[No.216] ガメラ3 邪神<イリス>覚醒 <92点>





キャッチコピー:『わたしはガメラを許さない。』

 もういちど出来るなら、ここにもどってあの姿を。

三文あらすじ:レギオンとの死闘から3年後、地球エネルギー“マナ”の大量消費によって環境に歪みが生じ、世界各地でギャオスが大量発生する中、その調査を担当することになった鳥類学者の長峰真弓(中山忍)は、今ではホームレスとして怪獣に怯える日々を過ごす元長崎県警警部補の大迫力(螢雪次朗)と偶然出会い、調査隊に勧誘する。同じ頃、4年前のガメラとギャオスの戦いで両親と飼い猫“イリス”を失い、ガメラを憎む少女、比良坂綾奈(前田愛)は、転校先の奈良県南飛鳥村で、古くから“柳星張(りゅうせいちょう)”が眠るとされる祠(ほこら)の中に奇妙な生物を発見し、同級生であり代々祠を守る守部家の長男、守部龍成(小山優)の制止も聞かず、その生物を“イリス”と名付け育て始める。綾奈の憎しみを吸収し巨大な怪獣へと成長したイリスの脅威を前に、人類の、そして、地球の命運は、三度(みたび)、古代アトランティス“最後の希望”「ガメラ」に託された・・・


~*~*~*~

 
 ガメラ“平成三部作”、完結。1作目は、ガメラシリーズのリブートにあたっての言わば“自己紹介”。王道まっしぐらの堂々とした傑作怪獣映画であった。そして、2作目は、ガメラの素晴らしさを遺憾なく堪能する言わば“本編”。単なる怪獣映画としての枠に収まらない素晴らしい“漢のドラマ”が展開される。そして、本作は、シリーズを締めくくり、“ガメラ”というキャラクターに、そして、作品自体が持つテーマに対して決着を付ける“完結編”。漫画「るろうに剣心」風に言うなら、エンターテイメントに特化した前作が“志々雄編”、主人公が背負う“業”に切り込んだ本作が“縁編”に当たると言っていいだろう。

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 そして、本作もまた極めておもしろい!まとめ方に若干の疑問が残るものの、3作目で“ガメラは「正義」なのか”というテーマに切り込んだ試みが見事だし、そのテーマを明確にするギミックとして、ガメラを憎む少女、そして、ガメラ同様、その少女との精神的交流によって力を得るヴィランを用意したところが天晴れ。

 まず、冒頭、ガメラが渋谷に降り立つシークエンスが素晴らしい。ギャオスを追って渋谷に出現するガメラ。これまでの戦いでもガメラによる敵排除行動が都市の破壊という“二次災害”を引き起こしていた訳だが、このシークエンスでは、その様をこれでもかという程リアルに描写する。

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 爆煙を上げ、紅蓮の炎に包まれるビル群。道行く人々の恐怖に引きつった表情。混乱の中で、人々は次から次へと死んでいく。しかも、彼らが命を落とすのは、ガメラのプラズマ火球とか、ギャオスのレーザーメスとか、そういった物語的に“必然”の事象によってではない。ガメラがただ街に降り立っただけでもおびただしい数の人々が爆風に飲まれ、空中で爆散したギャオスの死骸の破片によって多くの人々が生々しい効果音と共に圧死していく。これは極めて“リアル”である。怪獣映画を観た調子乗りが、重箱の隅を突いて水を差すかのような、非常に細かい発想。しかし、確かによく考えてみれば、市街地での巨大怪獣の戦いは、このような物語では描かれることの決してない“リアルな死傷者”を無数に出してきたはずだ。

