[No.355] ババドック ~暗闇の魔物~(The Babadook) <87点>





キャッチコピー:『見ぃつけた。』

 僕といっしょ、あなたもモンスター。

三文あらすじ:夫に先立たれたシングルマザーのアメリア(エシー・デイヴィス)は、幼い息子サミュエル(ノア・ワイズマン)の度が過ぎたいたずら癖に日々手を焼かされている。ある夜、アメリアは、サミュエルと一緒に、家の本棚にあった絵本“ミスター・ババドック(Babadook)”を読むが、それは、不吉な内容の上、途中までしか描かれていないという不思議な本だった。その後、アメリアとサミュエルの周囲で不可解な現象が起こり始め、親子は次第に追い詰められていくのだが・・・


~*~*~*~


 サンダンス映画祭でプレミア上映され、その後、シッチェス・カタロニア国際映画祭等、数々の映画祭で絶賛を受けたホラー映画『ババドック ~暗闇の魔物~』。映画批評家のレビューを集約し百分率化するサイト“Rotten Tomatoes”では、何と驚異の98%もの数字を叩き出した、近年稀に見る傑作である。あの『マッド・マックス/怒りのデス・ロード』でも97%だったことを考えれば、本作の素晴らしさが分かるだろう(逆に分かりづらいかもしれないが。)。

 ちなみに、タイトルの“Babadook”とは、一義的にはもちろん本作で罪なき母子を追い詰める怪異を指す固有名詞だが、実は“A Bad Book”のアナグラムにもなっている。

b1_20160802231757e14.jpg


 では、本作のどこがそんなにも素晴らしいのだろうか。

 本作の宣伝で良く見るのは、「これほど怖い映画は観たことがない!」というコメントである。『エクソシスト』の監督ウィリアム・フリードキンが自身のツイッターで同様の趣旨の発言をした、という事実もあるらしい。

 しかし、個人的に本作は、そこまで言うほどは怖くないと思う。もちろん、本作で罪なき母子を追い詰めるモンスター“ババドック”の造形は、超怖い。絵本で見るだけでも鬼怖い。

Babadook1.jpg


 いやぁ・・・たいていのオバケは平気だけど、これは怖いなー!特に筆者に限っては、このような120%の笑顔とでも言うべき過剰な笑みに恐怖症を患っているから余計にダメだ。実はミッキーとかもけっこう怖い。

 とはいえ、である。本作のホラー映画としての怖さは、昨今の標準からすれば中の上くらいではないだろうか。親子が辿る顛末自体は絵本に全て載っているものであり、これは早々に明かされる。そのうち母親の気がおかしくなり、まず飼い犬を殺し、次に息子を手にかけようとするのだ、という先々の展開を念頭に置いて、我々は鑑賞できるわけだ。そういった意味では、本作は、ベタで親切なホラー映画と言えるのである。演出にしたって、こちらの不意を突いて過剰にビビらせるような卑怯なものはほとんどない。本作程度で「史上最も怖いホラー!」などと言っていては、『パラノーマル・アクティビティ』なんかとてもじゃないが観れたもんじゃない。

b10_20160802231828732.jpg


 筆者が思う本作の素晴らしい点は、ヒューマン・ドラマとしての圧倒的な完成度である。もちろん、幼き我が子に自らの死を悟らせまいと兵隊のまねごとをするような心温まる話でもなければ、無実の死刑囚が看守のキンタマを握りしめ病魔から救うようなハートウォーミングなストーリーでもない。“ホラー映画”という形式を借りて本作が描くのは、中年女性の苦悩と再生である。

b9_20160802231827664.jpg


 アメリアは、お産のまさにその日、夫とともに病院に向かう途中で事故に会い、彼を失った。その後、7年だったか8年だったか、たった一人の細腕で最愛の息子サミュエルを育ててきたのである。もちろん、彼女は我が息子をこの上なく愛している。しかし、しかしである。子育てを起点とした様々な苦悩が、彼女を徐々に追い詰めていく。本作は、まず、この過程の描写が極めて端的かつ説得的で素晴らしい。

 奇行に走りがちな息子サミュエル(ちょっとアスペルガーっぽい。)。彼を育てるのは、女一人でなくとも容易ではないだろう。それでも、毎晩毎晩、「怪物が出るよー!」と騒ぐ彼のため、アメリアは一緒に子供部屋の各所をチェックしてやり、彼が寝入るまで絵本を読んでやる。しかし、やっと一人でゆっくり就寝できると思った矢先、起きだしたサミュエルが、「怪物が出たよー!」と駆け込んでくるのである。つまり、本作前半では、子育てに伴う直接的な心身の疲弊を描くわけだが、ここで秀逸なのは、アメリアがオナニーを邪魔されるシークエンスである。

b4_20160802231801f06.jpg


 これはつまり、息子サミュエルの存在によって、アメリアが“女としての自由”を奪われている、という現状を克明に描き出すための演出。本作ではこの他にも、車でイチャつくカップルを注視するアメリアを描写したり、決してイケメンではないが清潔感がないわけでもなく、かつ、アメリアに対してすごく優しい同僚男性を登場させたり、しかし、その彼よりもかつての夫の方がイケイケな感じだったり、その上でこれまたサミュエルのせいで同僚との関係が終わってしまうところを描写したり、アメリアの妹のパーティでなんだか『セックス・アンド・ザ・シティ』みたいなママ友たちと現在の地味なアメリアを対比したり、その際、アメリアが夫の生前はライターという華やかな仕事をしていたことを説明したりと、性的な部分からそうでない部分まで、極めて緻密に、この上なく丁寧に、アメリアの“女としての自由喪失”を語っていく。

b5_20160802231803e48.jpg


 しかも、上記描写や説明たちは、みな全て非常にさりげなく、かつ、端的なものばかり。アメリアには既に異常な息子という確固たるストレッサーがあるのだが、しかし、なぜ彼女がババドックを創り出してしまうほどに追い詰められていくのか、という点を陰から完璧に補足する。

