[No.390] ゴーストバスターズ(Ghostbusters) <70点>





キャッチコピー:『WHO YOU GONNA CALL?』

 I Gonna Call The Bitches!

三文あらすじ:コロンビア大学で教鞭をとっていた素粒子物理学博士のエリン・ギルバート(クリステン・ウィグ)は、かつて出版した幽霊の実在を主張する書籍の存在が明るみに出たことが切っ掛けで、大学を追い出されてしまう。職を失ったエリンは本の共同執筆者であるアビー・イェーツ(メリッサ・マッカーシー)と再会。原子力エンジニアのジリアン・ホルツマン(ケイト・マッキノン)、元地下鉄職員のパティ・トーラン(レスリー・ジョーンズ)、並びに受付係として頭の弱いイケメン男ケヴィン(クリス・ヘムズワース)を仲間に加え、専門会社“ゴーストバスターズ(Ghostbusters)”を設立、幽霊退治に乗り出すのだが・・・


~*~*~*~


 1984年、世界は、一本のSFコメディ映画に夢中になった。『ゴーストバスターズ』、今やこの世もあの世も含めた全員が知っているであろうこの傑作は、公開されるや否や瞬く間に大ヒットを飛ばし、当時の興行収入で歴代7位を叩きだす(2016年4月時点のインフレ調整版なら歴代33位。)。その後、ややパワーダウンしたもののやはり秀作だった第二作までが製作され、イカした科学者たちが織り成すクールなドタバタ劇は、いったん安らかな眠りについた。

 時は経ち2016年7月15日(日本では8月11日~14日で先行上映。本公開は8月19日から。)、大胆にもメインキャストの性別を逆転させるという奇抜な趣向で冥府から蘇ったリブート版が公開された。それが、オリジナルと同タイトルの本作『ゴーストバスターズ』である。

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 この“メインキャストの性別を逆転させる”、すなわち、初期メンバーの科学者3名&後日加入する黒人を女性に、受付嬢を男性に転換させるという趣向は、公開前から世界中で概ね“否”寄りの賛否両論を巻き起こした。みんなが言っていたのは、「いや、それ意味ある?」という文句である。

 オリジナル版が持っていた一番の魅力というのは、少なくとも筆者がオリジナル版の虜になった最たるポイントというのは、主人公たちの“自由さ”であった。バスターズのメンバーたち、特にビル・マーレイが演じたピーター・ヴェンクマン博士という男は、研究者とは名ばかりのテキトー野郎。そんな素行の悪さに加え、友人でもあるレイモンド・スタンツ博士及びイゴン・スペングラー博士との幽霊に関する調査・研究活動が明るみに出たため、周囲から笑いものにされた上、大学を追放されてしまう。しかし、彼はそこで悩んだりしない。スタンツ博士の実家を抵当に入れた資金で“ゴーストバスターズ”を設立し、この上なく飄々(ひょうひょう)と、同時にこれ以上なく楽しみながら、ある意味でとんとん拍子に“ヒーロー”になっていく。ここが良かったんだ。つまり、オリジナルの本質というのは、社会や大衆への反発だったのであり、そのテーマは、古来よりマイノリティのみが主張するものの象徴として描かれてきた“ゴースト”と絶妙にマッチしていたのである。

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 そして、そのテーマは、特に当時のサラリーマンたち、つまりは社会のしがらみに日々苦しめられているおっさんたちから絶大なる共感と羨望を得たのだと思う。若造映画ウォッチャーである筆者などは、その当時はまだ物心どころか、自身の霊体さえ存在していたか怪しいというレベルだが、大人になって再鑑賞し、完膚なきまでに魂を燃焼させたものだ。

 だからこそ、旧作ファンの間では、メインキャストを女性にすることの必然性が、公開前から問われていたのである。これは別に“おっさんに媚びろよ!”などという男尊女卑の発想ではない。どちらに転んでも無意味になりそうなのである。“大勢への反抗”だったり“社会からの自由”という旧作と同じテーマを描くなら、そもそも女性にする必要がない。だってもう、女性たちは既にそれらを随分勝ち取っているじゃあないか。もちろん、あれから時代が進んだとはいえ、いまだ同様のテーマに多くの女性が共感できるのかもしれない。けど、今さら“ウーマン・リブ”みたいなことをこれみよがしに描いてみせる必要があるか?しかも、わざわざ『ゴーストバスターズ』というお茶目なスキームで?また一方、オリジナルが描いていた“自由”ではなく、もっと他の、“女性に向けたメッセージ”(例えば何だろう。『セックス・アンド・ザ・シティ』みたいな“靴のために一室設けることの素晴らしさ”とか。)を発信したいのなら、やはりそれはわざわざ『ゴーストバスターズ』でやることじゃないだろう。というわけで、結局、『ゴーストバスターズ』である意味が無いのではないか、という話になる。