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 これこそ、ガメラが、そして、その他多くの怪獣やウルトラマンなどの巨大ヒーローたちが背負った“業”である。人間の味方として描かれる巨大なヒーローたちは、世界を守るため、人々の声援を背に受けて日夜巨大な敵と戦ってきた。しかし、彼らは、その過程で必然的に街を破壊する。それは、巨大であるがゆえ仕方のないことであり、また、メタな視点から言えば、エンターテイメント要素として物語に必須の描写である。では、果たして、彼らが破壊したのは、取り返しのきく“物的財産”だけであったか。否。実際には、本シークエンスで示されるように、実におびただしい数の人々が、その命という取り返しのつかない財産を失っているのである。しかも、ヒーローの見せ場や必殺技によってではなく、物語に描く価値もないような、言わば“しょーもない死に方”をしている。本シークエンスは、まず、この点に目を向ける。

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 では、彼らの戦いは、大義名分のために無名の他者を犠牲にする残酷な行いでしかないのか。それもまた否である。本シークエンスは、巨大ヒーローの“悪性”に対する反例を上げることで、本作のテーマを極めて端的に浮き彫りにする。

 最後に残ったギャオスが逃げ遅れた少年にレーザーメスを照射したとき、ガメラは、自らの右手を犠牲にして彼を守る。間一髪その幼い命を取り留めた少年は、駆け寄る母にぎゅっと抱きつき、涙ながらにこう訴えるのである。

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「ガメラが、ガメラが僕を助けてくれたよ。」


 物語冒頭の問題提起として、非常に効果的なシーンである。我々は単純だから、ガメラの前2作よりも禍々しいルックスや人目線で描写される渋谷の大惨事を目の当たりにし、ガメラの存在意義に疑問を差し挟む。しかし、彼は確かに今、小さな命を救った。ガメラがいなければ少年は死に、その母は深い悲しみと絶望の中、残りの生涯を過ごさなければならなかっただろう。また、大量発生したギャオスは、世界中に来襲し、渋谷とは比べものにならない数の犠牲者を出したかもしれない。しかし、やはりその反面、この少年のように助かることの出来なかった無数の命があり、それは、ガメラの飛来に起因されたものでもある。

 “多数を救うために少数を犠牲にすること、またはその逆の是非”という人類にとって最も普遍的な命題の一つであり、『ザ・ロック』の米大統領も頭を悩ませた問題。果たして、ガメラとイリスの戦いの中で、この命題にも決着が付くのか、という極めて上手く出来た“引き”である。

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 そして、ガメラを憎む少女、綾奈が登場する。綾奈の憎悪は、巨大ヒーローが背負う上記“業”の象徴であり、綾奈の憎悪の象徴たるイリスもまたその“業”の象徴として存在する。したがって、ガメラは、今までのようにただ勝てばいい訳ではない。『ガメラ』という作品に決着を付けるためには、ただ物理的にイリスに勝つだけでなく、イリスをねじ伏せ、綾菜を納得させ、ひいては、我々観客の疑問を霧散させる必要がある、のだが・・・

 結果的に、本作は、“ガメラの善悪”に明確な決着を付けることなく、幕引きを行ってしまう。最終決戦は、京都。京都駅の広い構内で、ガメラとイリス、怪獣映画史上初の屋内戦闘が繰り広げられる。

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 柳星張を封印すると伝えられる剣が、いや、その剣を持ち綾奈を追って京都まで来た龍成が、いやいや、彼の綾奈を思う熱い気持ちが、彼女を正気に戻す。が、間一髪、イリスに吸収されてしまった綾奈は、イリスとの意識共有の結果、彼がガメラと同じように罪なき人々をたくさん殺した、という事実を知る。しかも、イリスは、過失犯のガメラとは違い、完全なる故意犯。ここで初めて綾奈はイリスを拒絶し、“助けて…!”と祈る。

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 人類の“祈り”に応えるのは、もちろん、彼。綾奈にとっては“最初の絶望”、しかし、人類にとっては“最後の希望”。古代アトランティスが生んだ究極の生物兵器「ガメラ」だ。

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 イリスの腹部奥深く突き刺されたガメラの左手が綾奈を救い、なんやかんやで決着。直後、世界中から日本を目指す無数のギャオスに向かおうとするガメラを前に、鳥類学者の長峰さんががこう発言する。「ガメラは、一人じゃないわ。」

