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キャッチコピー
・英語版:This house looked like an easy target. Until they found what was inside.
・日本語版:この家から生きて脱出したければ、息をするな…

 息を殺して身を隠せ。
 “罪の音”を聞かれる前に。

三文あらすじ:街を出るための資金が必要な女性ロッキー(ジェーン・レヴィ)は、恋人マネー(ダニエル・ゾヴァット)、友人アレックス(ディラン・ミネット)と共に、大金を持っているという噂の目の見えない老人(スティーヴン・ラング)の家に忍び込む。だが、その老人は、驚異的な聴覚を武器にして、逆に彼らを追い詰める。明かりを消され屋敷に閉じ込められた若者たちは、なんとか脱出を図るのだが・・・


~*~*~*~


 アメリカでは昨年2016年の夏、日本では同年12月16日に封切られ、ホラー映画ファンから大絶賛された低予算ホラー。筆者も当時、劇場で観るかすごく悩んだのだけれど、まずビビりの筆者は映画館でホラー映画を観れないということと、何より公開日が『ローグ・ワン』と同日であったということで、レンタル鑑賞行きを決めた作品。それにしても、こんな小品を『スターウォーズ』にぶつけてくるなんて、なんとも強引な公開スケジュールである。"ジャンル映画"のファンはおよそあまねく"ジャンル映画"を好いているのだから、結構客層被ってるんじゃないか? まぁ、とにかく、日本においては、銀河を股にかける超大作の影でひっそりと息を殺していた作品。それが、本作『ドント・ブリーズ』である。

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 大まかな筋というのは、既に三文あらすじに記載した通り。要は、イキったくそガキが無慈悲なしっぺ返しをくらうというイーライ・ロス御用達のプロットである。監督及び脚本を務めたフェデ・アルバレスは、サム・ライミの伝説的カルト・ホラー『死霊のはらわた』を2013年に同名でリメイクした新人監督。プロデューサーのサム・ライミ、主演のジェーン・レヴィ、音楽のロケ・バニョスなど、同作で集ったメンバーが本作で再結集している。つまり、『死霊のはらわた』に代表される"不気味な民家を訪ねてみたら、恐いヤツいて阿鼻叫喚"という伝統的な筋書きを、ややイーライ・ロスチックに味付けしたというのが、本作の非常にざっくりとした概要であろう。

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 さて、本作の中身であるが、まずアヴァン・タイトルが良い。まぁ、アヴァンと言っても、今やゴースト・タウンと化したデトロイトのとある通りをワン・ショットで映すだけ。しかし、高めの空撮からぐーっと寄っていくと、なにやら白髪でゴリマッチョという不気味な出で立ちのじじぃが、ぐったりした女子(実は後の主人公)の髪の毛を掴んで引きずっているということが分かる。えぇ…このじじぃ…こわ~………タイトルどーん! このシンプルさが良い。ちなみに、この盲目のじじぃが住んでいる通りの名は"ブエナ・ビスタ通り"という。"ブエナ・ビスタ(Buena Vista)"とは、スペイン語で"絶景"という意味であり、英語で言うと"Good View"。なんとも皮肉めいたネーミングである。

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 タイトルがあけると、本作の主人公を含めたチンピラ強盗チームの紹介パート。彼らの出で立ち、話し方、家庭環境など、決して台詞だけに頼らず画の説得力で彼らの"チンピラ感""ここではないどこかへの憧れ"を表現している辺り、本作のクリエーターは"本物"なんだなぁと痛感できる。なにより舞台をデトロイトに設定したところが良い。同じようにチンピラの"ここではないどこかへの憧れ"を表現した作品に、現在ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ騒動が飛び火しててんやわんやのベン・アフレックが監督・主演した『ザ・タウン』という銀行強盗映画があった。同作では、人々を悪の道に貶める町として、たしかボストンのチャールズ・タウンがフィーチャーされていたが、その最新版という意味でもデトロイトは適切な選択だろう。主人公らが感じている"行き止まり感"やじじぃが感じている法や正義や神に"見放された感"。総じて"もう終わっちまった場所"って感じが、的確に表現できている。

