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・英語版:unknown
・日本語版:光か、闇か…

 May The Force Be With You…Forever & Ever.

三文あらすじ:伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)とめぐり逢ったレイ(デイジー・リドリー)が知ることになる驚くべき真実とは? なぜカイロ・レン(アダム・ドライヴァー)はダース・ベイダーを受け継ごうとするのか? さらには、カイロ・レンの母親レイア・オーガナ(キャリー・フィッシャー)、ポー・ダメロン(オスカー・アイザック)、フィン(ジョン・ボイエガ)、BB-8らレジスタンスたちの新たなるミッションとは…知られざる秘密が明かされるとき、さらなる謎が生まれる・・・


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 遂に、遂に公開された『スター・ウォーズ』最新作『最後のジェダイ』。12月14日24:00~の前夜祭回を弟と鑑賞し、その後、日が昇るまで喧々諤々と語り合った筆者は、いまだに震えている。指が震える…と言えば嘘になるが、我が脳細胞は、あまりの興奮と混乱からずっと小刻みな振動を続けている。公開前、試写を観た関係者が口を揃えて「既存の『スター・ウォーズ』を逸脱しているが、映画としては本当にスゴい。」と評価していた本作。既に鑑賞を終え、その言葉が(色んな意味で)真実だったと知った我々『スター・ウォーズ』ファンは、覚悟を決めて自らの立場を明らかにしなければならない。「『スター・ウォーズ』としてはこう。一本の映画としてはこう。」 そんな弱腰な感想ではダメだ。我々は、自分の中で "『スター・ウォーズ』ファンの部分"と"そうでない部分"を切り分けられるだろうか? 無理だろう、それは。我々の細胞には、既に至るところにミディ・クロリアンが潜んでいる(おっと、ミディ・クロリアンは禁句だったか。)。だから、鑑賞直後のアンビバレンスを振り切り、腹をくくって宣言したい。『スター・ウォーズ / 最後のジェダイ』は、大傑作だ!

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 全体として、本作はミス・リードの積み重ねで成り立っているような作品である。作中でルークが印象的に2回言う「素晴らしい。君の言っていることは "全て "間違っている。」という台詞そのまま、事前にファンが巡らせていた予想は、ことごとく外れてしまった(実際、筆者が『フォースの覚醒』の感想でいくつか書いたトンチンカンな予想は、全く外れていた。)。まさか、スノークって……ちがうよ。あ!遂にレイアが……ちがうよ。んん?この紫髪のおばはん……ちがうよ。もしかして、レイの親って……ちがうよ。うおぉ!ルークが……ちがうよ。本当に、5分から10分に一回くらいの頻度でミス・リードが展開されるため、観ているこちらはブンブン振り回され、グルグルと頭を酷使し、ヘトヘトに憔悴してしまう。あろうことか、『The Last Jedi』というタイトルさえある種のミス・リードだったのだから、その徹底ぶりには本当に目が回る(ルークこそが"The Last Jedi"……じゃなかった。)。ある意味でこれは監督のライアン・ジョンソンに弄ばれているというか、上から見られている…とも言えるだろう。その点に拒否反応を示す観客もいるはずだ。しかし、筆者としては、それら(ほとんど)のミス・リードが、ミス・リードのためのミス・リードにはなっていないと思った。きちんと『スター・ウォーズ』の世界と向き合い、具体的かつ真剣に考えたからこその展開が大半だったと感じる。

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 まず、冒頭。ファースト・オーダーの艦隊に包囲された反乱軍が、惑星からの脱出を試みるシークエンス。俺たちのBB8と最高のナイス・ガイ、ポー・ダメロンのバディが、X-ウィング単機で攻撃挺"ドレッドノート"に立ち向かう。ここでポーがハックス将軍と通信する場面は、本作が既存の『スター・ウォーズ』を崩しにかかる最初のシーンと言えるだろう。

「ハグス将軍に繋いでくれ。」

「……。私が "ハックス将軍 "だ。お前たち反乱軍のクソどもは、我々の手によって…」

「あー、すまんが、ハグス将軍を頼む。」

「……。私が "ハックス "だ。逃げられると思うなよ。お前たちは…」

「んー、オーケー。このまま待つよ。」



 うろ覚えのイメージだが、すれ違いのやり取りが笑いを誘う。ここでポイントなのは、まず、笑いの取り方が"現代的"ということ。そして、悪役が露骨にコケにされているということである。かつての『スター・ウォーズ』は、動きも台詞も間も今から見れば"典型的"で、この冒頭のように"気まずさ"で笑いを取ることは無かったように思う。また、"善"と"悪"は問答無用で二分されており、悪役にギャグ・パートの一部を担わせ"人間性"を帯びさせるなんてことはご法度だった。しかし、本作は冒頭からそれをやる。まぁ、よくよく考えてみれば、前作『フォースの覚醒』からその傾向はあった。フィンが「…彼氏? 彼氏なの?」なんてレイに詰問したり、「そのアゴをしゃくる仕草をやめてくれないか。」とハン・ソロに言ったり。これらは気まずい笑いではないが、かつての『スター・ウォーズ』では聞かれなかった現代的な可笑しみだ。また、カイロ・レンが「むきー!」と八つ当たりするシーン。あれなんかは、あろうことか新時代のダース・ベイダーであるはずの悪の精鋭がギャグ・パートを担わされた結果、鼻をつく人間臭さを発した瞬間である。また、本作同様、冒頭でポー自身が「ちょっとモゴモゴして何言ってるか分かんないです。」とカイロをいじるシーンもあった。よって、ポーによる"ハグスいじり"は既存の『スター・ウォーズ』的ギャグ・センスを逸脱しているが、それは新トリロジーの方向性であるとも言える。

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 一方、本作独自の観点が爆発しているのが、ストラテジーの導入である。冒頭のドッグ・ファイトは、まず、ポーが単機でドレッドノートの大砲を全て破壊し、その後、爆撃機が大量の爆弾を投下するというもの。確かにこれまでも、まずバリアを破って、その後、本体を叩くみたいな段取りはあった。しかし、本作冒頭は、もっと具体的に"戦略"を描く。X-ウィング一機だけだとナメていたら、小さく、かつ懐に入られているため戦艦では撃墜できない、とか、X-ウィング一機では戦艦の厚い装甲は破れないとナメていたら、実は後の爆撃のために大砲を狙っていたのだ、とか。そういう相手の裏をかく戦略性が強調される。これはめちゃくちゃ良いと思った。これまでの作品におけるドッグ・ファイトは、例えば"反応炉にイオン魚雷を打ち込む"みたいな目的だけ決まっていて、打ち込むまでの過程は、「うりゃー!いけー!」という"合戦形式"であった。もちろん、そんな象徴としての戦闘こそが『スター・ウォーズ』の味だったんだという意見もあるだろう。しかし、筆者としては、いかにしてドッグ・ファイトをブラッシュ・アップするか、という問題に対し、戦略というロジックを持ち込んだ本作を全力で支持したい。

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 ちなみに、RHYMESTERの宇多丸師匠を始め結構多くのファンが怒っている"宇宙空間なのに爆弾が「落下」していく問題"「え?ライアン?"重力"って何か分かってる?」なんて、方々でいじられている。しかし、筆者としては、逆にそんな人たちに「え?なんで"投下"じゃなくて一方向への慣性を与えた"射出"だという可能性に思いが至らないの?」と聞き返したい。確かに、一見するとパッと放してヒュ~…と"落ちている"ようにも思えるが、見えない部分に爆弾をクッと押し出す機構が搭載されているのかもしれないじゃないか。まぁ、映画は作り物である以上、作中での立証責任は基本的に全てクリエーター側にある。とすれば、"投下"に対する反証としての描写が無い以上、爆弾はやはり無重力にも関わらず"落下"していると考えるべきなのかもしれない。惑星の重力に引かれて落ちた…というのは、あの位置・角度だとちょっと無理があるだろうな(ところで、BB8があたかも"風圧"に負けたかのように仰け反ることについては、みんなどう思っているのだろう…?)。…と、思っていたら、先日発売された公式ビジュアル・ブックに答えが載っているらしい。それは"磁力"。いえーい、俺たち大勝利!…なのかなぁ。ローズのお姉ちゃんや起爆スイッチが"落下"していたことは、どう説明すればいいんでしょうか…?