 今、“彼女がババドックを創り出してしまう”と筆者は言ったが、本作で登場する怪異“ババドック”は、アメリアの中に潜む“心の闇”の暗喩であって実在していない、というのが、筆者の考えだ。

babadookdark.jpg


 もちろん、上記のようにして、アメリアが如何にして疲弊し追い詰められていくのかを丁寧に描くから、ババドックというのは、アメリアが常軌を逸してしまったことのメタファーなのだな、と直感的に得心できるところではあろう。とはいえ、メタな視点からではなく、あくまでも本作の世界の中で“ババドック”という怪物が実在するか否かは、別途検討に値する。

 この点、筆者は、ババドックは実在しないと考える。その根拠の一つは、まぁ今となってはうろ覚えなのだが、たしか、アメリアと息子が巻き込まれる怪現象は、すべからく客観的な観察者のいないところで発生していたという点。もっとも、当然のことながらこれだけでは、“ババドック暗喩説”を論理的に導くことはできない。そして、実は筆者は、“暗喩説”を論理的に帰結させることを諦めている。筆者が“暗喩説”を推す最大の理由は、本作を“ポジティブなドラマ”と考えたい、という極めて主観的かつ感情的な単なるこだわりにある。

b6_201608022318221b6.jpg


 こんなにも恐ろしいホラー映画を“ポジティブ”とは、いったい全体どういうことかと言うと、つまるところ、筆者は本作を、ミスチルの歌っぽい映画だ、とそのように解釈したのである。

 Mr.Childrenの楽曲には、“モンスター”の登場するものが複数ある。それは、肥大した頭を持つバケモノだったり、文明やなんかを憎むトビウオだったりするわけだが、ほとんどの場合、対峙はすれど退治する対象ではない。少なくとも、主人公が楽曲内でモンスターを打倒することは、極めて稀だ。

 これはつまり、彼らが“モンスター”を“自分の弱さ”“心の闇”として捉え、その上で、あくまでも自認し共存していくべき対象として考えているからであろう。ここがミスチルのいいところである。

b7_20160802231823cf5.jpg


 いわゆる“ポジティブな歌”というのは、たいていの場合、自分の弱さに打ち勝って明日へと進もう!と声高に叫ぶ。弱い自分にはさよならしよう!さぁ、一歩を踏み出そう!と、このように歌い上げるのである。しかし、このような“ポジティブな歌”の多くは、実は極めてシンプルかつ重要な前提をことごとく看過している。つまり、凹んでいる自分の現状、言い換えれば、己は一体何者なのか、という部分である。

 何事においても、問題を解決するために最も大切なことは、原因分析である。そして、“人生”や“生き方”に迷っているなら、その原因は自分自身を置いて他にはない。したがって、本当に明日へと一歩を踏み出したいのなら、まず今日の自分の弱さと向き合わなければはらないのである。さらに重要なのは、きちんと対峙した自分の弱さをちゃんと抱えて生きていく、ということ。弱い自分と簡単にさよならしてしまうなんていうのは、結局不幸の元凶を他人のせいにして逃げているだけだ。弱い自分とは一生さよならなんてできない。それが自分なのだから。だからこそ、その弱さをしっかりと自分の内に抱きかかえ、暴走しないように、暴発しないように、なだめすかしたりなんかしながら、上手に付き合っていくべきなのである。本当に建設的で説得的な“ポジティブ”とは、そういったことを言うのではなかろうか。

b8_201608022318258b0.jpg


 さて、なんだか話があらぬ方へ長くなってしまったが、結局、本作における怪物“ババドック”は、あくまでもアメリアの“心の闇”の象徴であり、ババドックを地下室に閉じ込めて餌を与え続けるというラストは、アメリアが自身の弱さをきちんと理解した上でそれを受け入れ、共に生きていくことを選んだ、という風に解釈できる。まぁ、そんな風に考えると、依然としてババドックの“幻覚”を見続けているアメリアは、やはりどこかしら精神を病んだままではあるのだが、筆者はむしろその方がリアルで説得的だと思っている。

b12.jpg


 “自分の弱さ”は、決して美しくはない。ひどく醜いものである。薄汚い地下室を住みかとし、ミミズを食べ、誰に話しても理解してもらえず、いつ暴れだすか分からない。しかし、そんな醜い自分が自分の中に住んでいる、と認識することこそが、この上ない前進である。しっかり己と向き合い、受け入れ、共存を選択したアメリアを描く本作は、極めて建設的かつ説得的な“ポジティブ・ホラー作品”であると、筆者は思うのである。

点数:87/100点
 まぁ、後半で長々と書いた本作のテーマ的な部分は、言ってしまえば、筆者の独りよがりな解釈である。でも、やっぱり本当は、みんな心の中に“モンスター”を飼っているものだ。筆者だけじゃない、アメリアだけじゃない。我々といっしょ、あなたも“ババドック”なのである。

(鑑賞日[初]:2015.10.6)

ババドック 暗闇の魔物 [DVD]

新品価格
¥3,230から
(2015/10/15 21:46時点)


I LOVE U

新品価格
¥2,200から
(2015/10/15 21:46時点)


関連記事
スポンサーサイト

Comment

Leave a Reply





管理者にだけ表示を許可する

Trackback