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 チンピラ強盗チームの三人も非常に適切なキャラ設定。ジェーン・レヴィ演じる主人公のロッキーは、アバズレ糞シングルマザーの元で幼い妹のめんどうを見る実はしっかりしたお姉ちゃん。彼女が強盗を繰り返しているのも、根元的には妹のためである。ダニエル・ゾヴァット演じるマネーは、これはもう心技体揃ったチンピラ。とにかく自分を大きく見せたいだけのアホというホラー映画には必須の"生け贄"だ。もうひとり、ディラン・ミネット演じるアレックスは、マネーとは対極にある理知的な青年。これもまたホラー映画には必須のキャラクターであろう。ロッキーとマネーの恋人関係を知りながら密かにロッキーに恋しているという設定も、全く以て適切な定石である。そんな三人が西海岸(カリフォルニアだったか。)に脱出する前の最後の一仕事、と目を付けたのが、冒頭で女子を引きずっていた盲目じじぃのお宅というわけだ。今や光を失い、衰えきった退役軍人。彼らのようなチンピラでなくとも、この仕事は楽勝だと思うに違いない。もちろんのこと、そんな合理的な推測自体が、これから始まる悪夢の幕開けなのである。

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 この盲目じじぃは、モンスター・パニック映画で言うところのモンスターに相当するキャラクター。言い換えれば、調子に乗った無知な若者たちに鉄槌を下す純粋な脅威である。したがって、別に大まかなプロットだけなら、それこそモンスターに置き換えたっていいわけだ。しかしながら、本作のクリエーターはバカじゃない。脅威を盲目じじぃに設定したメリットは、ちゃんとある。まずはやっぱり、ビジュアルが思っていた以上に不気味という点。これは第一にじじぃを演じたスティーヴン・ラングの功績が大きいのだが、そもそも"盲目のおじぃさん"って不気味なんだよな。子供にとって"老人"という存在がいかに根元的な不気味さを孕んでいるかについては、シャマランの『ヴィジット』を参照すると分かりやすいだろう。この不気味さをより一段上の高みへと導いているのが"盲目"という設定だ。パキッとほんの小さな音がした途端にバッ!と振り向くおぞましさ。たしかに、こういうクリーチャーってモンスター・パニックにはいっぱいいるんだけど、やっぱり"モンスターが知性を備えた"よりも"知性あるはずの人間がモンスターみたいに振る舞う"の方が、より不安を掻き立てる。あと、敵が盲目であるがゆえに成立するいきなりエンカウントする恐怖。これは抜群にフレッシュ。殺人鬼に出会ったら普通はやられてしまうのだから、序盤、中盤は中々敵に出会わないというのが、一般的なホラー映画のお約束だ。しかし、本作のじじぃは盲目であるから、主人公らがいきなり出会っても、それだけでは彼らはやられない。ゆえに、まだまだ序盤、中盤という辺りから、じじぃは突然に、目の前に現れる。これがたまらなく恐い。

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 そして、この盲目じじぃが地下室に隠している"秘密"ね。これは割りと大げさじゃなく"映画史に残る猟奇的な監禁"と言ってもいいのではないか? "生け贄"であるマネーが早々に殺された後、地下室に逃げ込んだロッキーとアレックスが目にしたのは、監禁された若い女性の姿。勘の良い鑑賞者ならこの時点でストーリー転調の"第一段階"を察するのだろうが、実は彼女こそが、盲目じじぃの娘を車で轢いて殺してしまった張本人だったのである。遅ればせながら第一段階の転調に気付いた筆者は、遅れを取り戻すべく無い頭を振り絞る。果たして、盲目じじぃは、復讐として彼女を拷問するため監禁しているのか、はたまた、気が狂った挙げ句、彼女を死んだ娘だと思い込んで溺愛しているのか。本当の映画好きと比べれば筆者の映画経験値はずいぶん低レベルだけれど、たぶん多くのホラー映画ファンが筆者同様、上記二つのどちらかを予想したと思うんだよな。

