05
2012

[No.138] ゾンビ(Dawn Of The Dead) <90点>

CATEGORYゾンビ
Dawn Of The Dead



キャッチコピー:『地獄の底から這い出して、ゾンビが食う、人間を食う! 残酷映画史を真紅の血のりで塗り替えた驚異のスーパー残酷! 肉をくれ! もっと若い肉を!』

 ゾンビ映画、原典にして最高峰。

三文あらすじ:フィラデルフィアのテレビ局に勤めるフランシーン・パーカー(ゲイラン・ロス)と恋人のスティーブン・アンドリュース(デビッド・エンゲ)は、SWAT隊員である友人ロジャー・デマルコ(スコット・H・ライニガー)及びその同僚のピーター・ワシントン(ケン・フォリー)と共に、人を食う恐ろしいゾンビの繁殖する街からヘリで脱出する。燃料も乏しい中、カナダを目指す4人は、道中で無人のショッピングセンターを発見。しかし、快適な生活も束の間、やがて暴走族の一団が乱入してくる・・・


~*~*~*~

 
<Dawn Of The Review:感想の前置き>
 前回、帯に短したすきに長しな凡作ゾンビ映画を観てしまったので、今回は、原典にして最高峰、押しも押されぬゾンビ映画の金字塔、その名も『ゾンビ』を鑑賞する。

dawn-of-the-dead1.jpg


 原題は『Dawn Of The Dead』。”ゾンビ映画”というジャンルを作ってしまうほどの名匠、すなわち”ゾンビ映画の始祖”ジョージ・A・ロメロの作であり、いわゆる”初期ゾンビ三部作”、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド(Night of the Living Dead)』『ゾンビ(Dawn of the Dead)』『死霊のえじき(Day of the Dead)』の第2作目に当たる。

 ご覧のように、この初期三部作は、ちゃんと”死者の夜”→”死者の夜明け”→”死者の日”と連続性を持ったタイトルが付けられているのに、まぁ、本作はまだしも、3作目なんかは、”死霊のえじき”なんて不可思議な邦題にされて少し可愛そうである。

 ちなみに、本作において”ゾンビ”というフレーズが登場するのは、終盤、ピーターが「何匹ものゾンビが中に入ってくるぞ」と言うこの一箇所のみであるらしい。

<要素 Of The Movie:この映画にはあらゆる要素が詰まっている>
 さて、本作の内容であるが、さすが金字塔。やっぱり最高におもしろいし、何よりゾンビ映画に必要なものが全て詰まっている。

 アクション、ホラー要素は言うに及ばず、グロ描写が中々のもの。特に終盤、ショッピングセンター内に再び流入したゾンビたちが、暴走族のメンバーのはらわたを引きずり出すシーンは、今観てもすさまじい迫力だ。やはり、下手なCGよりも生の特殊効果の方が何倍もリアルだし、気持ち悪い。

 では、お色気要素はどうか。これはほとんど無いと言ってよいが、一応、本作の紅一点フランシーンのおっぱい丸見えシーンがあるので、良しとしよう。

<Mall Of The Dead:死者の楽園>
 本作で最も楽しいシークエンスは、意外にもゾンビとのアクションシーンではない。それは、ショッピングモールでの平和な生活シークエンスである。

 ゾンビを一掃した一行は、モール内でやりたい放題。このショッピングモール、相当巨大な代物で、銃器店や理髪店、果てはスケートリンクまである。こんな楽しげな空間に4人(実質3人)しかいないのだから、さしずめ”現代の楽園”といったところであろう。しかして、本作は、このようにショッピングモールが”楽園”となっている現代社会を皮肉る、という要素も持っている。

 生ける屍”ゾンビ”たちは、死して思考力を失ってなお、ショッピングモールに集まってくる。それは”捕食”という本能ではなく、生前の”習慣”から。死んでしまってもその習慣が抜けないほどに、我々はショッピングモールに依存してしまっているということだ。

 そんなショッピングモールを、物語中盤から後半にかけて人間チームが占拠する。これはまさに現代社会の”王”として我々人間が君臨していることの象徴。しかし、物語ラスト、暴走族の侵入を切っ掛けに阿鼻叫喚のモール。結局、暴走族はほぼ壊滅して退散、ピーターとフランシーンの生き残り2人も残り燃料の乏しいヘリで脱出する。後には、再び無人となったモール内を徘徊する大量のゾンビたち。間の抜けた陽気な店内BGMが非常に不気味である。

dawnofthedead2.jpg


 これは、すなわち世界がゾンビに支配されたことの象徴であろう。現代社会の代名詞ショッピングモールから人間が追い出され、ゾンビだらけになってしまうというラストは、そのまま全世界的にゾンビが人間に取って代わったということの縮図である。まさに”死者の夜明け”

<Last Of The Movie:幻の別パターン・エンディング>
 この本作のラストであるが、実は、当初別パターンが予定されていたらしい。それは、ピーターは結局あのまま自殺、フランシーンも回転するヘリの羽に自ら頭を突っ込み絶命、ヘリの羽が徐々に回転を遅めていき、最終的には止まってしまう、というもの。すなわち、ピーターとフランシーンが脱出を試みていたとしても、ヘリはどうせすぐ止まっていたので、どこにも逃げられなかったよ、という示唆だ。なんとも絶望的なラスト。

 個人的にこれはこれで無しではないと思うのだが、少し絶望が直接的過ぎるとも思う。やはり、採用されたラストのように、生きる望みを輝かせ、しかし、前述した通り世界はすでにゾンビの手に落ちているのだから、実はどこにも逃げ場など無い、ということが分かる方が、そこはかとなく恐ろしくて味わい深い。

<Walk Of The Dead:これがゾンビの生きる道>
 本作において、決まって物議を醸すのが”ノロノロゾンビの是非”である。特に昨今、リメイク版『ドーン・オブ・ザ・デッド』や『28日後...』シリーズなどで全力疾走するゾンビ像が提示されてからは、ゾンビはやっぱり走らない派とゾンビは走った方が恐い派が衝突する。

dawnofthedead3.jpg


 まぁ、これは多分に個人の趣味嗜好に左右される事柄であって、それ以上でも未満でもないと筆者は思う。ちなみに、筆者は”ゾンビはやっぱり走らない派”である。少しでも論理的客観的な理由を挙げるとするなら、ノロノロと動き、一見軽く逃げられそうにも関わらず、人間側の油断やミス、さらには内輪もめなどが原因で結局餌食になってしまう、という展開が、人間の愚かさを効果的に浮き彫りに出来る、ということがあるだろう。より感情的主観的な理由としては、やっぱりホラー映画のクリーチャーには広い意味での”行動範囲の制限”が必要なのであって、”ゾンビは走らない”というルールをそう簡単に破棄すべきではない、ということが挙げられる。つまり、走るゾンビなんてのは、十字架を恐れないドラキュラや、ウェスタンソングを心地よく観賞する火星人、果ては空を飛ぶジョーズのようなものであって、それはもはやアイデンティティーの喪失である。

<マーク・オブ・ジ・アーティクル:90/100点>
 何度観ても決定版。やはり本作は、究極のゾンビ映画だ。松尾スズキ氏は、CUTのインタビューに際して、本作を「エロをのぞき、俺が映画に求めるものすべてがつまっている。」と評しているが、本当にその通りだと思う。

(鑑賞日:2012.10.4)










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Tag:魂のバイブル ゾンビ グロ注意 歩くゾンビ

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