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キャッチコピー
・英語版:unknown
・日本語版:unknown

 お前の足で歩け。
 お前の手で掴め。
 お前の心で生きろ。

三文あらすじ:凶悪犯罪者“バッド・バッチ(The Bad Batch)”としてテキサスの隔離地域に放り出された少女アーレン(スキ・ウォーターハウス)。荒野をさまよう彼女は、“ブリッジ”と呼ばれる食人集団に拉致され、右手と右足を切り取られてしまう。見張りを殺害し、命からがら脱出したアーレンは、“ザ・ドリーム”と呼ばれる男(キアヌ・リーブス)が支配する流れ者たちの町“コンフォート”に辿り着くのだが・・・


~*~*~*~


  Netflixオリジナル作品、『マッドタウン』。これは中々なんとも言い様の無い不思議なテイストを持った作品であった。そもそも、ずいぶん前に本作の噂話を耳にしたとき、筆者はてっきり"リベンジもの"だとばかり思い込んでいた。既に当ブログで感想を書いたもので言うと、『発情アニマル』とか『ジョン・ウィック』とか『キル・ビル』とかと同種の作品。この手の作品では、リベンジの起爆剤として、主人公が必ず何かを奪われる。『発情アニマル』なら"貞操"、『ジョン・ウィック』なら"子犬"、『キル・ビル』なら"お腹の赤ちゃん"という具合だ。その点、本作の主人公が奪われるものは、自身の"右手・右足"。起爆剤が己の身体の一部であるという意味では、日本が世界に誇るB級リベンジ・ムービー『片腕マシンガール』と同じようなプロットなのであろう。しかして、実際に観てみると、本作はそんな筆者の浅薄な予想とは少し趣の違う作品であった。

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 冒頭でゴリゴリマッチョの食人集団に美しき手足を切断されたアーレンは、その後、キアヌ・リーブスが取り仕切る“コンフォート”という町に辿り着き、物語はそこから5ヶ月後に飛ぶ。当然のごとく右手の切断口はふさがり、右足に義足を装着した彼女は、当たり前みたいにリボルバーを手に取り、世の理と言わんばかりに砂漠へと繰り出していく。こちらとしては、もちろんのことこれから凄惨でノリノリな復讐劇が開始されるものとばかり思って、ワクワクと待ち構えるわけであるが、なんとアーレンは、母子でゴミ漁りに来ていた食人集団のとあるお母さんを撃ち殺すだけで、復讐を完了させてしまうのである。まぁ、あの子供がいなければ彼女は食人集団の本拠に乗り込んでいたのかもしれないから、アーレンというキャラクター自体を責めるのではなく、子供だとか、その父親だとかそのあたりを巻き込んでドラマ性を強調した製作サイドが甘っちょろい、と言ってもいいだろう。

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 では、結局のところ正統的な"リベンジもの"ではなかった本作は、一体全体何を描いた作品なのか。これが難しい。例えばIMDbのあらすじなんかを見てみると、明確に"Love story"と書かれていたりする。まぁ…アーレンさんと先述の子供の父親である"マイアミ・マン"との恋物語という側面も、確かにゼロではないだろう。個人的に"恋愛映画"というジャンルの重要な要素は、主役カップルの恋を応援したくなることだと思うのだが、その点本作はバッチグー。『高慢と偏見とゾンビ』ではベネット家の四女キティを演じていたスキ・ウォーターハウスは、フレッシュでキュートで言うこと無し。もうすぐ公開されるDCエクステンデッド・ユニバースの最新作にして一旦の集大成でもある『ジャスティス・リーグ』でアクアマンを演じるジェイソン・モモアは、もう本当に文句なくセクシー。というわけで、本作を"恋愛映画"と定義付けたIMDbの発想も理解できないではない。

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 とはいえ、恋愛映画の序盤でいきなり少女の手足切断ショーが繰り広げられるというのも世知辛い話だ。そんなわけで、筆者はとりあえず本作を"ドラマ"というジャンルで考えたい。まぁ、"現代版『マッドマックス』、アクション少な目"と言ってもいいかもしれないが。ともかく、"ドラマ"としての本作が伝えたいことというのは、要はこういうことじゃないだろうか。

 "お前らは、どう生きる?"

