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04
2012

[No.91] 勝手にしやがれ(À bout de souffle) <75点>

CATEGORYドラマ
À bout de souffle



キャッチコピー:『The film that was banned for 4 years. Why…?』

 ニューヨーク・ヘラルド・トリビュ~ン!
 ニューヨーク・ヘラルド・トリビュ~~ン!!

三文あらすじ:ミシェル・ポワカール(ジャン=ポール・ベルモンド)という男が、マルセイユで車を盗み、追ってきた警官を射殺。パリへ逃げてきた彼は、アメリカ人のガールフレンド、パトリシア・フランキーニ(ジーン・セバーグ)に愛を語る。ミシェルの罪を知り、共に逃避行するパトリシアが彼への愛を”確かめた”とき、パリ警察の捜査の手がミシェルのすぐ側まで迫っていた・・・


~*~*~*~

 
 まずは、洒落た予告編!なんだかこんな様なCMを見たことがある気もするし、本作はやはり、本編だけでなく予告編も後世に多大なる影響を与えた”ヌーヴェルヴァーグ”の記念碑的作品と言えるだろう。

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 そして、本編である。

 『勝手にしやがれ』と言えば”ヌーヴェルヴァーグ”、”ヌーヴェルヴァーグ”と言えばジャン=リュック・ゴダールだ。まぁ、この辺は、筆者も正直よく分かっていない。とにかく、フランス映画を観たら「ふふ、この作品も、やはりゴダールやトリュフォーから続くヌーヴェルヴァーグの系譜に影響を受けているね。」と言っておけば“この人、映画に詳しいんだわ!”と思ってもらえる、という点だけ押さえておけばいいだろう。逆に言うと、むやみやたらに本作を始めとするフランス映画好きをアピールしたり、”ヌーヴェルヴァーグ”を連呼する人は、実はそんなに映画に詳しくない、という可能性がある。

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 さて、そんなある種”エセ映画好きホイホイ”とも言える本作『勝手にしやがれ』であるが、一言で言うと”ガキっぽい男”と“ズル賢い女”の話である。もっとも、全ての男は女よりガキっぽく、全ての女は男よりズル賢いのが世の常。よって、より端的に言うなら、”男と女の話”を描くのが本作だ。

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 基本的に”男”のストーリー、いや、”漢”のストーリーを全力で応援する当ブログとしては、やはり本作もまずはミシェルの視点から評したい。そうすると、本作のヒロイン、パトリシアは、ミシェルがいまわの際に彼女に対して言ったとおり”最低の女”と言わざるを得ないであろう。自由になりたいと言いながら、ミシェルとローマに行くことには消極的。野性的で愉快なミシェルに惹かれながらも、自らのキャリアに質する記者の男性との関係も捨てがたい。挙げ句の果てには、ミシェルの居場所を密告し、「”最低”ってどういう意味?」との捨て台詞と共にスクリーンを後にする。

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 なんというクソ女だ!勝手にしやがれ!!

 もっとも、見方を変えてパトリシアの視点から考えるなら、彼女の迷いと決断にも一定の合理性を見いだすことは充分に可能である。確かに野性的で愉快、魅力的なミシェルであるが、音楽や本などパトリシアが興味を持つアカデミックな話題には無頓着。一方で記者の男は、パトリシアが読みたい書籍を貸してくれ、物書きを志す彼女に記事を書く場を提供してくれる。そもそも彼女は、物書きになるためアメリカからパリに留学しているのだから、そうおいそれとそれまでの投資を捨ててローマなどに行けようはずもないし、彼女の求める自由が”男からの自由”であることを考えると、結局彼女の生き方に矛盾はない。しかも、ミシェルには、殺人を筆頭に山ほどの犯罪歴があり、おまけに結婚歴まであるという始末。

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 なんというダメ男だ!勝手にしやがれ!!