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 さて、毎度のことながら前置きがものすごく長くなってしまったが、では本作を鑑賞した筆者がどう感じたかというと、実は非常に満足したのである。ただ、これには理由、というか鑑賞する上でのコツみたいなものがある。要は、本作に何を望むかということなのだが、結論から言うと、本作はオリジナル版の“ファン・ムービー”だと思って観ると、とても楽しい。

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 本作には、オリジナル版へのオマージュがふんだんに登場する。まぁ、本作は元々旧シリーズの監督アイヴァン・ライトマンの下、“純粋なるリブート”として企画されていた作品。そこにオリジナルキャストを総出演させた上で新たなるメンバーにバスターズを引き継がせようというのが、当初のプロットだった。しかし、オリジナルでスペングラー博士を演じたハロルド・ライミスが2014年2月に死去してしまったこともあり、新監督ポール・フェイグの発案でキャストを女性に入れ替えた、というのが、本作完成に至る顛末である。したがって、そんじょそこらのリブートよりもオリジナルの流れを色濃く継いでいるのは、ある意味で当たり前とも言えるわけだ。

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 まぁ、そういう経緯があったものだから、おそらくは事前にある程度のスケジュールを押さえられていたのであろう。本作には、オリジナル・キャストのほぼ全員がカメオ出演している。これは、ぶっちゃけワクワクした。一度観ただけだから間違っているかもしれないけれど、オリジナル・キャストのカメオは以下の通り(登場順)。

・ハロルド・ライミス(イゴン・スペングラー博士)
  ⇒コロンビア大学内のエリンの(元)オフィス前にある胸像

・ビル・マーレイ(ピーター・ヴェンクマン博士)
  ⇒幽霊排斥論を唱える学者マーティン・ハイス博士

・アニー・ポッツ(ジャニーン・メルニッツ)
  ⇒ホテルのフロント係

・ダン・エイクロイド(レイモンド・スタンツ博士)
  ⇒エリンを乗せてくれないタクシードライバー

・アーニー・ハドソン(ウィンストン・ゼドモア)
  ⇒葬儀屋を営むパティのおじさん

・シガーニー・ウィーバー(ディナ・バレット)
  ⇒ホルツマンの恩師ゴーリン博士



 ハロルド・ライミスの胸像を“カメオ主演”と言っていいのかは分からないが、当初のコンセプトを継承してオリジナル・キャストを全員登場させたのは素晴らしいと思う。また、エンドロールで“この映画をハロルド・ライミスに捧ぐ”というテロップが表示されるのも、製作者のオリジナル愛のようなものが垣間見え、若干目頭が熱くなった。

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 その他、本作で登場するオマージュっていうのは、例えば、オリジナルと全く同じあの事務所だったり、オリジナルで最もアイコニックだったゴーストのアグリー・リトル・スパッドだったりするわけだが、それらを単にそのまま登場させるわけではなく、少し捻っているところが中々おもしろい。事務所に関しては、一応オリジナル通り“家賃は高いなぁ、でもポールはカッコいいなぁ”というくだりがあるものの、結局借りることなくチャイニーズ・レストランの二階に居を構えることになる。また、アグリー・リトル・スパッドなんかは、まさかの女型が出てくる。その他にも、オリジナルのボスであったステイパフト・マシュマロのキャラクター“マシュマロマン”を呪われたバルーンの一体として早々に処理した上で、“思い描いた通りのラスボスが登場する”という根幹は残しつつ、クライマックスでは“ゴーストバスターズ”のロゴ・キャラクターが実体化して暴れまわったりする。

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 もちろん、これらはオリジナルの要素をなぞっただけの仕掛けなのだが、あくまでも“ファン・ムービー”として鑑賞するなら十分に楽しめる趣向だと思う。それに、少し捻ったオマージュを連発しつつ、最後にはオリジナルに帰着させるというところが巧かった。例えば、先述の事務所。いったん登場したところで旧シリーズファンは色めき立ち、でも借りなかったというところで“あぁ、そこはそう捻るんや。んんん、まぁ分かるけどちょっと寂しいかな。”という気持ちになる。しかし、クライマックスを経て政府(及びニューヨーク市)に認められたバスターズは、公費による全面的な支援の下、最終的にはオリジナルと同じ事務所に入居するのである。これは良い二転三転だと思った。