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 女性の素性に気付き、共に逃げるロッキーとアレックス。いざ脱出だ!という刹那、先回りしていたじじぃが出現する心臓酷使展開。じじぃがやみくもに放った銃弾は、アレックスの左耳をえぐり、なんと監禁していた女性を撃ち抜いてしまう。さぁ、じじぃの次のリアクションで答えがでるぞ…!とソワソワする観客たち。次の瞬間、手探りで死体の正体に気付いたじじぃがあげる悲しみの雄叫び「Baby…」という追悼のフレーズによって、ある者は「我が意を得たり!」と勝ち誇り、またある者は「チッ!そっちかよ。」と悪態をつく。つまり、じじぃが女性を監禁していたのは、あろうことか加害者に娘を投影してしまったから、ということである。なんというキ○ガイじじぃだろう。

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 この直後、まるで「はい!じじぃのパーソナルな話は終わり!」と言わんばかりに始まる"暗闇チェイス"も本当に見ごたえたっぷり。盲目じじぃがブレーカーを落とす展開は、まさに本作がここまでで提示した設定全ての結実と言っても過言ではない最高のクライマックス。例えば、『ピッチ・ブラック』で22年に一度の長期皆既日食が始まったときのような、そんな圧倒的絶望である。ここは、映像表現的にも中々フレッシュ。こういう真っ暗闇のシーンはたいてい赤外線カメラっぽい映像で描かれるものだが、本作は"マジでほぼ真っ暗"を採用。加えて、盲目じじぃの"俺のフィールド感"も余すところなく表現できている。特に、ほぼ全力疾走で走るじじぃが、曲がり角の扇風機(羽むき出し)の羽を触ってクルクル…っとさせた瞬間クルッ!と方向転換し、直後走りながら片手を上げたかと思うと頭上の梁をポンッ!とタッチして、そこでまた進路を変える、という動き方。この一連の動き一発で、懸命な鑑賞者なら「あぁ、もうここでこいつには勝たれへんわ。」と匙を投げることだろう。

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 で、まぁ、その場はなんとかかんとか逃げ切ったロッキーとアレックスも、結局はやられてしまう。アレックスはボコボコにされ(ここで、じじぃがアレックスを園芸用の大きなハサミで刺し殺したと思いきや、実はすぐ隣に横たわっていたマニーの死体に刺していたのでアレックスは生きていた、という展開は、盲目という設定をきちんと利用した極めてフェアなミスリードである。)、一方のロッキーはあの女性と同じように緊縛されてしまう。そして、ここから始まるのである。転調の"第二段階"が。盲目の老人は語り始める。本作を通じてスティーヴン・ラングの台詞はなんと13個しかないらしいのだが、その内のほとんど全てがこのシークエンスに集中。真実なんて見た目じゃ分からない。我々は、ただ息を殺して聞き耳を立てるしかない。

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 彼は語る、法の無力と正義の脆(もろ)さと神の不存在を、怪しげな器具を準備しながら語る。彼は語る、娘の死を自分は理解しているということを、囚われの少女の懇願などお構いなしに語る。彼は語る、娘は帰らないからその償いをあの女にさせるつもりだったのだと、冷蔵庫から取り出した白濁色の液体を温めつつ語る。彼は語る、娘が帰ってこないならもうひとり作れば良いのだと、温まった自らの精液をスポイトで吸いとって、語る…。なんと…なんと、そういうことか。彼が憂いていたのはあの女性の死ではなく、厳密にはあの女性の腹の中にいた我が子の死だったのである。なんという変態紳士だろう…!

