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キャッチコピー
・英語版:Everyone is a suspect
・日本語版:その日、一等車両は容疑者で満室でした。

 この列車には、"童貞"が必要だった。

三文あらすじ:エルサレムで事件を解決した私立探偵のエルキュール・ポアロ(ケネス・ブラナー)が乗車していたオリエント急行の車内で殺人事件が発生する。被害者はその前日にポワロに身辺警護を依頼してきた大富豪、エドワード・ラチェット(ジョニー・デップ)であった。聞き込み調査によって乗客・乗員全員のアリバイが判明し頭を悩ませるポアロは、やがて事件の裏に隠されたあまりにも切ない真実に直面する・・・

※以下、ネタバレあり。


~*~*~*~


 日本では先日12月8日(金)から公開された本作『オリエント急行殺人事件』。原作は、言わずと知れたミステリーの女王アガサ・クリスティーの同名推理小説である。私的な話だが、筆者は小学生の頃本当に読書少年で、夏休みなんかはマジで毎日図書館に足を運び、一回のレンタル上限である5冊の書籍を借りて帰る、という生活を送っていた。酷いときには朝イチにレンタルした5冊を夕方には読破し、再び図書館に舞い戻ることも。本当に幼き頃の集中力とはすごいものだ。そんな筆者が贔屓にしていたのが、まず、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ。次に、モーリス・ルブランのルパン・シリーズや江戸川乱歩の怪人二十面相シリーズ。そして、何と言っても、クリスティーのエルキュール・ポアロ・シリーズである。

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 ポアロ・シリーズ…というか、クリスティーの推理小説は、本当に目から鱗の連続だった。そんなかつての少年少女はたくさんいるだろう。筆者が一番ビックリしたのは『アクロイド殺人事件』。語り手が犯人だったという圧倒的な着眼点に、目から鱗がボロボロ落ちたのを覚えている。そしてまぁ、やはりこの『オリエント急行殺人』だろう。これもまた誰が犯人かという点を謎解きの中心にした推理もの、いわゆる"フーダニットもの"の中では本当に目から鱗の一作。容疑者全員が犯人、というその結末に幼い筆者は酷く驚愕し、自室を鱗だらけにして母に叱られたものだ。そして、その結末を前提とした本作の日本版キャッチコピー。これは中々素晴らしい。"その日、一等客室は「犯人」で満室でした"というオチを当然知っている我々は、クリスティーを知らない若い世代が目から鱗を落とす様を想像し、ニヤニヤと笑いを噛み殺す。

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 では、もう少し本作の中身に言及していく。なお、実は筆者は、『十二人の怒れる男』や『狼たちの午後』の名匠シドニー・ルメットによる1974年版『オリエント急行殺人』を未見である。直近だと『スカイフォール』のキンケイド役が印象的な名俳優アルバート・フィニーがポアロを演じた映像化『オリ急』の決定版。映画ファンとして、これは極めてボケナスな事態だが、まぁ今回はかつての読書少年として、原作版との比較を中心に感想を述べてみたい。

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 まず、全体としては、何やってんだよ!全然違うだろ!でも『ナイル』もやれよ!というややアンビバレントな感想が、筆者の真意である。つまり、本作の内容自体には原作ファンとして一抹ならざる不満があるものの、全体的な映像美とか雰囲気はまぁ中々良かったため、今後もぜひ経過観察したい、とそういうことだ。ちなみに、『ナイル』というのは、もちろん『ナイル殺人事件』のことである。原作で言うと1934年の『オリエント~』の3年後、1937年に発表された『ナイルに死す』。『オリエント~』と同様、過去に映画化もされている。本作でも、ラストでポアロが「エジプトのナイル川で殺人事件がありました!来て下さい!」と依頼されるシーンがあるが、本作の(それなりの)ヒットを受けて、実際に本作の続編として『ナイル殺人事件』の製作決定が発表されている。

