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2013

[No.267] ローマの休日(Roman Holiday) <95点>

CATEGORY恋愛
Poster - Roman Holiday_01



キャッチコピー:『永遠に続く、たった一日の恋』

 つべこべ言うな、これがラブ・コメディの原典だ。

三文あらすじ:ヨーロッパ最古の王朝を持つ某国の王女アン(オードリー・ヘップバーン)は、過酷な反面単調極まるヨーロッパ各国の表敬訪問に嫌気が差し、折しも滞在中だったローマの城を抜け出して夜の街に繰り出す。初めての市井に興奮するも、就寝前に投与されていた鎮静剤の影響によって路上のベンチで眠り込んでしまうアン。そこに通りかかったアメリカ人新聞記者ジョー・ブラッドレー(グレゴリー・ペック)は、仕方なく彼女を保護し自室に一晩泊めるのだが、翌朝、それがアン王女だと気付いた彼は、特ダネを得るために身分を隠してローマの街を案内することを思い付く・・・


~*~*~*~

 
 名作にして傑作、誰もが知る古典的ラブストーリーの金字塔をもう一本。

 1953年制作、配給パラマウント・ピクチャーズ。監督は、『ミニヴァー夫人』、『我等の生涯最良の年』、『ベン・ハー』でアカデミー賞監督賞を3回も受賞し“巨匠中の巨匠”との異名を欲しいままにする男ウィリアム・ワイラー。たった1日の恋を演じる“永遠の彼氏”は、甘いマスクのいぶし銀グレゴリー・ペック。ヒロインに“永遠の妖精”、史上最高の映画女優オードリー・ヘップバーン。そして、そんな2人を華麗に鮮やかに彩る“永遠の都”ローマ

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 さぁ、もう言葉はいらない。本作が第26回アカデミー賞における“永遠対決”で惜しくも『地上より永遠に』に作品賞を譲ってしまったという事実や、当時ほぼ無名だったオードリーの可能性を確信し、自身と同レベルでのクレジットを認めたグレゴリー・ペックのいぶし銀は、既にこの星の常識。また、スペイン広場の時計がシーンによって全く異なる時間を示している、あるいは、この広場のシーンでオードリーがジェラードを食べ、コーンをそのままポイ捨てしてしまったがためにその真似をする観光客が続出し、今では飲食禁止になっている、はたまた、真実の口におけるペックのどっきりはオードリーにも知らされておらず、彼女のリアクションは素のものであった、などというトリビアも、もはや改めて付言するに値しない。我々は、パジャマではなくナイトガウンを羽織って、ミルクとビスケットではなくシャンパンを片手に、この映画史に残る計り知れないラブロマンスと極上のコメディを心の底から楽しめばよろしい。

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 筆者が本作について述べておきたいことは、やはり『ノッティングヒルの恋人』との対比である。『ノッティングヒルの恋人』の視点から見た両作の比較は、既に同作のレビューで述べたところであるが、一応今回は本作側の視点から同じようなことを再度述べておきたいと思う。

 まず、『ノッティングヒルの恋人』における2人の恋人は、ビバリーヒルズに居を構え世界を股に掛ける大女優アナ・スコットとイギリスの片田舎ノッティングヒルで自身が営むしがない本屋と同じくらいしがない暮らしを送る男ウィリアム・タッカーであった。この恋人同士の構図は、明確なる本作へのオマージュだ。本作における2人の恋人も、ヨーロッパ最古の王朝の現王女アンとアメリカからローマくんだりまで左遷されたしがない新聞記者ジョー・ブラッドレーという身分不相応なカップル。

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 そんな似通った関係性の二組であるが、迎える結末は全く異なる。この点が『ノッティングヒルの恋人』がオマージュの中にも独自性を光らせたところであり、逆に言えば、本作の哀愁と余韻を改めて噛み締めるポイントでもある。つまり、『ノッティングヒルの恋人』では、ラストの記者会見でアナとウィルが見事結ばれ、アナはそれまでのような単なる“休日”としてではなく“永遠の居場所”としてノッティングヒルを選択する。一方で、本作のアン王女とブラッドレーは、まさに“1日だけの恋人”。アンのローマ滞在は、あくまでも“王女”という身分をひととき休んだ“休日”に過ぎないのである。

