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キャッチコピー
・英語版:Destiny With A Sense Of Humor.
・日本語版:運命の人なら、きっとまた逢える

 神が"運命"を作り、悪魔が"偶然"を作る。
 その頃、天使はベッキンセールを作った。

三文あらすじ:テレビ局のプロデューサーであるジョナサン・トレーガー(ジョン・キューザック)は、彼女へのクリスマスプレゼントを買いに訪れたデパートで、ある女性に出会う。ひょんなことから数時間を共に過ごした両者は互いに惹かれ合うが、その女性は「本当に運命の相手ならまた会える。」と言い残し去ってしまう。それから数年後、偶然にも同じタイミングで異なる相手との結婚を間近に控えていたジョナサンとその女性サラ・トーマス(ケイト・ベッキンセール)、二人の運命の歯車が、再び静かに回り始める・・・


~*~*~*~


 2001年10月5日からアメリカで公開されたラブ・コメディ(日本では翌年の11月から公開。)。Wikipediaだとアメリカでの公開日が9月13日になっているが、IMDbでは10月5日になっているので、たぶん急遽延期されたんだろうな。アメリカ同時多発テロの発生が2001年の9月11日だから、これは運悪くと言うべきか何と言うべきか、とんでもないタイミングで封切られる予定だったわけである。なんでも、その3週間ほどの間に、映り込んでいる世界貿易センタービルを全てCG処理で消し去ったというから大変だ。これを本作の"運命"と考えるか、はたまた、ただの"偶然"と捉えるか。中々難しいところである。

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 そんな本作がテーマにしているのは、まさに"運命"という永遠の難題。恋愛映画においてはとかく"運命の相手"が登場し、ありえない"偶然"を繰り返して大団円を迎えるわけだが、そんなジャンル内の"クリシェ(あるある)"に着目し、全面展開させた作品が本作である。過度の"運命論者"である女性をヒロインに設定し、象徴的な場所として"セレンディピティ(幸福な偶然)"というカフェを配置することで、本作は観るものに"運命って何なんだろう?"と考えさせるような立て付けになっている。

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 これは中々おもしろい切り口であると同時に、けっこう挑戦的なテーマであるとも思う。先ほどは、"運命"というテーマは"恋愛映画のお約束"だと述べたが、見方によっては、より広く"物語の構造"にまで踏み込んだテーマとも取れるからだ。映画にせよ、舞台にせよ、小説にせよ、およそ"物語"というのは作り物だ。作品内のキャラクターが取る行動や至る結末は、どんなに偶然らしく描かれていようとも、すべからく筋書きを描いたクリエーターによって予め定められている。つまり、あらゆる"物語"は、"運命付けられた偶然の積み重ね"で成り立っているのである。

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 だからこそ、本作を気負って観る人も多かろう。実は筆者がまだ中学生だった頃の初鑑賞時以降"恋愛映画における魂のバイブルの一つ"と位置付けている本作が、批評家たちから"凡庸で退屈なラブコメ"と言われている原因の一端は、その辺りにもあるのかもしれない。ストーリー製作の構造をいわばメタ的に扱い、"運命"という神の規律と、"偶然"という悪魔の気まぐれをテーマにした割にはあまりにも普通のラブコメだ。そんな風に考える批評家がいてもおかしくはない。しかし、誰に何と言われようが、筆者は、本作が大好きなんだ。

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 確かに、プロットの縦糸はおよそ考え得る限りベタベタ。それでいて、よくよく考えてみれば、本作のヒーローもヒロインも、どちらも"運命"にかこつけて浮気するダメ男クソ女なのだから、なんじゃこのご都合主義的なハッピーエンドは!と怒り狂う観客がいてもおかしくはない。おまけに、後述するが、本作はあくまでも"男性目線のファンタジー"という色が強い作品だから、女性鑑賞者がもんどり打って酷評したとしても、誰も彼女を責められないだろう。しかしながら、"浮気を目的とした浮気"のみを"浮気"と考える"浮気狭義説"に依拠した当ブログに限って言えば、本作のジョナサンもサラも、まだギリギリ浮気はしていない。とはいえ、こんなもん肉体関係を伴ったベタな浮気よりもっと酷いじゃないか!という意見は、確かに傾聴に値する。まぁ、この辺りは、やはりもうちょっと脚本を詰めるべきではあったろうな。