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 それから、本作には、オリジナルの黒幕だった破壊の神ゴーザが登場しない。当然、ゴーザ復活に必須のキャラクターである“門の神ズール”“鍵の神ビンツ”も出てこないわけである。代わりに世界を混沌に陥れようとするのは、のけ者にされたことで世間を疎んでいる一般ピーポー。これは“まぁ、そらそうやわな。”という感じの改変であろう。やって欲しいよ、本音を言えば。SF映画ファンの夢だった“ヴァーチャル・リアリティ”や“車の自動操縦”すら現実になりつつある現代でも、やっぱり『ゴーストバスターズ』である以上は、思いっきりぶっ飛んだ“オカルト”をやって欲しい気持ちはある。特に“門の神ズール”なんかは、オリジナルのヒロインとしてシガニー・ウィーバーが演じたディナ・バレットに憑依する悪霊なのだから、おっさんファンたちの思い入れも一塩なんだ。でも、それをナンセンスと判断する製作者心理も理解できる。“改変”であっても、決して“改悪”とは言えないだろう。なんて思いつつエンドロールを最後まで見終わると、新事務所で過ごすバスターズ。テープレコーダーを熱心に聞き入るパティに「何か録音されていた?」と問うエリン。パティの返答はこうだ。「ええ…。何なのかしら…。“ズール”って…。」 正直、筆者は震えた。

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 それから、『ゴーストバスターズ』だけではなく、広く“映画ファン”にむけたサービスも散見される。まぁ、ほとんどは、というか、筆者が確認できたのはほとんどがセリフで登場するものばかりなのだが。例えば、ハイス博士が死んでしまったためバスターズの元へ駆けつけた警察官が、ゴーストの仕業というバスターズたちの弁解を茶化して言及するのが、『ゴースト/ニューヨークの幻』「パトリック・スウェイジの幽霊が後ろからやってきてろくろを回したってのか?」みたいなからかい方をする。そして、これを受けたバスターズがぺちゃくちゃと色々まくしたてる中にも、スウェイジの代表作『ダーティ・ダンシング』だったり、『ハート・ブルー』だったりといくつか登場する。

 その他にも、例えば、バスターズの忠告を無視するニューヨーク市長に対してエリンが「『ジョーズ』の市長にはならないで!」と言ったり、市長の秘書的な女が『食べて、祈って、恋をして』を引き合いに出したり、ラスボスに乗っ取られたケヴィンが『ピーターパン』に言及したり、エリンが髪を染めた染料が『ガーフィールド』という名前だったりと、本作では他の映画作品へのオマージュが頻繁に飛び出す。

 中でも筆者が一番カッコいいなぁと思ったのは、クライマックス・バトルでエリンが発言する「Say hello to my little friend!」である。

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 これは当然アル・パチーノの代表作『スカーフェイス』のパロディ。映画史を代表する名台詞の一つだから、実に様々な作品でパロディとして使用されているが、当ブログで既に感想を書いているものの中では『キック・アス』で使われていた。本作では、ホルツマンの新武器お披露目シークエンスで「それはまだ未完成だから触っちゃだめだ。」と忠告された虎の子の武器をエリンがぶっぱなす際に、上記セリフが使用される。映画ファンなら思わずニヤッとしてしまうシーンである。

 というわけで、全体的に“ファン・ムービー”として観るのであれば、本作は上手にツボを押さえた良作と言えなくもない。

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 ただ、一本の映画として観たとき、本作はお世辞にも良作とは言えない。もちろん、ダメダメではない。きちんと作られてはいる。しかし、クライマックスが本当に物足りないのである。

 これは何がいけなかったのかと言うと、まず一つは、バスターズを孤軍奮闘させたという点。オリジナルでは、始めの内こそ完全なる変人であり社会不適合者であったバスターズが、クライマックスを前にしてニューヨーク市に認められ、いわば“公式出動”する。そして、群衆からの万感の声援の中、ゴーザの居座るビルに突入していくのである。そこが良かったんだよな。“ゴーストバスターズ”っていうのは、社会の薄っぺらな常識に適合しないマイノリティが、それでも自分らしさを貫き通し、最後には民衆の希望になっていくという、そういう“ヒーロー”だったんだ。

