[No.179] 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に <44点>

Air/まごころを、君に

<Air>


<まごころを、君に>


キャッチコピー:『だからみんな、死んでしまえばいいのに・・・』

 この英雄なき醜悪な世界で。

三文あらすじ:唯一自分に好意を抱いてくれていた友人であり最後の使徒、渚カヲル(声:石田彰)を自身の手で殺した碇シンジ(声:緒方恵美)は、固く心を閉ざす。そんな中、人類補完計画の発動を望むゼーレは、ネルフ本部に戦略自衛隊を投入、次々に殺されるネルフ職員、エヴァ弐号機内で覚醒する惣流・アスカ・ラングレー(声:宮村優子)、シンジをエヴァ初号機へと導く葛城ミサト(声:三石琴乃)、綾波レイ(声:林原めぐみ)を使って独自の補完計画を達成しようとする碇ゲンドウ(声:立木文彦)。それぞれの思惑の中、遂に初号機を依代としてサードインパクトが発生し、世界の命運は碇シンジに託されることとなる・・・


~*~*~*~

 
<前置き>
 最新作『新劇場版:Q』の公開を間近に控え、本日、そして来週と2週に渡って金曜ロードショーでは『新劇場版:序』及び『破』が放送される。当ブログでは、既に両作の感想を書いたので、今回はさらに遡り、いわゆる『夏エヴァ』あるいは『EOE』、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』の感想を書きたいと思う。

eoe1.jpg


<自慰線上のアリア>
 まずは、前半戦『Air』。このタイトルは、管弦楽組曲第3番第2曲「アリア」から取られたらしい。ちなみに、異なる弦楽器を用いなければならない“管弦楽組曲”は、他人とは決して分かり合えないということを象徴しているそうで。今度公開される『新劇場版:Q』の特報に、単一楽器ながらオーケストラを奏でることの出来るピアノが登場したことは、旧劇とは違う、みんながわかり合える結末の暗示であるという見解が、やや興味深い。

evaqpiano.jpg


 英語タイトルは『Love is destructive.』。すなわち“愛は破壊的”。テレビ版最終話的に表現するなら“アイは破壊的”となり、全てを破壊する衝動と力を持つシンジ自身をも表現している、と考えるのは、少し妄想である。とりあえず、この『Air』は、基本的に“破壊”のお話。

eoe2.jpg


 最後の使徒殲滅後、ネルフの敵となる18番目の使徒は“ヒト”。ゼーレによって派遣された戦略自衛隊が、ネルフ本部をこれでもかというくらい破壊する。この辺の展開とテンポはやっぱり上手い。しっかりしたエンターテイメント。

 しかし、そもそもオープニングは酷い。仲間をおかずにオナニーするロボットパイロットなんて…。ねじ曲がった愛は、ヒーロー像をも破壊する。手に付着した綾波の血に感化されエヴァに乗ったあのときのシンジくんはまさにヒーローであったが、自身の精液の付着した手を眺めるシンジくんは、もはやただの健全なエロ中学生に過ぎない。こんなのヒーローじゃない。ロボットパイロットじゃない。それにだいたい冒頭のカットで、電柱広告に“産婦人…”“性病…”などの文字を映り込ます辺りが、なんかもう常軌を逸している。

eoe3.jpg


 前半戦のクライマックスは、何と言っても弐号機vsエヴァシリーズ。ここも終盤まではかなり極上のエンターテイメントだ。完全覚醒したアスカがまず1匹目を倒し”エーステ。”と呟くシーンは、まるでリックドムを前にしたアムロのような凛々しい戦士っぷりである。

eoe4.jpg


 このまま素直に行ってくれればいいのに、変態監督庵野秀明は、ロボットアニメ好きの期待をも見事に破壊してみせる。あんなに可憐な帰国子女の四肢を引き裂き、はらわたを引きずり出すなんてあまりにも酷いじゃないか。いわゆる“鳥葬”である。とはいえ、アスカはエヴァと神経を共有しているだけだから、これは単なる“擬似鳥葬”に過ぎず、実際はいたいけな少女の虐待。観客は、少なくとも筆者は、どん引き。