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 このシーンの嫌悪感こそが、まさに"映画史に残る"べき部分だと筆者は思う。暴れまわるロッキーに彼は告げる。「俺はレイプはしない。無事に子供を生んだら解放すると彼女にも約束していた。」と。そうなんだ。彼は、巨大な水槽に閉じ込めた女の子をじわじわと溺死させる死体愛好家ではない。ヨーロッパの片田舎で日本人の女の子の顔面を醜く傷つけ喜ぶ殺人クラブの大金持ちでもなければ、死後の世界を知りたいというくだらない理由で女の子を拷問し続けるようなカルト宗教の信者でもない。彼は、捕らえた少女を傷つけない。彼女の意にはもちろん反しているが、物理的な身体機能に抗った作為を強要してはいないのである。

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 もちろん分かってるさ。気の狂った盲目のおじぃさんに縛り付けられ、彼の精子をスポイトで陰部に注入された結果、彼の子を身ごもるなんて、そんなの絶対に絶対に絶対に嫌だってことは。でも、こんな"映画"という媒体で、特にこんな"ホラー映画"というジャンルの作品でそう思えるって、よく考えたらスゴイことじゃないだろうか。モラルなんて言葉がとうに死滅した現代、いくら映画でもそれは残虐すぎるよ…という拷問は、いくらでもある。『羊たちの沈黙』のあの子はどうだった?『ホステル』のあの子はどうだった?『マーターズ』のあの子たちはどうだった? あくまでも、あくまでも"映画の中では"と前置いた上で、レイプくらいなら優しいもんだ、と思えるような展開が巷に溢れ返っている。それが、ホラー映画界の現状だ。

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 そんな中、本作が提示する"盲目じじぃの人工受精"は、ビジュアル的な派手さや人体に対する負荷という点で他に圧倒的な差をつけられながら、それでも確かに、この手のジャンルのクライマックスとして立派に機能している。事実、ホラー映画ファンであり、男性である筆者も、初見時は「頼む!頼むからそれだけはやめてくれ!」と願ったものだ。その原因は正確には分からないが、やはり前述の通り"盲目じじぃの不気味さ"がしっかりと刷り込まれていたからだろうか。決して清潔ではない世を捨てた老人。精神を病んでしまった正常ではない存在。後天的とはいえ、光を失った不自由な障害者。そんな"偏見"が、畳み掛ける恐怖と共に心の奥深くにまで知らず知らずと染み込んだ結果、彼の子供を主人公が身ごもるという、ただ"それだけの展開"にここまでの嫌悪感を抱いてしまったのだろうか。一応、じじぃの精液に毛が混じっていたり、一滴垂れる様をトロッと描いてみたりという"その物自体への率直な嫌悪感"を喚起する工夫も施されてはいたが、それにしても昨今の"薄っぺらな恐怖"に一石を投じる真に丁寧な恐怖展開だと、筆者は感心した。

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 また、この展開は、実は極めてホラー映画として正しいギミックなのではないだろうか。ホラー映画は世に星の数ほどあるが、その本質のひとつには"人間の尊厳"があるのだと思う。人の生皮を被った大男がチェーンソーを振り回して追いかけてきたとき、ヒッピーな若者は何を思うか。顔も分からないトラック運転手に理由もなく追い回されたとき、しがないセールスマンはどう行動するのか。具体的なキャラクターの立ち居振舞いとしては実に様々なものが想定されるが、本質としては、基本的にこのひとつである。すなわち、彼らは"生きるために戦う"のである。もちろん、例えば『ライフ』みたいに、そんな"人間讃歌"こそをけちょんけちょんにこき下ろすような作品もある(そして、実は筆者がそんな作品の大ファンだということも認める。)。しかし、それはやはり"人間性"を浮き彫りにする作品を前提とした上で、その"B級"として楽しむものだ。その点、本作は極めて克明に"人間性"を浮き彫りにする。

