチェスター。この1分は素晴らしい。あくまで突拍子もない絵空事であるという前提で、極めて説得的。筆者などは、このシークエンスの音源だけをミュージック・プレイヤーに落とし込み、外出時に繰り返し聞いていたほどだ。
1分後、見事丸め込まれ、逆にノリノリで手斧を構えるテッド。機は熟し、舞台は整った。ひとときの静寂と緊迫…。
チェスターの掛け声でノーマン(ポール・カルデロン)がジッポを鳴らし…
点火失敗、小指切断、報酬獲得、主役退場、室内騒然、医者帰宅、七転八倒、映画終幕…。
素晴らしい。美しくすらある落とし方である。やっぱりタランティーノは最高だ。
点数:80/100点
作品全体の評価が80点。第3話単体なら88点、第4話単体なら90点だ。もちろん、毎回口を酸っぱくして言っているように、タランティーノ映画の評価は主観に依るところが大きいので手放しでオススメはしないが、暇なときにサクッと観てもらいたい傑作オムニバスが本作である。
(直近観賞日:2012.5.8)
我らが変態監督クエンティン・タランティーノが、アリソン・アンダース、アレクサンダー・ロックウェル、ロバート・ロドリゲスという3監督に声を掛け、各人が監督する4話のオムニバスで綴られるのが本作『フォー・ルームス』。
監督のうち前2者は聞いたこともない名前だが、後の1人は言わずと知れたタランティーノの盟友、最高にクールな『メキシコ』シリーズや映画史上希に見る変態爆発映画『プラネット・テラー』、そして最近ではダニー・トレホの魅力満載『マチェーテ』を監督したロバート・ロドリゲスだ。
本作の構成は、以下の通り。
まず、第1話は、誰だか分からない監督アリソン・アンダースが監督する「ハネムーン・スイート お客様は魔女(MISSING INGREDIENT)」。続いて、これまたよく分からない監督アレクサンダー・ロックウェルによる「ROOM404 間違えられた男(THE WRONG MAN)」。そして、第3話は、我らがロバート・ロドリゲスが監督する「ROOM309 かわいい無法者(THE MISBEHAVERS)」。トリを飾るのは、本作の主催者クエンティン・タランティーノがお届けする「ペントハウス ハリウッドから来た男(THE MAN FROM HOLLYWOOD)」である。
まずは、第1話。
これは何だか変な話である。正直あまりおもしろくはない。ストーリーは、邦題が示すように魔女のお客様がハネムーン・スイートに集まり、伝説の魔女ダイアナを復活させんと各々必要な材料を持ち寄って儀式を始めるのだが、魔女の1人が材料を持ってきておらず…というもの。原題は、この”欠けた材料”のことを示している。結局この材料というのが”男性の精子”のことで、仕方なく現地調達に切り替える魔女達は、ベルボーイであるテッドに目を付ける、という展開になる。劇中字幕で”ザーメン”が連呼されたりと、第1話にして中々下品なシークエンスだ。
しかも、魔女を演じる女優達の演技が良い訳でもなく、オチが捻ってある訳でもなく、見所と言えば、タランティーノの『レザボア・ドッグス』冒頭で「ライク・ア・バージン」の解釈が話題にされていたマドンナのボディコン姿と魔女のうち2人が惜しげもなく披露するおっぱいぐらいだろうか。やはり何故第1話に持ってきたか分からないパートである。
ところで、今思うとタランティーノは、自身の処女作のオープニングで処女の話をしていた訳で、今更気付いた筆者は遅れているのかもしれないが、これは中々興味深い。
次に、第2話。
これはそこそこおもしろい。パーティに興じる404号室の客から氷を持ってくるよう頼まれたテッドは、間違って409号室に入ってしまい、そこにいたシグフリード(デヴィッド・プローヴァル)という男に銃を突きつけられてしまう。彼は、テッドを妻であるアンジェラ(ジェニファー・ビールス)の浮気相手と勘違いしたのだ。という導入部。