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 筆者が本作で気に食わなかったのは、端的に言ってエルキュール・ポアロのキャラクター造形である。まず、ルックスとして、ポアロはやっぱり小太りのチビであってほしい。ホームズは、見た目も割とシュッとしていて、武芸にも秀でている。しかし、ポアロは、ホームズと同じく偏屈屋であり、なおかつチビでデブなキモ親父なんだよ。そして、だからこそ、彼の"灰色の小さな脳細胞"の恐ろしさが際立つんだ。日本人であり、ゆとり世代でもある我々にも分かりやすく例えるなら、古畑任三郎と同種の"ナメてた相手が実はむっちゃ頭良かった"という点こそが、ポアロ・シリーズの最大の醍醐味だと筆者は思うのである。その点、本作の監督謙主演であるケネス・ブラナーは、やっぱりシュッとしすぎている。

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 ただまぁ、見た目は百歩譲ろう。筆者がどうしても許せないのは、ポアロの未熟感である。本作のポアロは、冒頭から朝食の卵が二つとも全く同じ大きさでないと嫌だとダダをこねたり、道でウンチをふんずけると「これでは不公平だ」と言ってあえてもう片方でもふんずけたりと、やたら"平等"あるいは"均整"を意識するキャラになっている。もちろん、筆者が失念しているだけで、他のポアロ作品に同様のシーンがあったのかもしれないが、少なくとも原作の『オリエント~』には無かったシーンだ。これはつまり、原作が、そして、本作がテーマにしている"善悪のバランス"を象徴しているのだろう。卵っていうのは、原作だと"驚くほどきれいな卵形の頭"と形容されるポアロ自身の象徴でもあり、序盤での彼は、やはりはみ出したり不公平だったりすることが許せない、頑なに"正義"を信じる男として描かれている。ここまでは別に良い。

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 しかし、そんな彼は、オリエント急行での事件を解明する内、善悪という単純な二項対立ではとても分類しきれない現実に直面する。かつて幼いデイジーちゃんを誘拐の上無惨に殺害し、多額の身代金とともに姿をくらませた極悪人ラチェットことカセッティ。警察の手の及ばぬ国外に逃亡した彼に復讐せんと集った13人(14人だったかな?)の男女。もちろん、殺人は悪だ。ラチェットはデイジーやその他の罪無き幼女を殺害し、オリエント急行の13人(原作だと実行犯は12人)は、ラチェットを殺した。しかし、それを誰が裁く? 警察か? 法律か? それとも神か? 少なくとも、一介の私立探偵に善悪の決定などできうるのだろうか…? と、こういうところに本作のポアロは悩み、「むううぅぅぅ…。」と苦悶したり、「ぐぬーーー!」と悶絶したりする。

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 でも、原作のポアロは、もっとクールだ。達観していると言い換えても良い。そして、それこそが、エルキュール・ポアロという探偵のアイデンティティーであったと筆者は信じる。彼は、変人でなければならない。論理が友達で、謎解きが生きがいで、見た目も良くなければ、運動もできない。でも、自分の頭脳には自信を持っている頭でっかちのキモ親父。そんな"童貞感"こそが彼のアイデンティティーであり、ホームズやその他の名探偵と一線を画する彼の魅力だと個人的には思う。確かに、童貞は未熟だ。でも、ポアロの場合は、もっと"リアル童貞"なんだよ。イケてないくせに、自身の頭脳という一点が秀でているため、その部分に固執して尊大に振る舞う偏屈屋。しかし、"探偵"という肩書きによって、彼の"謎解きにしか興味がない"というキャラクターは、抜群にカッコいいアイデンティティーへと変貌する。実際、ポアロがラチェットから依頼された護衛任務を断る理由も、本作では"偽物の骨董品を売りつけていた詐欺師だから"となっていたが、原作では、"護衛任務みたいな退屈な仕事には興味を持てない"というものだった。

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 さらに、ポアロがそういう"謎解きオバケ"だからこそ、この『オリエント急行殺人事件』の舞台設定がおもしろいんだ。原作におけるオリエント急行は、いつ復旧できるか分からない、という設定だった。外部とのコンタクトは一切不能で、警察の手助けはもちろんのこと、容疑者から得た証言の裏を取ることもできないという状況。推理ものでは定番のいわゆる"クローズド・サークル"というやつだ。そんな状況下で、容疑者の証言のみから"真実"を導くことなど到底不可能。唯一の方法は"論理"をよりしろとすることだが、全ての容疑者が息を吐くように嘘、すなわち"論理の破壊"を画策する現状、それに抗し得るほどの"論理力"を持った"スーパーヒーロー"が、果たして存在するのだろうか。このお膳立てこそが、『オリ急』の最も魅力的なポイント。まるでレザー・バックのEMP攻撃により全てのイェーガーが駆動系統を奪われた中、核融合炉で起動するジプシー・デンジャーが現れたような、そんな"選ばれし者感"

