02
2012

[No.48] ヒューゴの不思議な発明(Hugo) <84点>





キャッチコピー:『世界は幸せにあふれている。必要なのはちょっとした修理だけ。』

 巨匠マーティン・スコセッシ、第84回アカデミー作品賞及び監督賞取り逃し記念!

三文あらすじ:1930年代のパリ、父(ジュード・ロウ)を火事で亡くし身寄りのない少年ヒューゴ(Hugo)・カブレ(エイサ・バターフィールド)は、駅の時計台に隠れ住み、構内の時計の整備をしながら暮らしていた。父が遺した機械人形の修理を生き甲斐とするヒューゴは、必要な部品を探す中で、おもちゃ屋主人の頑固な老人ジョルジュ・メリエス(ベン・キングスレー)、その妻ジャンヌ(ヘレン・マックロリー)、メリエス家で暮らす少女イザベル(クロエ・グレース・モレッツ)、ヒューゴを目の敵にする鉄道公安官(サシャ・バロン・コーエン)らと出会うことに。歯車のように噛み合った彼らの物語が、パリの街を幸せな魔法で包む・・・


~*~*~*~

 
 マーティン・スコセッシと言えば、『タクシードライバー』『レイジング・ブル』『グッドフェローズ』『カジノ』『ギャング・オブ・ニューヨーク』など、ハードボイルドな男のドラマが得意な巨匠である反面、長年アカデミー賞に嫌われ続けた無冠の帝王のイメージが強い。2006年公開の『ディパーテッド』において、ようやく作品賞・監督賞他4部門を受賞したが、これはアカデミー賞においてしばしば見られる”功労賞”的な受賞と言われている。彼が本来オスカー像を持って帰るべきだったのは、実在のプロボクサー、ジェイク・ラモッタの自伝を映画化した『レイジング・ブル』であるというのが、映画ファンの間での多数説だろう。
 ちなみに、筆者のお気に入りは、ギャングの世界に身を投じる青年の半生を軽快なテンポとハードな描写でまとめ上げた『グッドフェローズ』である。当ブログでもまたそのうち感想を書こうと思う。

 そんなスコセッシが、同名の子供向けファンタジー小説を映画化し、さらに満を持しての3D撮影に挑戦するというのだから、『グッドフェローズ』好きの筆者としては、相当な期待といささかの不安を抱きつつ公開日を待ったのである。しかも、日本公開直前に開催された第84回アカデミー賞において、なんと11部門にノミネートされるというグッドニュースが!あのスコセッシが“ファンタジー”でこれだけのノミネートを得たということはそれ相応の傑作に違いない、と筆者を含め公開を待つ日本のスコセッシファンは胸を躍らせたことだろう。しかし、結局本作が受賞したのは、撮影賞・美術賞・視覚効果賞・音響編集賞・録音賞という全く主要ではない5部門だった。
 こういう事態もまたアカデミー賞ではしばしば起こることで、第81回アカデミー賞において『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』が13部門にもノミネートされながら、結局、美術・視覚効果・メイクアップという外見に関する3つの賞しか獲得できなかったことは記憶に新しい。

 さて、前置きが長くなってしまったが、本作の内容について今思うところを述べる。
 本作は、良くも悪くもスコセッシの”映画愛”が全編に溢れている。

 本作が11部門にもノミネートされた最大の要因はこの点にあるのではないだろうか。もちろん本作はスコセッシ監督作品だから、アカデミー会員の多くが、銃で脅されたり、ハードモヒカンにされたり、27kgもの増減量を強要されたりすることを恐れた可能性はある。それでも、自身の映画人生の集大成と言わんばかりに詰め込まれたスコセッシの映画に対する愛情は、確実にアカデミー会員の心を動かしたはずだ。

 主人公ヒューゴは、たった一人時計台の中で暮らしており、その日の食料を構内のパン屋などから盗んで生活している。同時に、父の唯一の形見である機械人形を一人でコツコツ修理し続けていて、その部品をおもちゃ屋から盗んでいる。このおもちゃ屋の主人がジョルジュ・メリエス。映画創生期を支えた世界初の職業映画監督であり、世界初のSF映画『月世界旅行』を監督した映画史上の偉人である。
 本作には、そんなメリエス作品の映像がふんだんに使用されていて、中でも最近発見された『月世界旅行』のカラー版は一見の価値有り。他にも、元々手品師だったメリエスが映画監督になっていく過程や彼の映画制作風景が丁寧に描かれ、映画ファンは実に興味深く鑑賞することができる。この点で、本作はいわばスコセッシによるメリエスの自伝映画と言えるだろう。