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 気を取り直して、本作でストラテジーが導入されるのは、ドッグ・ファイトだけではない。『スター・ウォーズ』のアクションにおいてドッグ・ファイトと双璧を為す、ライト・セーバー戦にも戦略(戦術)が盛り込まれている。最も顕著なのは、レイとカイロ・レンが共闘してエリート・プレトリアン・ガードと戦うシークエンス。セーバーを持った方の手を固められたレイが、パッとセーバーを離し、自由な方の手で受け取ると同時に振り向きざま切りかかる。もうひとつ。同じシークエンス、セーバーを取り落とした上で羽交い絞めにされたカイロ・レンにレイがセーバーを投げてよこし、キャッチしたカイロがその角度のまま起動させ、シュバッとガードの顔面を貫く。色々と酷評されがちなプリクエルは、実はライト・セーバー戦をブラッシュ・アップしたという点で革新的だったのだが、それは主に動きの速さと華麗さの二点における進化だった。本作は、ここから更に進み(あるいは、その部分は少し後退させ)、ライト・セーバー戦の勝敗に動きの理屈を付加したところが偉いと思う。

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 次に特筆しておきたいのは、やっぱりコレ。さらば、ルーク・スカイウォーカー。鑑賞後、筆者なりに色々考えた結果、やっぱり本作におけるルークの退場のさせ方は、本当に完璧だと結論付けたい。クリムゾン・レッドがテーマ・カラーの本作を象徴する赤土の惑星"クレイト"。反乱軍の旧基地に立てこもるも圧倒的に劣勢のレイアたち。そこに満を持して、最強にして伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカーが"どこからともなく"現れ、レイアと言葉を交わす。ここは最高! 「言いたいことは分かるわ…髪型、変えたの。」っていうジョークがもう…。『フォースの覚醒』でハン・ソロと久しぶりに再会したシーンの台詞を否が応にも想起させる。あのとき、レイアに「同じジャケットね。」と言われたハン・ソロは「新調したんだぞ。」と返すが、その真偽がどうあれ、ポイントは"ハン・ソロはあの頃のまんま"という点であった。じゃあ、本シークエンスでもそれは同じでしょう。髪も髭も服装もあの頃とは違う(実は"本体"ですらない)けれど、長年の紆余曲折を経たルークは、今まさにあの頃のままの"お兄ちゃん"(あの頃のままの"青年"でも可)として、レイアと対峙しているというわけだ。

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 "妹"に別れを告げ、部屋の出がけにC-3POへウィンクしてみせるルーク。ここで、既に涙を流し過ぎてカラカラだった筆者の涙腺は、粉々に弾け飛んでしまった。最高だ。最高過ぎる。筆者は、エピソード4における"オビ・ワンがR2-D2を忘れている問題"が本当に嫌だった。というか、正確には、その展開に向けて辻褄を合わせなかったプリクエルに怒っているのである。その点、本作では、まず、オク=トーでR2に出会ったルークが、ちゃんと「R2!Old Friend…!」と喜びを露わにするシーンがある。ここでひと泣き。では、もうひとり。C-3POには一体どんなナイスな言葉をかけるのだろう…? そう思っていた筆者のやわなハートは、無言のウィンク一発というルークの最高に粋な振る舞いによって、ズキュバキュに射抜かれてしまった。

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 そして、彼は、一部破られた防御壁の穴から外に出ていく。ここのケレン味はエグい(照明が十字架みたいに見えるのが印象的。かつてのルークの弟子もベンを含めて13人だったし、ポーたちがオンボロ・スピーダーで出撃したときも13機だったから、もろもろキリスト教に引っかけているのかもしれない。)。最強にして伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカー。その肩書きに恥じず、照れず、真っ向から彼のカッコ良さを描き切る。何より筆者が感銘を受けたのは、"ジェダイ"という存在をものの見事に定義し直してみせたという点である。『ローグ・ワン』の(一定の)成功によって、この『スター・ウォーズ』というサーガは、"ジェダイ不在のヒーロー譚"が生まれてもおかしくない世界になった。フォースもライト・セーバーも持たず、それでもその命を賭して"希望"を繋いだモブたち。彼らのような存在の方が、同様に"持たざる者"である我々にとってはより説得的なんじゃないか? もっと言い切ってしまえば、もはやジェダイなんていう古臭いヒーローは必要ないのではないか? この疑問に対して、本作は真っ向から解答する。つまり、まずは、冒頭の爆撃作戦の正当性をレイアに訴えるポーのシーン。「でも… "ヒーロー "だって生まれたじゃないか!」と声を荒げる若き戦闘機乗りに、レイアはこう反論する。「そう… "死んだヒーロー "がね…。」

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 つまり、ここはある意味で『ローグ・ワン』で死んでいったモブたちに対するヒーロー視を否定しているとも言えるシーン(彼らの犠牲が無駄と言っているわけではない。)。では、本作が定義する"ヒーロー"とは、いかなる存在か。その答えのひとつは、初登場時、"持たざる者"であるフィンをヒーロー視していたローズが口にする。クレイトで敵のキャノンに特攻をかけようとしたフィンを間一髪で阻止するローズ。彼女の身を案じながらも「なぜ邪魔をした?!」 と非難を向けるフィンに、重症のローズがか細く答える。

「バカね…。助けたのよ…。敵を憎むんじゃなくて、愛する人を守る…。それが、本当の "ヒーロー "よ…。」



 冒頭でのポーは、あくまでも"敵の殲滅"に指向し、味方の死亡は"必要な犠牲"として割り切っていた節がある。これは、特攻時のフィンも同様だ。でも、そんなのは、決して"ヒーロー"ではない。"ヒーロー"が一義とすべきは、敵を倒すことではなく、誰かを"守る"ことである。もちろん、レイアたち聡明な反乱軍上層部は、ハナからこのことを分かっているだろう。圧政に苦しむあまねく銀河の民を守るため、彼女らは戦っている。しかし、志だけで思いを実現できるなら、誰も苦労はしない。フォースやライト・セーバーやその他ありとあらゆる強力な兵器を有した圧倒的に強大な敵から愛する民たちを守るには、現状の反乱軍は明らかに"力不足"だ。確かに、『ローグ・ワン』のモブたちのように、仮に"命"という究極の対価と引き換えになら、"持たざる者"が"持てる者"に一矢報いる、そんなワン・チャンスがあるかもしれない。しかし、レイアたち反乱軍本体は、それじゃダメなんだ。銀河中でくすぶる反乱の火種に点火するための希望の"火花"。そんな彼女らは、ローグ・ワンのように命を代償にできない。生き延びることでこそ、希望を繋がなければならない。そう、本作が定義する真の"ヒーロー"に必要なのは、愛する者を守るという"思い"だけではないのである。守りたいなら、守り得るだけの"力"が無いといけない。だから、"ジェダイ"が必要なんだ。反乱軍の"持たざる者"たちと思いを共有し、"希望"としての彼らを明日へと導く"騎士(ナイト)"。そんなジェダイがいて始めて、反乱軍は、"思い"と"力"の両方を持った真の"ヒーロー"になることができる。

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 ちなみに、これは何も取って付けた観点ではない。これまでだってそうだった。ハン・ソロやランドやウェッジやアクバー提督(R.I.P. …。)やナイン・ナンなどの"持たざる者"たちがいて、そんな彼らの"守護者"として、オビ・ワンやルークといったジェダイがいた。本作でも、フィンやポーやその他有象無象の"持たざる者"たちをルークは守る。しかし、これまでと異なるのは、既に彼が"老兵"である、という事実。後述の通り、最高の大一番を仕掛けたルークの命の灯は、あと僅か。では、この先の反乱軍は、"力"無き集団になってしまうのか。もちろん、そんなことはない。ルークには、彼の意志を受け継ぐ"弟子"がいる。ここの演出は最高だったなぁ。無数の岩に行く手を塞がれたポー率いる反乱軍。一方、攻撃をかわし続け、格の違いを見せつけたルークがカイロ・レンに言い放つ。

「反乱軍は生まれ変わり、戦争はここから始まる。そして、私は…"最後のジェダイ "にはならんぞ!



 カットが切り替わり、強靭なフォースの力を以て岩を全て中空に浮かべ、反乱軍の通り道を作るレイ。行く手を阻まれた"希望"が"絶望"に変わるとき、常人には無い圧倒的な"力"で"希望"の行く道を開く。これはまさに、ルークの意志がレイに受け継がれた瞬間であり、同時にレイが"ジェダイ"になった瞬間なのである。まぁ、宇多丸師匠が指摘していたように、ルークとレイの"師弟"としての交流が満足でないため、"意志の受け継ぎ"がやや説得力を欠く気もするが、でも、よくよく考えてみれば、ジェダイってだいたいそうじゃない? エピソード5のヨーダも、結局は修行途中でルークに逃げられたんだし…。

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 ちょっと話を戻して、ルーク vs カイロ・レンの最高の大一番。より具体的なルークの"戦術"、そして、その果てに待つ彼の"最期"に思いを馳せても、やはりルークの退場は完璧だ。たった一人で登場した最強のジェダイに対し、スノークを殺害して最高指導者になったカイロ・レンは、AT-ATの改良版AT-M6からの一斉射撃を命令。降り注ぐビームの雨。天に届くほどの爆煙をあげる赤い大地。果たしてルークは…? 余談だが、犬をイメージしてデザインされたというAT-ATに対し、AT-M6のモデルはゴリラとのこと(先週の世界ふしぎ発見でやってた。)。個人的に、"M6"というのは"Mountain Gorilla"の略なんじゃないかと思っている(ちょっと捻って"G"を"6"と読んでいるんじゃないか?)。

