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キャッチコピー
・英語版:Why are they here?
・日本語版:ある日突然、巨大飛行体が地球に。その目的は不明 ―

 泣いたけど、遠いあの子にこの愛を届けたいな

三文あらすじ:突如地球に降り立った巨大な宇宙船。謎の知的生命体と意思の疏通を図るため軍に雇われた言語学者ルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は、物理学者イアン・ドネリー(ジェレミー・レナー)とともに、"彼ら"が人類に何を伝えようとしているのかを探っていく。その言語の謎が解けたとき、彼らが地球にやってきた驚くべき真相と、人類に向けた美しくも切ない"ラスト・メッセージ"が明らかになる・・・

※以下、ネタバレあり。


~*~*~*~


 プロローグとなるショートフィルム三編(『2036:ネクサス・ドーン』『2048:ノーウェア・トゥ・ラン』『ブレードランナー ブラックアウト 2022』)が好評の中、遂に本国アメリカで封切られた『ブレードランナー2049』。公開日である10月6日の前の晩の先行上映、いわゆる"前夜祭興行"では、歴代10月公開作品の中でもぶっちぎりの数字(約400万ドル。それまでの1位は『オデッセイ』の約250万ドルだったか。)を叩き出し、SF映画ファン界隈を大いに沸かせた。…が、翌金曜日になると急転直下に客足が途絶え、一転して(興行的には)"失敗作"になりそうな雰囲気。要は、『ブレードランナー』を観たがっていたのは『ブレードランナー』ファンだけだった、ということなのだろう。残念な気もするが、まぁそんなことは予め分かっていたような気もする。同作の監督であり、また本作の監督でもあるドゥニ・ヴィルヌーヴは、どう思っているのだろうか。こんな結果になることが予め分かっていたら、『ブレードランナー』の続編なんていう未来の無い企画を断っていただろうか…。というわけで、今回は、ヴィルヌーヴこそが体験したかったのかもしれない"時をかける物語"

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 アメリカでは2016年の秋、日本では半年も遅れた今年の5月に公開された本作は、テッド・チャンが執筆した原作短編小説のタイトル『あなたの人生の物語』の通り、観た者に"人生"を考えさせる上質なドラマ性が評価され、こないだのアカデミー賞ではこの手の"ジャンル映画"にしては珍しく作品賞にノミネートされた秀作。また、多くの"ジャンル映画"ファンを唸らせた驚愕の"どんでん返し"でも一躍話題になった作品である。実際、筆者もすごくすごく驚いた。本作を劇場で鑑賞したとき、筆者は本作の直後にシャマランの『スプリット』をはしごして観たため、立て続けに、しかも全く異なる方向から襲い来るどんでん返しの連続に、目を回しながら劇場を後にしたものだ。

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 さて、今さら説明は不要だろうが、要は、ルイーズが見ていたフラッシュバックは過去ではなく未来の出来事だった、というのが、本作のどんでん返しである。毎回毎回どんでん返しに気付かず仰け反っている筆者が言っても価値は無さそうだが、本作は"未来"を"過去"に錯覚させるための見せ方が本当に丁寧で秀逸だ。ルイーズを演じたエイミー・アダムスが元来有している"おばさん感"、あるいは"疲れてる感"にしてもそうだし、ベースキャンプの軍医から「妊娠はしているか?」と聞かれたときの彼女の反応も非常にフェアなミスリード。ルイーズが見ているフラッシュフォアードをベタな幻覚っぽくするため、ヘプタポッドの幻影を一発入れているところも秀逸だ。事前に展開されていた「これはひとりの"母"のドラマである…」という宣伝も決してウソ宣伝ではない。

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 その一方で、実はオチを示唆するヒントやモチーフが、本作には随所に仕込まれている。ルイーズの未来の子であるハンナが描いた"「動物」と話すパパとママの絵"だったり、「数学のことなら"お父さん"に電話したら?」というルイーズの台詞だったり。ハンナが生まれてから死ぬまでを端的にまとめたオープニング・シークエンスのラストで、ルイーズは病院の廊下をひとりトボトボと歩くが、この廊下が湾曲しているということも、非常に象徴的。実はこの時点において、彼女が歩む時間は既に"リニア"ではないのである。

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 また、これは少し筆者のこじつけだが、ルイーズたちがヘリで"殻(シェル)"にやってくるシーンにもモチーフが含まれているのではないかと思った。まず、このヘリから"殻"を映したカットでは、右手の山肌を舐めるように平野部に向かって雲が流れ込んで来ている。加えて、ヘリとは逆方向に真っ直ぐ飛んでいく鳥たち。これら"直線的な動き"に対して、カメラ、すなわちヘリは、ぐいーっと"殻"を背にして湾曲した軌道をとるのである。このカメラワークはすごい違和感だ。地球に飛来したエイリアンの母船が初登場するシーンで、その母船に背を向けるカメラワークは通常あり得ない。また、現実に軍のパイロットが行う着陸行動としても危険で不自然なのではないだろうか。したがって、このシーンは、ゆくゆく争点となる"リニア"と"サークル"という概念を象徴した場面だと、筆者は妄想したのである。

