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09
2013

[No.253] 不思議惑星キン・ザ・ザ(Кин-дза-дза!) <79点>

CATEGORYSF




キャッチコピー:『俺たちゃ、流浪のエイリアン!奇妙キテレツな不思議惑星キン・ザ・ザへようこそ!』

 人生楽ありゃ、クー!もあるさ。

三文あらすじ:妻にお使いを頼まれ街に出た技師のウラジミール(スタニスラフ・リュブシン)は、音大生の青年ゲデバン(レヴァン・ガブリアゼ)に声を掛けられる。彼が言うには、自分を宇宙人だと名乗る裸足の男が、道ばたで困っているらしい。めんどうな事態に巻き込まれたことを呪いつつ、ウラジミールは、男が“テレポート装置”と言い張る小さな機械のボタンを押すのだが、その瞬間、ウラジミールとゲデバンは、キン・ザ・ザ星雲に位置する一面砂漠の惑星プリュクにいた・・・


~*~*~*~

 
 一昨日の7月7日は七夕。天の川によって寸断され、銀河を股に掛ける遠距離恋愛カップルとなってしまった織姫と彦星が一年に一度だけ面会を許されるという非常にロマンチックな記念日だ。この日にプロポーズしたカップルなんかも多かったのではないだろうか。また、昨日7月8日は、ロズウェル事件から66年目を数える日だった。1947年の同日、アメリカ、ロズウェル陸軍飛行場のプレスリリースが「ロズウェル付近の牧場で“空飛ぶ円盤”を回収した。」と発表したにも関わらず、直後「円盤ではなく気象観測気球だった。」と訂正したことに端を発する一連の事件。

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 SFファンならずともそこはかとなく宇宙への思いを馳せるこのメモリアルなツー・デイズに筆者が鑑賞していたのは、大国ロシアが誇るSF映画の超カルト的名作『不思議惑星キン・ザ・ザ』である。発表年が1986年だから、現地はまだロシアではなくソ連時代。階級社会や差別社会を暗に描いた寓意溢れる作品でありながら、当局の厳しい検閲を通過した作品であり、その尋常成らざるセンスが未だ世界中のSFファンの心を掴んで離さない怪作である。

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 筆者の個人的な解釈によれば“SF映画”とは、基本的にその世界観全体がSF的設定やギミックで構築されている作品群のことである。現代社会にSF的アイテムが一つだけ紛れ込み、それを巡って物語が繰り広げられる、という作品の多くは、アクションであったり、ドラマであったりというジャンルになるだろう。まぁ、そういった意味で『E.T.』は微妙なラインなのだが、あれは極めてSF寄りの“ドラマ”と言えなくもない。また、現代社会に紛れ込んだアイテムが“人食いモンスター”だった場合、それは“モンスターパニック”というジャンルになる。

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 そんな“SF映画”の中で最も有名なものは、賛否あろうが、まぁ『スターウォーズ』ではないだろうか。完璧に作り込まれたギミックの数々、一瞬でも画面に映り込んだキャラクターには全て名前と経歴があるという病的なほど緻密な設定、言語・人種・文化なども含め、あらゆる点に配慮した世界観の構築こそが、同作最大の魅力である。

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 そして、およそあらゆるSF映画に求められるのが、この世界観の構築だ。我々の良く知る現代社会に一匹のモンスターが紛れ込んだ、という設定の元でシミュレーションを楽しみたいモンスターパニックとは違い、その作り物な世界観全体にどっぷり浸かる、というのがSF映画の楽しみ。映画は、すべからく“作り物”なのであるが、現代ドラマとは違い、登場する全ての要素を一から設定しなければならないSF作品では、世界観の構築が最大の重要ポイントであり、同時に最難関ポイントでもあるのである。『スターウォーズ』が未だに他の追随を許さぬSF映画の金字塔として君臨しているのは、この点において圧倒的な完成度を誇っているからであろう。

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 そして、本作が同じく未だに世界中のSFファンの心を鷲づかみにし続ける理由もまさにこの点。世界観の構築が実に素晴らしい。

 罵倒語の「キュー」とそれ以外を意味する「クー」しか単語を持たないプリュク人の言語体系、マッチが通貨としての意味を持ち、マッチの所有数に応じて黄色、赤色というランクを示したステテコを履くことが出来るという社会システム、惑星の上位人種であるチャトル人とそれより下位であるため“ツァーク”という鼻鈴の着用を義務付けられているパッツ人の階級制度、惑星の支配階級として人種を問わず傍若無人な振る舞いを許された“エツィロップ”と呼ばれる警察権力、その反面、惑星間をほんの数秒で移動できる超科学技術、とうの昔に海が消滅し、飲み水は“ルツ”と呼ばれる燃料から生成しなければならない砂漠の惑星の現状などなど。びっちりと練り上げられ、作り込まれた設定が本当によく出来ているし、素晴らしい。

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 また、これを補完する作品の雰囲気。これも大変魅力的だ。より具体的に言うと、本作は、全体的にどこかトボケテいるのである。「クー」というチャーミングな話し言葉にしてもそう、独特の雰囲気を醸し出すスコアの数々にしてもそう、落ち着いたカット割りにしてもそう。のんびりさと奇抜さと愛らしさとどこかしらの不気味さが見事に同居したストーリーテリングを前にした観客は、おそらく皆「クー」してしまうことだろう。