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 さて、ルークへの私怨から必要以上の攻撃を指示するカイロ(うちの弟は、私怨というより、カイロはルークの強さを知っているから、彼を殺すのに"必要な"攻撃を指示したのだ、と解釈していた。そちらの方が展開としてはカッコいいが、どうなんだろう。)。しばらくの間の後、爆煙が晴れる。ビクともしない我らがジェダイ・マスター。『DRAGON BALL』のように彼の周囲だけ大地は無傷なのかと思ったが、そんなこともなさそうだ。アナキンから受け継いだあのブルーのセイバーを構えるルーク。カイロ・レンとの一騎討ちが始まる。カッコいい…。カッコいい。カッコいい! きっとルークはカイロに殺されるだろう。それが分かっていても、いや、分かっているからこそ、我々は漏れ出る嗚咽を止められない。そして、この戦いは、既にみなさんがご存知の通り、衝撃的な結末を迎える。

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 すなわち、必殺!ジェダイ流"影分身の術"だってばよ!である。カイロと戦っていたルークはフォースで創り出された"幻"であり、その本体は、いまだオク=トーにある。最強のジェダイは、フォースの力を以て、"実体ある幻影"(正確には、後述の通り、"スカスカ・モード"だったのではないかな。)を異なる惑星に発生させ続けていたということだ。このトリッキーな展開をどう思うか。バカバカしいか。荒唐無稽か。取ってつけたような杜撰なギミックだろうか。筆者は、そうは思わない。まず、丁寧な伏線が見事。大前提は、本作で初めて登場した"フォースは離れた場所の人や物を実体化できる"という設定である。これまでの作品でも、フォースの力で声を届けたり、霊体で登場したりといった演出はあった。本作では、それを触れ合うことすら可能なより進んだ能力として、レイとカイロ・レンとの交流の中で描き直す。

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 少し話が逸れるが、中盤で展開されるレイとカイロの交流シークエンスは、正直ギョッする。あたかも『君の名は』的なテイストで、互いを隔てる距離を越え心を通わせる二人。急接近する二人の心の距離を目の当たりにし、我々は、公開前に数多挙げられていた予想のひとつを思い出す。そうか…やはりレイはハン・ソロとレイアの(双子の)娘なのであって、カイロ・レンとは兄妹なのだな…。あとはもう「君の苗字は?!」という問いかけを抑えつつ、答え合わせを待つばかりだ。精神交流の中でカイロの内にある"光"を見出し、説得のため単身投降するレイ。キンピカ着物の悪趣味奇形じじいスノークにフォースで弄ばれる"妹"のピンチを"兄"であるカイロが救う。ダース・モールと同じく、胴体を横一文字に切断され絶命するスノーク。最強の"兄妹"とエリート・プレトリアン・ガードの胸熱大バトル。しかし、それらは全てミス・リード。レイはソロ家の末裔なんかじゃないし、カイロはライト・サイドに転んだわけではなかった。二人で銀河を支配しよう、とエピソード5のダース・ベイダーさながらにレイを誘うカイロ。拒絶するレイ。フォースを使った奪い合いの末、真っ二つに引き裂かれてしまうアナキン's ライト・セーバー。

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 公開前、せんぞその正体が議論されてきたスノークがあまりにもあっさりと殺され、カイロ・レンこそがファースト・オーダーのトップにのし上げるという展開は、本当に衝撃的だが、とにかく、以上のような顛末を経て、フォースによる"空間の超越"がしっかりと前ふられていたわけである。さらに、ルークの"分身"展開への伏線が、本作には他にもたくさんある。ひとつは、ルークが"どこからともなく"登場したということ。設計図上は正面入口以外に外界への扉が無い旧反乱軍基地に侵入したルーク。その事実から、そうだ!きっと抜け道があるのだ!と聡明な予想を巡らせるポー。自然に出来た抜け穴があるかもしれません、と油を注ぐC-3PO。本作で初登場のクリスタル狐"ウルプテックス"が「こっちだよ!」とばかりに駆けていく。しかし、彼らを追った反乱軍は、出口なんか無いという残酷な事実に直面する。彼らの目の前には、先述の通りおびただしい岩が積み重なった壁があり、そこにはただ、狐が一匹ずつ通ることのできる小さな隙間が空いているだけ(ここもキメ細やか。3POとR2は間違っていない。自然にできた抜け道はあった。しかし、その後、落石により塞がってしまったに違いない。おそらく、旧反乱軍が放棄してから落石が起こったため、基地の記録には記されていなかったのであろう。)。というわけで、ルークが"どこからともなく"現れたのは、本当に煙のように出現したからなのである。

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 もうひとつの伏線は、AT-M6からの一斉射撃後、ルークの周りの大地まで荒れていたということ。もしルークの本体がそこにいたのなら、フォースを使ってバリア的なものを展開したにせよ、ライト・セーバーで全てのビームを弾き切ったにせよ、彼の周囲は綺麗な白い大地のままであるべきだ。したがって、爆煙が晴れて彼の足元に広がるむき出しの赤色を見たとき、我々はルークの本体がそこにはいないということに気付くべきだったのである(観直したら、これは伏線と呼ぶにはやや微妙だった。ルークが立っていたのは、既にナントカ・ラム・キャノンが一撃放った線上の大地だったから、赤が剥き出しなのは当然と言えば当然だ。やはり、ファースト・オーダーと対峙した時点でルークは"スカスカ・モード"に切り替えており、ビームは全て彼を通過したのだろう。むしろ、あんなにもビームを浴びて汚れひとつ無いのはそこに本体が無い伏線、と考えた方が良さそうだ。ルークが肩をサッサッと払うのは、彼なりの皮肉なオチャメである。)。最後の伏線は、ルークのライト・セーバー。カイロと対峙したルークが構えるセーバーは、筆者もこの夏に購入したアナキン・モデル(正確には、エピソード2で壊れた初期モデル後の第2モデル)のもの。しかし、これは既に先述の通り、レイとカイロの奪い合いでぶっ壊れていたはず。したがって、ルークが存在しないはずのセーバーを起動したということは、彼が実在していないということの証明であり、以上で挙げた伏線の中では最も直接的なヒントと言えるだろう(あとは、髪型とか服装も伏線になり得るか。)。

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 以上より、カイロとバトルを繰り広げるルークは本体ではなく"実体ある幻影"であり、彼が直接的に殺害されることはあり得ない。彼の命が尽きるのは、孤独なオク=トー。これが…これがもう本当に本当に最高すぎる。公衆の面前でなければ、「だあああぁぁぁ!!!」と叫びながら号泣していたところだ。つまり、あまりにも激しくフォースを使ったため、死にゆくルーク・スカイウォーカー。その最期の瞬間、彼は小島の岬で一人水平線の向こうの夕日を見る。そこには…そこには、沈みゆく"2つの夕日"が!そして、流れるBGMは『Binary Sunset』! 敢えて言わしてくれ!当たり前のことだけど、説明させてくれ!つまり、これは!エピソード4ですよ!オーウェンおじさんが旅立ちを禁止する中、"ここではないどこか"への憧れを持て余すルークが、タトゥイーンの2つの夕日を見つめる、『スター・ウォーズ』史上、いやさ、映画史上屈指の名シーン。ルークの最期をこのオマージュで締めるのは、本当に正しい。しかも、たった一人で孤独に、というのが本当に最高。みんなに看取られて盛大に死んでいったら酷く興冷めだったろう。ちなみに、筆者は、初鑑賞時、オク=トーはタトゥイーンと同じく太陽を二つ持った惑星なのだと思っていたのだが、観直してみるとどうやら違うっぽい。あれはまぁ…身も蓋もない言い方をすれば、死に際のルークが見た幻影ということなのだろう。それはそれで情緒もあるが、少しだけガッカリ。

※追記:あるらしいな!二つ!どうやらパンフレットによると、オク=トーは双子の太陽の軌道を巡っているということらしい。節穴やわー。筆者の目ぇ、節穴やわー。コメントをくれたジェダイのお方、本当にありがとうございます。感謝いたします。

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 また、ルークの真意に思いを馳せてみても、この展開は本当に最高。つまり、彼はなぜ影分身をチョイスしたのか。どうせ死ぬのだったら、赤土の惑星に足を運んでもよさそうなものだ。うちの弟なんかは、まさにその通りの見解を主張していた。しかし、筆者は、ルークが影分身をチョイスしたことには、確固たる意図・目的があると思う。彼は、カイロ・レン、いや、ベン・ソロを見捨てていない。もちろん、スノークを殺害して以降、カイロ・レンは完全なる"ラス・ボス"の座に君臨した。ルークとレイアの会話でも、両者ともにもはやベンを救うことはできないと確認している。しかし、ルークはそれでも、わずかな希望を託したのだと思う(ルークは、「人は完全に闇に落ちることはないよ。」とレイアに言っていた。)。いつの日か、カイロ・レンがベン・ソロとして善の心を取り戻す、そのためには、ルークがカイロ・レンを殺してはいけない。それはもちろんのこと、逆にルークがカイロ・レンに殺されるわけにもいかないのである。『フォースの覚醒』におけるハン・ソロ殺害がそうであったように、愛しい人を殺すことが、ダーク・サイドをより深くする。だから、僅かでもカイロの更生に望みを託すなら、ルークは決して彼の手で殺されてはならないのである。

