--
--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
19
2013

[No.275] ワールド・ウォーZ(World War Z) <72点>

CATEGORYゾンビ




キャッチコピー:『全人類に告ぐ、 来たるZデーに備えよ。』

 Yippee-ki-yay, mother“ZOMBIES”!!

三文あらすじ:元国連職員ジェリー・レイン(ブラッド・ピット)は、妻カリン(ミレイユ・イーノス)、長女レイチェル(アビゲイル・ハーグローヴ)、次女コニー(スターリング・ジェリンズ)と共に自動車で外出するが、いつもとは違う街の様子を訝(いぶか)しむ。その瞬間、凶暴化して蘇った死者によって街はパニックに。国連事務次長ティエリー(ファナ・モコエナ)の導きで何とか洋上の米海軍母艦に逃げ延びたレイン一家だったが、パンデミックの原因究明を依頼されたジェリーは、世界を、そして、愛する家族を守るため、ウィルス学者や特殊部隊員らと共に、ゾンビ発生の第一報を送った韓国の米軍基地へと飛び立つのだった・・・



~*~*~*~

 
 先日劇場にて鑑賞してきた『パシフィック・リム』の感想がかなり長くなりそうなので、先に本日たった今鑑賞してきたこの夏のゾンビ超大作『ワールド・ウォーZ』の感想を書き留めておこうと思う。

 主演に押しも押されぬトップ・スター、ブラッド・ピットを据え、監督に上質なドラマでお馴染み、近年では、異例ずくめの007第22弾『慰めの報酬』でファンからの熱い酷評を受けたマーク・フォスターを迎えた、ゾンビ映画にしては珍しい本格的なブロック・バスター作品。

wwz11.jpg


 末席ながらゾンビ映画ファンを自称している筆者も、随分前から本作のニュースを小耳には挟んでいた。しかし、制作段階、あるいは、公開前の本作に対する評価は、ずばり“駄作”以外の何ものでもなかったのである。“大コケ確実!”であったり、“金をかけただけのZ級映画!”であったりといった見出しで以て連日映画サイトを賑わせていた本作に、筆者自身、あまり期待はしていなかったし、劇場に足を運ぶ気すら実はさらさら無かったのであった。ところがどっこい、本国アメリカで封切られた本作は、誰しもが予想だにしなかった大ヒットを記録。なんでも、公開前の低評価を受けて、なんと6~7週間にも及ぶ撮り直しが行われたということで、ゾンビさながらの見事な“蘇生”を披露した希有な例となった訳である。

wwz6.jpg


 そんなこんなで、結局、非常に楽しみな気持ちを抱きつつ劇場に足を運んだ筆者が、本作に対して感じた率直な感想は、一言で言って“これは、テロリストをゾンビに置き換えた『ダイ・ハード4.0』だ!”というものであった。

 順に説明しよう。

 まず、これは、鑑賞前のネタバレを過剰に嫌った筆者の過失もあるのだが、本作において、ブラッド・ピットの家族があまりストーリーに絡んでこないということに衝撃を受けた。しかし、この点は、個人的に極めてうれしい展開でもある。というのも、ブラピが家族を引き連れて阿鼻叫喚の世界を駆け巡り、なんやらかんやらで生き延びていくというサバイバルものを念頭に置いていた筆者は、“そんなんトム・クルーズ版の『宇宙戦争』とか『2012』とかと一緒やん…。”と勝手に幻滅していたからである。あくまでも基本的にではあるが、パニック映画における“主人公の家族”という存在は、足手まとい以外の何ものでもない。主人公の確固たる“動機”にはなるだろうが、物理的に非力な“女子供”という存在が、生産的な活躍をすることはめったにない。そして、足手まといの存在は、結果として作品に対する高評価には繋がらない。味方の自滅にやきもきし、敵の尊厳が失われるだけだ。しかし、本作は、序盤で一通り“子守的サバイバル”を描いた後、大胆に家族を置き去りにしてストーリーを進めていく。こうなれば、一転、“家族”という存在は、主人公の行動原理を熱く説得的なものにする最良のギミックへと変貌を遂げる。