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 ロッキーがじじぃの人工受精を嫌がったのはなぜか。身体への傷害や命の危険に脅えたのではない。"メス"としての動物的本能がじじぃを拒絶したわけでもないだろう。もう老人ではあるが、じじぃの体は屈強で精力も衰えてはいなさそう。精神的な疾患も、視覚の喪失も、どちらも後天的なものだから、結局DNA的な意味に限って言うなら、じじぃは"オス"として申し分ない。でも、ロッキーは、彼を拒絶した。なぜか。身も蓋もない言い方をすれば、じじぃが嫌いだからである。生命・身体への危機によって人間の"生きようとする抗い"を描く数多のホラー映画を逆手に取り、本作は、理性的な嫌悪感から新たな生命の誕生を拒むという展開を採用することで、"人間性"を浮き彫りにする。まぁ、その直前までロッキーはじじぃに命を狙われていたわけだし、もしかしたら、あいつ私のこと噛んだからエッチせぇへん!という動物もいるのかもしれないけれど。それでも、筆者としては、中々斬新かつ正統的なやり方だなぁ、と感銘を受けたのであった。

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 本作は、その後もエンターテイメントの手を緩めない。ロッキーのズボンの股間部分がジョキッと切り取られ、あぁ…もうダメだぁ…と思った瞬間に現れる"ヒーロー"=アレックス。しかし、そんな彼が、忌まわしき屋敷から脱出するすんでのところで復活のじじぃに撃ち殺されてしまうという無情。悲しみを振りほどき、遂に希望への扉を開け放つロッキー(ここではブエナ・ビスタ通りが本当に"Good View"に見える。)。通りの反対側から高らかに勝利宣言するも束の間、序盤から何かと一行を苦しめてきたじじぃの狂暴な愛犬が追ってくる展開。なんとか乗ってきた車まで逃げ切るも、カギが無いため発車できないという絶望(車が役に立たない、という展開は、デトロイトという舞台とも関係ありそうだ。)。しかして、ホラー映画の主人公らしい勇気と知恵で見事車に犬を閉じ込めるロッキー。しかし、背後から忍び寄るじじぃに昏倒させられ、悪魔の住処に連れ帰られるという再びの絶望。そして、ラストは、警報器を作動させることでじじぃの聴力を奪ったロッキーが、蝶のように舞いながら蜂のようにボコボコにしていき、遂には地下室へと叩き落とすことで悪魔の息の根を止めるという猛々しい大団円。

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 これでもう充分に満足だが、本作には、最後にとてもホラー映画らしいデザートが付いてくる。無事に逃げ切り、じじぃの1000万ドルまで手にしたロッキーは、当初の目的通り、妹を連れてカリフォルニアへの旅路の途中。ふとカフェのテレビを見やれば、あの事件が報道されている。死した友や恋人を思い、そんな彼らをある意味で見捨てた自分に少しの嫌悪感を抱きながら、彼女は画面を見つめる。そんな彼女の脳天に痛烈な一撃をくれるのは、レポーターの次の言葉である。「一命をとりとめた被害者の老人は、すぐに退院できる模様。なお、盗られた物は特に無いとのこと。」

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 ホラー映画はこうでなくっちゃ。言ってみれば、イーライ・ロスの『グリーン・インフェルノ』における「ジャングルの奥地を撮影した衛星写真に兄らしき人物が写っているの…。」である。さらに、ここでポイントなのは、じじぃがロッキーの存在を警察に話していないということだ。人工受精のシークエンスでロッキーを救い、じじぃを手錠で拘束したとき、アレックスはこう言ってロッキーを説得しようとした。「金を盗めば、彼は僕らのことを警察に言うぞ。」 つまり、あの轢き逃げ女の死体が完璧に処理されてしまった現状、警察にしゃべればじじぃの勝ちという観点が、あえて確認されていたのである。しかし、じじぃはロッキーの存在をしゃべらなかった。なぜか。理由はひとつしかない。警察ではなく自分の手でロッキーを捕まえるつもりだから、である。こいつはヤベェな。今度は常夏のカリフォルニアで、精液の入ったスポイトを振り回しながらロッキーを追い回すじじぃ。想像したら笑っちゃうけど、少し観てみたい気もする。

