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キャッチコピー
・英語版:unknown
・日本語版:一緒に見るのは、光か。闇か。

 ほら、そこに"ブライト"な未来。

三文あらすじ:ロサンゼルス市警初となるオーク族の警察官ニック・ジャコビー(ジョエル・エドガートン)を相棒に持つダリル・ウォード(ウィル・スミス)は、パトロール中に銃撃を受け、療養期間を経ての復帰初日。偶然にも魔法を使用した殺人現場に遭遇したダリルとニックは、そこでエルフ族の少女ティッカ(ルーシー・フライ)とごく少数の特殊能力者"ブライト(Bright)"にしか扱えない"魔法のワンド"を発見する。ワンドを手にいれようとするエルフ族の秘密結社"インファーニ"や街のギャングたちからティッカとワンドを守るため、彼らは決死の逃亡を続けるのだが・・・


~*~*~*~


 去る2017年12月22日(金)から世界同時"配信"されているファンタジー大作『ブライト』。あたかも一般的な映画作品かのようにテレビCMもバシバシ打たれているが、本作はNetflix会員だけが視聴できる配信限定作品である。しかし、だからと言って侮ってはならない。主演に金食い虫のスーパー・スター、ウィル・スミスを迎え、監督に『エンド・オブ・ウォッチ』、『フューリー』、そして、『スーサイド・スクワッド』デヴィッド・エアーを据えた、紛うことなき大作。ストリーミング界の王者Netflixが、いよいよ本格的に"映画館無き時代"の幕開けを宣言すべく送り出した渾身の刺客である。にも関わらず、と言うべきか、だからこそ、と言うべきか、あろうことか『最後のジェダイ』上映前にまで本作の予告編が流れていた。なんと節操の無い。映画館はもうちょっと危機感を持った方がいいのではないか? うかうかと余裕をぶっこいていると、お先真っ暗になっちゃうぜ?(そういえば、日本版キャッチコピーが『最後のジェダイ』と丸被りなのはどういう了見なのだろう。)

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 さて、大まかなプロットは、我々にも馴染み深いいわゆる"白人黒人刑事もの"。例えば『夜の大捜査線』とか、『リーサル・ウェポン』シリーズとか、『マイアミ・バイス』とか、まぁ『ダイ・ハード』シリーズを入れてもいいだろう。少し範囲を広げれば、同じNetflix作品の『ヒットマンズ・ボディーガード』なんかも、プロットの根幹は白人と黒人の凸凹バディものだった。要は、イヤイヤ組んだ性格の合わない二人がヤイヤイ喧嘩しながら、なんだかんだで事件を解決するという定番の筋書き。大抵の場合は、白人の方がクレイジー、あるいはボンクラで周りから疎まれている、というのも特長だ。ただ、きっと原初的には逆だったんだと思う。黒人が黒人であるがゆえ疎まれている、しかし、付き合う内に互いを"人"として信頼した両者が抜群のチームワークを発揮する。そんなプロットの逆転として、昨今の"白人クレイジー属性"が生まれたのであろう。そして、そういう意味で本作は、この手の"オリジナル"に忠実な設定を採用している。

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 つまり、従来の白人を黒人(ウィル・スミス)に、従来の黒人をモンスター(オーク)に置き換え、モンスターがモンスターであるがゆえ迫害されている、という世界観である。これは…まぁもしかしたら一周回って新しい観点なのかな? ただ、2017年は『ゲット・アウト』という黒人差別をテーマにした傑作ホラーも公開されたわけだし(恐がりの筆者はまだ観ていないのだが)、余程上手く描かないと陳腐になってしまいかねない。そして、あくまで個人的にだが、本作の"差別テーマ処理"は、やはり陳腐になっていると感じた。決定的に不満なのは、ウィル・スミスとオークの友情関係を効果的に描けていないという点。正確には、彼らが互いを真のバディと認め合う切っ掛けが無いように感じた。

