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2013

[No.261] ザ・チャイルド(¿Quien puede matar a un niño?) <69点>

CATEGORYホラー




キャッチコピー:not found.

 死体と遊ぶな子供たち。

三文あらすじ:スペインのある街にバカンスにやってきたイギリス人生物学者のトム(ルイス・フィアンダー)と妊娠中の妻エヴリン(プルネラ・ランサム)は、都会の喧噪を避けるため、沖合に浮かぶ孤島アルマンソーラへ向かう。大人の姿が全く見えない島の様子を不審に思うトムとエヴリン。やがて彼らは、突如狂気に取り憑かれた子供たちが大人を襲っている、という驚愕の事実を知る・・・


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 1976年制作のスペイン産ホラー。ショッキングな映像とショッキングな内容が当時の観客に衝撃を与え、翌年のアボリアッツ・ファンタスティック国際映画祭で批評家賞を受賞するなど世間から高い評価を得た隠れた名作。今なおホラーファンの間ではカルト的な人気を誇るホラー映画好き必見の一本である。

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 スペインと言えば“愛と情熱の国”。地中海に面した土地柄的に、空は常に快晴、照りつける太陽の熱さが気持ちよく、開放的な人々の熱気が常に逆巻いている、というイメージの国だ。基本的に暗くてジメジメして陰湿な環境でこそ生育することの出来る“ホラー映画”というものが、果たしてそんな脳天気な国で作れるのか、という疑問がまず浮かんでくるだろう。

 ところが、そんな心配は不要である。本作で素晴らしいのは、島に着いてからの終始無音という演出。本土の街では必要以上にバンバン大音響を鳴らし、その後、島に渡ってからは、ほとんどBGMを使わない。照りつける太陽の“ジリジリ”という音が聞こえてきそうなくらいピンと張り詰めた静寂が極めて不気味で、情熱の国のホラーとしてしっかり成立している。

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 一方、演出面で若干物議を醸しそうなのは、冒頭8分間にも及ぶドキュメンタリーシーン。ここでは過去の戦争や内戦で犠牲になった子供の実際の映像がドキュメンタリータッチで流され、一つ終わると怪しげな子供の歌声、そして、また次の戦争のドキュメンタリー、終わると怪しげな子供の歌声、そして、また次の・・・というように同じ展開の繰り返し。映画のオープニングというのは、観客がこれから始まるめくるめく冒険の世界に思いを馳せる非常に貴重な時間であるから、筆者は個人的に、すぐさま本題へと突入していく昨今の風潮には遺憾の意を示している。とはいえ、本作のオープニングは、いくらなんでも単調で長すぎる。もちろん、このシークエンスには、“戦争の犠牲になり続けてきた子供たちの怨念がアルマンソーラの子供に乗り移り、猟奇的な殺害本能を芽生えさせた”という設定の前フリになっているのではあるが、せめて3つぐらいの戦争エピソードにまとめてもらいたかった。

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 さて、本作で観る者を深く考えさせるのは、やはりそのテーマ。すなわち、“例え自分が殺されそうになったとしても、子供を殺すことなど出来るのか?”という倫理的・道徳的な命題であろう。原題の『¿Quien puede matar a un niño?』とは“誰が子供を殺せるか?”という意味である。

 本作の主人公トムは、結果的に子供を殺す。それは、愛する妻を守るための正当防衛であり、自身が逃げるための生存本能だ。しかし、本土から大人が来るまで子供たちとバトりながらなんとか粘っていたトムは、逆に子供を襲っていると誤認され、撃ち殺されてしまうのであった。というのが、本作のオチ。その後、ボートで本土へと乗り込んでいく子供たちは、スペイン中を大混乱に陥れることだろう。

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 トムの最後の決断に関して、みなさんはどのように感じるだろうか。筆者は、トムと同じ状況になれば“迷うことなく子供を殺す”だろうと思う。そもそも、“何故子供を殺してはならないのか?”を考えてみると、あまり合理的な理由は見つからない。純粋無垢だから、未来があるから、無力だから。しかし、手に手に大の大人を十二分に殺傷することの出来る凶器を持った多数の子供たちが自分の命を狙っている、という状況をリアルに想像してもらいたい。しかも、本作中盤で殺されてしまったおじさんのように、自分の娘がその中にいればまだ分からなくもないが、全員見ず知らずの他人の子供だった場合、果たしてあなたは何らの抵抗もせず大人しく死を受け入れることが出来るだろうか。

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 思うに、である。そんな状況でも子供には絶対手を出すべきでない!と宣(のたま)う人は、子供を舐めているに違いない。まだものも良く分かっていない幼き存在、大人の手助けなくしては生きていけない無力な存在。そんな子供に対する“侮り”は、ひいては自分の子供に対する“所有意識”へと繋がる。自分の子供だから守るのは当然、自分の子供だから躾けるのは当然、自分の子供だから“何をしてもいいんだ・・・!”。オーバーで飛躍した理屈だと人は笑うだろう。しかし、見てご覧なさいよ。何のためらいもなく子供を傷害する親、“ライム”だ“ティアラ”だと将来確実に嘲笑の的になるであろうヘンテコネームを付ける親。彼らの意識の根底にあるのは、子供は無条件に自分に帰属する存在である、という“所有意識”にほかならず、もっと大げさに誤解を恐れず言ってしまえば“ペット感覚”で子供を捉えているのである。

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 子供は、大人が考えているほど弱い存在ではない。彼らは、たまたまあなたの子供として生まれただけであって、本来的には“別個独立した人間”だ。だからこそ、明確な殺意を持って自らの前に子供が立ちはだかるとき、我々は、彼らを決して侮らず、“大人vs子供”ではなく“一人の人間vs一人の人間”という意識の元で対峙しなければならない。だからと言って、すぐさま殺してしまえ!などと猟奇的な見解を述べるつもりもない。今自分の目の前で殺意を露わにしている存在は、“一人の人間”なのだ、というしっかりとした認識の元で最善の策を検討せよ、と言いたいのである。子供を決して舐めるな!大人も子供も関係ない!俺たちは、命のやり取りをしているんだぞ!

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 まぁ、以上は未だ子を持たぬ筆者の戯れ言であって、こんなことを平気で偉そうに言っているようでは、筆者自身がまだまだ子供なのかもしれない。将来自分の子供が生まれたときに、また鑑賞してみたい作品である。

点数:69/100点
 開放的な白昼の静寂がこの上なく背筋を凍らせる、極めて上質な名作ホラー。大勢の子供が大挙して主人公を追い詰めていく様はまるで“ゾンビ映画”のようであるが、それが“既に死んでいるゾンビ”ではなく“未だ生きている人間”でしかも“子供”という点が、本作の肝である。

(鑑賞日[初]:2013.7.12)






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Tag:ヘンテコ邦題

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