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 ちなみに、この影分身は、「そんなん今まで誰も使ってへんかったやんけ!後付けのインフレや!」と一部のファンから酷評されている。しかし、個人的に、これは、現時点ではあくまでもルークとスノークという史上最強のフォースの使い手にしか扱えない奥義なんだと思う。また、同様の技は、2008年発売のゲーム『スター・ウォーズ フォース・アンリーシュド』(アンリーシュトじゃないのかしら?)にも登場しているという噂が。同ゲームのダウンロード・コンテンツでは、死したオビ・ワンがフォース体を実体化させて戦うらしい。よって、厳密には本作の影分身とは若干異なるが、ポイントは、このゲームをジョージ・ルーカス自身が監修しており、なおかつ、本作の脚本も、ライアン・ジョンソンから依頼されたルーカスがノンクレジットで協力している、という点である(ゲーム・映画コラムニストのジャンクハンター吉田さんが「ILMの友人に聞いた。」と言っていたが、本当なのだろうか?)。

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 そういった最高のお膳立ての元で死んでいったルーク。その最期の瞬間は、ヨーダやオビ・ワンと同様(おそらく、アナキンも同様)、肉体を消失してフォースの一部となる、というものだった。風に飛ばされ舞うローブが最高だったな。ルークは死んでしまったけれど、彼の旅はまだ続いていくような、そんな本当に哀愁ある幕引き。あぁ、そういえば、本作には、なんとヨーダが登場する。かつて、オビ・ワンやアナキンと一緒にルークの前に現れたときと同じく、霊体(フォース・ゴースト)として。特筆すべきは、まず、新3部作のCGではなく、旧3部作のパペットが外見として採用されているということ。始めは、ちょっと旧作オマージュが露骨すぎてやらしくない?と思ったが、時系列を追って考えてみれば、ヨーダがパペットの外見であることに何の不自然さもない。で、筆者が驚いたのは、彼がすごく物分かりの良い"大人"になっていたということ。新旧含めた6作を通して、ヨーダという偉大なマスターは、ぶっちゃけた話、パワハラ・クソ上司であった。修行と称して弟子に高負荷をかけ、理由や意味を問われると「ペェイシェンス!」の一言で片づけ、危機を察知するときは哲学か?というくらい曖昧にしか語らず、しかし、いざ危機が顕在化して手遅れになるとそらみたことか!と予言者風を吹かせる。おまけに、自分の身が危うくなるとスタコラサッサと逃亡し、隠居を決め込むのである。

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 しかし、本作のヨーダは、本当に好感の持てる存在だ。正確な台詞は忘れてしまったけれど、きちんと物事を俯瞰で見た"バランス"の良い考え方の元、"老兵はただ去るのみ"を実践してみせる。それはすなわち、ルークの小島に保管されている"ジェダイの書"を落雷で焼き払ってしまうシーン。あの書物が保管されていた大木は、公開前にはいわゆる"フォース・ツリー"ではないか?と重要視されていたが、ヨーダはいとも簡単に燃やしてしまった。「なんてことを?!」と非難の目を向けるルークに対し、「じゃあ、お前はアレを読んだのか?」と切り返すのも、極めて理知的で説得的。まぁ、その粋なオヤジっぷりをもっと早く発現していれば、アナキンはダーク・サイドに落ちなかったのではないか?!と問い詰めたい気もするが、過去に固執するなんて愚かしいから止めておこう。ただ、ヨーダが自在にライトニング攻撃を繰り出せるという描写は、え?じゃあ、お前がファースト・オーダー全滅させろよ?という突っ込みを可能にし得る点で、やや詰めが甘いのではないか、と思えなくもない。あそこは別に、躊躇するルークの松明をフォースで奪って火をつける、で良かった。あと、観直して思ったのだが、"ジェダイの書"ってたぶん燃えてないよな。フィンがローズにブランケットをかけてあげるシーンで、引き出しの中に"ジェダイの書"らしき書籍があった(観直したら、レイがスノークの母船に投降する直前、その引き出しを意味深に閉めるシーンが挿入されていた。)。きっと、レイがオク=トーを離れる際にこっそり持ち出したということなんだろうけど、そこは潔く燃やしちゃっても良かった気がする。

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 ちなみに、ヨーダが杖でルークのおでこをコツコツやるのも、影分身の伏線だろう。生霊だろうが死霊だろうがフォース体は物理的干渉力を持つ、という前フリだ。したがって、厳密に言うと、ルークは、"フォースによって人や物は空間を超越する"という理屈と、"フォース体でも物理的干渉力を持つ"という理屈の合わせ技でクレイトに出現したということになる。あと、"生前でも幽体離脱してフォース体になれる"という理屈も必要だ。この前フリはたぶん無かったが、長年の修行の末にルークが編み出した技ということで納得できなくはない。ただ、カイロと対峙したときにはやはり実体が無かったと考える方が自然だと思う(ビームの嵐でも傷ひとつ付いていない描写とか、カイロの攻撃を結局は一度も受けなかったこととか。あぁ、あと上で書き忘れたけど、カイロとは違いルークの足跡が赤くならないという点も、大胆かつ重要な伏線だ。)。基地内でレイアの手を握って、おでこにキスして、サイコロを渡したとき、ルークの影分身には実体があった。しかし、基地の外に出るとそれが無くなった。なぜか。我思うに、フォース体には、スカスカ・モード実体モードの二段階があって、vsカイロ時のルークは、万が一にも自分を殺させないために、実体からスカスカに切り替えていたのではないだろうか(あるいは、ちょっと緩めると実体感が薄まる、とかでも良い。)。

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 あと特筆すべきことは…レイの両親か。結果から言うと、レイの両親は誰でもなかった。それは、アナキンの父親みたいに"存在しない"というのではなく、物語的に無価値なただの一般庶民だったということである。これもまた、公開前に散々議論したファンを小バカにしたスカしとも思えるが、まぁ、映画ファンであれば、この展開は予想のひとつに入っていたことだろう。なぜなら、血縁に頼らないというのが、昨今のハリウッドのメイン・ストリームだから。一番分かりやすいのは、やはり『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOL.2』。あれは、血の繋がった親父がクソ野郎で、血は繋がっていないクソ野郎が"本当の親父"だった、という話。他にも、例えば『ブレードランナー 2049』が血縁否定展開を採用していたな。あれは、自分を"ヒーロー"だと思っていた主人公が実は"凡人"だったと知る、という点で、より本作の構成に近い(奇しくも主人公がハリソン・フォードの子供じゃなかった、という点も本作と共通している。)。また、我が国でも、『NARUTO』、『BLEACH』、『ONE PIECE』を筆頭に、ずいぶん前から「また "選ばれし血筋 "の話かよ?」という苦情が巷に蔓延している。

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 ただ、『スター・ウォーズ』としてどうか、というのは、また別の話。"エピソード〇"で採番された本流シリーズは、全てスカイウォーカー家のサーガで良かったようにも思う。まぁ、個人的には血縁展開がさほど好きではない(むしろ、"凡人頑張る展開"が大好きである。)ので、本作の選択を比較的好意的に受け入れている。…のだが、じゃあ、レイが強い理由は何よ?という問題は、結局解決されていない。彼女がさしたる訓練も受けずに強靭なフォースを発現したことは、揺るがしがたい事実。これに対する理由付けが必要だと思うのだが、例えば、彼女は凡人でも数百万人に一人生まれてくる特殊な"フォース・チャイルド"なんだよ…。としても、あるいは、彼女はまだ物心もついていない頃にある賢者から能力を授かったのだよ…。としても、いずれにせよ、それ血縁の言い換えでしかないよな?となってしまいそうだ。なにかこう…自らの目的意識に基づいた努力の結果でないと、血縁を否定した意味がないと思う。あるいは、ミディ・クロ……いや、なんでもない。まぁ、なんか考えてるんだろうけど。

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 あとは…そう、本作初登場のキャラクター、ローラ・ダーン演じるアミリン・ホルドー。艦橋を爆破され、宇宙空間に放り出されたものの、なんとまさかのフォース・パワーで帰還しそのまま昏睡状態に陥ったレイア(ファンの間では、既に"メリー・ポピンズ"と呼び習わすのが定番化している。)に代わり、反乱軍のリーダーに抜擢された紫髪の女性である。このレイア復活展開もミス・リード。キャリー・フィッシャーが既に死んでいる=本作でレイアはきっと死ぬだろう、という予想の元で鑑賞している我々は、「あぁ…そうか…"ここ"なんだな…。Rest In Peace…。」と気の早い黙祷を捧げてしまう。ちなみに、このレイア"ポピンズ化"展開は、言ってみればライアン・ジョンソンの前作『ルーパー』における"シド覚醒展開"と同種のものだろうな。すなわち、え~と…うん!ギリギリ"ギャグ"やな!という身も蓋もない見せ場である。もうひとつちなみに、オク=トーでルークが岸辺に座る海洋生物の乳を搾り、一口飲んで「う~ん、フレッシュ!」みたいなリアクションを取るシーンがあるが、これは、『ルーパー』で言うところのゴードン=レヴィット"デリヘル化"展開と同種の、監督の変態性がこぼれ出てしまったシーンであろう(あのミルクはやや青みがかっていたように見えたが、海洋生物から出ている以上、砂漠の惑星タトゥイーンの名産品"ブルー・ミルク"ではないと考えるのが自然か(青は筆者の見間違いで、緑が正解っぽい。)。)。