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 ずいぶんナガナガダラダラと書いてしまったので、最後にあまり良く思わなかったところを少し述べて終わろうと思う。まずは、じじぃの"ヒアラブル・ライン"があやふやという点。これはつまり、え?そんなに音出したら気付かれたんちゃう?と思っても、なぜかここは気付かれていません、という箇所が結構多いということ。例えば、強盗チームがじじぃの家に侵入するときの窓を割る音とか。一応、じじぃは娘を撮影したホームビデオを点けっぱなしで、かつ、二階で寝ていたから気付かなかったのか、と納得できなくはないのだが。アレックスが割れつつある天窓の上で気絶していて、その真下にじじぃがいるシーンでも、あの"ピキ…ピキキ…"という通りやすい高音を聞き逃すか…?と若干モヤモヤしてしまう。

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 それから、犬の強さがあやふやという点も若干引っかかった。というか、決定的に描写不足なんだよな。本作中、じじぃの愛犬は幾度か主人公らの脅威として現れ、その度に彼らは一目散に逃げるのだが、犬が実際にその強さを発揮するシーンは結局皆無である。例えば、アレックスが小指くらい噛み切られるとか。あるいは、明らかに狂犬病を患っていそうな狂ったビジュアルにするとか。そういった一工夫が無いと、少なくとも犬に詳しくない筆者にはそこまで極端に恐れるべき存在との説得力が感じられなかった。あれくらいの大きさの犬なら、『リーサル・ウェポン3』でリッグスがいとも簡単に手なずけているわけだしな。まぁ、あのときの彼はドッグ・フードを常に携帯していたのだが。

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 ちなみに、本作の感想でよく「主人公も老人もどっちも"悪いやつ"やから、結局どっちにも感情移入できへんかった。」というものを見る。まぁ、分からんではないが、少なくとも筆者は気にならなかった。本作の舞台はデトロイトという見捨てられた土地なのだし、主人公もじじぃも、結局は世間とか運とか色々なものから見捨てられた存在だ。つまり、じじぃが言った通り、本作においては神など存在しないのであり、必然、神の祝福を受けるべき善人も存在しない。したがって、本作の攻防が悪 vs 悪という構図になることは当然だし、その結果として、誰にも感情移入できないという感想が生まれてくることも、また自然だと思う。むしろ、本作は、悪人であってもやはり何とかして生きようとする、その鈍い輝きを愛でる作品だと言ってしまっても良いかもしれない。宇多丸師匠が良く言う"人間ナメんなもの"みたいな感じで表現するなら、本作は、"悪人ナメんなもの"なのである。

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 そんなところだろうか。冒頭で小品だと小バカにした割には段々ノってきてしまって、取り留めもなく長々とまくしたててしまった。レビューもそろそろ息切れなので、今回はこの辺で終わっておこうと思う。

点数:86/100点
 リメイク版『死霊のはらわた』のときには、オリジナルへの思い入れなどもあり、なんだよ微妙だななんて思っていたが、このフェデ・アルバレスという男は、実に将来が楽しみな新人だ。上の方で冗談交じりに「カリフォルニアでの次回作があるのではないか。」なんて書いたが、今ふとIMDbを見てみると、なんと彼の今後の予定作品に『Don't Breathe2』がラインナップされている。マジで…やるのか…? なんか戯れに言ってみましたってだけな気もするが、もし本当に製作されたなら、今度は映画館で観るのは恐いなんて怖気づかず、息せき切って劇場に駆けつけようと思う。

(鑑賞日[初]:2017.10.16)

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Mr.Alan Smithee
Posted byMr.Alan Smithee

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