 とまぁ、両者共にそれぞれの言い分があり、男と女が分かり合うことの難しさを痛感できる。実際、本作全体についてメタな視点から言及していると思われるキャラクター、パヴュレスコ(ジャン=ピエール・メルヴィル)のインタビューにおける彼の見解は、ミシェルもパトリシアも否定しない。

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 すなわち、まず、パトリシアに対し始終”君と寝たい”としか言わないミシェル。パトリシアが真面目な話をしたいときでも、小粋なユーモアではぐらかし、すぐまたベッド・インの話題に持って行ってしまう。女性からすれば、言語道断の振る舞いであろうが、男性諸君にしてみれば、必ず1度は身に覚えのある経験であろう。

 そんなミシェルは、パトリシアに叱責された際、「寝たいのと愛しているのは同義だ」という趣旨の発言をする。これには筆者も概ね賛成だ。確かに、寝たい寝たいとそればかり連呼するのでは、男女のわびもさびもムードもあったものではなくいささか問題ではあるが、”セックス≠愛”と硬直的、短絡的かつヒステリックに考えてしまうのもどうかしている。

 パヴュレスコがインタビューにおいて行うのは、まさにこの点の肯定。記者から「エロシチズムと愛に相違を認めますか?」と問われた彼は、一拍の後、こう断言する。

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「そんな相違は一切認めない。」


 よく言った!さらに、彼はこう続ける。

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「エロシチズムは愛の一形態で、逆もまた真だ。」


 おっしゃるとおりだぜ、ムッシュ・パヴュレスコ!なんと天晴れな変態紳士だ!つまり、エロシチズムと愛は、互いに必要十分条件、完全に同値の関係にあることになる。

 次に、パトリシアについて。彼女は、ミシェルを愛しながらも様々なものの狭間で思い悩み、結局彼を裏切って警察に密告してしまう。そんなパトリシアを肯定するパヴュレスコのコメントは、「女を騙す男と男を騙す女、道徳的なのは?」と問われた際に即答した、

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「男を騙す女。」


 彼のこの発言から、ミシェルを騙したパトリシアも、少なくとも女を騙すような男よりは道徳的であると言え、一応その行いを肯定されていると言えるだろう。もっとも、この評価は、あくまでも”女を騙す男”との関係における相対評価である。よって、他の男との関係ではいざ知らず、パトリシアを騙していないミシェルとの関係において、未だ彼女の行いが道徳的と言えるかは、少々疑問だ。まぁ、自らの犯罪歴や結婚歴を隠していたという点を捉えて”ミシェルだってパトリシアを騙していたじゃないか”と考えるなら、やはりパトリシアの行いを肯定的に評価することになろう。

 ちなみに、このインタビューシークエンスでは、次のようなやり取りが登場する。

 記者:「魂の存在は?」

 パヴュ:「優しさの存在を信じる。」

 そう、押井守の『GHOST IN THE SHELL』によって広く世間の知るところとなった「攻殻機動隊」、そのテレビシリーズ「STAND ALONE COMPLEX」第1期第3話『ささやかな反乱(ANDROID AND I)』において、作中印象的に用いられたやり取りだ。このやり取りは、本作においても重要。互いに「優しい言葉を言って。」と言いながら自分の話ばかりしていたミシェルとパトリシアが、結局ハッピーエンドではない結末を迎えるということを暗示している。

 ところで、以上のようなインタビューシークエンスにおける台詞の数々を始め、本作には、フランス映画らしいオシャレな台詞がふんだんに盛り込まれている。その全てを挙げることはここではしないが、例えば、

 「なぜ見つめる?」

 「見つめているから。」

といったシャンゼリゼ風禅問答から、

 「密告者は密告し、強盗は強盗し、人殺しは人を殺し、

  ― 恋人は恋をする。」

と当然のことをオシャレに言ってのける荒技まで、筆者の琴線を震わせるシャレオツ・ワードの数々が心地良い。

 もっとも、それらの中でも一番有名な台詞、

 「海が嫌いなら、山が嫌いなら、都会が嫌いなら…」

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「勝手にしやがれ!」


が、なぜこれほど名言とされているのか、この台詞が本作のタイトルであるということを考慮しても、筆者にはさっぱり分からない。

点数:75/100点
 大抵の映画は”男のストーリー”と”女のストーリー”に大別することができる。しかし、そんな中、本作は”男”と”女”の本質を等分に描ききった希有な傑作である。そして、その結論は、やはり男と女が真に理解し合うことはない、というもの。ジューン・ブライドに浮かれて軽率に結婚を決めようとしているそこの君!とりあえず、本作をしっかり観た方がいいぞ!それでも好きなら・・・勝手にしやがれ!!

(鑑賞日:2012.6.4)










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