[No.415] キャリー(Carrie) <82点>





キャッチコピー:『If only they knew she had the power.』

 愚か者ども、地獄へ堕ちろ。

三文あらすじ:クラスメイトからは嫌われ、母親であるマーガレット(パイパー・ローリー)からも疎まれている、さえない容姿の女子高生キャリー・ホワイト(シシー・スペイセク)。彼女には、怒りを引き金として念動力を発揮する力があった。プロム・パーティーの夜、悪質ないたずらとも知らずクイーンに選ばれたキャリーの頭上にブタの血が降り注ぐとき、惨劇の幕が上がる・・・


~*~*~*~


 筆者は怒っている。10/28(金)公開の話題作『インフェルノ』を観ようと前もってチケットを押さえていたのに、当日突然に“社会人”から難題を命じられ、結局鑑賞に至らなかったからだ。そこで本日は、この罪深き世の中と愚かさに満ちた世界へ怒りの一撃をお見舞いする傑作ホラー映画『キャリー』のお話。奇しくもハロウィンだし。

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 1976年公開。監督は、巨匠ブライアン・デ・パルマ。主人公キャリーを演じたシシー・スペイセクとその母親を演じたパイパー・ローリーが揃ってアカデミー賞にノミネートされている。ベッカムの息子ブルックリンくんとこないだ破局し、その直後に女優休業宣言をしたかと思えば、あっという間に復帰宣言した我が愛しのクロエ・モレッツちゃん主演で2013年にリメイク版も作られた。原作は、ホラー界の大スター、スティーヴン・キングの小説だが、たぶん大幅に脚色が加えられているのだろう。筆者は原作を読んでいないからあまり偉そうに言えないけれど、キャリーの通う高校の名前がユーイン・エレメンタリースクールからベイツ・ハイスクールに変更されていたりして、全体的にヒッチコックの傑作ホラー『サイコ』に寄せているっぽい(同作の舞台は“ベイツ・モーテル”。)。母親の呪縛に囚われた者が人殺しをするというプロットは両作共通だし、キャリーが念動力を使うシーンを始めとするショッキングな瞬間で必ず流れる“キュイッ!キュイッ!キュイッ!”というSEは『サイコ』のそれと同じである。あと、ギミックとしての包丁とか。

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 さて、そんな本作は、結局どういう映画だったのかと言うと、愚か者どもは全員死ね!というお話なんじゃないかと思う。本作の登場人物は、キャリーを除いて全員“愚か者”なんだよな。これは作中における“キリスト教”的な意味も含んでである。キャリーに豚の血をぶっかける張本人クリス・ハーゲンセン(ナンシー・アレン)や彼女の腰巾着である“アラレちゃん帽子”の女の子は言わずもがな、キャリーの母親だって信心を男性コンプレックスの隠れ蓑にしているクソばばぁだし、一見キャリーの良き理解者風のコリンズ先生(ベティ・バックリー)にしても、キャリーを慰めながら結局は「私こそが最高!」って言ってるようなものだから、やっぱりただの見栄っ張りに他ならない。自らの罪をきちんと自覚し、しっかりと悔い改め、あくまでもキャリーのためを思って自分の彼氏にキャリーを誘わせたスー・スネル(エイミー・アーヴィング)は、確かに唯一の生存者となるが、やはりその後の人生を通して一生悪夢に苛まれ続けるというのが、筆者の見解である。スーさんは、キャリーを取り巻く人物の中で唯一利他的な行動をとるものの、実際のところ、それは本当の意味でのキャリーの幸せに思いを至せていない極めて偽善的な行いだからだ。その他、男性の登場人物たちは、キャリーの母親も言及していた通り、基本的には女を“メス”としてしか見ないクソ男揃い。総じて、真の意味で純真だった“少女”が(初潮を迎えて)“女”になり、世の“汚(けが)れ”に触れ、悪魔化し、その悪魔の力を以て上記愚か者どもに血の制裁をお見舞いするというのが、筆者が理解する本作のストーリーである。

