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2012

[No.161] キング・コング(King Kong) <78点>

King Kong



キャッチコピー:『彼は彼女だけを信じた― 彼女は彼だけを守ろうとした―』

 これは、映画史上最も切ない“ラブ・ストーリー”。

三文あらすじ:1930年代、世界大恐慌下のニューヨーク。失敗作続きの映画監督カール・デナム(ジャック・ブラック)は、脚本家のジャック・ドリスコル(エイドリアン・ブロディ)や失職した女優アン・ダロウ(ナオミ・ワッツ)らを言いくるめ、海図には載っていない謎の島“髑髏島(スカル・アイランド)”でロケをすべく、密輸船“ベンチャー号”で出航する。なんとか島に辿り着いた一行だったが、彼らはそこで現地の部族が“神”と崇める巨大なゴリラ“キング・コング”(King Kong)を目の当たりにする・・・


~*~*~*~

 
 モンスター映画数有れど、やはり映画史に残る“モンスター”のベスト3に入るのが、このキング・コングであろう。オリジナル版は1933年、その後数多のリメイク、続編、亜流を生み出し今日に至る、モンスター・パニック界のまさに“王様”である。

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 そんな傑作モンスターを最新のCG及び当時映画史上最高額の制作費を投じて現代に復活させたのは、ご存じピーター・ジャクソン。本作のオリジナル版を観て映画監督を志したというだけあって、その思い入れは並々ならぬところがある。ピーター・ジャクソンといえば今では『ロード・オブ・ザ・リング』であるが、元々はスプラッター・ホラー畑の人物。彼の代表作であり、当ブログでも紹介した『ブレインデッド』とのリンクが、本作にも何カ所か見受けられる。

 まず、本作で一行が上陸する謎の島“スカル・アイランド”。これは『ブレインデッド』の冒頭で、博士がスマトラン・ラット・モンキーを捕獲する島と同じである。猿捕獲チームは、島の部族に襲われるが、この部族が本作でアンを生け贄にした部族ということになるだろう。

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 また、このアイコニックな小クリーチャー、“スマトラン・ラット・モンキー”。スカル・アイランドへ向かう途中、ベンチャー号内にこの猿(というか、ネズミというか)を入れた(あるいは、入れる予定の)木箱の存在を確認することが出来る。

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 さて、本作の全体的な評価として、おそらく鑑賞者のほとんどが抱くのは“長い!”ではなかろうか。上映時間は実に187分。モンスター・パニックというジャンルで3時間を超える長尺には、中々お目にかかれない。しかし、長いのは必ずしも悪いことではない。要は、長いと感じさせる本作の出来に問題があるということだ。

 とはいえ、本作にはカットすべき無駄なパートがほとんど無いように思われる。出航するまでのくだりにしても登場人物の性格や置かれる状況を説明する上で必須のパートばかりだし、船上のくだりにしても別に無駄な部分は無い。問題は、一つ一つのパートについての描写が長すぎるということにある。キング・コングへの思い入れの強さから、ピーター・ジャクソンは、持てる技術・手法の全てを本作に投入してしまったのではなかろうか。したがって、短く状況だけ述べれば足りるようなシーンであっても充分に時間と間を取り、じっくりと描かれていく。コマ割りはできるだけ細かく、テンポはできるだけ早く、という演出が主流の昨今において、これでは観客はついてこない。

 また、もう一つの問題として、観客の『キング・コング』に対するイメージがあると思う。つまり、『キング・コング』という物語は、巨大なゴリラが“ニューヨークで”大暴れする、というイメージである。

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 筆者自身、恥ずかしながらオリジナル版は未見。今回本作の鑑賞に際してオリジナル版もレンタルしようとしたのだが、韓流の駄作は山のように置くが過去の名作はブルーレイしか置かないというTSUTAYAの商業戦略に、またしてもしてやられた次第である。したがって、筆者自身も、『キング・コング』という物語は、主に大都会ニューヨークで繰り広げられるものだとばかり思っていた。しかし、実際には違う。オリジナル版の構成がどうなっているか詳しくは知らないが、少なくとも本作において、ニューヨークが舞台となるのは、全体の3分の2を過ぎてから。上映時間の3分の1を経過した時点では、未だ肝心のコングすら登場していないという始末である。出てくると思っていたものが中々出てこない。こういったところにも本作を“長い”と感じる原因があると思われる。

 では、本作の内容について。ここにも、オリジナルを知らない多くの観客、つまり、『キング・コング』はただのゴリラ大暴れスペクタクルだと思い込んでいる鑑賞者が、居住まいを正して知るべき要素がある。それは、『キング・コング』という物語は“ラブ・ストーリー”である、という事実。モンスター・パニックファンなら当然知っているだろうし、事実、本作初鑑賞時にオリジナルを未見の筆者もこの点は既に知っていた。しかし、やっぱり『キング・コング』とは、巨大ゴリラがニューヨークで大暴れする怪獣映画だと思っている人は、結構多いはずだ。

 キング・コングは、アン・ダロウに恋をする。オリジナルではフェイ・レイ、本作ではナオミ・ワッツが演じる舞台女優アン・ダロウに対して、種族間による“興味”ではなく、それを超えた“恋心”を抱くのである。これは紛れもない事実であり、オリジナルでも本作でもこの点に変更はない。

