[No.333] ゼロ・グラビティ(Gravity) <76点>





キャッチコピー:『宇宙の暗闇を生き抜け』

 生きるとは呼吸することではない。行動することだ。

三文あらすじ:スペースシャトル“エクスプローラー号”にて船外作業に従事していた医療技師ライアン・ストーン博士(サンドラ・ブロック)とベテラン宇宙飛行士マット・コワルスキー(ジョージ・クルーニー)は、大量のスペース・デブリの高速接近をNASAから知らされる。待避行動に移る彼らだったが、“エクスプローラー”はデブリの直撃を受け大破。酸素残量もままならぬ中、宇宙空間に投げ出された彼らは、地球へと帰還する術を模索するのだが・・・


~*~*~*~


 2013年に公開された本作は、当年に留まらず、過小に見積もっても2010年代を代表するSF作品の一本と銘打って良いだろう。それくらい本作は色んな人から絶賛された。スピルバーグだったり、タランティーノだったり、エドガー・ライトだったりといった映画人たちが、各々「ワオ!」だったり、「ファッキン!」だったり、「ワンダフル!」だったりといった思い思いの言葉で褒めちぎったのである。

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 本作の何がそんなにも良かったのだろう。筆者には正直まだあまり分かっていないのだが、本作を鑑賞して“素晴らしい!”と感じたのは事実である。筆者のような素人映画鑑賞者が本作を観てそう思うのは、取りも直さずその映像美に魅了されたからだ。

 立役者は、当然、撮影監督エマニュエル・ルベツキ。メキシコが生んだカリスマ的映画人である。彼はスゴイ。というか、彼の時代が今まさに到来している。なんせ、2013年度の第86回アカデミー賞、2014年度の第87回アカデミー賞において、2年連続で撮影賞を受賞しているのである…!これは、アカデミー賞にとっては、第67回の『レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い』と第68回の『ブレイブハート』で連続受賞したジョン・トール以来、実に19年ぶりの快挙であるそうだ。

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 ルベツキの持ち味は、長回しにある。まぁ、プロから見ればまた色々スゴイところがあるのだろうけれど、素人映画鑑賞者がまず驚くのは、ワン・ショットで延々と描かれていく長尺のシークエンスであろう。

 例えば、本作なんかだと、冒頭からエクスプローラーが大破するまでずーーーーーっとワン・ショット。詳しくは忘れてしまったけれど、たぶん15分くらいの長尺を切れ目無く綴っていくのである。これは『バードマン』でより如実に見受けられたテクニックだ。同作では、筆者が覚えている限り、終盤でリーガンが自らを銃で撃ち抜くまでずーーーーーーーーーっとワン・ショットだった。ただただ驚嘆である。

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 また、ちょっと昔の例で言うと、2006年の『トゥモロー・ワールド』で長回しが印象的に用いられていた。確か、約11分間にも及ぶ市街地での戦闘シークエンスをずーーーっとワン・ショットで描ききったのである。そこいら中で爆発が起き、滝のように銃弾が降る戦場をクライブ・オーウェンが延々と駆け抜けていく。『バードマン』ではさすがに何カ所かの編集によってワン・ショットのように見せていたのだろうが、『トゥモロー・ワールド』では本当の本当にワン・ショットで撮っていたというから、底なしの根気に裏打ちされた緻密なシミュレーションの極みを想像して気が遠くなる。

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 しかし、個人的には、上記2作のものよりも本作の長回しの方がやや深く感銘を受けた。宇宙空間の壮大な感じとか、たゆまぬ雰囲気とか、雄大な美しさとかを観客に体験させつつ、その残虐な深淵に彼らを引きずり込むための手法として、長回しが抜群に効いていたのである。

