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2012

[No.109] スパイダーマン3(Spider-Man3) <80点>

CATEGORYアメコミ
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キャッチコピー:『もう一人の敵、それは「自分」。』

 スパイダーマンよ、永遠に…。

三文あらすじ:自分自身とヒーローとのギャップを克服した“スパイダーマン(Spider-Man)”ことピーター・パーカー(トビー・マグワイア)は恋人M.J.ワトソン(キルスティン・ダンスト)へのプロポーズを計画するが、彼の成功とは裏腹に舞台女優として挫折を経験した彼女との仲は次第にギクシャクし始める。そんなとき、叔父ベン(クリフ・ロバートソン)殺害の真犯人が“サンドマン”ことフリント・マルコ(トーマス・ヘイデン・チャーチ)と知り復讐心を募らせるピーターは、宇宙から飛来した液状生命体「シンビオート」に寄生され“ブラック・スパイダーマン”へと変貌してしまう。寄生体は、やがてカメラマン、エディ・ブロック(トファー・グレイス)を取り込み漆黒のヴィラン“ヴェノム”が誕生、父の遺志を継いだピーターの親友“ニュー・ゴブリン”ことハリー・オズボーン(ジェームズ・フランコ)をも巻き込んだ四つ巴の戦いが勃発する・・・


~*~*~*~

 
 幸運にも“ザ・フライ”ならぬ“ザ・スパイダー”となることを免れたピーター・パーカーの戦いと苦悩も、一応完結。本作は、彼の“アメイジング”な冒険の終着点として充分に及第点以上の堂々たる完結編である。本日(日付変わって昨日)21時より地上派放送が行われていたらしいから、テレビで観たという人もいるだろう。

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 まず、アクション面で素晴らしいのは、やはり序盤で繰り広げられるスパイダーマンvsニュー・ゴブリンの摩天楼空中大決戦。スピード感溢れる映像、圧倒的な物量、そして決して観客を飽きさせることのない構成。どれをとってもスパイディ・アクションの神髄が詰まった名シークエンスである。おまけに、メイおばさん(ローズマリー・ハリス)から託された大切な指輪というギミックを付加することで、ただでさえハラハラドキドキの空中戦に一花添えているところがニクイ。

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 次に、ヒロイックな展開という点で素晴らしいのは、何と言ってもクライマックス、建設中のビルを舞台とした能力者大集合バトルだ。このシークエンスも、スピード感、物量、構成ともに充分満足に値する出来なのだが、サム・ライミファンとして若干うれしいのは、その舞台。時間は夜、空間は建設途中のビル。これはまさに、ライミ・ヒーローのひな形『ダークマン』におけるクライマックス・バトルの舞台である。

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 さらに、ヒーロー好きの琴線を“そんなに震わしたら千切れちゃうよ!”というくらいに揺さぶってくるのが、ピーター・パーカーの親友にして宿敵“ニュー・ゴブリン”ことハリー・オズボーンとの共闘。男の子なら誰しも、あるいは女の子でさえ、「こいつはお前を倒すためのとっておきだったんだがな。」「サンキュー、ベジータ!!」には、血のたぎりを感じたはずだ。これこそ“漢の魂完全燃焼”である。

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 以上のように素晴らしい点が散見される本作であるが、いざ作品全体のまとまりという点に目を向けてみると、途端にその印象は、若干ならざる不満の残るものになってしまう。そして、その原因は、取りも直さず“様々な要素を詰め込みすぎた”という点にあると思われる。

 グリーン・ゴブリン、ドック・オクと1作につき1ヴィランだった前2作とは異なり、本作にはヴィランが3人も登場する。しかも、シリーズを通してスパイディと因縁のある“ニュー・ゴブリン”は言うに及ばず、難病の娘を抱える脱獄囚“サンドマン”のドラマは中々に重厚であるし、イキったフォトグラファー“ヴェノム”にしても原作に登場するのヴィランの中でも屈指の人気キャラである以上、その描写を疎かにする訳にはいかない。これに加えて、本作では宇宙由来の液状生命体“シンビオート”に寄生されたピーター・パーカーの迷走と苦悩、そして、最愛の人M.J.との確執と和解まで描かなければならないのだから、139分というかなりの長尺を以てしてもハナから詰め込みすぎなのである。

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 以上が本作の読後感をまとまりのないものにしている“原因”であるが、その“結果”は以下のようになる。上映時間に比して要素を詰め込みすぎたということは、当然ところてん方式に“描くべき要素”が押し出されてしまった、ということ。本作で削られてしまったその要素は“ピーター・パーカーの贖罪”である。

 傷つき荒ぶった心につけ込まれ、宇宙生命体に寄生されたピーターは、可憐なる美少女グウェン・ステイシー(ブライス・ダラス・ハワード)だけでなく最愛の人M.J.の心をも傷つけるという倫理的に非道なことから、親友ハリーをあわや爆殺しかけ、顔面に一生ものの傷を負わせるという社会的に違法なことまで、相当幅広く悪事に手を染める。確かに、敵の策略でM.J.にフラれたり、叔父殺しの犯人ではない者を自分のせいで死に追いやっていたことが発覚したり、そもそもハリーが先制攻撃を仕掛けてきていたりと、彼の情状には若干の酌量の余地もないではない。しかし、彼は“ヒーロー”である。いかなる逆境にも毅然と立ち向かう雄姿を我々は期待する。ところが、寄生後のピーターは“大いなる力には、大いなる責任が伴う”という“ヒーロー”としての座右の銘など忘却の彼方、完全にただのチンピラに成り下がっていると言わざるを得ない。