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 ただ、もしその点に目を瞑ることができれば、本作はとってもステキなラブコメなんだ。まず、アラン・シルベストリが紡ぎ出すスコアの数々が、どれも小気味良くセンシティブ。特筆すべきは、やはりジョン・キューザックケイト・ベッキンセールのフレッシュなアンサンブルである。これは本当に絶妙かつ絶品。彼ら二人の実在感ある魅力によって、本作の主人公カップルは、きちんと"全力で応援したい恋人"になり得ている。そして、だからこそ、互いの婚約者に対する残虐な仕打ちも、まぁ多目に見てやろうではないか、と思ってしまう部分が、少なくとも筆者にはある。取り分け、ケイト・ベッキンセールの可愛さたるや!まったく、タリバンにも本作を観せてやればよかったんだ!こんな可愛い子がいるニューヨークに誰があんな酷いことができようか!

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 今ではすっかり"ヴァンパイア姐さん"になってしまったベッキンセールだが、この頃の初々しさはエグい。

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 ヤバい。

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 可愛い。

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 天使である…。

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 また、本作は、向こう見ずにも提示した"運命"という大きなテーマを決して適当には処理していないと思う。ジョナサンもサラも、ちゃんと自分たちの努力によってハッピーエンドを帰結している。これまた恋愛映画においては筆者の魂のバイブルである『猟奇的な彼女』でも言及されていた「"運命"は、努力した者に"偶然"という橋をかけてくれる。」という真実を、本作は曲がりなりにもきちんと描けていると思うのである。

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 そりゃまぁ、何も悪いことをしていないハリー(ブリジット・モイナハン)があまりにも可哀想だ!という意見はあるだろう。むしろ、いやいや…あんなオカルティックな女よりもハリーの方こそをお嫁さんにしたいぜ!という男子も多かろう。ここは中々難しいところである。もうちょっとハリーにも何らかの欠点を与えていてくれたら、もっとすんなりとジョナサンとサラのハッピーエンドに乗れたのに…という気がしなくもない(一応、火災報知器が故障したくだりで、"ハリーはちょっと気が強すぎる"という小指の先ほどの欠点が提示されている気もするが。)。

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 その一方でサラの今カレであるラース(ジョン・コーベット)があからさまに"変な人"として設定されているというギャップからしても、本作はちょっと男子目線に寄った作品ではあろうな。とはいえ、これに関しては、キャラ設定を詰めきれなかった脚本家や監督を責めるのではなく、内面でのディスアドバンテージを軽々と乗り越えて"ヒロイン"であることに説得力を持たせたケイト・ベッキンセールの可愛さと、そんな彼女を抜擢したキャスティング・ディレクターのお眼鏡を素直に誉めておくのがよかろう。

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 とにもかくにも、本作は、批評家の低評価にも関わらず筆者がフェイバリットに推す良質のラブコメである、ということを今一度お伝えして終わりたい。レンタルビデオ店で偶然にも本作を手に取った中3の秋、筆者はまだ、ジョナサンとサラのように出会いからしばらくの後に再び期せずして出会った相手と契りを結ぶ運命になろうとは、想像だにしていなかった。もちろん、筆者の人生の筋書きを描いているクリエーターはどうやらポンコツのようだから、本作のようにドラマチックな顛末を経験したわけではないのだが、振り返ったとき後ろに転がる偶然たちを運命と呼べるように、これからも鋭意努力していこうと思う。

点数:90/100点
 そう、"運命"ってのは、積み重ねた"偶然"を振り返ったとき、その結果に付ける名前のことである。つまり、例えば現実世界での恋愛においては、"運命の相手に出会う"なんてことはない。神業にも似た努力と悪魔がごとき忍耐で臨機応変な対応や試行錯誤を繰り返し、二人の関係を"運命"に変えていくんだ。目の前の相手が、何十年経っても出会った頃のまま"天使"であり続けてほしい、そんなバカバカしいことなんか願いながら。いやはや、結婚って大変だな。

(鑑賞日:2017.9.16)

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Posted byMr.Alan Smithee

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