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 本作が見事だったのは、そして、世間で言われているように“永遠の傑作”になったのは、この“1日だけの恋物語”というコンセプトのおかげだと筆者は感じる。世界中が憧れる恋愛映画の中の恋愛映画でありながら、実は、王女と記者が交流したのは、たった24時間そこそこ。しかも、その中で2人が物理的に交わったのは、実にキス2回だけという極めてプラトニックなものだ。これもまた本当に素晴らしい。アナとウィルなんか出会って10分20分足らずでキスしてしまうし、とりあえずセックスしてからなんやかんやと“真の恋人”になるための試練が待っている。なんとふしだらなことか。

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 このように、今時の恋愛映画からすればかなり浅い関係のアンとブラッドレーなのだが、しかしながら、いや、だからこそ、ラストシーンでのアン王女のスピーチが効いてくる。ここはやっぱり何度観ても、本当に素晴らしい。

 ローマでの1日だけの冒険とロマンスを経て、女としても王位継承者としても一皮むけたアン王女。彼女は、もうナイトガウンを嫌がったりしない。就寝前のミルクとビスケットも、もはや彼女には必要ない。オープニングのように心ここにあらず状態で式典に出席することもなく、凜とした立ち姿で記者会見に臨む彼女は、既に立派な一人の“女性”である(ちなみに、アン王女とブラッドレーが本当にセックスをしていないかは、厳密に言えば議論の余地がある。が、筆者としては、やはりプラトニック・クイーンとしてのアンを信じたい。)。

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 そんな彼女に記者が問うのは、「今回のヨーロッパ周遊でどの都市が最も印象的だったか?」という質問。これは『ノッティングヒルの恋人』で記者ドミニクが発した「アナ、ロンドン滞在はいつまで?」という質問に相当する。同作におけるアナは、一度は「今日の便で帰ります。」と答えるものの、改めて「永遠に。」と締めるのであるが、本作のアンは王女である。一介の女優のようにホイホイとロマンスに身を任せる訳にはいかない。しかも、彼女は、先述の通り既に一人の“女性”として成熟しているのであるから、記者の質問にもあくまで凜とした公務優先の態度を崩さないのである。もちろん、そこには一瞬の逡巡があり、側近の口添えも若干はあった。しかし、彼女はキリリとこう切り出す。

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「Each, in its own way, was unforgettable. It would be difficult to…。」
(どの都市も素晴らしく・・・。)


 しかし、彼女は、ここで翻意し、王女にあるまじき最高の名言を口にする。ひとときの恋を、永遠に焼き付けるために。

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「Rome! By all means, Rome. I will cherish my visit here in memory as long as I live.」
(ローマです!何と言ってもローマです。私は、この町での思い出を一生忘れないでしょう。)


 これは…これはやっぱりいい!このくだりがあるからこそ、形式的にはバッド・エンドな本作のラストが、どこかしら甘酸っぱくて暖かいものに仕上がっているのである。そこにあるのは、溢れんばかりの、それでいて極めて淡く心を包む余韻。

 アン王女にとって、このローマでのロマンスは、間違いなく“初恋”。初めての恋ってのは、これくらいでいいのである。幼く、無垢で、プラトニックなひとときの淡い恋心。大人になってから思い返せば、どこかしら恥ずかしく、背中がこそばゆいような感情に苛(さいな)まれるこの気持ちを胸に抱き、少女は女性へと成長していく。それは、無垢が故に愚かだが、同時に決して誰にも汚すことの出来ないたったひとつの思い出。永遠なんていう言葉なんて知らなかったよね?いやいや、きっとあなただって、既に知っているはずだ。

点数:95/100点
 “永遠に続く、たった一日の恋”というキャッチコピーそのまま、まさに永遠の傑作ラブ・コメディ。このキャッチコピーは、果たして公開時の公式なものなのだろうか。だとしたら、当時の配給会社には天晴れの一言を贈りたい。

 それから、今回はめんどくさくて、もとい、文章構成上記述を省いたが、本作の王女アンは、おそらく『カリオストロの城』のヒロイン、クラリスのモデルになっている。服装もそのままだし、ちょっとだけお転婆なところもよく似ている。ラストも甘酸っぱい別れであったし。ルパンファンの人は、是非本作もチェックしてもらいたい。

 また、これは余談であるが、本作の著作権は、既に2003年12月31日を以て消滅している。しかし、本作が晴れてパブリック・ドメインになるには、喧々諤々、学者も法廷も文化庁も巻き込んだ壮絶な論争があったのである。それが、いわゆる“1953年問題”だ。素人の筆者がかいつまんで説明すると以下のようになる。