 メリエス作品以外にも、映画を発明した”映画の父”リュミエール兄弟の『ラ・シオタ駅への列車の到着』が印象的に使用される。駅に列車が進入してくるだけ、というこの映画を観た当時の観客が、皆映像に合わせて列車を避けたというエピソードは有名だ。
 スクリーンに映されたただの映像に観客は驚き、興奮し、魅了される。これこそが映画の魔法。100年以上もの歴史の中で、映画は様々な魔法を観客に提供してきた。モノクロからカラーへ、サイレント映画からトーキーへ。そして3Dが導入された今、映画の魔法は次の段階へ進もうとしている。100年以上前の観客同様、21世紀に生きる我々もまた本作で突進してくる列車を思わず避けてしまうことだろう。スコセッシは、自身の初3D作品として本作を選ぶことで、映画創生期の魔法を現代の観客に体験させてくれる。

 他にも、ヒューゴとイザベルが観に行く映画がハロルド・ロイドの『要人無用』。ここでは、時計の針にぶら下がる有名なスタントシーンが流される。このシーンで思い出すのは、なんと言っても『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だろう。終盤、ドクが時計台にぶら下がるシーンは『要人無用』へのオマージュである。映画好き、特に『BTTF』ファンにはうれしいシーンだ。

 このように、本作には映画に対する愛やオマージュが溢れており、映画ファンを熱くさせるが、映画の歴史紹介に時間を割きすぎて、脚本が雑になっているのもまた事実だ。

 まず、ヒューゴとメリエスの関係構築過程が十分描写されていないという点。
 メリエスは序盤、自分の店からおもちゃを盗むヒューゴに厳しい態度をとる。しかも、ヒューゴが修理しようとしている機械人形は、封印した自身の過去を思い出させるものだから、メリエスのヒューゴに対する嫌悪感はただの盗人に対するそれ以上のものがある。しかし、ヒューゴの熱意と才能に魅せられたメリエスは、彼を自分の店で働かせることにする。そのうち2人の間には師匠と弟子のような信頼と友情が築かれていくのだが、この2人の関係が構築される過程の描写が浅すぎる。ここで2人の絆をしっかり描写しないから、その後、封印したクローゼットを開けられたメリエスがヒューゴに対して言う「信頼していたのに!」という台詞に重みが感じられないし、終盤でヒューゴがメリエスのために奮闘する展開にも説得力がない。また、メリエスが、鉄道公安官に捕まったヒューゴを「その子はうちの子だ!」と言って助ける感動のラストも、2人の関係をしっかり描いていればもっと盛り上がったはずだ。

 また、結局ヒューゴの父がヒューゴに伝えたかったメッセージが何なのか分からないという点も、大団円に水を差している。というか、あの機械人形は、メリエスが魂を込めて作ったものであり、ヒューゴ父は後に博物館から引き取って修理を始めたのだから、そこに父からヒューゴへのメッセージが込められているとは考えづらい。しかも、ヒューゴ父は、あくまで機械人形を“元の状態に戻すこと”を目指していたのだから、ヒューゴが修理を完了した時に機械人形が描いた絵がヒューゴ父によるインプットの下で描かれたというのもおかしな話だ。

 このようなメインストーリーに関する脚本の雑さが災いし、アカデミー賞では主要部門を受賞できなかったのではないだろうか。

 とはいえ、ヒューゴが機械人形をメリエスに届けるラストは、十分に感動できる。

 ”世界には価値の無い人間など一人もいない”というのが、本作の提示するメッセージ。ヒューゴは、パリの街が見渡せる時計台の特等席にイザベルを連れて行き、「機械には無駄な部品は一つもない。世界が一つの機械だとしたら、無駄な人間なんか一人もいないんだ。みんなに存在価値がある。」という趣旨の発言をする。オープニングにも登場した、機械の歯車と街の風景を重ね合わせる演出がここでも挿入されるが、本作のテーマを端的に表したステキな演出だ。
 本作の主要な登場人物は、みな自身の存在理由に疑問を抱いている。例えば、ヒューゴは、心を閉ざしたまま独りぼっちで構内に閉じこもっているし、メリエスは、映画監督としての人生に絶望し過去を思い出さないようにしている。そんな彼らが、機械人形をめぐる物語の中で互いに影響し合い、成長し、一歩踏み出すことで自らの存在価値を見いだしていくのである。
 メリエスの心を修理することに自らの役割を見いだしたヒューゴは、一本だけ燃え残ったメリエス作品『月世界旅行』を彼に観せ、みんなまだ彼の業績を忘れていないことを伝える。映画への情熱を思い出し、自身の人生を語るメリエス。彼が魂を込めて作った機械人形を運命的に自分が修理したと知ったヒューゴは、機械人形をメリエスの元へ運ぶため、彼を待たせて駅へと戻る。しかし、運悪く鉄道公安官に見つかってしまい、追いかけ合いの末、線路に落として壊してしまう。拘束されながらも、自らのすべきことを訴えるヒューゴ。そこにメリエスが表れ「その子はうちの子だ!」と言い放つ。解放されたヒューゴは、メリエスに機械人形を見せ、「ごめんなさい、壊れちゃったんだ・・・」と謝罪。メリエスが所有していた当初の姿で渡すからこそ意味があった機械人形を完品で届けることができなかったヒューゴは、自分の役割を果たせなかったということになりそうだ。
 しかし、そんなヒューゴにメリエスは優しく声を掛ける。