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 しかし、それでいて、本作の展開は、観る者を全く飽きさせない。冒頭、日常的な家庭風景から、自称宇宙人の“テレポート装置”を押し、一瞬にしてプリュクに飛ばされてしまうまでの流れは、まさに完璧。ハリウッドの大作SFなら仰々しく間を開けて、煽って煽って惑星間を移動しそうなものだが、本作は“押した!着いた!”という一瞬の展開。個人的にこの演出が非常に気持ちよかった。刹那的な場面転換によって、我々は、まるで自身がウラジミールになったかのような驚愕のSF的疑似体験を共有することが出来る。

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 また、惑星内での展開も、ダラダラ一辺倒のように見えて、しっかり考えられている。始めに出会うウエフ(エヴゲーニー・レオノフ)とビー(ユーリー・ヤコヴレフ)の2人のプリュク人としばらく道中を共にさせ、その間に観客に対して世界観の概略を提示。その後、ウエフとビーの裏切りによってパーティーは分解、ウラジミールとゲデバンは、彼らだけでしばらく他のプリュク人と交流するが、そのチームもまた瓦解し、再びウエフ・ビーペアと合流した彼らは、いよいよ惑星の中心部へと歩みを進めていく。この一連の流れは、非常に親切で、それでいて中々大胆な才能溢れる構成であるように思う。

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 しかも、ラストには、うっすらと目頭が熱くなるような感動的な幕引きも用意されている。それまでの雰囲気からすればやや強引にもなり得るこの展開も、何故か絶妙な流れの中にマッチしており、我々は、いつの間にやら“ほっこり”とした読後感を抱いている自分に驚く。

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 とはいえ、全てが完璧という訳ではもちろんない。いつものことながら筆者の読解力不足はあろうが、本作には、よく分からない点もいくつか存在する。まず、地球人の思考を読むことが出来るというプリュク人の設定。ウエフ・ビーペアは、ある程度時間が経過した後に突然ロシア語を話し始めるのだが、これは“地球人の思考を読むのは難しいから時間がかかったのだ”と説明される。しかし、その後出会った幾人かのプリュク人は、皆たちどころに流暢なロシア語を話す。まぁ、ウエフ・ビーペア以外のプリュク人は、よりハイスペックな思考解析装置を所有していた、というもっともらしい説明を与えることも不可能ではないだろうが、どうも、始めのうちは言葉も通じない他惑星の雰囲気を演出し、それが充分浸透した後は言葉を通じさせることですんなり物語を進行させようという製作者側の意図のように思えてならない。また、完全に独り言なのにロシア語を話すプリュク人のシーンもあり、若干の不自然さはある。

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 それから、ラストで見事に地球への帰還を果たしたウラジミールとゲデバンが、何故空間移動だけでなく時間移動まで行っていたのかが少し分かりづらい。確かに、時空間移動の技術は、後半登場するお花畑の惑星(アルファ星だったかな。)で登場したのだが、実際にウラジミールらを地球に送り届けてくれた、あの冒頭でも登場した裸足の宇宙人がそのような技術を保有していたのかは、作中描写されていなかったはずだ。しかし、地球に帰り着き、時間的にも本作冒頭まで遡ったウラジミールらが街角で裸足の宇宙人に出会わなかったということは、母星に帰還した裸足宇宙人が一度一人で過去に戻り、地球に行くことを止めた、という歴史の改変を行ったということだろうから、やはり彼は時空間移動の技術を持っていたということになるのだろう。

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 もっとも、そうだったとしても、時空間移動を成功させ、本作冒頭に戻ったウラジミールが本作冒頭“そのまま”に帰宅し、本作冒頭“そのまま”にお使いに出かける、というシーンは、まるで彼の記憶までが冒頭時点に戻ってしまったような印象を与える。街角でゲデバンに出会い道を聞かれた際も、ウラジミールは、すぐにはそれが他惑星で共に奮闘した魂の相棒だとは気付かなかった。しかし、時空間移動によって記憶までがリセットされるという描写は作中存在しないし、それどころか、アルファ星からプリュクに時空間移動したウラジミールとゲデバンが記憶をそのまま保有しているという相反する描写がある以上、ラストシーンが持つ意味については、さらなる詳細な検討が必要なようだ。

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 すっとぼけていながら、一方ではこのような超科学的考証を行う余地もあるというところにも、本作がカルトSFの金字塔として末永く君臨し続けている理由の一端があるような気がする。

点数:79/100点
 『スターウォーズ』全盛期だった当時の資本主義世界には到底真似できなかったであろう超傑作“おとぼけ”SF。あらゆる要素が有機的に連関して醸し出される本作の言いようもなく絶妙な雰囲気は、やはり文章では表現しきれないので、未見の人は、是非とも鑑賞してもらいたい。それと、書き終えてから気付いたのだが、本作のDVDはめっちゃ高い!(この後に貼り付けた広告参照。)こういったところからも、本作が真の傑作カルト的SFであることが分かるだろう。

(鑑賞日[初]:2013.7.8)










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Tag:バカ映画 砂漠 タイムトラベル バディ・ムービー

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