[No.373] ジョン・ウィック(John Wick) <80点>





キャッチコピー:『見惚れるほどの、復讐。』

 復讐するは、ワン!れにあり。

三文あらすじ:かつて裏社会にその名を轟かせたものの、愛する女性と出会い5年前に足を洗った伝説の殺し屋ジョン・ウィック(John Wick)(キアヌ・リーブス)。妻の病死により深い悲しみの中にいた彼の元に、生前の妻から一匹の子犬が送られてくる。デイジーという名のその子犬と暮らす内、徐々に生きる希望を見出していくジョンだったが、ある夜、車目当てで彼の自宅に押し入ったヨセフ・タラソフ(アルフィー・アレン)とその仲間に目の前でデイジーを殺されたため、彼は、かつての狂気を呼び覚まし、今、血の復讐を開始する・・・


~*~*~*~


 2014年のアメリカ映画。公開後すぐに絶賛され、“キアヌ・リーブス完全復活!”であったり、“アクション革命!”といった謳い文句で世間を、まぁ少なくとも、アクションファンたちを騒がせた名作である。

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 謳い文句の前者、すなわち、“キアヌ・リーブスの復活”に関しては、確かにその通りであろう。どう贔屓目を入れても、最近のキアヌはぱっとしていなかった。筆者が映画館で最後に彼の姿を観たのは、2008年の『地球が静止する日』。あれは、もう本当に観ているこっちが静止してしまうほどの超絶駄作であった。その後も一応コンスタントに映画出演を続けていたものの、狭い意味での“表舞台”からは一時姿を消していた、と言ってもいいだろう。

 しかし、本作のキアヌは良い。伝説の殺し屋でありながら真実の愛に目覚め、そして、愛を失って深く悲しみ、さらに、子犬を殺されてブチ切れる。そんなジョン・ウィックというキャラクターは、キアヌ・リーブスなくしては成立しなかったのではないだろうか。これはやっぱり、彼の朴訥とした雰囲気が効いているのである。

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 ジョン・ウィックという男は、殺し屋という“スペシャリスト”な一面と、愛妻家・愛犬家(?)という“ヒューマニスト”な一面を併せ持ったキャラクターだ。そして、特に役者からにじみ出る雰囲気が多分に寄与するのが、後者の側面。仮にジョン・ウィックをダニエル・クレイグが演じていたならあまりにもスタイリッシュすぎただろうし、ジェイソン・ステイサムが演じていたならあまりにもコミカルすぎただろう。妻や子犬への深い愛やその反射としての悲しみに説得力を持たせるためには、やはりキアヌの朴訥さが不可欠だったのである。

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 逆に言えば、キアヌ・リーブスでは、“伝説の殺し屋”という側面の説得力が若干弱い。確かに、彼も今では“アクション・スター”としての地位をしっかり築いているのだが、一見して真面目で優しそうなその佇まいは、どうしても“冷酷な殺人者”のイメージと対極のところにある。

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 しかし、本作は、この点を演出設定でがっちりと補完した。ジョン・ウィックが多くを語らなくても、彼の周囲の人間が、彼の大物さ間接的に教えてくれるのである。盗難車の解体屋オーレリオの立ち居振る舞いもそう。彼に「俺の息子を殴ったな!」と怒りの電話をかけた、ヨセフの父でありロシアン・マフィアのボスでもあるヴィゴが、「あんたの息子はジョン・ウィックの車を盗み、犬を殺したんだ。」と教えられた瞬間、たった一言「Oh…」と言って剣幕を消失させるシーンにしてもそう。その他裏社会の登場人物たち、会う人会う人全員が「おい、“ジョン・ウィック”じゃないか!」と口々に驚きと喜びを表明する。そして、そうこうしている内に、気付けばジョン・ウィックのことを知らないのは、ヨセフと観客だけ、という状況になってくるのである。このような、いわば“外堀から埋める”やり方というのは、“プロフェッショナル”を描く手法としてベタであるが、ベタであるが故にやはり効果的だ。

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 また、この手法が本作ではまた別の効果も生んでいる。一般的に、“復讐もの”においては、観客が主人公を応援する理由が、極めて重要になってくる。本来的には生産性の無い“復讐”という行為を観客にも理解させるためには、それ相応の説得材料が必要不可欠なのである。核実験の影響でミュータントと化し、さらには国家から歴史的に抹消されてしまった砂漠暮らしの哀れな一族に対して主人公が凄惨な復讐劇を繰り広げるのなら、前半で彼の愛する家族が無残に凌辱される様をこれでもかと観客に見せつけておかなければならない。“復讐”なんて無意味やけど、これはまぁ泣き寝入りできへんわなぁ…。そう観客に思わせることができれば、“復讐もの”の土台としてはまず合格である。

 その点、本作の主人公を復讐に駆り立てた直接的な原因は、飼い犬の死である。もちろん、デイジーという子犬は、ジョン・ウィックにとってただの犬ではない。彼にとっての生きる希望であり、妻の生まれ変わりといっても過言ではないのかもしれない。とはいえ、そもそも“死人のために誰かを殺す”という行いが無意味で空しいものとされている現代社会において、子犬の死のみが復讐の動機では、"まともな映画"としての説得力を欠く(バカ映画なら何も問題無いのだけれど。)。

 ここで、ジョン・ウィックを取り巻く関係者のリアクションが効いてくる。彼らは、デイジー死亡の事実を聞き、みな一様に「それなら仕方ないな…」と納得する。「たかが犬コロを殺しただけだろうが。」と“理性的な”意見を述べるのは、ヨセフだけ。そして、そんな状況を見せられる内、始めは心のどこかでヨセフと同様の思いを抱いていた観客も、いつの間にやらヨセフに非難の目を向け、ジョン・ウィックを応援するようになる。ジョン・ウィックが遂にヨセフを殺すシーンで、ヨセフはまだ“性懲りもなく”「たかが犬だろ…」と言いかけ、言い終わらぬ内に撃たれるのだが、この演出なんかは、この時点での観客の気持ちを巧く反映していると言えるだろう。物語も終盤において、既に我々は「まだ“たかが犬”とか言ってんのか。まぁお前には一生分からんやろうな。もうえぇわ。」と、ここまで高まっているわけだ。

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 まぁそのようにして、キアヌの朴訥さを補完し、彼の完全復活を演出した本作であるが、一方で、“アクション革命”という謳い文句に対しては、少なくとも個人的に疑問を持った。マーシャル・アーツとかカンフーを取り入れたという肉弾戦は、ややもっちゃりとしており月並み。銃撃戦、特にジョン・ウィックが敵を撃ち殺すシーンには幾ばくか斬新さを感じたが、それも“革命”というほどのことではなさそうだ。個人的には、肉弾戦の部分を極力削って、ほとんど銃一本でいったほうが良かったのではないかな、と思っている。バン!バン!バン!バン!ワン!バン!バン!バン! そんな感じでも良かったんじゃないだろうか。

点数:80/100点
 シンプルな“復讐もの”のプロットの中、バカバカしさとカッコよさが絶妙のバランスで両立している中々の良作。今度はマフィアの本場イタリアも舞台になるという2017年公開予定の続編が、今から待ち遠しい。

(鑑賞日[初]:2016.3.29)

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