wwz2.jpg


 ここからの展開は、ブラピの独壇場。

 まず、彼が演じるジェリー・レインというキャラクター設定が極めて魅力的(そういえば、ブラピは『イングロリアス・バスターズ』でもレインというキャラクターを演じていたな。)。オープニングから、彼が何やら数々の戦場などを経験した“歴戦の戦士”であることを予感させるやり取りがいくつか描かれ、しかし、今は引退し、安らかな生活に身を置いていることが推測される。そして、明らかになる国防事務次長とのコネクション。母艦で与えられる世界救済のミッション。俺はもう止めたんだ、なんて言いながらも、家族を守るために渋々部隊入りするブラピ。

wwz4.jpg


 つまり、彼のキャラクターは、緋村剣心であったり、ジョン・パトリック・メイソンであったりといった、いわゆる“牙を隠した伝説の男”なのである。これはシビれる設定!アクション映画ならまだしも、ゾンビ映画というジャンルにおいては、めったにお目にかかれないヒロイックな趣向である。言ってみれば、ジェリー・レインという男は“ヒーロー”なんだな。

 そんな彼は、かつての経験を活かして世界各地を飛び回り、八面六臂の大活躍の末に生き残っていく。正統的なゾンビ映画では、おびただしい数のゾンビの脅威を前にした人類が、ただただ恐れ戦(おのの)き犠牲になっていく、というのがベタであり、主人公ですらその例外ではない。しかし、本作では、伝説の男ジェリー・レインが“ゾンビ発生の謎”を探っていく、というサスペンス的縦軸に沿って、様々な国で大アクションを繰り広げていくのである。この中盤の展開は、『007』シリーズや『M:I』シリーズを彷彿とさせる極めてスケールの大きな冒険活劇。これもまた通常のゾンビものではちょっとお目にかかれない。

wwz8.jpg


 以上を総合的に勘案した結果至った筆者の結論が、『ダイ・ハード4.0』なのである。同作は、“巻き込まれ型ヒーロー”であるジョン・マクレーン刑事が、合衆国を守るため、そして、何より最愛の娘を守るため、世界を股に掛けて大活躍するアクション超大作。家族を原動力とし、各国を駆け回って世界を守るジェリー・レインの姿は、まさにマクレーンのそれであろう。

 ヒーロー好っき、アクション好っき、『ダイ・ハード』は?もっと、好き!な筆者にとって、このゾンビ映画らしからぬ趣向は、必然、作品の高評価に繋がったのであるが、では、そうでない他の観客も同じ感想を抱くかと言えば、答えは必ずしもYESではないはずだ。

wwz1.jpg


 まず、直感的に感じる疑問は、“これってゾンビ映画の意味ある?”である。基本的に、おびただしい数のゾンビが人々を圧倒し、陳腐なミスや仲間割れの末に次々と人が喰われていく様を描写することで、人類の愚かさ、世界の終末といったものを描く“ゾンビ映画”というジャンルの中では、本作は、かなり目新しい作品だと言える。しかし、裏を返せば、アクション映画としてはベタなのである。どこかで見たような主人公キャラ、どこかで見たような展開。その中に入り込んだグロテスクなゾンビたち。日頃ゾンビ映画など観ないという健康な観客なら、なんでこんな“無駄な”腐乱死体をフィーチャーするの?という本末転倒な感想を抱きかねない。

wwz3.jpg


 そして、おそらくその表裏の帰結として、本作は、純粋なゾンビ映画としては温いのである。人類の愚かさ、世界の終末という正統的な“ゾンビ映画”足るために必要な要素が本作には欠けている、ということは、先程述べた通りである。しかし、もっと決定的に欠落しているのが、グロ要素だ。ゾンビものにおいては、これが実は非常に重要なファクターなのであって、ロメロ版ゾンビは言うに及ばず、『ゾンビ・ランド』だったり、『ショーン・オブ・ザ・デッド』だったりというコメディ主体のゾンビ映画においても中々ショッキングなグロシーンは存在する。それは、おそらく“人を食べる”という点が、ゾンビというキャラクターのアイデンティティーを大きく占めているため、必然的に食人描写が多数挿入されることになり、その反射として、ハデにはじけ飛ぶゾンビの死亡シーンが描かれるからであろう。

