0 Comments
amelie_ver1.jpg


キャッチコピー
・仏語版:Sorry, I can't understand French...
・英語版:One person can change your life forever.
・日本語版:幸せになる。

 "優しさ"と共にあらんことを。

三文あらすじ:神経質な母と冷淡な父の元、外の世界と触れ合わずに成長した女性アメリ・プーラン(オドレイ・トトゥ)。22歳になり、家を出てモンマルトルのレストランでバイトする彼女は、こっそり他人の手助けをすることに小さな幸せを感じていた。そんなある日、他人の証明写真の収集という変わった趣味を持つ青年ニノ・カンカンポワ(マチュー・カソヴィッツ)と出会ったアメリは、一目で恋に落ちてしまい・・・


~*~*~*~


 雪が降らねばスキーはできない。氷が無ければスピードスケートも、カーリングもできない。同じように、映画を観なければその感想を書くことはできないので、PS4を購入してからここ2週間というものずーっとゲームばっかりやっている筆者は、ブログを更新できずにいる。筆者が遅ればせながら夢中になっているのは『スターウォーズ:バトルフロント2』なんだけど、これはぜひみんなにもやってもらいたい。アイデン・ヴェルシオという一人の帝国軍兵士を主人公にしたストーリーは、エピソード6から7、そして8をやんわりと、かつ見事に繋ぐ秀逸なスピンオフ。確かに、このストーリーを前提にすると、筆者が長らく提唱している"スカリフ=ジャクー説"がどうやら間違いっぽいので、その点は少しだけ残念だが、さすが多くのファンが"正史"としてカウントするだけあって、その完成度は折り紙つきである。マルチプレイも楽しい。もし、"MrAlanSmithee"というハンドルネームのアサルト・トルーパーを見かけたら、それは筆者だ。

amelie1.jpg


 さて、今回は、そんな筆者と同じように自分の世界にこもってしまった一人の女の子のお話。2001年に公開され、日本でも大ブームを巻き起こしたフランス映画『アメリ』である。買い付けてきた日本の配給会社の担当者が、てっきりホラー映画だと思っていた、というエピソードは有名だが、パッと見たら確かにそう勘違いしかねないほど、ファンシーでキュートで、そして同時にある種グロテスクな世界観が、本作最大の魅力である(改めて見たら、ポスターもめちゃ怖いしな。)。まぁ、監督を務めたジャン=ピエール・ジュネのデビュー作『デリカテッセン』や、本作の直前(と言っても4年前)に撮った『エイリアン4』と比較すればグロさはずいぶんと鳴りを潜めてはいるものの、それでもやっぱり主人公のアメリは、贔屓目に言って"不思議ちゃん"、振り切って言ってしまえば"ヤベェやつ"に違いない。

amelie2.jpg


 何がヤバいかと言うと、個人的には、やはり一も二もなく彼女のおせっかいぶり。レストランの同僚のジョルジェット(イザベル・ナンティ)とお客さんのジョゼフ(ドミニク・ピノン)を勝手にくっ付けようとして、有りもしない"相手があなたを意識してましたよエピソード"を双方に吹き込んだり。確かに、一時的に二人は上手くいくのだが(『デリカテッセン』ファンにはうれしい"ベッド・ギシギシ・オーケストラ"の再来シーンもあります。)、ほどなく破綻してしまうのだし…。しかも、そもそもその男は、まさにそのレストランの他の同僚ジーナ(クロティルド・モレ)とついこないだ別れたばっかなんだし…。しかも、ジョルジェットがほどなく悩み始めたジョゼフの束縛っぷりこそが、元カノであるジーナとの破局を招来した、まさにその事情をアメリは熟知していたというのに…。アメリ、ヤベェよ。

amelie3.jpg


 他にも、母の死以降引きこもっている自分の父親を外出させるため、彼が楽しげに庭に飾ったノームの置物を無断で引っこ抜き、知り合いのスッチーに頼んで撮ってきてもらった海外の色んな名所でのノームの写真を、なぜか匿名でせっせと送りつける、という"優しさ"。コエーわ。確かに、発想の根幹は分からんでもないけど。アメリが直接諭しても、父親は家から出ないわけだしな。でも、何者かが自宅の庭に不法侵入し、置物を盗み、その写真をなぜか定期的に送りつけてくる、そんな状況に陥ったら、筆者ならもっと引きこもるぜ。しかも、その置物が自分にとってすごく大切なものだったら、例えば筆者なら、PS4を勝手に持ち出されたりした日にゃあ、地の果てまで追い詰め、強化サーマル・グレネードで木っ端微塵にしてやるからな!

