[No.364] アンダー・ザ・スキン 種の捕食(Under the Skin) <56点>

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キャッチコピー:『宇宙で最も美しく 最も危険な捕食者<エイリアン>』

 宇宙で最も美しく、最も豊満な“化けの皮”。

三文あらすじ:冬のスコットランド。白いバンに乗った女(スカーレット・ヨハンソン)は、ひとりで歩いている男に次々と声をかける。彼女と親密な雰囲気になった男たちは家に招かれるが、彼女の後ろをついていくと、彼らは暗闇の中で黒い液体のなかに沈みこみ、皮膚だけしか残らなくなる・・・


~*~*~*~


 本作は、2014年に公開され、一部で絶賛されたSFスリラー映画である。本作において特筆すべきポイントは概ね、スカーレット・ヨハンソンのヌードキューブリックまがいな作品の雰囲気、ではないだろうか。

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 スカヨハの裸体に関しては、これは当然一見の価値あり。『キック・アス2』でも言及されていた通り、世のあらゆる男性が有する“夢”は、スカヨハとのセックスなのだから。ただ、いざ衣服を脱ぎ捨てた本作のスカヨハのボディはややだらしない気もする。まぁ、スカヨハの魅力は“豊満”にこそあるのだが、とはいえ、何事も表層を取り払ってしまえばその本質は想像とは異なるものなのかもしれない。

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 さて、本作の雰囲気であるが、方々で言われている通り、まさにキューブリックである。つまり、なんだかお洒落で説明不足、なのである。スカヨハとかバイクの男の素性が言葉で説明されることは終ぞ無いし、そもそもオープニングシーンなんて何をしているのか意味不明だ。

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 まぁ、強いて想像するなら、スカヨハ本体が着るべき“皮”の眼球部分を作っているのだろうか。ある種、『GHOST IN THE SHELL』の冒頭と類似した趣向である(そういえば、スカヨハは同作の実写版で草薙素子を演じることが決まっている。)。で、スカヨハらしき声が何やらブツブツと呟いているのは、これから潜入すべき地球の言語(英語)を練習している、ということなのだろう。

 キューブリック作品で、というか、あらゆる“難解な作品”において我々がブツクサと議論すべきなのは、もちろんその“オチ”である。オチで全てが綺麗に説明されればそもそも“難解”ではないのだから、本作においてもそのラストシークエンスは極めて不可思議に仕上がっている。

 スカヨハが逆ナンした男性を家に連れ込み、彼らをしばらく真っ黒な沼に閉じ込めて、皮がフヤフヤになったところでシュボッと中身だけ抜いてしまう、というのが、本作のエイリアンがやっていることの基本的な全容であろう。もっとも、エイリアンたちが人間の中身をどうするのかは、本作を観ただけでは分からない。食料にするのか、はたまた、逆に重要なのは中身ではなく外側で、スカヨハ同様に他のエイリアンが人間の皮を被って社会に溶け込むための調達作業だったのかもしれない。

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 でも、スカヨハは、重度の皮膚病を患った奇形の男性を連れ込んだときにそんな"非人道的"な業務に嫌気がさしてしまって、彼を逃がす。裏切り者となったスカヨハは、バイクの男に追われ、田舎町のある男性宅にやっかいになる。この逃避行中に描かれるのは、人間になろうとするスカヨハの心の機微だ。彼女は人間になろうとしてケーキを食す。人間として当然の営みたるセックスにもトライする。しかし、ケーキはお口に合わず吐き出してしまい、女性器まで忠実に再現されていないボディのせいで性行為は失敗に終わる。

 エイリアンではいられない、しかし、人間にもなれない。そんな孤独な彼女は森の中で無粋なおっさんにレイプされそうになり、もみ合いの末、物理的にも抽象的にも“化けの皮が剥がれる”のである。驚愕したおっさんはスカヨハに火を放ち、しんしんと降り積もる雪の中、彼女は絶命する。終わり。

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 まぁ、基本的なストーリーラインとかテーマとかは、別に難解ではない。むしろ、古くから散々っぱら描かれつくしてきたベタなプロット。言ってしまえば、『妖怪人間ベム』である。人間と人外の存在との境界線を問うという意味では、先述の『GHOST IN THE SHELL』とも共通している。

 やや解釈の余地があるのは、“オチ”の演出、というか設定である。スカヨハの皮を脱いでその正体を露わにした真っ黒なエイリアンであるが、なんと今しがた脱いだスカヨハの皮は、どうやらまだ意識を保っている様子。一見すると、中身はエイリアンで、外側の皮は人間、というように見える。

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 まぁ、本作のエイリアンが一体どのような性質を有しているかは観た者の解釈にゆだねられているが、筆者が思うに、スカヨハは、エイリアンの“他惑星侵略用ロボット”なのである。まぁ、侵略なのか単なる食糧確保なのかは判然としないが、とにかく、バイクの男たちこそがエイリアンであって、スカヨハの中身は感情を持たない“傀儡”と考えたい。あるいは、バイクの男たちもまたスカヨハの監視という役割のみを与えられた“傀儡”であって、エイリアンたちは別にいる、と考えてもよいだろう。そう考えれば、脱ぎ捨てられたスカヨハの皮が意思を保っていたことも説明しやすい。すなわち、エイリアンたちは、ロボットに人間の皮を着せるのだが、その皮には意思を残している。感情は抜いているが、人間としての“機能的な部分”は残っているため、それを利用してロボットを人間のように振る舞わしているというわけだ。まぁ、言ってみれば、意思を残した人間の皮を、一種の“翻訳機”として使っているのではなかろうか。人間の言語だけではなく、文化や習慣をも変換して、アジャストして表出する、そんな"翻訳機"である。

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 しかし、人としての感情を抜いたはずの"翻訳機"が、今回はなぜだか"傀儡"に干渉した。ここの理由は分からないが、まぁ、こういった作品では往々にしてクリエーターが予想だにしない"バグ"の発生が、ドラマの中核を担う。

 心を持たぬロボットが人間の感情を持ってしまったがために苦悩する、というプロットは、それこそ星の数ほど存在する。しかし、筆者の上記解釈による本作は、エイリアンが作ったロボットが人間の心を持つに至った、という部分に特異性がある。人間とロボットの間に地球外生命体というフィルターが一枚挟まっているわけだ。だからどーした、という気がすごいするが。

 まぁ、その他いろいろなオマージュやメタファーが隠れているのだろうけど、さすが各方面で“キューブリックの再来”と言われているだけあって、筆者にとってはあまりピンと来ない作品であった。

点数:56/100点
 筆者のような浅はかな映画鑑賞者にとっては、スカヨハのおっぱいしか見どころのない難解で退屈なSF作品。スカヨハはボディ・ダブルを使わず全シーンを自ら演じたらしいから、その点を楽しみに観る分には、期待を裏切られることはないだろう。

(鑑賞日[初]:2016/1/29)

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