wwz7.jpg


 ところが、まず、本作では、食人シーンが無い。というか、たぶん本作のゾンビは、人を食べない。いや、もしかしたら食べるのかもしれないが、明確あるいは積極的にそのような描写は無かったし、逆に、ゾンビたちはウィルス(細菌だったかな?)の拡散こそを第一の本能として持っているという説明があった。したがって、裏返しで存在し得るグロいゾンビ殺害シーンも当然無し。夢の近接戦闘武器“バールのようなもの”(近接戦闘武器にこそロマンを見いだす戦闘流儀“鋼”の信奉者なら、あるいは“エクスカリバール”と呼び習わすべきか。)でゾンビを殴り倒したブラピがトドメの一突きをその顔面にお見舞いするシーンでも、せっかくの見せ場をカメラが直接捉えることはなかった。

wwz5.jpg


 こんなことではコアなゾンビ映画ファンを満足させることなど到底叶わない。それなりにコア寄りのゾンビ映画ファンだと驕り高ぶっていた筆者などは、鑑賞前にキャッキャ言いながらポップコーンを持ち込んできたカップルを見て、おいおい、それを食べていられるのも今の内だぞ♪などと一人ほくそ笑みながら先輩風を吹かしていたのであるが、鑑賞後、すっかりカラになった彼らのポップコーンバケツを見て赤面し、それも当然だなと頷いたのである。

wwz9.jpg


 それから、展開の構成という点でも、いささか酷評を受け得る部分がある。それは、極めて尻すぼみなクライマックス。本作終盤で展開されるクライマックスは、WHO研究所内でのメタル・ギア・ソリッド的スニーキング・アクション。ウィルス拡散をモットーとするゾンビたちは致死性の病にかかった人間を襲わない、という仮説を実証するため、今やゾンビだらけで隔離されたB棟に病原体のサンプルを取りに行く、というベッタベタのプロット。近接戦闘武器(斧、バールのようなもの、バットという『L4D』ファンにはうれしい取り合わせ!)を携行したスリーマン・セルのパーティが、いつどこから現れるとも知れないゾンビの恐怖に怯えながらジリジリ進んでいく、という『エイリアン』めいたベッタベタな演出。そして、最後の最後は、追い詰められた末、観客の予想そのままに自ら病原体を投与し、見事実証された仮説とドヤ顔を引っさげて悠々と脱出するブラピ。

wwz10.jpg


 それまでが世界を股に掛けた非常にスケール感のある展開と、予告編でも見ることができるあの雪崩のように押し寄せるゾンビの迫力満点の映像で綴られてきただけに、ラストで繰り広げられる極めてクラシックでこじんまりしたアクションは、若干拍子抜けだ。それに、そのままブラピの一人語りからヌルッと終わっていく幕引きの感じには、どこか物足りない読後感を抱く人も多いのではないだろうか。

 そんな訳で、本作は、個人的には一定の高評価を与えたい見所たっぷりの良作だった反面、一般受け、特に日本での今後の興収という点で考えるなら一抹ならざる不安を抱く珍作だった、ということになるのであった。

点数:72/100点
 ゾンビがヒーロー、ゾンビと恋愛などなど、今や映画におけるありとあらゆるジャンルを食らい、新たなコラボレーションを成立させ続けているゾンビ作品。本作は、そんなゾンビの大群が遂に筆者の大好きなアクション超大作をも見事に飲み込んだ記念碑的作品として、個人的には、記憶に残っていく良作である。しかし、やはり大衆受け、あるいは、コアなゾンビファン受けは心配なところ。せめて、ラストの展開を、ワクチン作成を研究所に一任して家族が待つカナダの避難所に駆けつけたブラピが、折しも防御壁を突破して押し寄せたゾンビの大群と死闘を繰り広げ、間一髪完成したワクチンが届けられる、というように変更していれば、少なくともライトな映画鑑賞者になら、なんだかスゴイ映画だったな、というくらいの感想を抱かせることはできたのかもしれない。

(劇場鑑賞日[初]:2013.8.18)
(劇場:ユナイテッドシネマ岸和田)










WORLD WAR Z

新品価格
¥2,100から
(2013/8/19 02:40時点)


World War Z

新品価格
¥801から
(2013/8/19 02:40時点)


バクマ 平バール 540mm

新品価格
¥1,200から
(2013/8/19 02:58時点)


ゾンビサバイバルガイド

新品価格
¥1,890から
(2013/8/19 03:00時点)



関連記事
スポンサーサイト

Tag:走るゾンビ アイ・ラブ・ニューヨーク 劇場鑑賞作品

0 Comments

Leave a comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。