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 本作の描写だけだと、彼らはバッタンバッタンと騒ぎ回る内、なし崩し的に仲良くなっていったように見える。しかし、せっかく被迫害者をオークというモンスターに設定したのなら、ウィル・スミスが彼を認める切っ掛け(または、ダメ押し)は、オークのオーク性の発現であった方がよくないかな。つまり、ウィル・スミスのピンチをオークならではの怪力で救うとか、オークならではの嗅覚で察知するとかさ。で、それを目の当たりにしたウィル・スミスの胸中にオークへのリスペクトが芽生える。差別の解消というのは、彼もあなたもみんな同じ生き物なのよぉ…みたいな"同化思想"ではなく、やはりまずはきっちりと"差異"を認識するところから始めるべきだと思うのである。え…何アイツ…真っ黒やん…キモ…。この本音を否定するのは良くない。肌が黒くない人種にとって、それは至極自然な感情だ。大切なのは、その違いを前提に、あ…でも、あれはあれで…カッコえぇやん…。と思わせることではなかろうか(一応、ラストでニックは燃え盛る炎の中からダリルを救出するのだが、そんなことはアメリカ人の義務教育だ。)。

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 実際、カッコえぇやん。パム・グリアが真っ白な『ジャッキー・ブラウン』なんてクソだし、マイケル・ジャクソンも黒い方がクールだった。これをオークならもっと端的に提示できたと思うんだよな。黒人とそれ以外の人種なんて、言ってみれば肌の色が違うくらいの差異しかない。身体能力にも違いはあるだろうが、こと本作のようなファンタジーの世界においては微々たるもんだ。その点、オークはえぇやん。めっちゃ強いやん。ってゆーか、オーク族は血統主義っていうフリがあって、結果雑種のニックが飽くなき頑張りで"純血"として認められたのなら、その「認めましたよー!」って"臣下"たちが拳を突き上げるくだりは、全てが終わった大団円じゃなくて、クライマックス・バトル前に持ってくれば良かった。で、オークの王となったニックがウィル・スミスのピンチにオーク軍団を率いて現れる。これならオーク性がばっちりカタルシスとリンクしていて最高だったんじゃないか。

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 一方のウィル・スミスも、個人的には描き込み不足のキャラクターなんじゃないかと思う。決定的なのは、彼が有能なのか無能なのか分からないという点。序盤では隣人のチンピラに「あいつはマヌケだ。」と陰口を叩かれ、"害虫"であるフェアリー一匹駆除するのにもバタバタと醜態を晒すスミス。しかし、いざ事件が始まると途端に『バッド・ボーイズ』みたいな、キリリとしたいつも通りのウィル・スミス警官になる。じゃあ、そういう緋村剣心みたいなキャラなのかというと、どうもそんな感じでもない。「相棒を替えてくれ!」と懇願する彼が上司から「誰もあなたとは組みたくないのよ…。」と言われてしまうシーンも、果たしてマーティン・リッグスのように有能だがクレイジーだから組みたくないのか、それともボンクラで無能だから組みたくないのかが判然としない。

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 おまけに、彼こそが人類でありながら全ての願いを叶えるマジック・アイテム、すなわち"魔法のワンド"を扱える選ばれし者"ブライト"だったというオチもあんまりカタルシスがない。だって、ウィル・スミスは元からやっぱり超カッコいいウィル・スミスのままなんだし、そもそも人類の中にだって数百万人に一人はブライトがいるのである。作中では"選ばれし伝説の勇者"的な雰囲気で語られていたが、いやいや、数百万人に一人って…けっこうおるやん。だから、我々は、ウィル・スミスがブライトなんでしょ?ウィル・スミスがブライトなんでしょ?と思いながら観ていく。すると、ウィル・スミスがブライトなのである。そらそうやわな…。別に筆者は王道展開を敬遠する気などサラサラない。ただ、王道展開をこれ見よがしにやるには、本作は明らかにカタルシス不足だ。まぁ、『最後のジェダイ』の相対化、あるいは具体化に辟易とした人なら、このお約束展開に溜飲を下げる余地もあるだろう。

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 良かった点としては、まずオープニング。この手の"現実世界に架空の存在が既にあるもの"では、その世界観の提示が最もワクワクする部分だと言っても良い。この点、本作では、ロサンゼルスのストリートに描かれたチンピラたちの落書きを使って、エルフやオークが当たり前に存在する世界を提示する。これは中々斬新な見せ方だと思った。

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 そして、ダリルとニックが"事件現場"に臨場するシーン。民家(アパート?)の二階に踏み込むと、そこには"魔法のワンド"とティッカと彼女にやられた磔(はりつけ)の敵エルフがいるという、本作のストーリーが本格的に動き出す記念すべき場面。ここで何が筆者のハートを鷲掴みにしたかと言うと、現場を一目見て愕然とするダリルが、応援を呼ぶため無線で言い放つこの台詞。