しかし、実際はそう単純な話ではない。本シークエンスには、最後まで観てもその意味が明らかにならない描写がいくつかあるのだ。まず、テッドに銃を突きつけたシグフリードは、何故か既に右耳から出血している。そして、バスルームに広がる血。また、何故トイレの中に人が入っていたのかも大きな謎だ。これらの点については、作中一切説明がなく、もしかしたら何らかの作品へのオマージュなのかもしれないが、ある程度観客の解釈に委ねられている部分と言えるだろう。
そこで、筆者は自信の灰色の脳細胞をフル稼働させ、様々な角度から1本筋の通った解釈を導こうと鋭意努力したのだが、結論から言うとその試みは徒労に終わってしまった。
すなわち、筆者の考えでは、このシークエンスに明快なストーリーは無い。一応ラストのオチから、シグフリード夫妻は、部屋に迷い込んできた者をカモにして毎回”浮気男を問い詰めるプレイ”をしているらしいということが分かるものの、随所に散りばめられた謎めく描写は、全て観客のイマジネーションを喚起する以上の意味を持たず、有っても無くても良い、いわばその全てが一種のマグがフィンとも言える代物なのである。
したがって、このシークエンスの見所は、シグフリードを演じるデヴィッド・プローヴァルの好演、後のシークエンスにも出演のアンジェラを演じるジェニファー・ビールスの妖艶、そして奇縁によって事件に巻き込まれる人間の騒然たる試練のみと言っていい。もっとも、途中で掛かってくる電話がこの次のシークエンスと繋がっているという遊びも楽しいし、本シークエンス冒頭でテッドが見せるタバコの吹かせ方は非常にクール。
とにかく、オムニバスの一小話としては、かなり完成度の高い秀逸なシークエンスと言えるだろう。
続いて、第3話。
先ほど述べた第2話も中々完成度が高かったが、本作中、脚本の完成度という点で最も完璧なのがこの『かわいい無法者』である。
冒頭から子供2人の留守番が始まるまでは、とにかくアントニオ・バンデラスの格好良さ、これに尽きる。特に圧巻なのは、妻と肩を並べてエレベーターまで歩き扉が閉まる寸前に見せるキス。やり過ぎ感がたまらなく格好いい。
ストーリーテリングの巧さについては、もはや語る必要も無いだろう。冒頭から周到に張り巡らされた、臭い、酒、タバコ、アダルトチャンネル、”誰か死んだのか?”などなど、いくつもの伏線がラストでバシッとキレイに回収される。巧い!さすがは我らがロバート・ロドリゲスだ。
ちなみに、本シークエンスで意外なのが、サルマ・ハエックの出演。筆者は、本作を何度も観賞しているのだが、全く気付いていなかった。しかも、出演していると言われても何の役をやっていたか分からなかったのだが、おそらくあの淫売、彼女がサルマ・ハエックだと思われる。今にして思えば、何とも贅沢なカメオ出演だ。
最後に、第4話。
脚本の完成度が最も高いのが第3話なら、本シークエンスは、落とし方が最も巧いシークエンスと言える。監督・脚本は、我らがクエンティン・タランティーノ。いつものことながら、序盤・中盤・後半とダラダラペチャクチャ、とりとめのないお喋りが続く。フェイバリット・アクター、ブルース・ウィリスが出演していることも後押しして、タランティーノファンの筆者は冒頭からぐいぐい引き込まれていったクチなのだが、そうでない人にとっては、全くもって退屈なシークエンスだと感じられるに違いない。
しかし、そこはクエンティン・タランティーノ。彼は単なる足フェチではなく、スカしの天才である。ミアのオーバードーズ、キドーの娘登場などなど、引っ張って盛り上げてから観客の期待とズレた展開を持ってくる彼の手法は、我々タランティーノファンの心を掴んで離さない。そして、筆者がタランティーノ史上のベスト”スカし”だと考えるのが、まさに本シークエンスのオチなのだ。
様々な事件に嫌気が差したテッドは、ボスであるベティに辞意を表明するが、彼女の懇願を受け、最後の仕事とペントハウスに宿泊するハリウッドスター、チェスター・ラッシュ(クエンティン・タランティーノ)の下へ向かう。ここからは、タランティーノの独壇場。相変わらず変態チックで魅力的なマシンガントークだ。お疲れ系いぶし銀俳優ブルース・ウィリスも相変わらず良い演技。再登場ジェニファー・ビールスのバスローブ姿もセクシーである。