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 あとはやっぱり画(え)的な素晴らしさであろう。何といってもデ・パルマですから。もうオープニングから引き込まれる。画面狭しと右往左往する女子高生のおっぱい、そして、無修正の下半身。筆者は別にエロい目線で見ているわけではない。…別にエロい目線だけで見ているわけではない。これは、文字通り“女”を丸裸にするシーンだと思う。直後に初潮を迎え“女”になるキャリーの未来の姿を暗示するシーンであり、着飾ったり取り繕ったりしても、“女”の正体っていうのはこうなんだぞ!と強調するためのシーン。結局はブルンブルンのモジャモジャなんだぞ!ということである。もちろん、別に女である必然性はない。主人公が女性だから、女性の裸であることに意味があるのである。まぁ、キリスト教的な意味合いを持たせたギミックとして主人公を女性にする必要はあるだろうが、人間という存在の“ありのまま”を示すという点においては、別に男のブランブランだっていいわけだ。要は、冒頭からモロ見せすることで観客を一瞬ギョッさせ、ある種の“汚(けが)れ”を提示できればいいのである。

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 そして、このモロ見せシーンのスローモーション、及び、ピノ・ドナッジオの楽曲『Theme from Carrie』の素晴らしさ。これは抜群である。一見優雅で、美しく、優しそう。でも、映っているのはブルンブルンとモジャモジャ。このギャップが効果的だ。そして、同じくスローモーション演出に『Theme from Carrie』がかかるシーンが本作にはもう一か所だけある。それが、クライマックス直前、いじめっ子の策略によってクイーンに選ばれたキャリーがその先の運命など知る由もないまま舞台上へと歩いていく場面。このシーンは、冒頭とは違い映っているものも美しく優雅。会場は煌びやかに装飾されているし、参加者はみな着飾って、笑みをたたえながらキャリーを祝福している。しかし、我々は既に知っている。それは、人間の愚かさでしかない、と。彼らだって装飾を全てはぎ取ってしまえばブルンブルンの、ブランブランの、モジャモジャの、モジャモジャなんだ。巨匠デ・パルマの秀逸な対比構造を目の当たりにした筆者は、あぁ…別にキャリーをいじめてる奴らだけじゃなくて、やっぱり社会っていうのは欺瞞に満ちているのだなぁ…などと、訳知り顔でうなずいたのである。もちろん、いじめの主犯やトラボルタやアラレちゃんを始めとする数人以外はキャリーを騙していないけれど、人間を“群”として捉えた対比構造は、人間社会全体の愚かさを暴き出そうとしているように思える。

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 まぁ、ひょっとしたら、それはここ数年“社会”に憤っている筆者の穿った見方なのかもしれないけれど。ごちゃごちゃ言わず、いじめ、かっこ悪い!という感想を持つのも正解だろうし、やっぱり“いじめられる方にも原因在り”理論は正しいのではないだろうかと思ってもいいだろう。いずれにせよ、筆者としては、悲劇の内に死したベイツ高校のみなさんのご冥福と、『インフェルノ』のチケットをパァにした愚か者どもの地獄行きを神に祈るばかりである。

点数:82/100点
 あと、キャリーを演じたシシー・スペイセクの演技はやはり素晴らしいの一言に尽きる。演技というか、正確にはその“眼力”。特にクライマックスの大虐殺シークエンスは、彼女の目力のおかげで説得力を保っていると言ってもいいだろう(ちなみに、キャリーは、覚醒してから自宅で我にかえるまで一度も瞬きをしない。)。まぁ、逆に言えば、アクション的なギミックは正直しょぼいということでもあるのだが。人に危害を加える主たる方法が放水では少し物足りない。ただ、だからこそ2013年にリメイクを作る意義があったのかもしれないな。恥ずかしながら筆者はリメイク版を未見なので、最新のVFXを駆使した怒涛の大虐殺に期待しつつ、近々鑑賞してみよと思う。愛しのモレッツ嬢が主演を張っているわけだし。そういえば、ついこないだまでは少女だったモレッツちゃんも、もはやブルックリンくんによってそのモジャモジャにゴールを決められて…おっと。こういうことばかり言っていると筆者が真っ先に地獄へ送られてしまうので、今回はこの辺で終わっておこうと思う。

(鑑賞日[初]:2016.10.30)


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