 ガメラを見つめ、これまで一貫して「イリス…」としか呟かなかった綾奈が「ガメラ…」と呟く。2作目で、浅黄との関係、ひいては人類との関係を断ち切り、互いに独立した“同志”としてレギオンに立ち向かったガメラ。本作で、それでもまだガメラは人との関係を断ち切れていない、と指摘された彼は、満身創痍の現状、数多のギャオスと対峙するため、新たなる“巫女”を得た。綾奈の気持ちも晴れ晴れ。おそらく今後は龍成とラブラブ。めでたしめでたし。

 …は?

 これは非常に弱い落とし前の付け方である。結局のところ“ガメラの善悪”については、何らの答えも出ていない。綾奈はイリスの悪行を知って、彼に絶望したが、全てを捨ててガメラに復讐するつもりなら、そんなことぐらい元より織り込み済みのはず。仮に綾奈が“女性キャンパー”という謎の肩書きでクレジットされる若き日の仲間由紀恵を始めとした犠牲者たちの存在を知らなかったとしても、イリスが京都に降り立ち街を火の海にしたことはきっちり見ているのだから、そこにはガメラのときと同様、おびただしい数の名も無き犠牲者がいることを知覚して当然だ(まぁ、火の海にした責任の半分はガメラにもあるのだけれど。)。

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 つまり、本作のこの大団円では、綾奈がなにゆえイリスを拒絶したのか、逆に言えば、なぜガメラを許したのか、という部分が、いささか不明瞭なのである。ともすれば、綾奈はただ自らの身に危険が迫ったからイリスを拒絶しただけのようにも見えてしまう。

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 まぁ、そのように、本作のオチは、若干説明不足な感も無いではない。しかし、実は筆者は、本作のテーマ処理という意味においては、これでよかったと思う。“人類にとって巨大ヒーローは善か悪か”という命題に対し、“善”か“悪”の二択で以て答えようとするのは、はなからナンセンスなのである。

 人は、自らが偽善者であるがゆえ、他人の偽善に対してことごとく敏感な生き物である。誰かが誰かのために何かをすると、必ずその悪しき側面を血眼で探し、批判する。これは、巨大ヒーローに批判的な目を向ける市井の人々も同様だ。しかし、巨大ヒーローなんてものは、ある日突然降って湧いた“天災”のようなものでしかない。もちろん、彼らは、人類であったり地球のため、という大義名分の元で戦闘を行うことが多いが、そこに甘え、つけ込み、非難することは、根本的に間違っているのである。

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 伊坂幸太郎の小説『ラッシュライフ』の中で、登場人物の塚本は、“人間が出来ること”について次のように述べる。

 「声に耳を傾けて、最善を尽くし、祈ること。」

 人智を越えた古代アトランティスの遺物「ガメラ」。現代人にとって“神”にも匹敵するその存在を前に、我々は、何ら確実な作為の手段を持たない。ただただ、ガメラや他の厄災、例えばギャオスであり、レギオンであり、イリスとは如何なる存在かを知ろうと努め、来るべき厄災への準備を整え、そして、ギリギリの土壇場、人類だけの力ではどうしようもないという局面で、最後の希望に祈りを託す。我々に出来ることはこれだけであり、「ガメラ」とはそういった存在である。

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 結局、本作では、ガメラの善悪に答えは出なかったが、“ガメラは善か悪か?”という問題意識を持ったことが、既に前進である。問題意識があれば、例えその抽象的な問い答えることは叶わずとも、強固な防衛体制の構築、敵個体の過疎地への輸送などの手段を講じ、ガメラによる二次災害という現実的、物理的、直接的な問題は、解決の可能性がある。

 我々は、巨大ヒーローに甘えすぎていた。ユリアーノ・シャノーが歌う本作主題歌『もういちど教えてほしい』にあるように、

 “もういちど出来るなら、ここにもどってあの姿を”

