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13
2015

[No.360] クレイジーズ(The Crazies) <74点>

CATEGORYゾンビ




キャッチコピー:『あなたの友人も、家族も、恋人も、一杯の水で狂暴<クレイジー>になる』

 カプリッチオを聴きながら

三文あらすじ:アイオワ州の農村オグデンマーシュ。のどかだったこの村で、ある日を境に住民の奇怪な行動が目立ち始める。郊外の沼でパイロットの死体が上がったとの通報を受け現場へ向かった地元の保安官デヴィッド・ダットン(ティモシー・オリファント)は、軍で開発されたラブドウイルス科の細菌兵器“トリクシー”が積まれた輸送機を発見する・・・


~*~*~*~


 2010年公開のゾンビ映画『クレイジーズ』。本作は、1973年のカルト的ゾンビ映画『ザ・クレイジーズ/細菌兵器の恐怖』のリメイク作品である。

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 製作総指揮の一人には、あの巨匠ジョージ・A・ロメロが名を連ねる。というのも、リメイク元である『ザ・クレイジーズ』は、ロメロが初期に手掛けた作品。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(68年)の5年後に公開された同作は、そのまた5年後に公開された『ゾンビ』のヒットを受けて再評価された。恥ずかしながら筆者はまだ同作を未見なのだが、ゾンビ映画の最初期にして、いわば“変則的”かつ奥深いストーリーを描いて見せたロメロは、やはり素晴らしいな。

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 では、『ザ・クレイジーズ』及び本作がいったいどのようなストーリーなのか、と言うと、端的に言って、ゾンビが蔓延したため軍によって隔離された町から主人公たちがなんとかして逃げだす、というものである。つまり、“ゾンビ映画”ではあるものの、ゾンビのみならず人間もが主人公たちの“敵”ということになる。

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 まぁ、そもそも“ゾンビ映画”とは、そういったジャンルではあるのだが。『ナイト・オブ~』のラストではベンが人間の手によって殺されるし、『ゾンビ』では後半でショッピングモールへと雪崩れ込んできた暴走族こそが主人公たちの“敵”になる。この2作に限らずとも、とかく“ゾンビ映画”というジャンルでは、本来一致団結して事態と向かい合うべき正常な人間同士がいがみ合って、結果、無用な犠牲を出すものだ。要は、世界が正気を失ったとき人々はどのように振る舞うのか、を描くのが“ゾンビ映画”というジャンルの本質であり、“ゾンビ”というモンスターは、世界を常軌から逸脱させるためのトリガーに過ぎない、というわけである。

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 そういった意味で、本作のゾンビたちは、一般的なゾンビ像と比較してより端的なキャラクターである。本作で細菌兵器“トリクシー”に感染した者が発現する症状は、“狂気”。“狂暴化”と言い換えてもいい。彼らは、フレッシュな人肉を求めて彷徨うわけではなく、あまつさえ、脳みそに渇望しているわけでもない。彼らが有する究極の目的は、“普通じゃないことをする”ということだ。したがって、別に、突然歌いだしたりだとか、急に自分の髪の毛をむしり始めたりといった、周囲に対して物理的に無害な奇行に走ってもよいのだが、まぁ、生物にとっての“普通の目的”が“生存”であるのなら、その常軌から外れた“狂気”の発現として“他者の殺害”を行うことも、確かに合理的と言えるだろう。ちなみに、無害な奇行には走らない彼らだが、より単純な身体動作としては、走る。つまり、最近主流の、かつ、ロメロ版ルールを逸脱した形でのいわゆる“走るゾンビ”である。

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 本作では、以上のようなテーマやスキームやキャラクターを極めて丁寧に描き切る。もちろん、それは昨今のゾンビ映画としては、極めて月並みと言わざるを得ないが、同ジャンルの正統をじっくり楽しみたいのなら、一もにもなく満足できるであろう。政府による“狂気的正義”の継続を示唆するラストも、今となってはあくびが出るほどありきたりでありながら、その反面、素晴らしく座りのいい落としどころである。

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 キャスト面で注目すべきは、以下の2人。

 まずは、主人公である勇敢な保安官を演じるティモシー・オリファント

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 不死身の中年親父が不屈の死闘を繰り広げるシリーズ第4作『ダイ・ハード4.0』において、テロリストの親玉トーマス・ガブリエルを演じていた俳優である。同作では、そのキャラクターも相まって、すごくチンチクリンな小物という感じだったが、本作を観てみるとそんなにチンチクリンではない。むしろ、高身長のナイスガイである。

 もう一人は、主人公の妻を演じるラダ・ミッチェル

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 当ブログでは、やはり、漆黒の怪物譚『ピッチ・ブラック』において、ヒロインたるパイロット、キャロリン・フライを演じた女優として紹介すべきであろう。また、筆者が少し前に再鑑賞した『サイレント・ヒル』では、陰湿なカルト集団から娘を救うため奮闘する勇敢な母親ローズを好演していた。本作でも、彼女の(意思、身体における)“強さ”が効果的に描かれている。

 それから、本作では、冒頭とエンドロールでいわゆる“カントリー調”の音楽が印象的に使用される。田舎町という舞台にマッチもしているし、同時に、往年の名作『博士の異常な愛情』のように凄惨なテーマとのギャップが無常を強調しており、とても効果的な演出だと思う。

 ちなみに、冒頭の曲は、ジョニー・キャッシュの『We'll Meet Again』。一義的には、軍の手によって離れ離れにになってしまう主人公と妻を表していそうだし、穿った見方をするなら、なんとかして“通常の世界”への“帰還”を目指す主人公たちを示唆していそうでもある。



 そして、エンドロールの楽曲は、ウィリー・ネルソンの『Bring Me Sunshine』。隔離された町から逃げ出し、朝日の中を歩く主人公夫妻を表現した効果的な使用。また、軍による監視と管理はまだまだ続く、というラストから推し図るなら、極めてアイロニックにも感じられる。



点数:74/100点
 ゾンビ映画というジャンルの中では極めてベタベタな映画ではあるものの、作品自体の出来としては非常に秀逸な隠れた良作。平穏な農村を襲う“狂気”に耳を傾けながら、登場人物がいかにして“世界”と戦っていくのかを存分に楽しむことができる。我々の世界だって、いつなんどき狂気と混沌に陥るかは分からないのだし、我々が“普通”と思っている日常が、既に“普通”ではない可能性だって、十分にあるのである。






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Tag:グロ注意 走るゾンビ リメイク映画

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