[No.406] ボーン・アイデンティティー(The Bourne Identity) <78点>





キャッチコピー:『男は、彼らの「武器」となるために訓練された筈だった…』

 Bourne was born to LOVE HER.

三文あらすじ:ある嵐の夜、イタリアの漁船が引き上げた男(マット・デイモン)は、記憶を失っており、自分の名前も分からない状態だった。数週間後、身元の唯一の手掛かりであるスイスの銀行に向かった彼は、貸金庫に保管されている“ジェイソン・ボーン”名義を含めた6ヵ国のパスポートや大金、拳銃に驚く。やがて暗殺者たちに狙われ始めた彼は、自らのルーツを探るため、偶然出会った女性マリー・クルーツ(フランカ・ポテンテ)の協力を得てパリへと向かうのだが・・・


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 日本では2016年10月7日から公開されるボーン・シリーズ最新作、その名も『ジェイソン・ボーン』。既に7月から公開されているアメリカでの評価は、まぁまぁ、といったところみたい。とはいえ、“旧3部作”の2作目から監督を務め、実質シリーズを牽引したといってもいい男ポール・グリーングラスが再登板し、さらに本シリーズの本質であり白眉と言ってもいい存在、ジェイソン・ボーンまさにその人を演じるマット・デイモンが返り咲いたとあっては、ファンなら待ちきれなくて当然だ。というわけで、“旧3部作”及びジェレミー・レナー版の無かったことにされた“番外編”を一気に復習しておこうと思う。

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 まず、全ての始まりたる本作『ボーン・アイデンティティー』。久しぶりに見直してみて驚いたのは、思ったより昔の映画だったということ。本作の公開は2002年(日本だと2003年)だが、確かにもう14年も前なんだなぁ。道理で予告編がやけに90年代アクションっぽいし、作中出てくるテレビだったりパソコンだったりが全てなわけだ。あと、ガラケーのオン・パレードも今では懐かしい。

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 しかしながら、今観てもやっぱり本作はその本質として古くない。思い起こせば、公開された当時はかなり新しかったんだよ。そして、その新しさを生み出していたのが、ジェームズ・ボンドへのアンチ・テーゼという作品のコンセプトだった。そもそも、007という古くからアクション映画界を牽引してきた大金字塔のアイデンティティーは、なんだっただろう。秘密諜報部員でありながら堂々と街中を練り歩き、常に美女を侍らせ、とっかえひっかえし、ミッションとは名ばかりのカチコミを繰り返し、クライマックスでは大爆発の大団円を演出する。そして、それらどの瞬間においても、彼は常に自信満々だ。007 aka ジェームズ・ボンドからしとどに溢れるアイデンティティーというのは、「俺、ジェームズ・ボンド!」という確固たる自信であった。つまり、彼は、自らが“ジェームズ・ボンド”であることに一点の疑問も抱かないキャラクターなのであり、それこそが彼のアイデンティティーだったのである。

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 その点、本シリーズの主人公ジェイソン・ボーンは、ことごとくジェームズ・ボンドと対比されたキャラクターとして描かれる。四六時中こそこそと身を隠して影を渡り歩き、決して派手ではない女性を真剣に愛し、主に素手での肉弾戦やハンド・ガンでのつつましやかな銃撃戦に終始し、薄暗い螺旋階段でのこじんまりしたクライマックスを演出する。彼には、自信など微塵もない。そもそも、彼は自身を見失っているのだから、自信など持ちようがない。つまり、自らのアイデンティティーを失っているという点が、最も本質的にして根本的にジェームズ・ボンドと対比されるポイントだ。『ジョーズ』以降のモンスター・パニックと同様、いわゆる“スパイ映画”というものは、すべからく007との対比の中で創造される運命にあり、『ミッション・インポッシブル』のイーサン・ハントなんかも基本的にはジェームズ・ボンドのある種アンチ・テーゼとして存在した。しかし、そこからもう一歩踏み込んで、真っ向から、一から十まで丁寧にジェームズ・ボンドの対極を意識したキャラクターこそが、ジェイソン・ボーンと言っていいだろう。