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 しかし、本作では、まず救出部隊がソッコーで駆けつける。閉じた世界での論理攻防という大枠は変わらないものの、原作とは違い、列車が動き出して警察が介入すれば彼らは適当に事件を処理するだろうから、その前に解決しないといけない、という広い意味での"タイム・リミット・サスペンス"になっているのである。個人的にこれには興を削がれた。今日明日にでも列車が動くのなら、警察の正式捜査にポアロが参加すればいいだけの話。しかも、容疑者の証言を裏取りしたければ、救助隊に頼んで最寄りの駅までひとっ走りしてもらったっていいんだ。中途半端に開かれたクローズド・サークルでは、ポアロの"ヒーロー感"が損なわれてしまう。

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 また、容疑者を全員集め推理を披露する、というこの手の物語で最も重要なクライマックスも本当にいまいち。原作でのポアロは、当然のことながら自らの中で推理がまとまった上で、容疑者を集めて演説をぶつ。これは名探偵として当たり前のことだろう。しかし、本作のポアロは、なんと未だ考えも完全にはまとまらぬ内に容疑者の前で演説を始めてしまうのである。で、なんか「ぬふふー!」とか言いながらウダウダと話し、話しながら「は!そうか…。犯人は…あなたたち全員だ…!」と気付くのである。これには酷くガッカリ。ポアロは"童貞"なんだってば。しかも、イキったガリ勉の"リアル童貞"だ。だからこそ、彼は"種明かし"に絶対の自信を持っていなければならないのだし、絶対の自信を持っているからこそカッコいいんだ。ポアロを人間臭い未熟者に設定した本作のクリエーターは、こういった醍醐味の部分を何も分かっちゃいない。

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 その他の配役も、原作ファンからすればいささか首肯しがたいものが多い。例えば、ラチェットは、原作では"野獣"と形容されるほどの狂気を秘めたルックス。しかし、本作ではなんと美形の代名詞ジョニー・デップに演じさせている。いやいや…そこにウィレム・デフォーおるやん! どう考えても、ラチェットはウィレム・デフォーでしょうに。原作では、先述の通り、「その仕事は退屈だ」という理由でポアロはラチェットの護衛を断るのだが、その際、捨て台詞として彼はこんなデリカシーの無い言葉を吐き捨てる。「あなたのお顔が好きになれないのですよ、ムッシュ・ラチェット。」 確かに、この台詞は本作にも登場する。しかし、本作では、あくまでも"悪人"であるラチェット自身が気に食わないといったニュアンス。そら顔面がデップなんだから当然だ。でも、それじゃあやっぱりポアロのデリカシーの無さ、ひいては社会不適合感を原因とする童貞感を演出することはできない。

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 あとは、イギリスの名女優ジュディ・デンチ演じるドラゴミロフ皇女。この人も、原作だとデリカシー無き名探偵の毒牙にかかる。ポアロ曰く、公爵婦人の見た目は「これまで見たこともないほど醜い老女」とのこと。事件後、彼女に事情聴取する際にも、「ヒキガエルのような小さな顔は、まえの日より黄ばんで見えた」と描写される。ひどっ! でも、それが良かったんだ。ジュディ・デンチじゃあ、口が避けてもヒキガエルなんて言えない。それから、アンドレニイ伯爵の無意味な武闘派設定も本当に謎。原作では、美しい妻を心から愛す、熱く真面目で上品な貴族のアンドレニイ。本作では列車に乗る前のバーで無粋な記者に写真を撮られ、ブチ切れた挙げ句、謎のカンフーでそいつらをボコボコにシバキ倒すという暴れん坊のキャラ付けがされている。しかも、その後の展開において、彼の武闘派な側面が活きてくることは皆無。本当に無駄な改変である。