ひとしきりくだらないトークが繰り広げられた後、バーカウンターでいよいよ本題へ。名匠ヒッチコックによる『リオから来た男』の再現だ。同作においてピーター・ローレとスティーブ・マックィーンが行った賭け、すなわち、10回連続でジッポの点火に成功すれば高級車をゲットできるが、失敗すれば小指を切り落とされるというギャンブル。指切断の執行人に指名されるも、当然これを断るテッド。100ドルを提示し、1分間だけ話を聞くよう提案するチェスター。この1分は素晴らしい。あくまで突拍子もない絵空事であるという前提で、極めて説得的。筆者などは、このシークエンスの音源だけをミュージック・プレイヤーに落とし込み、外出時に繰り返し聞いていたほどだ。
1分後、見事丸め込まれ、逆にノリノリで手斧を構えるテッド。機は熟し、舞台は整った。ひとときの静寂と緊迫…。
チェスターの掛け声でノーマン(ポール・カルデロン)がジッポを鳴らし…
点火失敗、小指切断、報酬獲得、主役退場、室内騒然、医者帰宅、七転八倒、映画終幕…。
素晴らしい。美しくすらある落とし方である。やっぱりタランティーノは最高だ。
点数:80/100点
作品全体の評価が80点。第3話単体なら88点、第4話単体なら90点だ。もちろん、毎回口を酸っぱくして言っているように、タランティーノ映画の評価は主観に依るところが大きいので手放しでオススメはしないが、暇なときにサクッと観てもらいたい傑作オムニバスが本作である。
(直近観賞日:2012.5.8)
category: タランティーノ
プロット・デバイス(Plot Device) <85点>

キャッチコピー - unknown
まだまだあるぞ、傑作ショートフィルム。今回は、映画の世界に入り込める夢のアイテムを巡る冒険『プロット・デバイス』。
三文あらすじ:映画監督を志すある青年。映画制作のガイド本を購入しようとAmazonを見ていると、一緒に買えば5%オフの商品として”プロット・デバイス(Plot Device)”なる謎のアイテムが表示される。思わずまとめ買いをする彼だったが、プロット・デバイスとはなんと映画の世界に入り込める装置だった・・・
<本編(9分14秒)>
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これはおもしろい!特筆すべきは、次の2点。
まず、色んな映画の”あるある”。
プロット・デバイスによって主人公が旅する映画の世界は、恋愛映画、アクション映画、ゾンビ映画、SF映画など様々だが、どのシークエンスも”あぁ、こういうのあるよね。”と観客をニヤッとさせる。
例えば、主人公が2番目に入り込む”刑事アクション映画”の世界。これは完全に『リーサル・ウエポン』だ。刑事2人が車の背後に隠れて犯人と銃撃戦を繰り広げる、というのは、まさに同シリーズ4作目のアヴァンタイトルとシンクロするし、退職を間近に控えた黒人の相棒というのもダニー・グローバー演じるマータフ刑事と被る。また「1・2・3で飛び出せ!」というのは、リッグスとマータフにとって同シリーズを通しての”お決まり”だから、ファンにはうれしい台詞だ。もっとも”黒人の刑事が相棒”ということで言うなら『ダイ・ハード』におけるパウエル巡査もそうだし、”退職間近の黒人刑事”ということで言うなら『セブン』におけるサマセット刑事も思い出されるところ。まぁとにかく、刑事モノの”あるある”が上手く盛り込まれているということだ。