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 でも、本作では、クライマックスに至るまでバスターズは政府から敵視されたままだ。おまけに政府の工作で世間には詐欺師集団として認識されている。加えてクライマックス時にも集まった軍とか政府関係者を全員昏睡状態にしてしまうものだから、完全にバスターズだけが戦っているというシチュエーションになっているのである。やっぱり、“ヒーロー”っていうのは、民たちの声援を受けてラスボスに立ち向かっていくべきなんだ。“GO!SPIDEY!GO!”が無いスパイダーマンなんて、おもしろくもなんともない。

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 それから、もう一つ良くなかったのは、今や雷神ソーとして大人気のクリス・ヘムズワース演じるケヴィンのキャラクターである。おばさんばかりのバスターズに仲間入りする“バカだがムキムキの若いイケメン”という基本設定はとても良い。彼が放つギャグも概ねおもしろい。ヘムズワースも良い演技をしている(キャストのインタビューを見た感じでは、おそらく「汚れるからメガネのレンズは取ったんだ。」という秀逸なボケは、彼のアドリブっぽい。)。

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 ただ、こいつがあまりにも使えなさ過ぎるため、バカを通り越してもはやウザい奴になってしまっている。そのせいで、敵に乗っ取られたケヴィンを取り戻すというクライマックスに全然興奮できない。「ケヴィンはバカだけど、私たちの仲間なのよ!」みたいなおばさんたちの熱意は良いのだが、ケヴィンにそこまでの価値があるとは到底思えないので、彼女らの熱いセリフが浮いてしまっている。筆者なんかは、おぉ…あんなウザい奴は助けんでもええよ。と思ってしまったくらいだ。これはまた女性が観るのでは印象が違ってくるのだろうか。仮にそうだとしても、少なくとも男性観客からすれば、ストレッサー以外の何ものでもない。

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 鑑賞後第一報として述べておきたいのは概ねこんなところなのだが、最後に一点、本作を一本の映画として観ても、あるいは、もしかしたら『ゴーストバスターズ』ファンとして観ても手放しで絶賛したいのが、ケイト・マッキノンが演じたジリアン・ホルツマンというキャラクターである。

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 世の『ゴーストバスターズ』ファンたち同様、本作の製作が発表されて早々にオリジナルの再来を諦めてしまった筆者が本作に期待していたのは、新生おばさんバスターズの“ビッチ感”であった。せっかくメインキャストをおばさんにするのなら、そこに期待する本作独自の“バスターズ像”は、Fワードなんか連発しながら無慈悲にゴーストを始末していく、そんな、例えば『ラピュタ』のドーラさんのような“粋な熟女”しかないだろうと考えていたわけである。

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 実際、上がってきた本作の予告編では、期待通りの“ビッチ感”をうかがい知ることができた。そして、ビッチの急先鋒として存在感を発揮していたのがホルツマンだったのである。特に、プロトン・ガンを舐めるシーン。これには震えたね。

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 で、いざ鑑賞してみても、ホルツマンは事前のイメージ通りの素晴らしき“ビッチ”だったと感じる。格別に良かったのは、やはりプロトン・ガンの二丁拳銃で戦うシーン。ここは本当に素晴らしかった。マジで最高にカッコいい。オリジナルへの造詣は必要ない。もちろん、あのプロトン・パックが二丁拳銃になってる!とか、メインテーマのリミックスをここでバシッと使ってくれるか!という感動はあるものの、別にプロトン・パックというギミックを元々知らなくても十二分に魅力的だし、『ゴーストバスターズ』のメインテーマなんて今や誰でも一度くらいは聞いたことがあるだろう(メインテーマは、確かNHKの連続テレビ小説『あまちゃん』内でも使用されていたのではなかったかな。)。

 大枠として“コメディ映画”であり、ホルツマンを演じたケイト・マッキノンは生粋のコメディエンヌであるにも関わらず、このシーンでは、アクション・コメディにありがちな“これみよがしにカッコいい決めシーンを最後に茶化して丸める”ということをしなかった。ホルツマン二丁拳銃シーンは、これみよがしにカッコいいのである。「あぁ、まだ“この武器”があったわね。」から始まり、「行くわよ!」って感じの導入、スローモーションでゴーストたちをなぎ倒していく様は、まさに“無双”。一掃した後、バシッ!と拳銃を収納。「ホルツマンの勝ちだ!」という高らかな勝利宣言。粋で、下品で、震えるほどにカッコいいホルツマンをきちんと描き切っている。まぁ、セリフは全部うろ覚えのイメージなんだけれど、そんな感じなのである。