 「He Worked Perfectly.」

 機械人形は壊れてしまったが、ヒューゴを成長させ、メリエスに映画の外にもハッピーエンドがあるということを教えた。機械人形は、ちゃんと機能したのだ。
 このメリエスの一言は、本作のテーマをしっかりとまとめ上げた名言である。筆者などは、このシーンで図らずも涙を流してしまい、ただでさえ顔にフィットしていなかった3Dメガネが滑ってずり落ちてしまった。
 ちなみに、戦争で左足が不自由になり性格まで卑屈になっている鉄道保安官は、犬好きのエミーユ夫人(フランシス・デ・ラ・トゥーア)の後押しで片思いの花屋さんに声を掛けることができ、他方で、ラスト、線路に侵入して列車に轢かれそうになったヒューゴを間一髪助ける。また、イザベルは、ヒューゴと出会うことで小説の外にも冒険があることを教えられ、他方で、ヒューゴの物語を小説として綴るという自分の役割を見いだす。彼らもまた世界という機械の歯車であり、存在価値のある人間に違いない。脚本は若干雑でもそこは巨匠マーティン・スコセッシ。一つのテーマをしっかりまとめ上げた、素晴らしいストーリーテリングである。

点数:84/100点
 鑑賞後間もないので、なんだかまとまりの無い記事になってしまった。また落ち着いたら加筆・修正していこうと思う。
 とりあえず本作は、映画好きか否かで評価がかなり分かれる作品だ。映画の歴史になど興味がないよ、という人にとっては、それなりに良くできた普通のファンタジーだろう。しかし、映画好きであれば、映画創生期の魔法に歓喜し、同時に我々も3Dという新たな魔法の誕生に立ち会った世代なのだという感慨に浸ることができる。思えば、アカデミー賞において本作と作品賞を争った『アーティスト』が”トーキー”という新たな魔法の誕生を描いた作品であったというのも、なかなか興味深い。まぁ、登場人物が初めて台詞を喋った時ほどの感動を3Dが観客に与えたかと言うと、それは微妙ではある。それでもやはり、3Dがこれからトーキーに匹敵する程の新たな映画の魔法を我々映画ファンに与えてくれることを願い、本稿はこの台詞で締めたいと思う。

You ain't heard nothin' yet!

(お楽しみはこれからだ!)


(劇場鑑賞日:2012.3.1)
(劇場:TOHOシネマズ西宮OS)










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Tag:アカデミー賞 劇場鑑賞作品 心が温まる話 モレッツちゃん

2 Comments

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オープニング、四方からチクタク聞こえる機械音。
世界は一つの機械。映画館で観てよかったと思えた。

読解力不足かもしれないが、メリエスは機械人形を完成させていなかったのではないか。ヒューゴの父が、修繕と共に完成作業を行っていたのである。
このことは、メリエスが機械人形の残りの部品を使って撮影カメラを作ったこと。fixには確定や解決という用法もあること(字幕では確かに父・ヒューゴは「修理」or「直す」と言っていた)から推測できる。また、月面顔はメリエスが機会人形放置後に撮影した映画のワンシーンであり、ヒューゴと父の思い出の映画であることともつじつまがあう。

そうすると月面顔の絵は、父のメッセージとは言い難いものの、父がヒューゴを喜ばせるために施した工夫であったと考えられる。

そして、父が機械人形がメリエス作と知らずに、機械人形にメリエスの映画のワンシーンを画かせたのは、「歯車の合致」「不思議な発明の一つ」だった、と考えることでさらにこの映画の素敵さが増すように思う。


2012/03/20 (Tue) 02:05 | EDIT | REPLY |   

Mr.Alan Smithee  

Re:

なるほど、確かにそっちの方が正しそう。

メリエスの想い、ヒューゴ父の想いの詰まった機械人形にヒューゴの想いが込められる。ヒューゴがしたことは単なる”修理”ではなくて、ヒューゴ・メリエス間の運命の歯車が合致することで初めて完成する、紛れもない不思議な”発明”。
たまに「”ヒューゴの不思議な発明”っていう割に全然発明してなかった。笑」っていう感想を見るが、何も分かっていない。実にけしからん。

2012/03/20 (Tue) 11:02 | EDIT | REPLY |   

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