また、本作最大の見せ場である”エイリアン侵略SF映画”の世界。このシークエンスのクライマックスで主人公が言う「Get Off My Lawn.」は、アメリカの頑固ジジイが良く言う”お決まり”であると同時に、『グラン・トリノ』ではクリント・イーストウッド演じるウォルト・コワルスキーがショットガンを構えながら口にしていた台詞でもある。その後、プロット・デバイスを取り返した主人公がひざまずくシーンは、まるで『プラトーン』だが、見様によっては『ザ・ロック』のラストでスタンリー・グッドスピードが見せたあの壮大な発煙筒シーンを彷彿とさせる。いや、でもこのシークエンスがSFということに思いを致すと、SF作品で似たようなシーンがあったような…
というように、本作では、随所に散りばめられた各ジャンル映画へのオマージュが見所の1つだ。
次に、ラストの”オチ”。
最近ショートフィルムを見始めて分かったことは、オチが重要であるということ。結末へと至る過程を詳細に描くことが出来る長編映画とは違い、ショートフィルムでは短い尺の関係上、オチが全てと言っても過言では無いように思う。
その点、本作の落としどころは極めて上手い。
上述したSF映画の世界から脱出した主人公は、1番始めに入り込んだ恋愛映画の世界に戻ってくる。いきなり愛の台詞を吐きながら自分目がけて走ってくる花嫁に最初引いていた主人公も、過酷な映画世界を体験した今、この世界が1番良いということに気付く。しかも花嫁はかなりの美人!言うこと無しだ。花嫁と見つめ合い、恋愛映画のハッピーエンドよろしくいざキスシーン…というところで、主人公がうっかりプロット・デバイスを落としてしまい、スイッチが押されたところで終幕。なんとも上手いオチである。
また、エンドロール後明らかになる次の世界も極めて上手な落としどころ。今度の世界は、一見普通の日常で、彼はほっと胸をなで下ろす。しかし、そのとき、彼の肩にアニメーションの鳥が。そう、この世界は『スペース・ジャム』や『ルーニー・テューンズ:バック・イン・アクション』のような”アニメと実写が融合した映画”だったのである。これは、ちょうどええ。一瞬の安堵から既にプロット・デバイスを破壊してしまった主人公にとって激しすぎず悲しすぎず、それでいて観客はしっかり笑えるくらいには悲劇的な世界。ちょうどいいでしょう。
点数:85/100点
正直、時間に追われているため、最近は長編映画を観ることが出来ていないのだが、本作のような秀逸な作品を観ると、やっぱりショートフィルムも捨てた物ではないと実感する。筆者のショートフィルムあさりはまだしばらく続きそうだ。5~10分であらゆるジャンルを楽しめるショートフィルムこそ、さしずめプロット・デバイスだと言えるだろう。
(観賞日:2012.4.28)
これはおもしろい!特筆すべきは、次の2点。
まず、色んな映画の”あるある”。
プロット・デバイスによって主人公が旅する映画の世界は、恋愛映画、アクション映画、ゾンビ映画、SF映画など様々だが、どのシークエンスも”あぁ、こういうのあるよね。”と観客をニヤッとさせる。
例えば、主人公が2番目に入り込む”刑事アクション映画”の世界。これは完全に『リーサル・ウエポン』だ。刑事2人が車の背後に隠れて犯人と銃撃戦を繰り広げる、というのは、まさに同シリーズ4作目のアヴァンタイトルとシンクロするし、退職を間近に控えた黒人の相棒というのもダニー・グローバー演じるマータフ刑事と被る。また「1・2・3で飛び出せ!」というのは、リッグスとマータフにとって同シリーズを通しての”お決まり”だから、ファンにはうれしい台詞だ。もっとも”黒人の刑事が相棒”ということで言うなら『ダイ・ハード』におけるパウエル巡査もそうだし、”退職間近の黒人刑事”ということで言うなら『セブン』におけるサマセット刑事も思い出されるところ。まぁとにかく、刑事モノの”あるある”が上手く盛り込まれているということだ。
