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・英語版:unknown
・日本語版:知る覚悟はあるか ―。

 アンドロイドは"ヒーロー"の夢を見るか。

三文あらすじ:時は2049年、"レプリカント"と呼ばれる人造人間が製造され、社会に組み込まれている未来。ロサンゼルス市警に所属する新世代レプリカントの"K"(ライアン・ゴズリング)は、"ブレードランナー(Blade Runner)"として、かつて反乱を起こした旧型のネクサス・シリーズを"解任"(処分)する職務に就き、自宅ではニアンダー・ウォレス(ジャレット・レト)が社長を務めるウォレス社製のホログラフィー"ジョイ"(アナ・デ・アルマス)と過ごす日々を送っている。あるとき、"K"は反逆レプリカント、サッパー・モートン(デイヴ・バウティスタ)を"解任"するが、そこで発見した"子を産んだレプリカントの白骨死体"を切っ掛けとして自身の存在に疑問を持ち始め、その答えを得るべく、30年前に姿を消した伝説のブレードランナー、リック・デッカード(ハリソン・フォード)の消息を辿り始めるのだが・・・

※以下、ネタバレあり。


~*~*~*~


 さぁ、遂にこの日がやってきた。世界中のSF映画ファンが、まずその製作発表に驚き、それからしばらくは懐疑的にヤキモキし、予告編を観て喧々諤々と議論し、いざ公開されると大絶賛の内に迎え入れた『ブレードランナー2049』。その日本公開日である。まったく、随分と待たされたもんだ。そもそもオリジナルには"強力わかもと"や「二つで十分ですよ!」を始めとする日本的な描写が多かったのに、世界公開日である10月6日から20日近くも待たされるとは、実に心外である。しかしながら、遅かったからこそ入ってきた情報もある。それは、本作がアメリカでめちゃくちゃコケたというニュースだ。早いところではもう既に公開を打ち切った映画館もあるらしい。あの『ブレードランナー』の続編なのに…。しかも、35年もの幕間を経たにも関わらず、多くの評論家から絶賛されているというのに…。

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 実は、いみじくも筆者が述べた"あの『ブレードランナー』の続編"というスタンスこそが、本作の大沈没の原因らしいのである。つまり、こういうことだ。本作が満を持して完成し、配給会社は宣伝展開を模索する。作品の出来は素晴らしい。よし、ではどういった物語なのかを比較的詳しく説明し、広くみんなの興味を引くか…? ノンノン! そんなことをしたら、みんな「ネタバレだ!」って激怒するに違いない。特にコアなファンは怒り狂うだろう。『ブレードランナー』ファンはたくさんいるのだから、彼らを敵に回すのは得策ではない。ならば、"あの『ブレードランナー』の続編ですよ!"、それ一本で十分なのではないか。何度も言うが、なんせあの『ブレードランナー』の続編なのだから、当然とりあえずはみんな一度は観に来るはずだ。で、一度観れば、口コミで出来の良さが広まり、『ブレードランナー』を知らない人たちもきっと殺到する。よし、それで行こう!

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 映画ファンであれば、誰もこの判断を責められないと思う。SF小説界のスーパースター、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を、映画界のレジェンド、リドリー・スコットが1982年に映画化した『ブレードランナー』。決して大袈裟ではなく、それは、『2001年宇宙の旅』や『スターウォーズ』と肩を並べるSF映画界の金字塔であり、"ヒーロー"である。そんなことはこの地球の常識だ。誰だって知っている。しかし、残念なことに、その認識は映画ファンのエゴでしかなかった。10月5日、本公開前夜のいわゆる"前夜祭興行"では、大方の予想通りぶっちぎりの数字を叩きだした本作。まぁ、一般的な前夜祭興行より早い19時頃から公開されたとはいえ、それまでの10月封切り作品中、前夜祭興行成績1位だった『オデッセイ』の250万ドルを軽々と抜き去って、実に400万ドルもの収益を記録する。しかし、一転して、翌日になると客入りは激減。今に至っても特に口コミで客足が伸びることはなく、興収という観点で言えば完全なる"失敗作"となってしまった。ちょっとのっけからダラダラと書いてしまったが、一言で言えばこういうことである。つまり、『ブレードランナー』を楽しみにしていたのは『ブレードランナー』ファンだけだった、ということだ。