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 話を戻して、このホルドーさんは、結構典型的な"分からず屋の上官"として振る舞う。俺たちのポーを邪険に扱い、彼の意見を無視し、旗艦を放棄して小型輸送船で脱出するという"愚策"を実行しようとする。当然、ポーは憤り、なんと"反乱軍内での反乱"を起こすのである。これもまた秀逸なミス・リード。なぜなら、光と闇の間でフラフラするカイロ・レンとか、ベネチオ・デルトロ演じるDJという男が明らかにした"反乱軍もファースト・オーダーも結局は同じ武器商人から武器を買っている"という事実とか、レイは"ライト・サイド"と"ダーク・サイド"の両方の性質を持った"グレイ・ジェダイ"になるのではないかといった事前の噂話とかを鵜呑みにしていた筆者のように愚かな観客は、「すわ!これは、反乱軍も一枚岩でないということを示して、善悪を相対化しようとしているのだ!」と早合点してしまうから。しかし、それは全くの的外れだ。ホルドーさんが象徴しているのは、"大人"になったヨーダ同様、"老兵の在り方"である。闇雲な経験則でロジックを抑え込む"老害"ではなく、経験を積んだがゆえの"智恵"で若人を諭し、しかし、最終的には、彼らの若さに道を譲る粋な生き様。

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 よって、ホルドーさんがその命を賭してファースト・オーダーの旗艦と刺し違えるシーンは、本当に胸を打つ。まず、その前段階が最高。昏睡状態から復活したレイアによって予想外に拘束され、輸送船に運び込まれるポー。ここでレイアとホルドー嬢が会話する。まず何が巧いかと言うと、ポーの振る舞いにどこかしら、んんん…なんか若く無軌道だなぁ…。と感じていた我々の真意をすくい取るかのようなホルドーさんの「でも、彼みたいな男は好きよ。」という一言。これ一発でそれまでの"悪役感"を一気に払拭するのはスゴい。そして、やはり何と言っても、落ちゆく旗艦と運命を共にするホルドーさんが、レイアと交わす別れの台詞であろう。『スター・ウォーズ』における離別時の定型句と言えば、もちろん「May The Force Be With You.(フォースと共にあらんことを。)」である。エピソード4における最終作戦のブリーフィング終了時に隊長らしき老人が始めて発したこの台詞は、例えば、エピソード3でアナキンとオビ・ワンが仲違いする前の最後の挨拶として象徴的に使われるなど、ここ一番の決めシーンを数々彩ってきた映画史に残る名フレーズ。

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 本作でこのフレーズが登場するのは、筆者のカウントによると3回。しかし、そのいずれもが、従来の意味において"まとも"には使用されない。すなわち、まず始めは、ホルドーさんがリーダーに就任したときのスピーチを締めくくる「May The Force Be With Us.」。この変化形(複数形)は、『ローグ・ワン』でジンが言ったのと同じフレーズだが、やはりあくまで変化形である。次は、ぶちゃいく整備士ローズ・ティコを追い払おうとしてフィンが発する「May The Force Be With You.」。字ずらとしてはきっちり言い切っているが、これは「はい、これ言ったらお別れでしょ。」という一種の"あるあるネタ"である。そして、最後は、まさにホルドーさんとレイアのラスト挨拶。ここでもあくまで定型句らしく、彼女らは共に「May The Force Be With You.」を当たり前に言おうとする。しかし、定型句であるからこそ、互いが同時に発言し、被ってしまうのである。これはやっぱりリアルだよなぁ。ちゃんとこの世界に身を置いて、真剣に考えないとこういう発想は出てこないと思う。で、気まずそうに微笑み合う両者。人生の先輩であるレイアが「あなたに譲るわ。」と余裕を見せる。そして、ホルドーさんが発する最高の変化形。

「May The Force Be With You……Always.」



 いいいいぃぃぃんじゃないですか!これは、プリンセス・レイア・オーガナ=キャリー・フィッシャーへの追悼のメッセージと捉えてもいいしな!もちろん、本作はエンドロールで "In Loving Memory Of Our Princess Carrie Fisher "というスタッフからの追悼メッセージが提示されるが、ホルドーさんの上記変化形もまたスタッフや我々の気持ちの代弁。やったかって?鑑賞を終えて朝まで飲み明かし弟の家に宿泊した筆者が、帰宅時の改札でこのくだりをやったかって?おぉ、やってやりましたとも!んなもん、当然やってんだよ。この地球に暮らすジェダイにとって、これからの定番は、被ってからの「Always」だ!…と、そう思わせるほど、ホルドーさんの変化形は、筆者の魂を熱く燃焼させた。

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 ただ、この後、ホルドーさんがファースト・オーダーの旗艦に特攻をかけるくだりは、若干「あれ?」と思わないでもない。彼女は、反乱軍の旗艦をグイッと敵側に向け、ハイパー・ドライブの光速で激突し、諸共に大破させる。確かに、このシーンだけ切り取れば、こんなに説得的な攻撃は無い。『フォースの覚醒』でミレニアム・ファルコンがスター・キラーに潜入するときしかり、この新トリロジーでは、ハイパー・ドライブというギミックをしっかり"再利用"していることが伺える。しかし、いざ通常使用という観点から考えるなら、やはりハイパー・ドライブ中に軌道上の物体と物理接触するというのは、現実的ではないように思ってしまう。どうやってるんだろう? 何百パーセクも離れた宙域に至る軌道上の無数の障害物を全て予め演算し、移動しているのだろうか。例え数センチの石っころだったとしても、光速で衝突すればとんでもない破壊力を発揮すると思うのだが…。まぁ、ここは、おそらく何かしらの理屈があるのだろうな。『スター・ウォーズ』ファンとしてまだまだパダワンな筆者は、その設定を知らないだけなのだろう。

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 あと、最高だったのは、やっぱりウーキー使いの巧さだな。ファンの間ではもはや定説化していると思うが、ジョージ・ルーカスは、自らが生み出した最高にカッコいいチューバッカというケダモノを結局は持て余していた。何かあると「モロロオオオオォォォォ!」と鳴くだけの毛ダルマ。そんな感じになっていたような気がする。しかし、『フォースの覚醒』では、特にレイアとハグした後、「喧嘩すんなよ。」みたいな仕草を見せるシーンを始め、チューイがちゃんと"演技"をしていた。本作では、そこから更に進んで、遂にチューイにしかできない役割が配置されている。つまり、まずは、レイの懇願を頑なに無視して閉じこもるルークの"自室"のドアをぶち壊すシーン。これは当然、鉄製の扉を破壊するウーキーの腕力が無いと成立しない展開。さらに、固く閉ざした鉄の扉=閉じこもったルークの心をデリカシーなくこじ開けて良いのは、やはり初対面のレイではなく、めくるめく冒険を共に繰り広げてきた"戦友"としてのチューイだけなのである。

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 また、我が愛しの、いや…全世界愛しのポーグが、無残にも(2体も!)丸焼きにされるシーン。こんがり焼けたこの丸焼きが食べられる瞬間、周りで他のポーグたちが切なげに見つめる、というのが、本作におけるギャグ・シーンの白眉と言っても良い。実際、劇場ではめちゃくちゃウケていた。ここでポイントなのは、ポーグを丸焼いて食べようとするのがチューバッカであるという点である。もちろん、ルークの助力を得られない現状、食料を確保するためには、可愛かろうがなんだろうが無防備な海鳥を食べるしかない。しかし、これをヒト型エイリアンであるレイがやったら、また印象は変わってくる。福田里香先生のフード理論にも顕著なように、映画内での"食事"は、キャラクターの本質を左右する重要なファクターだ。仮にレイがポーグを丸焼きにしたとしよう。…その通り。我々は、もはや彼女を微塵も応援できず、ひいては、『スター・ウォーズ』という物語への興味をも失ってしまうことだろう。しかし、これがチューイならどうだ? 彼が脇役である、ということだけでなく、"ケダモノ"であるウーキー族だからこそ、生きるために食べるというワイルド性がより"正義"の色合いを帯びる。だからこそ、ポーグ丸焼きシーンは、大爆笑を誘う一級のギャグ・シーンとして成立したと思うのである。