また、本作最大の見せ場である”エイリアン侵略SF映画”の世界。このシークエンスのクライマックスで主人公が言う「Get Off My Lawn.」は、アメリカの頑固ジジイが良く言う”お決まり”であると同時に、『グラン・トリノ』ではクリント・イーストウッド演じるウォルト・コワルスキーがショットガンを構えながら口にしていた台詞でもある。その後、プロット・デバイスを取り返した主人公がひざまずくシーンは、まるで『プラトーン』だが、見様によっては『ザ・ロック』のラストでスタンリー・グッドスピードが見せたあの壮大な発煙筒シーンを彷彿とさせる。いや、でもこのシークエンスがSFということに思いを致すと、SF作品で似たようなシーンがあったような…
というように、本作では、随所に散りばめられた各ジャンル映画へのオマージュが見所の1つだ。
次に、ラストの”オチ”。
最近ショートフィルムを見始めて分かったことは、オチが重要であるということ。結末へと至る過程を詳細に描くことが出来る長編映画とは違い、ショートフィルムでは短い尺の関係上、オチが全てと言っても過言では無いように思う。
その点、本作の落としどころは極めて上手い。
上述したSF映画の世界から脱出した主人公は、1番始めに入り込んだ恋愛映画の世界に戻ってくる。いきなり愛の台詞を吐きながら自分目がけて走ってくる花嫁に最初引いていた主人公も、過酷な映画世界を体験した今、この世界が1番良いということに気付く。しかも花嫁はかなりの美人!言うこと無しだ。花嫁と見つめ合い、恋愛映画のハッピーエンドよろしくいざキスシーン…というところで、主人公がうっかりプロット・デバイスを落としてしまい、スイッチが押されたところで終幕。なんとも上手いオチである。
また、エンドロール後明らかになる次の世界も極めて上手な落としどころ。今度の世界は、一見普通の日常で、彼はほっと胸をなで下ろす。しかし、そのとき、彼の肩にアニメーションの鳥が。そう、この世界は『スペース・ジャム』や『ルーニー・テューンズ:バック・イン・アクション』のような”アニメと実写が融合した映画”だったのである。これは、ちょうどええ。一瞬の安堵から既にプロット・デバイスを破壊してしまった主人公にとって激しすぎず悲しすぎず、それでいて観客はしっかり笑えるくらいには悲劇的な世界。ちょうどいいでしょう。
点数:85/100点
正直、時間に追われているため、最近は長編映画を観ることが出来ていないのだが、本作のような秀逸な作品を観ると、やっぱりショートフィルムも捨てた物ではないと実感する。筆者のショートフィルムあさりはまだしばらく続きそうだ。5~10分であらゆるジャンルを楽しめるショートフィルムこそ、さしずめプロット・デバイスだと言えるだろう。
(観賞日:2012.4.28)
category: ショートフィルム
ラブ・シック(Love Sick) <84点>

キャッチコピー - unknown
前回とは打って変わって、極めてポジティブな恋愛ショートフィルム『ラブ・シック』を紹介。
三文あらすじ:ある男が女性に振られてしまう。ところが、失意に暮れるもつかの間、路面電車の停留所で一目惚れした彼は、電車に追いつこうと町中を奔走。恋の病(Love Sick)にかかった彼の想いは、果たして成就するのか・・・
<本編(4分32秒)>
-- 続きを読む --
前回紹介した『When You Love Someone』は、元カノの面影を中々忘れられない男の物語だった。いわば”女々しくて女々しくて”である。
しかし、今回の主人公はひと味違う。
冒頭、女性に振られ失意に暮れるもつかの間、すぐさま別の美女に一目惚れ。本作の英語はネイティブすぎてよく聞き取れないのだが、路面電車の停留所で見かけた女性を”夢の女性”と評している。なんと惚れっぽい…いや、ポジティブシンキングな男だろうか。しかも、前後の台詞を参照すると、この出会いは、彼にとって”ロミオとジュリエット””メグ・ライアンとトム・ハンクス”に匹敵するような運命の恋であるということになる。ちなみに、メグ・ライアンとトム・ハンクスは『めぐり逢えたら』や『ユー・ガット・メール』など多くのラブコメで共演している、いわば”運命の恋人”の代名詞。特に、この2作では、お互い顔も知らないままコンタクトを取っていた2人が最終的に出会い、恋に落ちる。