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 そんな本作を巡る悲喜こもごもへの筆者個人の意見としては、やはり、本当にもったいない!と思う気持ちが、まず第一である。批評家の間で言われているように、本作はマジで傑作だ。だから、みんなに観て欲しい。『先生!』とかいう"倫理逸脱啓蒙映画"を観るくらいなら、本作を観た方がよほど真っ当な大人になれるだろう。だいたいからして、ちょっと血が出たくらいでR指定をかけるのに、バリバリ非常識でふしだらな"禁断の恋愛もの"を野放しにするのはどういう了見だ? …まぁ、それはいいか。本作を広くたくさんの人に観てほしいと思う気持ちの一方で、実は筆者には、まぁ…でも…『ブレードランナー』ファンだけ分かってたらええんちゃう?と思う気持ちもある。というのも、これからツラツラと書く通り、本作を鑑賞した筆者が完膚なきまでに打ちのめされたポイントというのは、本作の"続編としての素晴らしさ"だからである。

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 まず、ファースト・カットは瞳のどアップから。オリジナルを踏襲した幕開けだ。深く霧がかった街の上空を行く新型のスピナー(Peugeot製。)。乗っているのは、今回の主役であるブレードランナーの"KD6-3.7"こと"K"。アメリカ公開後、実は前作のヒーローとヒロイン、すなわち、二人のアンドロイド、デッカードとレイチェルの息子であるとのネタバレが出回っていた男だ。彼が向かっているのは、前日譚を描いたショートフィルムの二作目『2048 Nowhere To Run』でフィーチャーされたアンドロイド(ネクサス8型)、サッパー・モートンの隠れ家。正体を偽って農民として暮らす彼をブレードランナーである"K"が処分する。ここは、オリジナルの脚本の中で映像化されなかったボツシーンをほぼそのまま再現しているらしい。

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 サッパーを殺した"K"が"子を産んだアンドロイドの白骨死体"を発見し、物語は本格的に動き出す。その後、自室に帰る"K"。ここで登場する本作の"ヒロイン"、ジョイが、本当に色んな意味で素晴らしい。まずはもちろん、演じるアナ・デ・アルマスの圧倒的な可愛さ。大きく垂れ目がちな瞳。世のプルプルを全て凝縮したかのようなふくよかな唇。しかし、それはである。つまり、彼女は、本作のヴィランであり、ショートフィルムの一作目『2036 Nexus Dawn』でフィーチャーされた二アンダー・ウォレスの会社が開発した恋人アプリ。正式名称は知らないが、つまり、恋人として振る舞うAIがその正体であり、その姿は投影されたホログラムでしかない。

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 ここで筆者はこう思ったんだ。ははーん、今回は"ホログラムに魂は宿るか"っていうテーマでやっていくわけね、と。前作では、(その時点では)人間のデッカードがレプリカントであるレイチェルに恋をする。そんなギミックを通して、"本物"と"偽物"の違いって何よ?(そんなもん無いでしょ?)というテーマを描いていたわけだ。そして、そのブラッシュ・アップとして、本作では、人間の"偽物"であるレプリカントが、それより更に"偽物"感の強いホログラムに恋をする。構図としては前作の焼き直しでしかないが、まぁ悪くはない。続編とは言いながら、前作から35年も経ってしまっている以上、そこには少なからず"リメイク"の要素が入ってきて当然なのだから、前作のギミックを踏襲した上でそのブラッシュ・アップを図ることは、全く正しい。ただのホログラムを本当の"恋人"のように愛する"K"。そんな"K"を同じく心から愛し、"KD6-3.7"というレプリカントとしての製造番号ではなく、"ジョー"という名前を与えて人間のように扱うジョイ。そんな二人の存在が、本作のテーマを実に端的に浮かび上がらせる。