eoe5.jpg


 しかし、筆者が一番憤っているのは、何と言っても史上最もダメな搭乗者、日本が生んだ汚点、ナヨナヨパイロット碇シンジの煮え切らない態度である。

eoe6.jpg


 本作のシンジくんは、何もしない。精神的にも物理的にも、能動的に何かを行うということがほぼ皆無である。やったことと言えば、アスカの首を絞めたことと、補完を拒絶したことくらい。確かに、その2つの行為が持つ意味合いはすごく大きいのだろうが、前半~中盤まではただただずっと座っているだけ。そのせいでアスカがズタズタにされたのだし、そんな無残な弐号機を見ても彼はただ絶叫するばかり。まったく…こっちはここぞというときにはちゃんと暴走し、無双状態に入る碇くんだから、オナニーの一件にも目をつぶって今まで付き合ってきたというのに…。暴走するなら早くしろ。でなければ、帰れ!!やっぱり、エヴァには兜甲児を乗せるべきだ。

 ふぬけ切ったシンジくんの絶叫で、前半戦は終了。

<パイロットに嫌悪感を>
 そして、後半戦『まごころを、君に』

 物語は、シンジくんの心象世界へと筆を進める。ここからは、まぁ大事なセリフや描写のオンパレードながら、一言で言ってつまらない。ざっくり捉えてしまうなら“他人がどれだけ恐ろしいか”ということを延々描いていく。

eoe7.jpg


 『まごころを君に』とは、ラルフ・ネルソン監督による1986年のアメリカ映画。原作は、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』である。日本でもユースケ・サンタマリア主演でドラマ化されたことがあり、ストーリーを知っている人も多いと思う。

 かいつまんで言うと、知的障害者のチャーリーは、新進気鋭の脳手術を受けたことで驚異的な知力を獲得、しかしその反面、周りが自分をバカにしていたことを知ってしまったり、女性に興味を持ちだしてフラれたりと苦悩する。加えて、同様の施術を施されたハツカネズミのアルジャーノンが知力後退の末死亡し、自分も同じ末路を辿ることを自覚、必至に知力維持の研究をするも叶わず、ラストでは再び知的障害者に戻ってしまう。「うらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやってください」と綴って。

 哀しいお話だ…。『エヴァンゲリオン』との類似性という点では、まず思いつくのが“ヤマアラシのジレンマ”だろう。知力の高まりにつれ周囲に疎外感を抱いていくチャーリーは、成長するにつれどんどん他者との距離感が難しくなっていくという本作の登場人物たちに重なる。そして、近づけない他者との距離を再びゼロにする人類補完計画は、再び知的障害者へと回帰していくチャーリーになぞらえてもいいだろう。あるいは、他人との深い触れあいを避けていた補完前が脳手術前のチャーリー、全人類が1つになり他人の思惑が全て分かってしまう補完後が脳手術後のチャーリーかもしれない。

 本作で最も気になる点は、やはり最後は一体どうなった?ということだと思う。

eoe8.jpg


 “神”となった碇シンジは、再び人と触れ合いたいと願い、それに伴う恐怖を覚悟し、補完を拒絶する。崩壊する巨大綾波。赤く染まった海から形を取り戻す碇シンジ。浜辺で寝そべる彼の傍らには、アスカが。そして、シンジくんは、アスカの首を絞める。シンジくんの頬をそっと撫でるアスカ。号泣するシンジ。アスカが一言「気持ち悪い…。」と言って終劇。

 意味が分からない。このアスカの最後のセリフは、本来「あんたに殺されるなんてまっぴらよ!」という趣旨だったのだが、監督がアスカの声優に「目を覚ましたら自分をおかずにしていた男が首を絞めてきたらどう思う?」とお伺いを立て、彼女が「“気持ち悪い…”ですかね。」と答えたため変更になった、というエピソードは有名だが、それはあくまでも作品外の話。1本の映画として、そして“エヴァンゲリオン”というサーガの締めくくりとして、この「気持ち悪い…」に一体どのような意味が与えられているのかは、別途検討に値する。

eoe9.jpg


 筆者がネットやら何やらから色々な解釈をパクったり何やらした結果、ラストエピソードの意味するところは、おそらくこんな感じである。

 シンジくんは、そのおっとりした性格に似合わずよく人を傷つける人物である。ミサトさんもそんなことを言っていたし、実際にカヲルくんの首をねじ切ったのも他ならぬ彼。これは、シンジくんが、本当は他人に認められたいにも関わらず、その自信の無さから先制攻撃を仕掛けてしまうが故である。そして、アスカは、シンジくんがかなり積極的に必要としていた存在であるものの、心象世界で唯一はっきりとシンジくんを拒絶した存在でもある。アスカに認めて欲しい。でもきっと拒絶される。裏切られる。だって、おかずにしたのバレてるし…。どうしよう…。ん~…首締めちゃえっ!!ギュ~…