そんな歴史に残る名カップルを引き合いに出すのもどーかしているなら、一瞬で彼女とのキス、結婚、出産までを妄想してしまうのもかなりクレイジー。もう完全に”恋の病”だ。
しかし、彼は単なる妄想狂ではない。一瞬で電車が次の停留所に着くまでの距離を計算、ショートカットを考慮した最短距離をはじき出し、一目散に駆け出すのだ。スゴイぞ!前回の主人公とは大違いである。
この後、彼が町中を奔走するシーンは、極めて軽快で楽しく気持ちいい。絶好調で”MASSIVE SHORTCUT”に突入するも、車にはねられてしまい、もうダメか…と思いきや、自転車の少年を発見する展開や、結局次の停留所に間に合わず、もうダメか…と思いきや、カフェに居る彼女を偶然発見するという展開も、ベタベタながら極めてドラマチックかつヒロイックでワクワクする。意を決して彼女に真心の愛を訴えると、実は彼氏がいて殴られる、というのもお約束。非常にテンポよく愉快なショートフィルムだ。
やっぱりジャスティン・ビーバーは正しかった…とまたまた失意に暮れる彼の目の前を、美しいランナー、いわゆる”ビジョガー”が颯爽と走り去る。刹那、性懲りもなく恋に落ち、彼女の後を追って走り出す男。スーパーポジティブ!
そんな訳で、彼は今日もどこかで恋をしているのだろう。頑張れ、失恋男!
点数:84/100点
確かに、バカバカしい話だし、一歩間違えれば彼はストーカーだ。しかし、やっぱり男にとって大事なのは、ポジティブシンキングと行動力。言い換えるなら”熱いハートとクールな頭脳”である。いつの日か、彼のドリルが天を衝く日が来ることを、筆者は願って止まない。
(観賞日:2012.4.27)
前回紹介した『When You Love Someone』は、元カノの面影を中々忘れられない男の物語だった。いわば”女々しくて女々しくて”である。
しかし、今回の主人公はひと味違う。
冒頭、女性に振られ失意に暮れるもつかの間、すぐさま別の美女に一目惚れ。本作の英語はネイティブすぎてよく聞き取れないのだが、路面電車の停留所で見かけた女性を”夢の女性”と評している。なんと惚れっぽい…いや、ポジティブシンキングな男だろうか。しかも、前後の台詞を参照すると、この出会いは、彼にとって”ロミオとジュリエット””メグ・ライアンとトム・ハンクス”に匹敵するような運命の恋であるということになる。ちなみに、メグ・ライアンとトム・ハンクスは『めぐり逢えたら』や『ユー・ガット・メール』など多くのラブコメで共演している、いわば”運命の恋人”の代名詞。特に、この2作では、お互い顔も知らないままコンタクトを取っていた2人が最終的に出会い、恋に落ちる。
そんな歴史に残る名カップルを引き合いに出すのもどーかしているなら、一瞬で彼女とのキス、結婚、出産までを妄想してしまうのもかなりクレイジー。もう完全に”恋の病”だ。
しかし、彼は単なる妄想狂ではない。一瞬で電車が次の停留所に着くまでの距離を計算、ショートカットを考慮した最短距離をはじき出し、一目散に駆け出すのだ。スゴイぞ!前回の主人公とは大違いである。
この後、彼が町中を奔走するシーンは、極めて軽快で楽しく気持ちいい。絶好調で”MASSIVE SHORTCUT”に突入するも、車にはねられてしまい、もうダメか…と思いきや、自転車の少年を発見する展開や、結局次の停留所に間に合わず、もうダメか…と思いきや、カフェに居る彼女を偶然発見するという展開も、ベタベタながら極めてドラマチックかつヒロイックでワクワクする。意を決して彼女に真心の愛を訴えると、実は彼氏がいて殴られる、というのもお約束。非常にテンポよく愉快なショートフィルムだ。
やっぱりジャスティン・ビーバーは正しかった…とまたまた失意に暮れる彼の目の前を、美しいランナー、いわゆる”ビジョガー”が颯爽と走り去る。刹那、性懲りもなく恋に落ち、彼女の後を追って走り出す男。スーパーポジティブ!