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 しかも、本作は、ちゃんとガジェット的、映像的なブラッシュ・アップも成し遂げている。特に筆者が大感銘を受けたのは、"ジョー"がジョイとセックスするシーンだ。ホログラムであり肉体を持たないジョイがどーやって"ジョー"とまぐわうのか。答えは、レプリカントの娼婦にジョイが重なってコトに及ぶのである。ここの圧倒的フレッシュさ。今だかつてこんなアイデアは、そして、こんな映像は見たことがない。しかも、本当にしっかり考えて作り込まれているんだよ。例えば、互いに体を触れ合わせた"ジョー"とジョイ(ボディは娼婦)がキスをする瞬間、娼婦よりジョイのホログラムの方がちょっと早く前に動いているとかね。つまり、肉体を持たない"幻"ではあるものの"ジョー"への"気持ち"はしっかり持っているジョイと、肉体はあるものの"ジョー"はあくまで"お客さん"でしかない娼婦という対比が克明に描かれているということ。斬新であり、なおかつ語りたいテーマもちゃんと伝えるギミック。このシーンだけでも本作を観る価値は十分にある。

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 なーんてことをボケッと考えていたものだから、筆者はまんまと騙されたというわけだ。クライマックスに至るまで、筆者が考えていた本作の全体像というのは、前作のヒーローとヒロインとの間に生まれた子が新たなるヒーローとなり、前作の主人公と同様、"偽物"でも"本物"になれると信じて頑張る、そんなストーリーだった。もし筆者と同じくそんな風に思った人がいれば、あなたは筆者同様愚か者だ。しかし、本作の観客としては、この上なく正しい。おそらく、本作の製作陣は、筆者やあなたがしたような浅はかな"勘違い"を前提に、クライマックス前の"大どんでん返し"を導いたと思われるからである。

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 サッパー宅で発見した前作のヒロインたるレイチェルの骸骨が発端となり、"レプリカントの子供"という本来あり得ないはずの存在が自分自身ではないかと疑う"ジョー"。独自捜査を進める内、作られたものとばかり思っていた自身の子供時代の記憶が、どうやら"実体験"であることが判明。彼は、自分がデッカードとレイチェルの子であることを確信し、30年前に雲隠れした伝説のブレードランナーを探す。おそらくはかつてラスベガスだったのであろう廃墟のホテルに身を隠していたデッカード。ここで彼と"ジョー"が繰り広げるバトル・シーンのビジュアルもまた目を見張る斬新さだ。大きなホール、舞台にはホログラムのショーが映し出されている。しかし、何十年も前に打ち捨てられたデバイスは劣化し、音声が極めて不調。ときおり陽気で華やかな音楽が鳴り響いては「ザザザ…!」となって沈黙。そんな状態が続く。そこで"ジョー"とデッカードが戦うのだが、この映像&音声のイビツさは本当にフレッシュ。そして、ふと考えてみれば、その空間には実は"偽物"しかいないというテーマ性。どれを取っても抜群である。

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 拳を交わすことで意気投合(?)した二人は酒を酌み交わすのだが、ほどなくしてウォレスの側近であるレプリカントのラブ(シルヴィア・フークス)率いる傭兵部隊の急襲を受ける。デッカードは、レプリカントの生殖を目論むウォレスの元へと連行され、一方の"ジョー"はボコボコの瀕死状態で放置。おまけに、"恋人"であり、人生の支えでもあったジョイをラブの手(正確には足)で破壊されてしまう。自分がレプリカントの子供であるという事実を悟ったとき、"ジョー"は今度は自分が"解任"される身になることを覚悟した。だから、共に逃避行するため、ジョイをポータブル・デバイスに移植していたのである。したがって、もはやジョイにはクラウド上でのバックアップが無い。ラブがポータブル・デバイスを踏み潰したことは、すなわち、ジョイの"死"を意味している。そして、この場合の"死"が、我々にとっての肉親の死亡と同義であるということを、我々は既に痛いほど理解している。ホログラムは"本物"足り得る。それが、本作がここまでで導き出した答えなのだから。