 しかし、シンジくんは、本当にアスカを絞め殺さなかった。アスカに頬を撫でられたから。彼女は、僕を受け入れてくれるのかもしれない。しかし、シンジ号泣。あんなに酷い事をしたアスカに受け入れられる確信が、やっぱり持てないからだ。他者の恐怖と向き合う発言をしておきながら、彼は、安西先生でも呆れるほど、まるで成長していない。

eoe10.jpg


 お前は矢沢か!! いや、矢沢ですら“髭を生やす”という変化はあったのだから、補完前後で何ら成長していないシンジくんは、矢沢にも劣ると言わざるを得ない。案の定、アスカから「気持ち悪い…。」と言われてしまう。

 よく分からないけれど、多分こんな感じである。他者を恐れながら、それでも人は他者を求める。だから『I Need You.』。そして、自分の気持ちを、自身の本音を、ありのままの“まごころ”を他人に伝えることは、非常に難しい。しかし、それでも、人はそれを願う。だから『まごころを、君に』。本作においては“まごころを”と“君に”の間に「、」が入っているが、これは、ラルフ・ネルソンの映画タイトルには見られない趣向だったりする。

eoe11.jpg


 この“I Need You.”という気持ちも、“まごころを、君に”という思いも、全ては全くプレーンな心情に過ぎない。あなたが必要だから頑張る、とか、君にまごころを知ってもらいたいから努力する、といった答えを本作は提示しない。それでいて、他者に拒否されるからもう他人とは関わらない、といったネガティブな締め方をする訳でもない。全世界を巻き込んだ人類補完計画でシンジくんが学んだことは、彼が言っていたとおり“他人はやっぱり恐い”ということのみ。そして、恐いから首を絞める、というラストのシンジくんは、補完前や補完中と何ら変わっていない。少しも成長していない。微々たる前進すら見えない。この結末は、ある意味でコミュニケーションに悩む人間の現状への肯定であろうが、1つの映画作品としてはどうなんだろう…?

 とはいえ、本作が描くこのような展開は、心情的には痛く共感できる。たとえ全く同じ境地に辿り着くとしても、経験したのとそうでないのとでは大きく違う。浮気はダメなこと、煙草はダメなこと、パチンコはダメなこと。1度の経験も無い傍観者たちは、皆ことごとく豪語する。まるでそれが世界の真理であるかのように。でも本当は、経験無き者の言葉に価値などないのである。“大した根拠もないのに、人はイメージを持つ。イメージで世の中は動く。”という伊坂幸太郎の言葉は、少なくとも真実を含んでいるはずだ。知りもしないのに人を否定するなんていうのは、浅はかで、愚かで、無知な行為。“人のこと嫌いになるってのは、それなりの覚悟しろってことだぞ。”という北野武の言葉もある。だから、ダメなことだと“常識”で語られる行いを誰かがしていても、安易に批判してはいけない。本当は、そうであるはずなのだ。

 よって、結果全く同じ心境であったとしても、筆者は補完後のシンジくんをある程度評価してやりたいと思う。

点数:44/100点
 鑑賞後、ものすごいフラストレーション。なんかスッキリしない。こんなのは、ロボットアニメではない。もちろん、極限まで自分の趣味指向を押し通した意見ではあるが。よって、もしまだ未見の人がいたなら、是非鑑賞し、自身で評価してもらいたい。だからみんな、観てしまえばいいのに…。

(鑑賞日:2012.11.8)

新世紀エヴァンゲリオン 劇場版「DEATH (TRUE)? / Air / まごころを、君に」 DVD-BOX (163分) アニメ [DVD] [Import]

新品価格
¥2,791から
(2013/3/29 20:11時点)


S&B ぶっかけ! おかずラー油から油を減らしました。 75g×6個

新品価格
¥2,082から
(2013/3/29 20:13時点)


関連記事
スポンサーサイト

Comment

Leave a Reply





管理者にだけ表示を許可する

Trackback