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 また、本作の"どんでん返し"が秀逸なのは、決して嫌味ではないからである。つまり、"どんでん返しのためのどんでん返し"ではない、ということであり、言い換えれば"どんでん返しの必然性"があるということに他ならない。筆者を始め、本作を観た者の多くがなぜ騙されたか。それは、まさに我々が"リニアな時間観"で映画を観ていたからである。確かに、ルイーズとイアンに子が生まれ、そして死んでいくという"未来の出来事"をあえて物語の冒頭に持ってくる構成は、いささか作為的であり、ズルい!と思う人もいるかもしれない。しかしながら、過去も現在も未来も同時に認識できる"時制の無い思考"を描くなら、実は本作の手法が唯一にして絶対だ。というか、我々が認識できない概念は当然描くこともできないのだから、せめても、我々の認識は狭隘である、ということを提示するしかない。そういった意味で、どんでん返しによって観る者に衝撃を叩きつけるやり方は、本当に正しいのだと思う。

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 ただ、我々には認識できない概念だからこそ、どうしても完璧な理解は不可能で若干モヤモヤはする。例えば、ルイーズは"未来"のパーティーでシャン上将(ツィ・マー)に携帯番号と奥さんの死に際の言葉を教えてもらったから、"現在"でシャン上将に電話をかけることができ、ヘプタポッドへの攻撃を止めることができた。でも、"未来"のルイーズは、シャン上将から教えてもらうまで彼の番号も妻の言葉も知らなかったよな。ということは、あのパーティーのルイーズの"過去"では、当然中国の攻撃を止められていないということになる。であれば、当然あのパーティーもなかったはずだ(まぁ、見事エイリアンの撃退に成功してから一周年を祝すための宴だった可能性はあるが。)。でも、実際のところ、パーティーは開催されている。…ハテナ?

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 もうひとつ、ルイーズは、アボットとコステロ(ちなみに、原作から改変されたこの二人のエイリアンの名前は、かつてアメリカで人気だった同名の漫才師から取られている。彼らの有名なネタが"言葉の誤解"をテーマにしているというところからの引用であろう。)が最後に残した大量の文字を"未来"で自らが出版したヘプタ語の解説書を参照して解読する。ここでも先ほどと同様、あれ?"未来"で本を出版した(最初の)ルイーズは自力で勉強したはずで、ということは、そのルイーズの過去では中国の攻撃を止められていないはずなんじゃ?という疑問は生まれてくる。まぁ、こちらも先ほどのパーティーと同様、エイリアンの撃退に成功して世界は平和になったから、ルイーズは独学でヘプタ語を学んだのだ、と考えることも可能ではあろう。あるいは、ヘプタポッドがぶちキレて反撃しても地球が滅びるというところまではいかないのか。いずれにせよ、地球人が団結に失敗していた場合、ヘプタポッドたちがどういう行動を取ろうとしていたのかについては、もうちょっとちゃんと説明が必要だった気もする。

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 もっとも、それらの疑問を筆者が感じたのは、やはり筆者が時間を"リニア"にしか捉えられていないからであろう。ドゥニ・ヴィルヌーヴ自身も公言している通り、本作における時間観では未来も全て予め決まっているのだから、こうなったからそうなった、ああなったからどうなった、というような因果の議論は基本的に無意味である。事象と事象は因果律によって一方向に並んでいるのではなく、全て予め円を描いて同時に存在している。我々はただ、わたしまけましたわ、なんて呟きながら、己の認識範囲の限界を恨むしかないのであろう。もっとも、仮に"リニア"な時間観を採用したままでも、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような"パラレルワールド"を認めた上で、ヘプタ語を理解した者は『MIBⅢ』のグリフィンのようにあらゆるパラレルワールドを認識できるのだ、とすれば本作の展開も理解可能な気はする。

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 最後に、その他思った雑多なことをいくつか。まず、ルイーズがウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)に対して、じっくり時間をかけた対話の必要性を説くために用いた"カンガルー"の逸話。これは中々ナイスな引用だと思う。1776年にオーストラリアを訪れたクック船長が、ピョンピョン跳び跳ねる未知の生き物を指して「あれはなんという動物だい?」と尋ねたところ、先住民アボリジニが「…カンガルー。」と答えたため、クックらはその動物は"カンガルー"という名だと思い込んだのだが、実は"カンガルー"とは現地語で「I don't know.」という意味だったのだ、という小話。要は、コミュニケーションって難しいよねぇ…。という教訓を含んだお話であり、本作において、早急な結果を求める軍部を説得するための例えとして引用するには、まことに適切である。しかし、ウェバー大佐が去った後、ルイーズがイアンに言ったように、上記の俗説が全くの都市伝説である、ということも有名な話。学者でありながら、都市伝説まで適切に扱うことのできる柔軟さ。ルイーズというお嬢さんは、中々聡明なようである。しかし、ここで一点気になることが。都市伝説については分かった。では、“カンガルー”の本当の語源とはいったい何なのだろうか。