 「こちら3A9、"ブライ ト"がいる可能性あり。」
 「応援と上官を要請する…。」

 「 "魔法 "を使う者が現れた…!」

 これ、いいよな。現実世界に落とし込まれたファンタジー・ギミックが暴力的にその本来の形を露にする瞬間…とでも言おうか。この世界における"魔法"という存在が、一気にものすごい奥行きを持って顕在化する…というか。まぁ、とにかく、俺たちの中二心を極限まで刺激するアゲアゲな台詞なのである。磔のビジュアルもフレッシュ。一瞬の内に目を奪われ、え?何コレ?と画面を凝視してしまう。抜群のデザインである。

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 それから、やはり『エンド・オブ・ウォッチ』でリアルなストリート犯罪を描いたデヴィッド・エアーだけあって、チンピラ描写が中々秀逸。この場合の"チンピラ"っていうのは、腐敗した警官たちも含めてだ。特に、先述の応援要請を受けたL.A.P.D.の警官たちが"魔法のワンド"を見た後の横領シークエンスは、ゾクゾクする不気味さ。チョビ髭の見るからに誘惑に弱そうな野郎だけでなく、アジア系ポッチャリおばさん上司という明らかに真面目キャラっぽいやつまで一瞬で目の色を変える瞬間。このまさに"目の色が変わる"という雰囲気が克明に描写されていて、ものすごくナイスだった。また、魔法のワンドに固執するストリート・ギャングのボスが車椅子っていうのも、非常に説得的な設定。後々「俺はまた自分の足で歩きたいし、女とセックスもしてぇんだよ!」と言わせるのはやや説明過剰だが、ストリートの低層に蔓延する"切実な悪"を極めて端的に表現できている。

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 そんな"リアル描写"の表裏として、やはりデヴィッド・エアーという男にカタルシスを要求するのはお門違いなのであろう。恥ずかしながら筆者は『エンド・オブ・ウォッチ』を未見だが、聞くところによると"シビアな警察24時"といった感じでストリートの犯罪現場を淡々と綴っていくカタルシス無き作品らしい。でも、だったら、ウィル・スミスがブライトだったなんていうベッタベタの展開をベッタベタに演出せず、それこそ『最後のジェダイ』みたいに"お前は何者でも無い!"ってしてしまっても良かったようにも思う(ネタバレ…じゃないな、ギリギリ!)。まぁ、Netflixサイドに無理矢理ねじ込まれた展開なのかもしれないが、『スーサイド・スクワッド』でせんぞ痛い目を見たはずのデヴィッド・エアーがせっかく規制の緩いネット配信をチョイスして同じ轍を踏むとも思えないしなぁ。

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 そんなところか。配信限定作品でありながら、そこはNetflixが威信をかけた一本ということで、アクション面は確かにそれなりのクオリティ。なのだが、すました感じでどこまでも追ってくるエルフたちはターミネーターやMr. スミスでしかないし、バレット・タイムは…まぁまんま『マトリックス』だ。"世界"の命運を握るガリガリでビクビクした少女というのも、『フィフス・エレメント』とか『マイノリティ・リポート』などで散々見たし、魔法使いに追われながらウィル・スミスが夜のストリートを行脚していく様は、それこそ『スーサイド・スクワッド』そのまま。各自がマイ・デバイスの小さい画面で観る配信作品は、劇場公開作品のように画力(えぢから)で魅了することが難しい分、設定やストーリー・テリングの妙でこそ視聴者を虜にしなければならない。だとすれば、本作のこの既視感満点なギミックの数々も大いにマイナスだと、個人的には思う。

点数:58/100点
 決しておもしろくないわけではない。そんなわけがない。しかし、個人的には、ちょうど『スーサイド・スクワッド』と同じような「ん?ん~…んん。」という読後感だった。また、先述の通り、画力(えぢから)の部分は大きいと思う。もし劇場の大スクリーンで観ていたら、もっと評価が上がっていた気もする。皮肉にも、筆者にとっては、やっぱり映画館は今後も必要だということを再認識させる、シアターの未来にとって"ブライト"な一作であった。

(鑑賞日[初]:2017.12.22)
(Netflix配信で鑑賞)

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Posted byMr.Alan Smithee

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