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 もちろん、そんなダウナーな展開自体がダメな訳ではない。そういった展開を配置したのであれば、大団円の前に主人公がしっかりと自身の行いを悔い改め周囲の者と和解するという感動的な場面を描けばいいだけの話。ここをきちんと描くなら、中盤のダウナーな展開もむしろクライマックスを盛り上げる最良の起爆剤と化す。

 ところが、本作では、この点の描写がものすごく不十分なのである。したがって、先程も述べたような最高の胸熱“共闘”展開の前置き、すなわち、スパイディが宿敵ニュー・ゴブリンに協力を申し出る場面も全く釈然としない。あれだけのことをしておきながら「まぁまぁ、過去のことは一旦水に流して、今はM.J.救出に行こうよ。お前だって彼女が大事だろ?(まぁ、既に俺の女なんだけど。)」などとのうのうと宣うスパイディには、激しく幻滅である。

 さらに個人的なことを言わせてもらえば、あろうことか愛しのベティ・ブラント嬢(エリザベス・バンクス)をいやらしいニヤニヤ顔で職務中に口説こうとしたことも、筆者は許していない。仕事を何だと思っているんだ!

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 まぁ、とにかく、本作の読後感がどこか釈然としない原因は、以上の点にあると思われる。

 最後に、本シリーズのヒロイン、M.J.ワトソンについてシリーズ全体を通した感想を若干述べる。

 まず、第1作目。この時点における彼女は、紛れもなく“クソ女”である。いわゆる“ヴィッチ”というやつだ。ピーターが暮らすアパートの管理人ミスター・ディコヴィッチ(エリヤ・バスキン)やその娘アースラ・ディコヴィッチ(マゲイナ・トーヴァ)は非常に良い“ヴィッチ”であったのに対して、こちらの“ヴィッチ”は許し難い。さすがに『GODZILLA』のオードリーには今一歩及ばないものの、心ある男子を相当イライラさせるだけの気質が随所に垣間見える。

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 かまって欲しいけど批判されるのはNG、成功はしたいけど責任は取りたくない、理屈じゃないのよ、デリカシーの無い男の人ってサイテー、話は聞いてくれるだけでいいの、マカロン食べる?、寂しいから手近な男と寝てしまいました、私ってダメな子なの、ファッション大好き、歌も大好き、エビとアボカドも大好き、本当に好きなのはずっと側にいてくれるあなたよ…。

 若干私情過多になってしまったが、そんな“歩くセックス・アンド・ザ・シティ”こそが彼女である。スパイディが救出に来るラスト・バトルにおいても、1人でキャーキャーキャーキャー、ただ喚くばかりであった。

 次に、第2作目のM.J.。同作において、彼女はもはや“ヴィッチ”ではない。都会の荒波にもまれ、真実の愛に気付き、“夢”というものが壁であること、そして、その壁が容易に超えるには余りにも高いということに気付いた彼女は、既に立派な“女性”である。終盤、『卒業』よろしく結婚式をブッチし、ピーターの下へと駆けつけたシーンは必見。「私もあなたと一緒に戦うわ。」

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 もしかしたら、“夫婦”とは、このような関係を言うのではないだろうか。恋人のようにお互いが依存し合うのではなく、人生という戦場を共に生き抜く戦友。あるいは、社会という荒波を共に超えてゆく船友。まぁ、未だ一度も所帯を持ったことのない筆者の戯れ言は置いておくとしても、ビルの向こうへと消えるスパイディを見送る彼女のあの表情は、それこそ『卒業』のラストシーン同様、今後の不安も見据え、覚悟を決めた大人の女のそれであるように思える。それに今回は、ラスト・バトルにおいてただ喚くだけでなく、自らもちゃんとドック・オクを急襲しようとしていた。文字通り、スパイディと一緒に戦おうとしたのである。

 そして、最終作たる本作。既に彼女は立派な大人の女性であるが、あまりの挫折と寂しさからまたやってしまっている。

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 硬派な筆者などは、元カレと今カレが互いに親友同士であるというだけで信じられないのに、ましてや気の迷いからとはいえ再び元カレとキスしてしまうなど、完全に埒外。若干理解に苦しむところである。

 以上のようにして紆余曲折を経た“M.J.の物語”であるが、その行く末は、明確に提示されない。確かに、一見するとピーターと和解し、共に夫婦として歩んでいくともとれるが、抱擁する両者のこれまた『卒業』ラストのような意味深な表情はどこか決意を表しているように見えることから、単純でお気楽なハッピーエンドでないことは確かだろう。筆者としては、彼らが結婚においても“大いなる責任”が伴うということを自覚し、しっかりと覚悟を決めた上で共に生きていくことを決めたのだと前向きに解釈したい。

点数:80/100点
 本作の読後感からして、この点数は若干甘めであるに違いない。しかし、エンターテイメントとしてのワクワク感は素晴らしいし、やはり本シリーズが今日のアメコミものにもたらした功績は計り知れないものがある。さらに、シリーズ最終作としての本作を一応しっかりとまとめ上げたサム・ライミに敬意を表し、友情の中果てていった故ハリー・オズボーンに哀悼の意を表すとともに、2時間近くもかけて一度レビューを書き上げたにも関わらず、謎のエラー表示によってその全てを喪失、再び一から書き上げた筆者自身の努力をねぎらうという意味においても、本作には少し高めの点数を与えて良いだろう。

<おまけ>
 本作のブルース・キャンベル。

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 ピーターがM.J.にプロポーズする特別な場所として選んだフランス料理店の給仕メイター・Dとして登場。最終作に相応しく、彼の魅力が爆発した怪演を疲労してくれている。ちなみに、ブルース・キャンベルはアメリカのミシガン州出身であり、フランス人では全くない。

(鑑賞日:2012.6.27)














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