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 鑑賞後まもなくの興奮でちょっと盛った印象になっている可能性はあるものの、最後までふざけずカッコいいシーンをやり通したというところに筆者は好感を持った。近所になにやらけったいなものが現れたら、誰を呼ぶ?もちろん、この“ビッチ”でしょう!そう断言したくなる秀逸なシーンである。

点数:70/100点
 細かな文句は多々あるし、そもそも『ゴーストバスターズ』である必要があるのか?という根本的な部分でも引っかかる作品であることは間違いない。ただ、フラットに観れば、総じて楽しい作品でもあった。まぁ、爆発的にヒットしているわけではなさそうだから(それどころか、映画の興行収入だけで言うなら80億円規模の大赤字を出す見込みらしい。)、ズール、ひいてはゴーザと対決するであろう続編がすぐに製作されることは無さそうだが(クリス・ヘムズワースも雷神で忙しいだろうし。)、個人的にはぜひ次作もやってもらいたいと思っている。

(鑑賞日[初]:2016.8.11)
(劇場:TOHOシネマズ西宮OS)

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Comment

  • m
  • URL
No title

うーん…オリジナルのテーマが「社会からの自由」だとしたら、むしろ女性を主人公にするのは必然だったと思います。
おっさんなんかよりもよっぽど抑圧されていますし。
女性視点から見たら、誰にも媚びることなく活躍する彼女たちの姿はかなり爽快でした。

  • Mr. Alan Smithee
  • URL
Re: No title

なるほど、やはり現代においても“女性の自由”は語るに値するテーマなのでしょうね。
せっかく主要キャストの性別を逆転させるなら、女版・対オバケ版『テルマ&ルイーズ』もありだったのかもしれません。
筆者には女性的な視点が著しく欠如しているので、ご指摘いただき大変参考になりました。

ところで、女性の視点から見たケヴィンはどうだったでしょうか。
おっさん(というか、筆者)の視点では“超ウザくて使えないヤツ”という印象でしたが、女性から見ればあるいは“母性本能をくすぐられる”というような評価も可能でしょうか。

ご意見いただけるとうれしいです!

  • MINA
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旧作は確かにイケてない男性の奮起する姿を描いて成功しましたけど、あれって女から見ればヒロインをとことん性的に貶めた上に成り立ってる男だけの特権にしか見えません。
ケヴィンがお気に召さなかったみたいですけど、ケヴィンは積極的にバスターズを理解を示し(足りない頭でも!)上下関係のない仲間になろうとしてましたよね。
ラストの電話応対でバスターズたちの喋りを真似て嬉しそうな姿、女性から見ればすごく救われるものですよ。女性のしている事、社会で女性的とされてるものを何としてでも格下に扱って自分は関わるまい認めまいとする「普通の男」とは大違い。
その感動は人間として認められ尊重されている喜びです。ケヴィンは可愛いキャラクターですが、あくまで対等な大人同士、母性本能ではありません。そもそもそんな幻想信じていらっしゃるんでしょうか。男性が家事育児を女性にていよく押し付けるために作った概念です。
ウェイグ監督はケヴィンを「ルックスだけで何とか生きてきた愛すべき愚か者」と語ってますが、そういうバスターズたちとはまた違ったはみ出し者が居場所を得る姿は見て取れませんでしたか?

女性を決して下に見ない事で尊敬される男性と、女性同士の強い連帯は、確かに男性から見てさぞ不快な事でしょう。

  • Mr.Alan Smithee
  • URL
Re: タイトルなし

なるほど、おっしゃる通りです。
旧作の2でもシガニー・ウィーバーは単に子を産み慈しむ存在としてのみ描かれていた部分もありましたしね。
また、ケヴィンに関しても“バカだからこそのはみ出し者感”という視点は、その通りだと思います。
そして、その“はみ出し者”と、例え21世紀の現代でも残っているいわゆる“男性社会”からはみ出した女性たちの集団が、互いを対等の存在と認め真の“チーム”となる。
これは、旧作にあった“俺たちをはみ出し者扱いしやがった世間を見返してやるぞ!”という雰囲気とはまた違った本作独自のテーマ性かもしれません。
そして、そう考えれば、クライマックス・バトルで“観衆”を一切排除してしまうというヒーローものにあるまじき趣向にも合点がいく気がします。

本作の続編が製作された暁には、ケヴィンと新生バスターズとの“友情”を楽しみに劇場へ足を運びたいと思います。
貴重なご意見ありがとうございました。

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