そんな訳で、彼は今日もどこかで恋をしているのだろう。頑張れ、失恋男!
点数:84/100点
確かに、バカバカしい話だし、一歩間違えれば彼はストーカーだ。しかし、やっぱり男にとって大事なのは、ポジティブシンキングと行動力。言い換えるなら”熱いハートとクールな頭脳”である。いつの日か、彼のドリルが天を衝く日が来ることを、筆者は願って止まない。
(観賞日:2012.4.27)
category: ショートフィルム
ウェン・ユー・ラブ・サムワン(When You Love Someone) <52点>

キャッチコピー - unknown
非常に対照的な恋愛ショートフィルムを2本紹介する。まず本作は、極めて辛気くさい男のお話。
三文あらすじ:物思いにふける1人の男。彼は歩き出す。野を越え川を渡り、思い出から遠ざかるために・・・
<本編(5分52秒)>
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説明はほとんど無し。なにやらオシャレでナイーブな雰囲気漂うショートフィルムである。
空き地で1輪の野花を見つめる主人公は、次のシーンで小高い丘の上に居る。かなり緊張した面持ちで誰かに電話を掛けるのだが、これはおそらく”元カノ”だろう。ブチられたのか、それとも自ら切ったのか、結局相手と会話することなく電話を切った彼は、イヤホンで聞く音楽を選曲。
まず1曲目に流れるのは、そう、筆者のオールタイム・ベスト恋愛映画『ノッティングヒルの恋人』主題歌『She』だ。もっとも彼はすぐ次の曲に変えてしまうので、流れるのは冒頭のこの1節だけ。
「She…May be the face I can't forget.」
辛気くさいやっちゃなぁ…。
まぁしかし、これで彼はやはり元カノのことを忘れられないということが分かる。
そして、彼は歩き出す。希望に満ちた軽快な音楽に乗せて。
歩く間に思い出す彼女とのデート風景は、実際彼が歩いている風景と非常に対照的だ。彼女と2人で歩いたのは海沿いの道だったが、彼は今1人で山の中を歩く。服装も、前者ではハード・ロック・カフェのTシャツにサングラスだったのに対し、今はかなりアウトドアなスタイルだ。
このシークエンスでの彼は、歩みを進める度にどんどん過去の思い出から遠ざかっているように感じられる。表情も清々しい。頑張れ、失恋男!
そして、彼は広い野原に辿り着く。一面に咲いているのは、冒頭で彼が意味あり気に見つめていたあの野花。不穏な空気…。
少しうたた寝をした彼が見たのは…やっぱり彼女との思い出だった。慌てて飛び起きた彼の隣に彼女の姿は無く、呆然とする彼の背中を映しながら終幕。失恋男、立ち直り成功せず。
以上が、筆者の感じた本作のストーリーである。もっとも、非常に説明が少なく、反面多分に余白の多い作品なので、観る人によって様々な解釈が成立し得るだろう。
そもそも、彼は彼女に振られたのか、それとも彼女が死んでしまったのかも不明。まぁ、恋人の死も広義では失恋に当たるだろうが、そうであれば筆者の彼に対する激励の仕方も幾分変わってくる。
また、ラストの野原で彼が見る夢が、彼女と過ごした過去の思い出なのか、ここで彼女とイチャイチャしたいなぁという彼の願望なのかも不明。まぁ、この点に関しては、冒頭の野花を見つめるシーンからして前者の可能性が高いと言える。
とにかく、極めて個人的な感想を言わせてもらうなら、こんなにナヨナヨした野郎はキライ。”When You Love Someone”などと一般化しないでもらいたいものである。やっぱ頑張れ、失恋男!