 "バッド・バッチ"と呼ばれる特A級の犯罪者たちを隔離する無法地帯という舞台設定を重視し、本作を"SF"にカテゴライズする人もいるみたいだが、本作は、その"SF的設定"に関してあまりにも無頓着だ。具体的に何をすれば"バッド・バッチ"に認定されるのか、隔離ゾーンからの脱出を試みた者はいないのか、いたとしたらそいつらはどうなったのか。そういった、仮に本作が"SF映画"だった場合には当然描くべき点を本作はことごとく不問にする。要は、本作の舞台設定はもっと寓意が込められた抽象的なものなのである。"コンフォート(安楽)"という町や"ザ・ドリーム(夢)"というキャラクター。これらは、監督がメッセージを伝える上で露骨に配置されたアイテムであろう。

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 本作の監督(兼、脚本)のアナ・リリー・アミルポールは、きっとこう言っている。本来的には、原罪を犯し、穢れに満ちたこの過酷な世界に落とされた"罪人"としての人間は、互いに寄り添い、慰め合い、幻想の"安楽地帯"で"夢"に浮かれている。ここでの"夢"とは、カリスマとしての"ザ・ドリーム"自身のことであり、もっと究極的には、彼が口にする"子供"のことであろう。確かに、いわゆる"文明人"たちは、過剰なまでに子供を愛し、甘やかし、崇拝している。特に昨今の日本なんかモロにそうだろう。"子供"は人類普遍の"夢"であり、絶対的な"正義"である。……しかし、本当にそうだろうか。本作ラストで、ジェイソン・モモアのガキンチョが「"コンフォート"に戻ってスパゲッティが食べたいよー!」とだだをこねる。しかし、彼女の願いは聞き入れられなかった。それどころか、彼女が大切にしているペットのウサギ(しかも、キアヌ・リーブスが別れ際に「このウサギを何があっても大切にすると約束してくれ。」と言っていたウサギ。)は、モモアとアーレンとガキンチョの3人によってムシャムシャと食べられてしまうのである。ガキンチョなんか泣きながら食ってる。これはもちろん、千尋の谷だ!という不合理な躾ではなくて、生きるために何が必要か、という観点の投げ掛けであろう。なんでもかんでも子供子供で甘やかす現代人たちは、自分の子供が"本当の世界"で生きていくための術や心構えを全然教えていないのではないか?そんなメッセージなんじゃないかな。

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 それから、モモア演じるマイアミ・マンとアーレンとの関係性。ここも基本的には、生き延びるための心構えみたいなことが根底にあるのではなかろうか。要は、アーレンさんは、マイアミ・マンが所属する集団に手足を食われている。にも関わらず、彼女は最終的にマイアミ・マンを許し、彼を必要とした。逆に、マイアミ・マンは、アーレンさんに妻を殺害されている。しかし、彼もまた、ラストではアーレンさんと共に生き延びていくことを決意している様子だ。よって、この両者が導いた帰結から感じ取るべきメッセージは、お前ら、生きるためにはケンカなんかせんと相手を許せ!ということなのかもしれない。現実の戦争では、大抵争い合う二者間双方の"理のある言い分"が“負の連鎖”を生んでいくものだが、本作のマイアミとアーレンも互いに悪気があって対立したわけではない。マイアミは、彼が当初所属していた集団の慣習として食人を行っていただけだし、アーレンは、自分の手足が理不尽に切り取られた怒りを抑えきれず、マイアミの妻を殺した。まぁ、ぶっちゃけ本作の描写だけでは、マイアミは自分の妻を殺したのがアーレンだとは知らないから、そこに若干の不平等さを感じないでもないが、とにかくどっちが悪いとかえぇから、とりあえず許せ!生きろ!というメッセージなのだとしたら、うん、筆者は共感する。

点数:77/100点
 なんだか上手くまとめられなかったが、要は、なんとなくのイメージの中でボケーっと快楽ばかり追求している現代人に対し、“本当に生きるとは何だ?”と問う作品なのではないだろうか。なお、筆者が挙げたもの以外にも、本作には様々なアイテムが何らかの寓意を含んで盛り込まれているようだから、ぜひ一度ご自身の目で見て、耳で聞いて、そして心で解釈してみてほしい。

(鑑賞日:2017.9.30)

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Posted byMr.Alan Smithee

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