amelie4.jpg


 あとさぁ、弟子をいびる意地悪な八百屋さんのイポリト(ユルバン・カンセリエ)をこらしめるくだりは、エグいよな。やり方は、実に単刀直入。秘密裏に入手した彼の自宅の鍵を使って不法侵入し、歯みがき粉を足用クリームとすり替えたり、ルームシューズを微妙に小さいサイズのものとすり替えたり、固定電話の短縮ダイアルを違う番号に上書きしたり、酒に大量の塩を混入させたり。アメリ…それは、犯罪って言うんだよ。確かに、世の中には法で裁けない悪が存在する。でも、法の外で武力を行使するヴィジランテの大変さは、ダークナイトが体現していただろう?

amelie5.jpg


 それから、一番エグいのは、戦場へ行ったっきり帰って来ない夫からの手紙を待ちわびるご夫人マダム・シュザンヌ(クレール・モーリエ)に、自分が偽造した手紙を送り付けるくだり。これはマジでヤバい。夫人は泣いて喜ぶんだ。それは、アメリがこれまた不法侵入して盗んだ旦那の過去の手紙たちをコピーして、継ぎはぎした文章なんだけど、夫人にとっては"人生"そのものと言っても全く過言ではない。"優しさ"か? それは、夫人のためを思った"優しさ"なのか? 絶対に違うだろう。アメリよ、お前に人の人生をどうこうする権利なんかこれっぽっちも無いんだぞ。これだから、おせっかいな奴は死刑に処せばいいと言うのに。

amelie6.jpg


 このように、当時バシバシ押し出されていた"ある女の子が小さな「人助け」に幸せを見出だすお話(ハート)"という本作のコンセプトは、まともな大人からすれば嘔吐必至の至極キモチワルイおせっかいに他ならないのである。同じく当時大々的に売り出され、お菓子界に空前の大ブームを巻き起こしたクリーム・ブリュレなんか、実はほんの一瞬しか出てこない。あれは本当に本作の可愛らしいところだけを恣意的に誇張した偏狭宣伝だったな。仮に、本作のクリーム・ブリュレをありのままPRするなら……人が誰しも持っているATフィールドを本人に気付かれぬよう勝手にコツコツ割って、中から出てきたその人のドロドロの恥部をうれしそうにせせら笑うキ◯ガイ女を象徴したギミック。そういうことになってしまうだろう。

amelie7.jpg


 では、果たして本作は、ウソ宣伝で塗り固められたクソ映画なのかというと、実はそうではない。一人の女の子の"等身大な心境"をゴージャスに見せるという系譜の第一人者であることは間違いないだろうし、本作以降数多作られたそんな作品たち(かつてシネマハスラーにおいて史上最大級に酷評された『食堂かたつむり』なんかは、その中でも筆頭に挙げるべき失敗作であろう。)とは違う"距離感"によって、きちんと鑑賞に堪え得る"傑作"に仕上がっていると思う。

amelie8.jpg


 要は、ときおりアメリが観客に語りかけるというメタな演出。これが肝なんだ。最近だとデッドプールがやっていた、いわゆる"第四の壁"を越える、という趣向。これがどういう効果を生むかというと、つまり「この話は"作り物"ですよー!」ということである。もちろん、映画はすべからく作り物だが、我々は、いやいや…このお話は、広い世界のどこかで実際に起こり得る現実ですよ、という"映画のウソ"に乗っかって鑑賞する。メタ演出というのは、このウソを暴力的に暴いてしまうギミックだ。異常な家庭環境で育ち、屈折したまま大人になった"少女"が、人助けと称して他人の人生を無邪気にかき乱す。ファンシーでキュートでゴージャスな演出は、そんな彼女の主観。しかし、そこにフィクションとしての客観的な視点を加味することで、その痛々しさを浮き彫りにする。そう考えれば、本作はとってもシビアなお話だ。夢見がちな女の子だってこんなに映画的でステキな人生を……歩めるわけねーだろ!お花畑はこの有りもしない"キャラクター"の脳内だけだ!と吐き捨てるような作品。