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 これも今では有名な話だが、実は“カンガルー”とは、現地語で本当にあのピョンピョン飛ぶ動物のことを指す言葉だったのである。すなわち、クック船長とアボリジニたちは、ちゃんとコミュニケーションできていた、ということである。そして、この一連の流れを含めた“カンガルー”の逸話は、そのまま本作における人類とヘプタポッドの関係を象徴しているように思う。つまり、ルイーズを始めとする人類たちは、「なぜ地球に来たのか?」という質問をするための下準備として、人類が使用する基本的な概念や単語を教えてあげていた。でも、たぶんアボットとコステロって、人類が自分たちに何を聞きたいかを始めから分かってた…よな?だって、あいつらは、未来の自分が認識したことを今の自分も認識できるから。だから、彼らは、ハナから自分たちがやって来た“目的”をルイーズたちに伝えていたんだ。それはもちろん“自分たちの言語を教える”ということ。ということは、人類とヘプタポッドは、実は始めからちゃんとコミュニケーションできていた、とも言い得るわけである。こんな風に考えると、作中では明言しない部分まで含めて逸話を引用した脚本のきめ細やかさは、やはりスゴいと思える(ちなみに、クック船長に同行した側近の苗字は、ルイーズと同じく“バンクス”という。)。

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 もうひとつ、これはしょうもない話なんだけど、ヘプタポッドの宇宙船のモチーフは“ばかうけ”じゃないよ!って改めて言っておきたい。本作公開当時、日本ではそういう話でちょっとだけ盛り上がっていた。ばかうけってたぶん関東のお菓子だから、筆者は食べたことも無かったけれど、言われてみれば確かに形は似ている。しかも、プロモーションで来日したドゥニ・ヴィルヌーヴ自身がノリで「そうだよ、モチーフはばかうけだよ。」なんて言ったもんだから、余計に騒ぐ人は騒いでいたように記憶している。まぁ、筆者も独自に“柿の種”という例えを周囲に吹聴していたからあまり偉そうには言えないが、宇宙の英知が結集されたヘプタポッドたちのスペース・シップは、天の川銀河の最果てで密かに作られたお菓子なんかじゃもちろんない。監督曰く、そのモチーフは、“エウノミア”という太陽系の小惑星だ。どうも火星と木星の間の軌道で公転しているらしい。なんでも、ドゥニ・ヴィルヌーヴは、エウノミアを「ヘンテコな卵みたいな常軌を逸した形」と表現し、宇宙船のモチーフとなった事実を公言しているとのこと。ばかうけ vs エウノミア。どちらの方が似ているかは、ぜひご自身の目で確かめてみてもらいたい。

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 あとは…これはもっとしょうもないのだけれど、回文について。英語だと“パリンドローム”と言いますが、要は、有名なので言うと上の方でも出した“私負けましたわ(わたしまけましたわ)”とか、今筆者が考えたので言うと“カンガルーにウニ売る眼科(かんがるうにうにうるがんか)”とか、そういう前から読んでも後ろから読んでも同じ文(や言葉)になるヤツのことである。本作では、“リニア”ではなく“サークル”な時間観を象徴するギミックとして、ルイーズの子供の名前である“ハンナ(HANNAH)”が登場する。しかし、みなさんはご存知だろうか。本作には、実はもう一人、その名がパリンドロームになっている人物がいるということを。その人物とは、ルイーズのお相手を務めた物理学者イアン・ドネリー……を演じた俳優ジェレミー・レナーである。つまり、彼の氏である“RENNER”が回文になっているという話。かなりしょうもないけど、ある種のトリビアではあるだろう。

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点数:78/100点
 アカデミー作品賞にノミネートされたとは言うものの、本作は、やっぱり正真正銘の“ジャンル映画”だと思う。ある言語を学ぶとその文化の思考が身に付くというサピア・ウォーフの仮説のみを依り代に“未来予知”という大それた能力を導くのも、いかにもその筋の映画らしい乱暴さだし(しかも、本当は彼はそんな仮説なんて立てていないらしい。)、その他、説明不足な部分や杜撰な部分も多々あるように思う。しかしながら、こと“どんでん返し”という一点については、非常に丁寧に組み立てられていて、その手の作品が好きな身としては、やはり“私負けましたわ”と降参せずにはいられないのである。

(鑑賞日[初]:2017.5.19)
(劇場:TOHOシネマズ梅田)

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Posted byMr.Alan Smithee

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