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 それから、スノークの母船に単身投降する際、レイがチューイに「私より先にフィンに会ったら伝えて。えぇと…。」と言うシーン。ここで我らがチューイは「モロ!モロロ、モロオォォ!」と返答し、これを受けたレイが「そうね。そう伝えて。」と返す。チューイはいつも通りモロモロ言っているだけだし、レイも通訳をしてくれないので我々は何のこっちゃ分からないのだが、ここは、何のこっちゃ分からないからこそ良いという場面。フィンはレイのことが大好きなナイス童貞だが、果たしてレイからフィンへの気持ちは、単なる友情なのか、それとも友情を越えた"恋心"なのか。この点をボカすためのこの上なくスマートなやり方だ。まぁ、人語を話さないキャラ、例えばBB8ととかでも代用可能ではあるだろうが。

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 あとはじゃあ…以上で述べていないその他の不満点を挙げるか。これは『スター・ウォーズ』ではないのではないか、という問題は置いておいて、まずは、フィンとローズが赴くカジノの惑星カント・バイト。ここでのシークエンスは、ちょっとワクワク感が少な目だと感じた。モブたちはみな『カジノ・ロワイヤル』さながらに正装であり、しかも、その正装は、我々の認識と合致するタキシードやドレス。ルーレットやスロットなども、あぁ!これが『スター・ウォーズ』のカジノか!と思わせるほどの新規性が無い。ここはやっぱり、ミレニアム・ファルコンに設置されているあのボード・ゲームみたいな斬新さが必要だったのではないだろうか。あと、フィンとローズが解放するあのファジアーとかいう馬が結構キモイのも問題。人面馬ですよ、アレは。善悪が相対化される中、それでも被抑圧者の解放は正義だろう?という視点を盛り込むためにもキモ馬解放のくだりは必要だったのかもしれないが、せめてもうちょっと…そうだな…例えばだけど、オク=トーの海鳥ぐらいの可愛さがあれば、もっと親身になれた気がする。さらに、フィンとローズが本隊と別行動で"マスター・コード・ブレイカー"を探しにいく当該シークエンスは、結局のところ、メイン・ストーリー上は何の意味も無かった。ハイパー・ドライブをも追跡してくる敵のトラッカー機能を無効にしなければ反乱軍は全滅だ→無効にするためにはファースト・オーダーの旗艦に潜入しなければならない→潜入するためには旗艦のコードを突破しないといけない→よし!コード・ブレイカー探しだ!というやや迂遠な理由で彼らはカント・バイトに遠征する。しかし、先述の通り、敵の旗艦は男気紫おばはんが撃破した。したがって、フィンとローズの遠征は、物語的に無用の出張である。ってゆうか、よく考えれば、こいつらがコード・ブレイカーと共に捕まらなければ輸送船での脱出作戦がバレることはなかったのだから、もはや無用の出張では済まされない。軍法会議間違いなしの"虐殺の片棒"であろう。あと、仲間の命がかかった重要任務にも関わらず、路駐で捕まるっていうのは、どうしても擁護し得ないよな…。

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 ただ、筆者は、この"クソ出張"にも意味を見出すことができると考えている。これは、本作を酷評する人たちの批判へのひとつの反論でもある。彼らが展開している最大の文句は、おそらく"反乱軍がバカすぎる"という一行に集約可能だろう。冒頭では爆撃機他大量の戦闘機とパイロットを失い、結局は何の意味も無いコード・ブレイカー探しの遠征を試み、むしろそのことによってより被害を増やすという本末転倒ぶりを披露し、内輪もめで貴重な時間を浪費する。宇多丸師匠なんかも、この点に憤っていた。しかし、よく考えてみれば、以上で挙げた反乱軍のバカげた行いは、全て反乱軍内の"小僧たち"が引き起こしたことだ。フィンやポーやローズといった"若い世代"は、本作ではより"未熟者"としての色を強く与えられている。でも、未熟である以上、彼らにはまだ熟す余地があり、我々はその伸びしろこそを"希望"と呼ぶ。そして、それを守り、道を示してやるのが、レイアでありホルドーでありルークといった"老いた世代"なのである。未熟だが可能性のある若者たちの道を粋でカッコいい年寄りたちが指し示してやる話。そんな風に考えると、"反乱軍のバカさ"にも意味を見出せる。さらに、それはもしかしたら、本作のクリエーターやこれからの新しい『スター・ウォーズ』をも示唆した、メタな構成なのかも。旧作を作った先輩たちはやっぱり最高にスゴい。一方の俺たちはバカな未熟者だ。でも、俺たちはこの先へ進むぜ。…みたいな決意表明。

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 ちなみに、反乱軍のバカさのひとつとして挙げられがちな、ホルドーさんがポーに作戦を教えないという問題だが、これもよく考えたら当たり前じゃないか? ポーは冒頭で、上官の命令を無視して大量の仲間を殺害したクソ野郎だぜ? こんなもん、本来なら階級はく奪の上で投獄してもいいんだ。おまけに、レイア昏睡後のブリーフィングでは、「ひょっとしたら…俺が新リーダーに…?」みたいな顔までしていた。調子に乗るにもほどがある。そう、彼は調子に乗ったおせっかいなんだ。そもそも、一介の"隊長"がズケズケとブリッジに踏み込み、ヌケヌケと艦長に意見するなどおこがましいことこの上ない。我々がともすればそんな彼の振る舞いを自然に受け入れてしまうのは、彼がアドベンチャー映画の主人公(格)だからである。でも、それは"記号"だよ。先入観無く考えてみれば、こんな何するか分からんおせっかい野郎には、何もしないよう何も教えないのが得策。したがって、ポーに作戦を教えなかったことがホルドーさんのミスなのではなく、何も知らなくても何かしら勝手なことをするというポーの破天荒さまでを予測できなかったことこそが、彼女の誤算だったのである。

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 そんなポー発案(でなぜかマズ・カナタにお伺いを立てた上で)のカント・バイト遠征。抽象的なフェイズでの意味は既に述べたが、この遠征には、より具体的な意味も提示されている。すなわち、お決まりのアイリス・アウト(終幕時の丸く暗転していく演出のこと。そういや、日付変わって昨日の金ローで放映された『フォースの覚醒』は、あろうことかこの終幕部分がカットされていて最悪だった。何が"ノーカット版"だ。ふざけるな!)の前に挿入されるラスト・シークエンス。これが、カント・バイトの奴隷少年たちの場面なんだよな。粗末な人形で"ジェダイごっこ"に興じる少年たち。そこに彼らの"飼い主"がやってきて、横柄に中断させる。箒を持って"業務"に戻ったひとりの少年は、屋外で夜空を見上げる。そこには…そこには、数えきれないほどの満天の星空。その星々には、そのひとつひとつの銀河には、今まさに彼らが興じていたような"物語"が存在している。誰かさんと同じように"ここではないどこか"への憧れをその瞳いっぱいにたたえた少年。あたかも"洗練された武器"かのような棒状の清掃用具を携えた彼の後ろ姿を捉え、本作は終幕する。さすがにズルいぜ、それは。筆者みたいな"グレンラガンもの"は、夜空に思いを馳せる少年というだけで、体中の水分を奪われてしまうというのに。

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 ちなみに、この少年が今後どのような役割を果たすか、という点について、筆者と我が弟の見解はやや割れた。大雑把にくくると、おそらく次の4パターンが想定し得るだろう。

①象徴説:彼は"希望"とか"受け継がれる意志"の単なる象徴であって、今後登場するわけではない。

②子供脇役説:彼は、レイアが示唆した"銀河にたくさんいるレジスタンス"の潜在的な一員であって、次作でなんやかんやあった末、反乱軍に入る。

③青年脇役説:彼が反乱軍入りするという前提には賛同しつつも、それは、青年になってから、すなわち、既にライアン・ジョンソン監修の元で企画が始動しているエピソード10~12において、ではないか。

④青年主人公説:青年に成長した彼が、エピソード10~12の主人公になるのではないか。



 この4パターン。ベロベロで語り合った結果、筆者は、④の説を主張し、弟は…確か①の説を採用したのだったと思う(だったかな?公共の場で近親者に語りかけるのもどうかと思うが、違ってたらコメントください。出来ればフォースで。)。まぁ、レースが娯楽の惑星に暮らす奴隷少年、という意味で、彼はアナキン・スカイウォーカーを意識して設定されたキャラクターだろうから(しかも、観直してみたら、彼は箒をフォースで取っていた。まさに、アナキンレベルの天賦の才!)、ジェダイとして先々の作品に登場する可能性もある。ただ、本作の公式ビジュアル・ブックによれば、この少年の名前はTemiri Blagg(テミリ・ブラッグ?)というらしいのだが、演じているのがTemirlan Blaevという子役なんだよな…。つまり、名前は役者の本名から適当に付けたっぽい=このキャラは今後そんなに重要じゃない、とも言えそうだ。

