[No.192] ディス・ウェイ・アップ(This Way Up) <80点>

This Way Up

キャッチコピー:unknown

 例え幕を下ろしても、喜劇は続く。

三文あらすじ:葬儀屋の親子は、遠方まで老婆の亡骸を受け取りに行く。しかし、乗ってきた自動車がひょんなことから大破。彼らは、やむなく棺を担ぎ徒歩で帰り路を行くのだが・・・

<本編(8分38秒)>



~*~*~*~

 
 おしゃべりが暖炉に背を向けるように“悲劇”と“喜劇”は背中合わせの紙一重で存在している。本作は、ある意味で人類最大の悲劇である“死”を非常にコミカルに、抜群に痛快に、比類なく叙情的に描いた良作ショートフィルムだ。

 主人公は、葬儀屋“A.T.SHANK & SON”を営むシャンク老人とその息子。お気楽な息子に逐一渇を飛ばすシャンク老人の頑固親父っぷりが強調される冒頭。彼らは、ある老婆の亡骸を受け取るため、遠方の民家に赴く。さて、ここで疑問であるが、この老婆は一体誰だろうか。筆者は、本作初鑑賞時、この老婆をシャンク老人の妻、同時に息子の母であると解釈した。しかし、今回再見してみると、シャンク親子と老婆の家族関係を根拠付けるような描写は無かったように思う。この関係は結構重要で、もし老婆が赤の他人なら、シャンク親子は葬儀屋としての使命感によって大冒険を繰り広げたことになるし、もし家族関係にあるなら、亡き妻、亡き母への家族愛から決死の行脚を遂行したことになる。

 民家から棺を持ち出そうとしたシャンク親子は花瓶を揺らしてしまい、そこから発動したピタゴラスイッチが彼らの車を大破させる。ビジュアルに派手なギミックであり、笑いを誘うコミカルな仕掛け。加えて、小さな様々が思いも寄らぬ形で連関し合い、大きな結果を招来するという“人生”の仕組みをも感じることが出来る。実際に、シャンク親子が辿るその後の展開は、ピタゴラスイッチのように連続的に山積し、“死”という結果をもたらすことになる。

 終盤、やっとの思いで帰還した直後の落石で、シャンク親子は死亡したと考えるべきだろう。死体であるはずの老婆も起き上がる“三途の川”的な場所は、まさに死者のみ立ち入ることを許されたスーパーナチュラルな世界。シャンク親子は死亡し、しかし葬儀屋としての匠の執念から、あるいは老婆をきちんと葬ってやりたいと願う夫であり息子としての愛情から、死神相手の老婆強奪作戦を展開するのだ。笑いの裏に実は熱い展開。

 タイトル“This Way Up”もおそらくは彼らの死を示したものである。品詞の齟齬を顧みずニュアンスだけで言うと“この道を行く”という感じ。また“Up”の場合は“登りの道”を表すから、結局、葬儀屋親子が死体を運んで遠い道のりを行くが、最後には彼ら自身も昇天するのだというダブルミーニングの良タイトルであろう。

 本作は、ラストのノリが特に秀逸。紆余曲折の大冒険を経て遂に老婆を墓に収めたシャンク親子。老婆の棺に記された“R.I.P”とは“Rest In Peace”すなわち“安らかに眠れ”という意味である。様々な困難の末、息子の大切さに気づき、いやむしろ分かってはいた息子の大切さを素直に表し、はっしと抱き留めるシャンク老人。父子共々シルクハットをきちんと被り直し、満面の笑顔で墓に飛び込んで終幕。すかさず流れるBGMがまた最高。冒頭の車中で息子が流し、その刹那頑固親父が切ってしまったこの曲は、父子和解の象徴である。

 結局のところ、シャンク親子と老婆の関係性はよく分からない。彼らが家族であるとする方が合理的で説得的であるが、家族でないとしても同じことが言える。筆者はとりあえず、彼らは家族ではなく、冥府の淵まで及ぶ大冒険にシャンク親子を駆り立てたのは、彼らの葬儀屋としてのプライドであると考えておく。

点数:80/100点
 残酷でハートフル、ダイナミックで緻密な良質のショートアニメ。近々家族で飛行機に乗る筆者は、勢いそのまま昇天してしまわないことを切に願うばかりである。

(鑑賞日:2012.12.21)

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