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 そして、これはメタファーである。我々がよく知る他のフォーマットで言えば『美女と野獣』。すなわち、“ぶ男と美女のラブ・ストーリー”なのである。『美女と野獣』では、野獣=ぶ男が美女に恋をし、美女もまたぶ男の心の美しさに惹かれ恋をする。そして、ラストは、ぶ男が美男子になって大団円。これはファンタジーである。しかも、極めて女性目線のファンタジーだ。

 『キング・コング』は違う。ラブ・ストーリーとしての本作は、そもそも“ファンタジー”ではない。もっと切なく、もっと哀しく、そしてもっとリアルな“ぶ男の現実”である。

 まず、オリジナル版。美女アンに恋したぶ男キング・コングは、彼女と一緒にいたい一心で大暴れする。しかし、周りはそれを許さない。街はパニックになり、軍隊は出動し、彼には非情な銃弾が叩き込まれることとなる。往々にしてぶ男の抱く“純情”は、セクハラであり痴漢でありストーカー行為以外の何ものでもないのである。さらに、オリジナル版の切なくリアルな点は、美女もぶ男を拒絶するというところ。ただただ彼女と一緒にいようとし、その上彼女を守ろうとまでするキング・コングに対し、彼女が少しでも好意を抱くことは終ぞない、と筆者は聞いている。圧倒的リアリズムだ。通常のラブ・ストーリーではこうはならない。なぜなら、ラブ・ストーリーはすべからくファンタジーだからだ。そうでないものがあれば是非教えてもらいたい。欲望に高価なジャケットを着せ薄っぺらなバラの花束を持たせたものが恋ならば、それを忠実に描けたラブ・ストーリーなど存在しないし、そんなリアルを描いてしまえば、そもそも映画にならない。

 そんなオリジナル版に対し、本作が変更を加えた最も大きな箇所は、美女がぶ男に好意を抱く、という部分だ。これは少しだけファンタジーである。しかし、一見優しげなこの味付けは、オリジナル以上に哀しい結末を招くこととなる。

 恐竜の襲撃から命を救われ、キング・コングに好意を抱くようになるアン・ダロウ。まず、この“好意”がぶ男の期待するそれではない。冒頭、同じ劇場で舞台に立つ老俳優を気遣う様からも分かるように、本作のアン・ダロウは、極めて母性本能に溢れた女性。キング・コングに対する好意も、この点に由来する。すなわち、彼女は、彼の“男性的魅力”に惹かれたわけではない。さらに言い換えるなら、彼女の好意は、決して“恋心”などではないということだ。それは当然だ、と思われるだろう。なぜなら、彼女の相手は“ゴリラ”なのだから。いいや、違う。これはメタファーだと言ったはずだ。つまり、現実世界においても、万に一つの可能性で美女がぶ男に優しくする場合、それはすべからく“恋心”とはかけ離れた単なる“好意”に過ぎないということ。哀しい現実。それも違う。ファンタジーと対比するとき、“現実”とは、常に“哀しさ”の言い換えでしかない。

 では、彼らが迎える結末とは一体どのようなものか。物語終盤、キング・コングはアンを連れてエンパイア・ステート・ビルディングに登る。野生の王者キング・コングが文明社会の象徴を制覇する極めて有名な名シーンだ。

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 終幕直前、野次馬の1人がこのように発言する。「ヤツは何故、逃げ場のないこんなところに登ったのだろう?」答えは明白。コングは、アンに綺麗な朝日を見せたかった、のである。彼がアンに捧げる最大級のプレゼント。一見ロマンチックに見えるだろう。しかし、彼にはこれしか思いつかない。バラの花束も高価な指輪も夜景が見えるレストランも、彼には埒外のものである。そして、これこそが、真のぶ男の姿でもある。

 アンを軸にしてコングと対比される“男性”は、エイドリアン・ブロディ演じるジャックである。彼は、売れっ子脚本家で、アンのために喜劇の脚本を書くことが出来る。そして、喜劇舞台女優であるアンにとって、それこそが最も必要なプレゼント。綺麗な朝日に感動はするだろう。コングに好意は抱くだろう。だけどアン・ダロウ。実際に選んだのはジャックだったろう?つまりは、そういうことなのだ。

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 絶命したコングは、独りビルから落下する。アンはその姿に涙を流す。しかし、直後、ひょっこり現れたジャックと抱き合い、この物語はハッピーエンド。確かに、オリジナルとは違い、美女が自分に好意を抱いていたと信じたままコングが絶命した本作は、まだぶ男に優しい作りだと言えなくはない。しかし、その雄姿をスクリーンで観る彼以外のぶ男たちにとっては、この上なく切なく、胸つまされる結末。アンにとってはハッピーエンドでも、ぶ男にとってはやはり、アン・ハッピーエンドに違いない。

点数:78/100点
 ジョン・レノンは、我々に対し「All You Need Is Love.」と言った。つまり“我々”=“愛”である。マイケル・ジャクソンは「We Are The World.」と言った。つまり“我々”=“世界”である。よって、“世界”=“愛”が成立する。そういえば、ゴールド・ロジャーは“財宝”を指して「この世のすべて」と言っていたな。ということは、“金”=“世界”か。なんだ、結局、“愛”は“金”なんじゃないか。なにやら世知辛い。

(鑑賞日:2012.10.18)










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Tag:リメイク映画 アイ・ラブ・ニューヨーク 恐竜映画

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