点数:52/100点
という風に、デリカシーの無い筆者は本作のナイーブな主人公が大嫌いなのだが、中には彼の繊細な心情に痛く共感する人もいるだろう。もし筆者と同様の感想を抱いた人は、次回紹介するショートフィルムに並々ならぬ期待を抱いて頂いて構わない。
(観賞日:2012.4.27)
説明はほとんど無し。なにやらオシャレでナイーブな雰囲気漂うショートフィルムである。
空き地で1輪の野花を見つめる主人公は、次のシーンで小高い丘の上に居る。かなり緊張した面持ちで誰かに電話を掛けるのだが、これはおそらく”元カノ”だろう。ブチられたのか、それとも自ら切ったのか、結局相手と会話することなく電話を切った彼は、イヤホンで聞く音楽を選曲。
まず1曲目に流れるのは、そう、筆者のオールタイム・ベスト恋愛映画『ノッティングヒルの恋人』主題歌『She』だ。もっとも彼はすぐ次の曲に変えてしまうので、流れるのは冒頭のこの1節だけ。
「She…May be the face I can't forget.」
辛気くさいやっちゃなぁ…。
まぁしかし、これで彼はやはり元カノのことを忘れられないということが分かる。
そして、彼は歩き出す。希望に満ちた軽快な音楽に乗せて。
歩く間に思い出す彼女とのデート風景は、実際彼が歩いている風景と非常に対照的だ。彼女と2人で歩いたのは海沿いの道だったが、彼は今1人で山の中を歩く。服装も、前者ではハード・ロック・カフェのTシャツにサングラスだったのに対し、今はかなりアウトドアなスタイルだ。
このシークエンスでの彼は、歩みを進める度にどんどん過去の思い出から遠ざかっているように感じられる。表情も清々しい。頑張れ、失恋男!
そして、彼は広い野原に辿り着く。一面に咲いているのは、冒頭で彼が意味あり気に見つめていたあの野花。不穏な空気…。
少しうたた寝をした彼が見たのは…やっぱり彼女との思い出だった。慌てて飛び起きた彼の隣に彼女の姿は無く、呆然とする彼の背中を映しながら終幕。失恋男、立ち直り成功せず。
以上が、筆者の感じた本作のストーリーである。もっとも、非常に説明が少なく、反面多分に余白の多い作品なので、観る人によって様々な解釈が成立し得るだろう。
そもそも、彼は彼女に振られたのか、それとも彼女が死んでしまったのかも不明。まぁ、恋人の死も広義では失恋に当たるだろうが、そうであれば筆者の彼に対する激励の仕方も幾分変わってくる。
また、ラストの野原で彼が見る夢が、彼女と過ごした過去の思い出なのか、ここで彼女とイチャイチャしたいなぁという彼の願望なのかも不明。まぁ、この点に関しては、冒頭の野花を見つめるシーンからして前者の可能性が高いと言える。
とにかく、極めて個人的な感想を言わせてもらうなら、こんなにナヨナヨした野郎はキライ。”When You Love Someone”などと一般化しないでもらいたいものである。やっぱ頑張れ、失恋男!
点数:52/100点
という風に、デリカシーの無い筆者は本作のナイーブな主人公が大嫌いなのだが、中には彼の繊細な心情に痛く共感する人もいるだろう。もし筆者と同様の感想を抱いた人は、次回紹介するショートフィルムに並々ならぬ期待を抱いて頂いて構わない。
(観賞日:2012.4.27)
category: ショートフィルム