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 それから…もうひとつの不満は、結局、ルークとカイロ・レンのいざこざは、客観的な証拠が無い、という問題。本作中盤~後半あたりまでは、ベンはその才能に嫉妬したルークによって殺されそうになったため、正当防衛で彼を倒し、寺院を焼き払ったのだ、という説明がなされていたと思う。これは、カイロ・レン自身の証言だ(そういえば、"回想シーン"というのは、『スター・ウォーズ』では初めての試みだな。)。しかし、後にルークの口から語られる"真実"は、ベンの内なるダーク・サイドに戦慄したルークは衝動的に「殺すしかない!」と感じて寝込みのベンの前でライト・セーバーを起動するが、「いや…それはダメだ…。」と躊躇。しかし、気配を察知して目覚めたベンが「は!師匠に殺される!」と認識して攻撃してきたのである…というものだった。作品内の"正解"としては、あたかもルークの証言が事実であるかのように扱われているが、よくよく考えれば、この件に関する客観的な証拠は皆無である。そこにはただ、相対立する双方の主観的な主張があるばかりだ。敢えてどちらが本当か濁す…という趣向もあり得なくはないが、ルークのあんなにも完璧な幕引きを描いてしまっては、やはり彼の証言が本当だと考えるべきなんだろう。とはいえ、ある意味で新トリロジーの核とも言える大事件に客観的な正解が無いというのは、やはり若干詰めが甘いと言わざるを得ない。

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 あと…何か色々書き忘れている気がするなぁ。あぁ、そう。オク=トーに沈んでいたルークのX-ウィングに、筆者はまんまと引っかかってしまった。レイがチラッとX-ウィングを見たとき、我々は当然、ははぁ…クライマックスでルークが翻意し、『帝国の逆襲』のダゴバでヨーダと修行していたときさながら、フォースでX-ウィングを引き上げて、反乱軍のピンチに駆けつけるのだな!と邪推する。そりゃ、騙されるさ。だって、それはそれで良い話じゃないか。老いたルークがその閉ざした心を開放するという展開と、エピソード5オマージュがガッチリと噛み合わさった最高の演出。しかも、あの頃は「そんなこと無理に決まってんだろ!」とすぐ匙を投げていたルークが、軽々とX-ウィングを持ち上げてみせる。そんな様を見せられたら、ああぁぁ、時の移ろい~~~!と号泣必至だ。でも、本作が有する無数のスカしが概ねそうであるように、このX-ウィング持ち上げ~…なしよ、からの影分身も「おぉ、全然そっちの方がええやん!」と個人的には思った。

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 続いて、キャプテン・ファズマが結局噛ませ犬のままサヨナラしちゃった問題について。『フォースの覚醒』公開前にビジュアル・イメージが解禁されるや否や"新時代のボバ・フェット"として賞賛され、公開時には初日限定パンフレットの栄えある表紙を担当し、まぁ本編ではすぐやられちゃったものの、むしろ次作への期待を高め、いよいよ解禁された本作の予告編では明らかにクライマックスっぽい場面で宿敵"FN2187"と熱いバトルを繰り広げ、端っことはいえちゃんとポスターにも引き続き登場し…。そんな大人気のキャラクターである彼女は、最大限に肥大したファンの期待と共に、信じられないくらいあっけなく死亡してしまう。確かに、これは残念。まぁ、敢えて擁護するなら、既に方々で言われている通り、ボバ・フェット・オマージュとして捉えてあげるべきだろうな。ボバ・フェットだって、旧3部作のとき(特に、エピソード5から6までの間)に、その正体とか次作での活躍とかをファンがせんぞ議論し合ったにも関わらず、いざ公開されたエピソード6では大した活躍もないままサルラックに飲まれてしまった。だから、この点に関しても、筆者はそこまで目くじらを立てるつもりはない。それに、"あっけなくやられたと思ったらシレッと復活する展開"の天丼で、また次作に登場する気もする。

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 それから、ファズマよりももっと世間が激怒している"スノーク噛ませ犬だった問題"。やれシスの祖であるダース・プレイガスなんじゃないか、とか、ダース・シディアスの子供なんじゃないか、とか、実に様々な憶測が飛び交っていたスノークおじさん。筆者が好きだったのは、彼の頭が割れているという点(のみ)を捉えて提唱された、きっとスノークは…エピソード4でマイケル・リーダーが演じた頭をぶつけたストーム・トルーパーなんだ…。という説である。まぁ、それはギャグだが、そんなファンの盛り上がりを残酷に無視して、スノークはカイロに殺されてしまう。これを擁護するためには、ややメタな観点が必要だろう。もちろん、単純にライアン・ジョンソンが興味無かったから…と言ってしまえば元も子も無いが、それプラス、この『スター・ウォーズ』という世界においては、既にスノークみたいな悪役など敵ではないのではなかろうか。

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 つまり、エピソード1~6というのは、パルパティーン=ダース・シディアスがダース・ベイダーと共に銀河を支配するも、結局はルーク・スカイウォーカーというジェダイにぶちのめされるというお話だった。そして、エピソード7が提示した、スノーク、カイロ・レン、レイの三つ巴は、その繰り返し。あぁ、あんなにルークが頑張ったのに、また振り出しに戻ってる、でも、この手の映画ってそうやんな。このように考え、発言しているファンは多い。しかし、筆者思うに、本作はそんな"欺瞞"を許さない作品だ。実は疑問を感じているけど"過去作への敬意"から見逃すんだ。それは、本当に"敬意"か?欺瞞をのさばらせることは、『スター・ウォーズ』に対する冒涜だと筆者は思う。宇多丸師匠は、本作を酷評する中で「ルークの功績を蔑ろにしすぎている。」と何度か発言していた。限られた尺の中、彼はそのことについて深堀りをしなかったので、実際に本作のどの部分を指して言っているのかは分からない。でも、筆者は、本作はきちんとルークの功績を前提とした作品だと思っている。

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 ルーク・スカイウォーカーは、シスの暗黒卿を打倒した。少しメタな視点から見れば、それは『スター・ウォーズ』という世界では、もはやシディアスと同種の悪役は興隆し得ないということである。では、シディアスはどんな悪役だったか。愛する者を救いたい一心で禁断の力に手を出したアナキンとは違い、彼の行動原理は純粋な支配欲である。いわば典型的でベタな悪役というわけだ。そして、スノークさんもまさにそれと同じタイプの悪役。もちろん、穿って見れば、シディアスと被るから退場させたという側面もあるだろう。しかし、本シリーズは、既に典型的な正義が典型的な悪を"完全に"打倒した後の世界に他ならない。だのに、それを無きものにしてまたぞろ同種の悪役を活躍させるのは、ルーク・スカイウォーカーという偉大なるジェダイへの明確な冒涜だ。じゃあ、そもそもスノークなんか出すなよ!……って、それは、J.J.がご機嫌とりでやっちゃったんだから仕方ない。むしろ、既にスノークが登場しているのなら、彼をあっさり殺してしまうことでルークの功績を再確認する。この判断がもし本当にあったとしたら、それは絶対に正しいと筆者は思う。

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 では、スノーク亡き後、この『スター・ウォーズ』という世界でヒーローたちが対峙すべき"悪"とは、どのような存在か。これは、既に本作の感想を越えた次回作の展開予想であり、ファンにとっては最も愚かで、同時に最も楽しい領域だ。この点、現時点での筆者は、"ハックス将軍ラス・ボス説"を提唱する。もちろん、スノーク殺害を経てカイロ・レンがファースト・オーダーの最高指導者にのし上がったわけだが、先述のルークの死に様からも明らかなように、彼はこの先更正し、レイと本当の共闘を見せるべき人物だ。よって、カイロ・レンがラス・ボスになることはあり得ない。我々が真に恐れるべきは、大層な野望を掲げた典型的なカリスマではなく、愛憎の板挟みになるナイーブな青年ではなく、実は、確固たる己を持たない小物なのではないだろうか。絶対に銀河を支配してやる!という強い目的もなければ、内なる自身の闇と向き合って本当の自分を模索するわけでもない。その実体としては、常に周囲を気にしてキョロキョロしているカラッポの存在。現実世界でもそうなんだけど、例えば、筆者が語る映画の感想に対して激怒して言い返す人を、筆者は憎まない。本作を巡る肯定派と否定派の論争を見ても明らかだが、絶賛する人はもちろんのこと、酷評する人だって突き詰めれば確固たる己の意見があった上で、それとの齟齬にイラ立っているわけである。我々が人生を賭けて憎むべきは、みんなはこう、世間ではそう、という人から借り受けた意見で語る己無きゴミクズどもだ。前作、本作を通して腰巾着の小物として描かれてきたハックス将軍は、そんなゴミクズの素質がある。

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 確かに、あまりにも小物のままでは『スター・ウォーズ』のラス・ボスとして心もとないが、今後追い詰められて狂気を発現し、暴走する可能性は十分あると思う。『ダークナイト』のジョーカー…までいくとカッコ良すぎだから、カリスマ性の無いジョーカー。そんな感じになっていくのではないかな。また、ハックスをラス・ボスに据えるという説は、新たなる対立構造を提示できるという点でもメリットがある。すなわち、エピソード1~6までが一貫して採用したのは、ジェダイとシスの戦い、すなわち、"持てる者" vs "持てる者"という構図だった。これを崩したのが『ローグ・ワン』。有象無象のモブたち vs ダース・ベイダーというラスト・シークエンスは、"持たざる者" vs "持てる者"の戦いだった。これらを前提とすれば、次は一般人の子供であるレイとカラッポ小物のハックスという"持たざる者" vs "持たざる者"の構図になってもおかしくはないんじゃないかと思える(この場合の"持てる / 持たざる"とは、"物語上価値のある出生"という意味である。よって、現状では単に"スカイウォーカー家"と言い換えても良い。)。