 それくらいの心構えが必要だし、また、それくらいの心構えで足りるのではないだろうか。

 では、最後に、本作における“漢の注目ポイント”について述べる。まずは、本作のヴィランである邪神イリス。元々はギャオスの変異体であるが、その後DNAレベルで自己進化し、触手だらけの壮麗な姿へと変貌を遂げる。ギリシャ神話の虹の女神“イーリス”の名を冠する通り、他者と遺伝子レベルで融合し、その者の持つ能力を取得、自身の特色を七色に変化させることが出来る強敵である。“最強”の肩書きはやはり宇宙怪獣レギオンに譲ることになるだろうが、人間と融合し、初期のガメラと同じく“巫女”からパワーを得ることが出来る点にイリスの強みがある。

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 まぁ、デザインだけで言えば、少しアニメっぽいというか、非現実的すぎて、個人的にはそこまで好きではない。

 そして、我らが古代アトランティス希望の生物兵器、大怪獣“ガメラ”

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 よりシャープに、より禍々しく。顔がどんどん小さくなり、細部がどんどんトゲトゲになっていった結果、1作目とは似ても似つかない“格好いいガメラ”になっている。

 これはもちろん、本作のテーマや、より格好良くしたいという製作者の意図によるデザインの変遷であろうが、ガメラに関しては、きちんと合理的な理由が存在する。すなわち、彼は古代アトランティスの超文明が創り出した“生物兵器”であるから、時間の経過と共に自らの肉体を変化させ、より戦闘に特化したフォルムチェンジを行っているのである。この辺が、他の怪獣とは違うガメラの格好いい点だ。

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 これなんかはスゴイ。もう“禍々しさ”が甲羅を背負って歩いているようなものだ。これは当然実際のガメラではなく、綾奈の回想にのみ登場するガメラ。いわゆる“トラウマ・ガメラ”である。

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 このように、作を追って戦闘に特化していくガメラ。そんな彼が放つ今回の必殺技が、“爆熱拳<バニシング・フィスト>”である。別名を“バニシング・ソード”とも言う。

 右腕をイリスの触手に貫かれ、そこから生態エネルギーを吸収されるガメラは、間一髪機転を利かせ、自身の右腕をプラズマ火球で切断する。そして、失った右腕でイリスの火球を防ぎ、その熱エネルギーを腕として錬成。灼熱の拳がイリスと綾奈の憎悪を貫く!

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 子供の頃、劇場で本作を初鑑賞した際には、あまりにも唐突な荒技に正直戸惑ったものだが、よく考えてみるとガメラはあらゆる火炎のエネルギーを原動力にすることができるという怪獣である。1作目でコンビナートの大爆発がガメラに集束し、彼が復活したのもそのため。したがって、ちゃんと理屈を理解すれば、このバニシング・フィストも至極もっともな必殺技なのであった。子供から大人まで楽しめる。ガメラ好きで本当に良かった。

点数:92/100点
 ガメラ平成三部作、やっぱりおもしろかった!シリーズを見終わった後、まだまだもっとずっと観ていたい気になり言いしれぬ虚無感に襲われたのは、随分久方ぶりである。平成三部作は、本作で完結。本当は、本作の興収が10億円を突破したなら、すぐさま4作目の制作が決定していたらしい。が、惜しくも7億円で頭打ち。悔しい!今なら5回でも10回でも劇場に足を運び、10億円突破の一助となれたのに…!

 大怪獣の代名詞ゴジラは、眠りについた。しかも、原発問題が非常にデリケートに語られる今日では、彼の復活も当分期待出来そうにない。今こそ、日本は、大怪獣ガメラを必要としているのである。筆者は、ガメラシリーズの復活を心から祈っている。そして、今の我々に、かぎりない勇気を、果てしない世界を、終わらない未来を教えてほしい。もういちど、出来るなら。



(鑑賞日:2013.5.5)

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