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 失意のどん底にある"ジョー"と観客に訪れる急転直下の新展開。それは、打ち捨てられた"ジョー"が、人間への復讐を目論むレプリカントたちのレジスタンス組織に救出されるという事態である。序盤でチラリと、しかし、意味深に登場していた黒服サングラスのおばさんが、"ジョー"にデッカードの殺害を依頼する。デッカードとレイチェルの子供は、レプリカントがただの"人工物"ではないことの象徴であり、レジスタンス活動の希望だ。デッカード自身は誰が自分の子供かを知らないが、彼の口からその正体に至るヒントが漏れる可能性は高い。よって、その前に消してしまうのだ。そんな理屈。続けて、その老婆は、"ジョー"と彼を見守る我々に対して衝撃の事実を告げる。「時が来たら、デッカードの "娘 "の正体を人間にバラすわ。」

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 ええ?"ジョー"って女だったの? そうじゃない。よくよく思い返せば、序盤で前ふりがあったんだ。デッカードの子供らしき個体のデータには、DNA配列が全く同じ男女のものがあった。では、デッカードの子供は双子だったのか。これも違う。ホログラムだって"恋人"になれるように、真実は人の数だけ存在する。しかし、事実はひとつだけだ。"ジョー"は、デッカードとレイチェルの子供ではない。"本物"の子供の正体を隠すために用意された"偽物"であり、"デコイ"だったのである。

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 このどんでん返し、いわゆる"ツイスト"は中々衝撃的だが、本当の衝撃はこの後訪れる。トボトボと街を歩く"ジョー"。ふと見上げると、あの恋人プログラム、ジョイの宣伝広告が。巨大な宣伝用ホログラムは、"ジョー"に語りかける。「ハァイ、ハニー。今日は大変な一日だった?」 どこかで聞いたような台詞だ。確か、"ジョー"のジョイも同じ言い回しをしていたような…。ホログラムは続ける。

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「あなた、"いい男 "ね。」
( You look like "Good Joe".)


 ここまで、"偽物"だって"本物"になれる話として本作を鑑賞してきた筆者のような愚か者は、ここで痛烈に打ちのめされる。つまり、ジョイはただ"恋人アプリ"としてプログラムされた通りに振る舞っていただけだ。もちろん、所有者によって多少の変化や成長はあるのだろうが、その本質は、やはり所詮画一化されたプログラム。"ジョー"が唯一無二の"本物"だと確信していたその名前は、"ジョイ"という製品を購入した人なら誰もが呼んでもらい得る"定型句"でしかなかったのである。なんということだろう。"ジョー"は、"ジョー"じゃなかった。"ジョー"はやっぱり"KD6-3.7"だったんだ。広告のネオンがチラつき、"JOI"という文字が"JO"と読めてしまうのも意味深。"ジョー"と"ジョイ"、いや"K"と"ジョイ"は、結局はいっしょなのである。二人とも、所詮は"人工物"であり、所詮は"偽物"でしかない。

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 この瞬間、遅まきながら本作の真のテーマを理解した筆者は、たちどころに号泣してしまった。つまり、本作は前作のような、"偽物"だって"本物"だろ?というお話ではない。本作は、"偽物"は"偽物"だぜ?という身もふたもない物語だ。そしてまた、本作は、前作の伝説的な主人公の子供が新たなる冒険に立ち向かうという"正統的な続編"でもない。伝説的な主人公の息子だと思い込み、勝手にヒーローを気取っていた愚かな"脇役"の物語だ。じゃあ、我々は、そんなテーマを採用した本作を早々と見かぎるべきだろうか。"偽物"は所詮"偽物"なのであって、彼らには物語を紡ぐことなどできないのだろうか。