 まず、著作権法上「映画の著作物」の著作権保護期間は、“映画公開後50年間”と決まっていたのだが、2003年の著作権法改正によって“公開後70年間”に延長された。しかし、この改正には「この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による」との経過規定が設けられていたのである。つまり、改正法が施行される2004年の年明けの瞬間を以て、その時点で既に著作権保護期間が満了している映画(言い換えれば、2003年が公開後50年目あたる映画)については、延長の適応を受けられない、という訳だ。

 しかし、ここに論理的で不健全な大人たちが噛み付いた。「2003年で保護期間が満了する映画っていうのは、2003年12月31日24時00分になった瞬間に著作権が消滅する訳だけれど、2003年12月31日24時00分は同時に2004年1月1日00時00分でもあるよな?ということは、2003年で保護期間が満了する映画は、改正法が施行される2004年1月1日00時00分のまさにその瞬間には“現に(既に)~著作権が消滅している”とは言えないから、引き続き20年の保護を受けられるな!そうだな!」と。

 この場合、24時00分と00時00分を同時と考えるか否かは大問題だ。なぜなら、2003年いっぱいを以て保護期間が満了する映画、すなわち、良作映画の当たり年であった1953年公開の映画群が、そのまま著作権フリーになってしまうか、はたまた、引き続いて+20年の保護を受けることが出来るかの瀬戸際だからである。そして、この1953年公開映画の筆頭に挙げられていたのが、本作『ローマの休日』だった。

 この事態を前にして、当の文化庁はというと、「い…い~んじゃないっすか…。1月1日の0時00分は12月31日の24時00分でもあるって思えなくもないし…。あと20年保護してあげても…。」とフニャフニャ言っていたのだが、最高裁判所はスパッと言ってのけた。「いや、そんな訳ないやろ!それは、別日!」



 …という悲喜交々の結果、本作の著作権は2003年を以て消滅し、現在の我々は、この世紀の傑作を自由にネット上で鑑賞できる運びとなったわけである。創作物をガチガチに囲い込んで保護するだけでなく、広く人々が享受することでその後の著作物全体の発展・向上に資するというのも立派な著作権法の趣旨だから、1953年問題の決着はある意味で妥当だ、と、筆者のかつての顔見知りが申しておりました。

(鑑賞日:2013.7.18)










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Tag:アカデミー賞 最高のキス

4 Comments

yaman  

そんな今おいらはノッティングヒルにいるぜ!

2013/07/30 (Tue) 01:26 | EDIT | REPLY |   

Mr. Alan Smithee  

Re:

何?!マジか!!
じゃあ、是非ウィルの本屋に行ってみてください。
これは一応実在します。
あまりの“これじゃない感”に圧倒されること請け合いです。笑

2013/07/30 (Tue) 23:57 | EDIT | REPLY |   

五十嵐貴久  

五十嵐貴久と申します

突然すみません。私、五十嵐貴久と申しまして、一応作家を生業にしている者でございます。詳しくはwikiにあります。
そんなことはどうでもよいのですが、大変映画の趣味が似ていることに驚きまして、思わずコメントする次第です。いや、私も『ダイハード』好きでして!好き過ぎて、『TVJ』という、そのままの小説を書いてるぐらいです。
また読ませていただきますので、今後とも頑張ってください。楽しみにしてます。

2015/01/14 (Wed) 00:01 | EDIT | REPLY |   

Mr. Alan Smithee  

Re: 五十嵐貴久と申します

本当にWikiに載っているではないですか。
そんな有名な小説家の方に拙稿を読んでいただいたとは、恐縮かつ光栄です!

筆者は、アクション映画の中でも、「物量はもちろんのこと、それだけではなくストーリー面で鑑賞者を熱くたぎらせる作品」をこよなく愛しています。
そういった作品群の中でも、やはり『ダイ・ハード』は最高峰ですよね。
長寿シリーズの性として作を追うごとにクオリティは低下している気がしなくもないですが、まことしやかに制作が噂される次作が、なんだかんだでとても楽しみです。

最後に、本当に五十嵐さんご本人であるのなら、ご自身の作品を「そのままの小説」と称されたことに並々ならぬ“漢気”を感じます。素晴らしい。
『TVJ』、ぜひ購入し読ませていただきたいと思います!

2015/02/08 (Sun) 01:20 | EDIT | REPLY |   

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