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 しかし、ハックス将軍ラス・ボス説には、彼が"持たざる者"であるがゆえの大きな欠点がある。それは、ハックス弱ない?という問題。確かに、彼にはフォースも、セイバーも無い。スター・デストロイヤーやタイ・ファイターなどを合わせた艦隊を指揮できるかもしれないが、それじゃあクライマックスとしてショボすぎる。そこで思い出して欲しい。本作には、武器商人というキー・ワードが登場したことを。きっとハックスは、小物らしいしたたかさでカント・バイトの武器商人たちに取り入り、今まで誰も見たことがないようなとんでもない最終兵器を手に入れるんだ。3部作の1作目と3作目でアイコニックな巨大兵器が登場するという点で、旧3部作のオマージュにもなるし。なんなら、中盤辺りでハックスは死んでしまって、彼が死ぬ直前に起動させた最終兵器とのバトルこそがクライマックス、という劇場版『パトレイバー』的な展開でも良いと思う。で、敵側は雑魚も含めて全員強力なドロイド軍団にすれば、"正義の味方が敵とはいえ平然と人を殺していく問題"も自然に解決できる。もちろん、それを成立させるには、圧倒的にフレッシュで説得的なメカニックのデザインと機能が不可欠なのだが、どうですか!ディズニーさん!

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 ちなみに、次作でレイが使う武器だが、まぁ、順当にいけば、真っ二つになってしまったアナキン&ルーク's ライト・セーバーの中からカイバー・クリスタルを取り出し、エピソード6のルークさながらにマイ・ライト・セーバーを自作するのだろう。そうだとしたら、レイのマイ・ライト・セーバーはブルーということになる。しかし、『ローグ・ワン』の感想でも書いた通り、やっぱり筆者としては、スカリフ=ジャクー説を前提に、レイはジンのカイバー・クリスタル(のネックレス)を知らずにサルベージしていて、次作ではそれを使ってライト・セーバーを自作するという説を唱えたい。ってゆうか、アナキン&ルーク's ライト・セーバーのカイバー・クリスタルは、スカイウォーカー家の末裔であるベン・ソロが受け継ぐべきじゃないか? で、レイはジンのカイバー・クリスタルを使って、愛用の棒を改造すればいいじゃない。かつて無かった薙刀(なぎなた)スタイルのセーバー。刀身は何色だろうな。カイバー・クリスタルは元々透明で、使用者のフォースと共鳴して初めて色を帯びるらしいので、きっとレイっぽい色になるのだろう。黄色だとゲルググ感が出てしまうし、ピンクでもガンダムっぽいし…。難しいな。まぁ、妄想はこの辺にしておく。

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 最後に、本作には、「I Have A Bad Feeling About This.」(もしくは、「I've Got A Bad Feeling About This.」)が一回も出てこないという問題について。確かに、筆者もこの台詞を聞き取ることが出来なかった。「May The Force Be With You.」に次ぐ有名フレーズが登場しないとは、言語道断ではないか。しかし、実は本作には、他のシリーズ作品と同様、ちゃんとこの台詞が登場しているというのである。台詞は存在する。しかし、我々は無いと思っている。ということは…そう、我々には理解できない言語だった、ということ他ならない。というわけで、正解は、ド頭でドレッドノートの前にポーとBB8が現れたとき、ポーに向かってBB8が発したビープ音。事実、IMDbのQuotesコーナーには、BB8の台詞として「I've Got A Bad Feeling About This.」と書かれている。まぁ、ちょっと奇をてらいすぎな感じもあるが、個人的には「いや、それはアリ!」と思う。

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 とりあえずは、そんなところだろうか。あと、劇場の盛り上がりという意味では、『フォースの覚醒』に比べて全然ショボショボだった。確かに、ライト・セーバーを持参する者多数(みんな釣り竿を入れるっぽい袋に収納していて、映画館がまるで磯みたいだったのがおもしろかった。)、結構本気のコスプレをする者数名(エリート・プレトリアン・ガードの彼はまだ分かるが、敢えてヨーダのコスプレをしてきた彼は、まさかのヨーダ再登場を予測していたのだろうか。)という、それくらいのもの。『フォースの覚醒』とは違い、本編前に長々と予告編が流れたことでいったん集中力が途切れたのかもしれないが、タイトルと同時に万雷の拍手が鳴り響くということもなかった。とはいえ、筆者としては、やはりこの世紀のお祭りを共に過ごすことができた700名ものジェダイたち、その全員が来年もフォースと共にあることを願って止まない。…そうだな。もちろん、来年だけじゃないよ。今までも、そして、これからも。そう、Alwaysだ。

点数:95/100点
 点数はちょっと高すぎるだろうか。本作の評価が今後どっちに振れるかは、正直分からない(実は粗の多い作品であるにも関わらず批評家たちが大絶賛を打ち出してしまったため、ひょっとしたら今後は酷評方向に世間が動く可能性もありそう。)。筆者は腹をくくって絶賛という立場を取ったが、「こんなもん『スター・ウォーズ』ちゃうやんけ!」と言われれば「そうですね…。」となびいてしまうかもしれないし、「そもそも一本の映画作品としても、ここまでミス・リードのてんこ盛りではちょっと評価しかねる!」と怒鳴られれば「う~ん…それも分からんではない。」と同調してしまいそうだ。『スター・ウォーズ』には"予定調和の美しさ"というものがあって、仮にそれを破壊するにしてもこんな杜撰な脚本では納得できない。筆者もちらっとそう思ったりもする。また、『スター・ウォーズ』はやはりあくまでも寓話(いっそ神話)だったのに、本作ほど具体化してしまっては、それはもはやライアン・ジョンソンの"俺が考えた『スター・ウォーズ』"じゃないか!…それも分かる。だから、本当は、筆者が迂闊にも本稿冒頭で宣言した「大傑作!」のような客観的なニュアンスではなく、「突っ込みどころも多々あるけど、俺は大好きだ!」と、まるでルークやカイロのように主観で主張すべき作品なのだろう。やはり個人的には、『スター・ウォーズ』に留まらず、広くこの手の映画の予定調和=欺瞞を剥ぎ取っては、極めて納得感の強い落としどころを提示する。そんな展開を繰り返す本作は、すごく気持ちの良い作品だった。願わくば、この"本音"の物語が、これから先もForeverに続いていって欲しいと、筆者は思う。

(鑑賞日[初]:2017.12.14(15))
(劇場:TOHOシネマズ梅田)

(鑑賞日[2]:2017.12.16)
(劇場:MOVIXあまがさき)

(鑑賞日[3]:2017.12.23)
(劇場:109シネマズHAT神戸)

(鑑賞日[4]:2017.12.31)
(劇場:ユナイテッド・シネマ岸和田(IMAX3D))

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Mr.Alan Smithee
Posted byMr.Alan Smithee

Comments 4

There are no comments yet.
-  

興味深く読ませていただきました。
オクトーの二重太陽についてですが、パンフレットの惑星紹介欄に"双子の太陽の軌道を巡る"と明記されておりますので、その点についてガッカリする必要はないですよ!
ということだけどうしてもお伝えしたく、コメントさせていただきました。

2017/12/20 (Wed) 00:10 | EDIT | REPLY |   
Mr.Alan Smithee  
Re: タイトルなし

マジですか!!!
やったぜ!!!!

これは本当にありがとうございます!
じゃあ、やっぱりあの最期は最高だ…。

本当に本当にMay The Force Be With You!

2017/12/20 (Wed) 01:12 | EDIT | REPLY |   
通りすがりのトルーパー  

感想とても面白かったです。
気になるシーン全て拾い上げて丁寧に書いていらっしゃって、これを書き上げるのはなかなか大変だったのではないでしょうか。
私はライトファンの部類に入ると思うのですが、考察にある裏設定や豆知識に、へぇ〜そうなんだ〜と感心しつつ新たな気づきを得つつ読ませていただきました!

チューバッカのモロモロ言ってるくだりは笑いました。

突然のコメント失礼しました!

2018/01/10 (Wed) 00:08 | EDIT | REPLY |   
Mr.Alan Smithee  
Re: タイトルなし

ありがとうございます!

思いの外長々と書いてしまった割には要点をまとめられていないと落ち込んでいましたが、少しでも参考になったのでしたらこれ以上うれしいことはありません。

通りすがりのトルーパーさんが、今年もフォースと共にあらんことを切にお祈り申し上げます。

2018/01/10 (Wed) 16:30 | EDIT | REPLY |   

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