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 かつて、こんな物語があった。遠い昔、遥か彼方の銀河系で、選ばれし者だけが扱うことのできる"フォース"も、一握りの勇者だけが扱うことを許される"ライト・セーバー"も持たず、それでも未来に希望を繋いだ"脇役"たちの物語。そう、筆者の個人的な言い方で表現すれば、本作は"『ブレードランナー』版『ローグ・ワン』"なのである。この切り口は本当に見事だと思う。誰しもが思っていたんだ。あの『ブレードランナー』の続編なんて無理に決まっている。あのデッカードに代わる主人公なんて創造し得ない。そうなんだよな。でも、よくよく考えてみれば、『ブレードランナー』という作品は「"本物"と"偽物"の意味を考える物語」だったのであって、それをより俯瞰で言い換えるなら、「"主人公"と"脇役"の意味を考える物語」とも解釈できるわけである。

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 だから、本当に見事だと思う。あくまでも"主人公"はハリソン・フォード演じるリック・デッカードなのであって、"K"というレプリカントはただの脇役だ。でも、脇役にだって物語を紡ぐことはできる。デッカードを救い、彼の娘に会わせてやることで、『ブレードランナー』という物語を未来へ繋いでいくことができる。"脇役"には"脇役"の意地があるのである。"ジョー"がジョイの広告を見てやはり自分は"K"だったことに気付き、デッカード救出を決意する先述のシーン。この次のカットでは、デッカードの元へと"K"が新型スピナーを飛ばすのだが、ここの曲調からも、本作のテーマが実は「"脇役"舐めんな!」だったということが分かる。ベースは、そのシーン以前でも全体的に流れていたヴァンゲリス的な調べだが、ここではなにやらエレキギター(じゃないとは思うが)のような音が入り交じり、かなり攻撃的でカッコいい曲調になっている(たぶん『Sea Wall』という曲。)。

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 旧ラスベガスのシーンでデッカードが言っていた。「みんなに役割があった。俺の役割は"姿を消すこと"だった。」と。あるんだよ、"偽物"にだって、"脇役"にだって。果たすべき役割ってもんが、絶対にあるんだ。そして、それは、"作品"という、よりメタな意味においても同じ。本作の"プロローグ"として、ウォレスさんやサッパーさんやイギーさんやトリクシーさんの物語を描いた三本のショートフィルム。それらは全て『ブレードランナー2049』という"本編"を導くための作品だった。しかし、本作を観た後なら分かる。本作もそれらショートフィルムと役割は同じだったんだ。すなわち、全てはリック・デッカードの物語を語る上での"スピン・オフ"なのであり、『ローグ・ワン』風に言い換えるなら、"ある『ブレードランナー』の物語"だったのである。まさかこのやり方があったとはね。

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 以上から、筆者は、本作が"『ブレードランナー』の続編として素晴らしい"と感じ、結局は『ブレードランナー』ファンだけにしかその良さは分からないのではないか、と思ったというわけだ。もちろん、テーマ性だけではなく、各種ガジェットや世界観も"『ブレードランナー』の延長"として十分に成立している。特に印象的だったのは、霧にけぶる街のイメージ。前作では"雨"が非常に印象的だったわけだが、今回は霧である(まぁ、より正確には"スモッグ"なのかもしれないが。)。これは、本作の監督であるドゥニ・ヴィルヌーヴのアイデアなのかな。彼の前作である『メッセージ』でも、宇宙船の中は深い霧に満たされていた。

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 また、この"霧モチーフ"は、ひょっとしたら映画的な意味もあるのではないかと筆者は妄想する。つまり、霧っていうのは、非常に細かい水粒子の集合体だ。モヤモヤっと街を覆うことで幻想的な雰囲気を形作っているその霧は、人の目には確かに見えているものの、決して掴むことはできない。これはすなわち、電子的な粒子の集合体(というか、水粒子やチリへの反射)であるホログラムと同じ原理のガジェットだよな。オープニングの各配給会社のロゴが全てカクカク乱れた映像でお送りされていたことと併せて、この霧もまた、本作の焦点を「ホログラムは"本物"足り得るか?」にミスリードするための仕掛けだったのではないかと思ったりする。