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 そして、その試みは十分に成功したと言っていいと思う。未だ90年代の余韻を引きずっていた当時、というか、映画界においては2002年なんてまだ90年代と言っていいだろうが、そんな中で公開された“アクション大作”としての本作は、非常に新しかった。まだ幼かった筆者などは、うおお…なんという“地味”な映画なんだ…!と驚愕したものである。とはいえ、それはもちろん悪口ではない。先述の通り、きちんとジェームズ・ボンドと対比された“新しいスパイ像”を構築できている。

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 ただ、やっぱりまだまだ90年代だなぁ、という部分が散見されることも事実。まぁ、本作の“ストイックさ”を極限まで推し進め、ある意味でやりすぎなレベルにまで研ぎ澄ましたポール・グリーングラス版の続編2作があるから殊更にそう思うという感じもあるが、依然本作には90年代アクションの真髄たる“温いお約束”がそこかしこに見られる。その最たるものは、やっぱりヒロインにまつわるエトセトラであろう。一応、フラフラとヨーロッパ中を放浪する根無し草で、本作時点では家も金も無くなってしまっているというわざとらしいくらいのフォロー設定があるものの、いやぁ、普通そんなわけ分からん男と一緒に逃げる?という疑問は払拭しきれない。逃避行の始まりには金銭という明確な理由があるから良いが、マリーが自由意志でボーンと逃げることを選択するターニング・ポイントのシーンでは、むむ…この時点での情報ならお前は警察に出頭した方がいいのではないか?と思ってしまう。損得や善悪ではなく“愛”こそが彼女を動かしたのだ、とするにはまだ時期尚早な気もするし。まぁ、そういうフラフラした女である、という前フリがあるから、そう考えても別に無理はないのかもしれないが。

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 …なんだけど、本作は、そのいわゆる“お決まり”も、ある意味で巧いこと物語に落とし込んでいるように思う。ジェイソン・ボーンという男は、アイデンティティーの探究者なのだが、果たして真の意味での彼の“アイデンティティー”とは何なのか。その解答こそが、愛する女マリーなのである。自分のアイデンティティーは、別に唯一無二、絶対不可侵、永久不変の概念ではない。自らのルーツがこうだから俺はこういう人間なのだ、というのは実は論理が逆で、私はこういう人間だから(または、こういう人間でありたいから)こういうルーツを持っている、というのが正しい。まぁ、自身の出生みたいに変えられない事実もあるだろうが、基本的に人生はやり直せるものだし、過去の過ちは正すことができる。だから、ボーンが真の自分を見つけるために必要とされるルーツやツールが、過去に暗殺者として人を殺しまくったという事実である必然性はない。本作を通した“自分探しの旅”の果て、ジェイソン・ボーンは、暗殺者という事実ではなく、最愛の女性マリーという真実を自らのアイデンティティーとして発見したのである。

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 まぁ、なんと都合の良いお話か!と憤る人もいるだろう。懺悔は?贖罪は?この辺はけっこう疎かだったりする。お前だけ幸せ?お前だけ幸せ? “世間”ってのはおせっかいだ。でも、筆者は全然良いと思う。今さら謝られてどうすんのよ? 昨日今日殺されたターゲットならいざ知らず、もうかなり前の話なのであれば、もしかしたらターゲットの肉親たちは既に気持ちの折り合いを付けて前向きに生き始めているかもしれないじゃないか。そんなところにズケズケと入って行って「ごめん、許して。」なんて言うのは、これはゴリゴリのエゴだろう。許しを得たいのではなく、肉親の死の真相を教える義務があるのだ、という理屈も一緒だ。本当に悪いと思っているのなら、その耐え難い後悔を抱え、ひっそりと生きていくのがベスト。だからこそ、ジェイソン・ボーンが何度も口にする「もう俺に構うなって!」というセリフに筆者はすごく納得した。そして、逆に、次作で彼がターゲットの娘に謝罪しに行ったシーンで激怒したのだが、これはまた次の話。

点数:78/100点
 以前何かの感想で“監督ダグ・リーマンは、『Mr.&Mrs. スミス』とか『ボーン・アイデンティティー』とかを撮っているあんまりパッとしない男だ。”という趣旨のことを述べたが、本作の再鑑賞を経て翻意したいと思う。アクションは地味だけど見ごたえがあって、ストーリーは若干粗いがちゃんと考えられている。そして、何よりジェームズ・ボンドへのアンチ・テーゼという意味においても、本作は“スパイ映画”としての独自性をしっかり打ち出せている良作だと思う。

(鑑賞日:2016.9.19)

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