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 とはいえ、それら有名俳優を大量投入したいわゆる"グランドホテル形式"が本作の見どころであることもまた事実。確かに、画面狭しと常時ビッグ・ネームの演技を堪能できる本作は、終幕に至るまで退屈さを感じることは無い。中でも、この2017年の年末、世界が一番見たがっているのは、もちろんデイジー・リドリーの演技であろう。当時全くの無名であったにも関わらず、いきなり『スター・ウォーズ / フォースの覚醒』の主役レイに大抜擢された映画史上最高に幸運な新人。結論から言うと、本作のようなクラシックな出で立ちのデイジーも中々よろしい。個人的には、キーラ・ナイトレーに激似やん!と思うのだが、どうだろうか。いよいよ来週末に迫った最新作『最後のジェダイ』が今から本当に楽しみだ。果たして彼女は、ファンがまことしやかに噂する"グレイ・ジェダイ"になるのか。公開日の12月15日が待ちきれない筆者は、12月14日24:00~の前夜祭上映を我が実弟と鑑賞する予定である。ちなみに、みんな"デイジー"が大好きという意味では、本作のプロットとシンクロしたメタなキャスティングとも言えそうな気がする。

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 最後に、その他良かったところを何点か。まず、風景はすごくキレイだった。特に、空の色合い。突き抜ける青空とか、絶妙のグラデーションの夕焼けとか。昨今の流行りである"色使いは派手に"をしっかり意識した演出なのであろう。それから、ポアロが乗客(=容疑者)たちに事件の発生を伝えるシーン。ラチェットの死亡を伝え、偉そうにペラペラと仕切るデカ髭親父を不審がる乗客たちは、当然のごとく「ちょっと待って!あなたは一体誰なの?」と質問する。カメラはぐーっとポアロに寄っていき、彼が放つ最高の台詞。

 「私の名前はエルキュール・ポアロ。おそらく、世界一の名探偵です。」

 …かっっっこいぃぃーーー!! この照れない決めは最高だ。願わくば、先述の通り、見た目がチビで小太りなら、そのギャップでよりカッコ良かったのにと悔やまれる。あと、ラストの種明かしも、展開自体は微妙だったものの、決め画としてはめちゃくちゃカッコ良かった。列車から出て、トンネルの入り口に設営された仮設休憩所(?)に横一列で座る容疑者たち。カメラはトンネル側から彼らの背中越しにその向こうを捉えている。向こうには、意を決した面持ちの我らがポアロ。その更に奥には、忌まわしき事件の象徴でもあるオリエント急行。まさに本作を一枚で説明しきる最高のルックである。ただ、ここも願わくば、内的葛藤を露骨に吐き出す"未熟者"のポアロでなく、自身の頭脳にのみ絶対的な自信を持った"童貞"としてのポアロであれば完璧だったのに、と悔やまれる。

点数:65/100点
 全体としては、まぁ悪くないものの、"エルキュール・ポアロもの"と言われると途端に納得感が急落する残念な一作。個人的には、いっそ容疑者視点での物語にしてしまってもおもしろかったんじゃないかと思う。容疑者の人数が多いため、ポアロ視点で2時間程度に収めようとするとどうしても説明不足な部分が目立ってくる。事実、本作では、容疑者たちにとってデイジーちゃんがどれくらい大切な存在だったのか、という部分がいささか説明不足だ。あと、実行犯が12人という点をボカしたのも良くない。原作では、ラチェットは捕まってアメリカで裁判に掛けられたものの、金とか権力とかを使って(陪審員を買収したのだったかも。)無罪を勝ち取り、もはや法では裁けない、という設定だった。だからこそ、容疑者たちの復讐にも"正義"があったのだし、陪審員と同じ人数の12人というところに意味があったのである。ポアロを未熟者にして苦悶させるなら、むしろこの点はしっかり踏襲した方が良かったんじゃないかって、ちょっと思ったりもする。

(鑑賞日[初]:2017.12.8)
(劇場:MOVIXあまがさき)

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Posted byMr.Alan Smithee

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