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 また、霧は、本作で形を変えて他にも登場する。正確には、水が形を変えて、だ。まず、大半は先述の通り、霧。これがクライマックスでの"K"とラブとの大バトル時には、どしゃどしゃと激しい雨が降っていて、最終的にはまるで海のような大きなに形を変える。掴み所のない"幻"だった水は、"K"が自身の"偽物"としての存在意義を確信し、その命を華々しく燃やすクライマックスにおいて、実体を持った波として荒々しく躍動するわけだ。そして、バトル後のラストシーン。デッカードを娘の元へ送り届け、その場でひとり静かに"K"が生涯を終える際には、水はへと姿を変え、彼の周りにしんしんと降り積もる。つまり、波よりも更に固形としての"形"を得た状態である。脆く、儚く、掌に乗せるとすぐ溶けてしまう雪。それでも、ひとつひとつ降り注ぐ名も無き雪の結晶たちは、時間をかけて大地に降り積もり、確固たる"存在"を形作ることができる。"K"というひとりのレプリカントの、"偽物"の、あるいは"脇役"の人生も、きっとそうだ。太陽の元で華々しく活躍する"ヒーロー"にはなれなくても、我々はその美しさを心に焼き付けるのである。

点数:92/100点
 長々と書いたが、要は、『ローグ・ワン』における"脇役舐めんな!"のプロットを『ブレードランナー』に応用したアイデアは、本当に素晴らしいの一言に尽きる。また、仮に『ブレードランナー』を知らずに観たとしても、およそSF映画において最も大切な要素、すなわち"ガジェットの斬新さ"は、これまた本当に素晴らしいものがあるので、みんなぜひとも劇場へ足を運んでほしい。何やら中にはアメリカでの"不入り"と"不評"を混同している人もいるようで、実際、昨日の鑑賞後に筆者が話した女性も「なんかめっちゃ評判悪いんやろ?」と言っていた。そうじゃないんだ。客は入っていないが、内容は絶賛されている。そんな稀有な状況が発生しているんだ。このままだと雪が降り出す前に公開打ちきりなんてことになりそうなので、"K"という"脇役"の生き様を、ひとりでも多くの人に急いで観てもらいたい傑作である。

 最後に、本文では書きそびれた本作のトリビアを少し。

 まず、全部で5バージョンあるオリジナルの内、本作はいったいどの続編なのか?という点。監督によると、本作は『ファイナル・カット版』の後日譚らしい。2007年にリリースされた『ファイナル・カット版』は、デッカードが見る"ユニコーンの夢"が追加され、彼がレプリカントであることが事実上確定した『ディレクターズ・カット版』をベースにちょこちょこ編集したバージョンだから、つまり、本作でも"デッカードはレプリカントである"との前提で物語が進行するわけである。事実、デッカードがウォレスに拉致された後、あの水面の反射がモヤンモヤンしている部屋のシーンで、デッカードの瞳が赤く光っているように見える瞬間がある。ちなみに、本物の木が極めて貴重である本作の世界で、ウォレスさんのあの住居(兼ウォレス社の本社か?)は、全てが木造という設定らしい。

 次に、ガフが折った折り紙について。オリジナルでエドワード・ジェームズ・オルモスが演じたロサンゼルス市警の警官ガフ。本作でもオルモス自身が演じるおじいさんのガフが登場する。その際、"K"と話しながら彼は折り紙で"羊"を折るのだが、なんでも"レイチェル(Rachel)"という名前の由来はヘブライ語の "(雌)羊"からきているらしい。

 最後に、これが一番感心したのだが、デッカードが潜んでいたラスベガスのホテルに置かれていた木彫りの動物たち。当然、"K"が子供のときに隠した(という本物の子供の疑似記憶を移植されていた)木彫りの馬同様、デッカードが彫ったものであろう。重要なのは、ホテルのシーンで登場するものとその馬を合わせた動物のラインナップ。すなわち、サイ(Rhinoceros)レイヨウ(Antelope)ネコ(Cat)ウマ(Horse)ゾウ(Elephant)ライオン(Lion)の6種類。この頭文字を繋げると…なんと"RACHEL(レイチェル)"になる。なんとも、レプリカントとはロマンチックな生き物である。

(鑑賞日[初]:2017.10.27)
(劇場:大阪ステーションシネマ)

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Mr.Alan Smithee
Posted byMr.Alan Smithee

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