 『トゥモロー・ワールド』では戦火の市街地といういわば“動”のワン・ショット。『バードマン』では劇場の舞台裏といういわば“静”のワン・ショット。もちろん、いずれも言葉を失うほど素晴らしかったのだが、本作では、その両方を同時に堪能出来る。冒頭からしばらくは、ライアンとマットの両名をメインとした船外活動の様子をじっくりと描写。当然それは尋常成らざる集中力を要する超専門的作業であるとしても、筆舌に尽くしがたい壮麗な地球をバックにしたゆるやかで途切れない映像を追う我々は、そこにどこかしらの“穏やかさ”を感じ、極めてすんなりと物語に入り込んでいく。

 状況は一変し、超速で接近するデブリ群。さきほどまでののどかな空間は、瞬く間に阿鼻叫喚の戦場と化す。このとき、我々は既に、ライアンやマットと一緒に宇宙に浮かんでいるのである。連綿と描かれてきたオープニング・シークエンスは、我々に「これは映画だ!」と気付く余地を与えない。緩やかな遊泳から突如危機に晒されたライアンたちと同様、我々もまた、知らぬ間に興奮し、汗を掻いたこぶしを固く握りしめているのである。これぞ、限りなく真に迫ったSF的疑似体験であろう。

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 一方、本作のストーリー面に目を向けてみれば、そこには特に目新しさは無いように思う。まぁ、もしかしたら、とんでもなく緻密に計算された構成や、目を見張るほど深遠なテーマなどが隠れているのかもしれないが、SFアクションとして観るなら、本作のストーリー展開は極めてシンプルだ。

 宇宙飛行士としては未熟な女性が、宇宙の脅威や孤独に翻弄されながらも強い心で立ち向かっていく。しかし、かつて幼い娘を事故で失った彼女は、これまでその過去に縛られた人生を歩んでおり、今回のアクシデントの中でも絶望の内に天国の娘の元へ行きたい、すなわち、“死”という道を選択しそうになる。彼女は、“過去の呪縛”=“重力(グラビティ)”からの解放を安易に望むわけである。ところが、そのとき、たまたま傍受した地球からの無線で名も無き男が彼の娘(孫?)に聞かせる子守歌を聴いた彼女は、自身の過去としっかり向き合い、苦しくとも“重力”の中で生きていくことを選択、“無重力”の宇宙から地球への決死の帰還を決意するのである。極めてシンプルで分かりやすく、したがって、万人の胸を打つテーマ。また、登場人物も必要最小限なので、テーマがぶれる心配は皆無である。

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 アクション的な見せ場も、冒頭でエクスプローラーが大破する掴みからのISSでのスペクタクル、そして、天宮でのクライマックスと、多すぎず少なすぎず、丁度良い感じ。

 このようなストーリー面でのシンプルさは、言い換えれば、我々が鑑賞する上での極めて新設な設計である。また、全く無駄が無い、と換言することも可能だろう。もちろん、マイケル・ベイ好きな筆者からすれば、物語的に意味のある宇宙ステーションへの立ち寄りなんて信じられない展開だけれども、多くの映画人を賞賛に駆った大きな要因は、この“無駄の無さ”にあるような気もする。

点数:76/100点
 一切の無駄なく、極上の映像美に酔いしれる珠玉のSFアクション・ドラマ。キャラクターが大活躍するタイプのSFではないからお祭り騒ぎにはならなかったけれど、映画史に末永く刻まれていく名作に違いない。

(鑑賞日[初]:2015.3.15)

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Comment

  • T
  • URL
No title

意味のあるw
宇宙ステーションへの立ち寄りwww

  • Mr. Alan Smithee
  • URL
Re: No title

ちなみに、本作には、無線の相手が子守歌を歌う、というシーンがあります。
この際の相手の歌声は、ライアンがいる宇宙の無機質さと対比されるべく
やや粗野なダミ声です。
これは、物語的に意味のあるダミ声と言えるでしょう。
まぁ、それはそれとして、筆者としては、やはり物語的に何の意味も無い
過剰な美声こそを愛でたいと思います。

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