amelie9.jpg


 でも、それは、最近敵プレイヤーへのヘッドショットのみに無上の幸せを感じている筆者の穿り切った解釈のような気がする。もっと、本当の意味で"優しい"作品のような、そんな気がする。思えば、ジュネという監督は『デリカテッセン』でも、あのアパートの愚かで醜い彼らをバカにはしていなかったし、『エイリアン4』では、人から人外になってしまった者と逆に人外から人になろうとする者の悲哀を描こうとしていたようにも思える。すっごくありきたりな言い方をすれば、"はみ出し者の悲しみ"をジュネは扱っていたのではないか。だとしたら、本作もきっとそうだ。いったんPS4のコントローラーを置いてしばし考えた筆者は、もしかして、本作のメタ構成は、我々観客をアメリの"保護者"にするための仕掛けなのかな?と思い至った。

amelie10.jpg


 要は、本作のメタは、メンヘラ女を作り物として突き放すためのやり口ではなく、我々をも映画に巻き込むことで、観客のみなさんは彼女をどう思う?と問いかける意図で構成されたものなのではないだろうか。ここで注目なのは、ラスト・シーン。普通の男ならケッセルランを12パーセクの速さで逃げ出すくらいややこしい手順で実行したアプローチが見事に報われ、ニノと結ばれたアメリ。彼女らがチャリで2ケツし、実に楽しそうに疾走するシーンで本作は幕を閉じる。ここの二人は、本当に生き生きしてる。未来には何の迷いも無さそうだし、もっと言うと、かなりの速度で自転車を運転しているというのに、前すら見ていないように見える。つまり、一見真っ当なハッピーエンドのように描かれている本作のラストは、非常に危なっかしいのである。

amelie11.jpg


 そして、そのあたかも無邪気な子供を見守る親のようなシンプルな危惧を、鑑賞後の我々は、素直に持ち続ければ良い。アメリは、もはや我々と無関係な"キャラクター"じゃない。悩み、奮闘し、まるで"映画的"なドラマを紡いではいるが、我々観客が一丸となって見守ってやるべき不完全で危なっかしい存在だ。もちろん、客観的にアメリを見た結果、コントローラーを置く前の筆者のように、この女キッショー!と切り捨てることも可能ではあろう。『食堂かたつむり』とは違って、きちんと主人公を客観視する"他者"を想定し、しかもその役目を我々観客に担わせたところが、本作の白眉なのだから。でも、本作で世界に羽ばたいたオドレイ・トトゥの魅力や愛を持ったキャラクター描写によって既にアメリを愛おしく感じ始めている我々は、やっぱりどこか親の目線で優しい気持ちを抱く。ジュネは、そこまで見越してメタ構造を採用したんじゃないかな。

点数:74/100点
 アメリという女性は、本作がブームになっていた当時、みんなが思っていたであろう"等身大の頑張る系ヒロイン"では決してない。もっと卑近で、醜悪で、ガキで、リアルな存在だ。でも、結果としてアメリを好きになり、優しい目で見守ってあげたくなる、そんな作品であることもまた事実。ブームが遠い過去になった今改めて鑑賞すれば、きっとあなたも優しい気持ちになれるはずだ。だから、まぁ筆者のようなおっさんに彼女ほどの可愛らしさなど望むべくもないが、もし"MrAlanSmithee"というアサルト・トルーパーがヘボい立ち回りを披露している現場を目撃したら、できればヘッドショットなどせず、優しい気持ちでそっと見守っていただけると幸いである。

(鑑賞日[初]:2018.2.10)

アメリ [Blu-ray]

新品価格
¥1,391から
(2018/2/27 18:57時点)


Star Wars バトルフロントII - PS4

新品価格
¥2,480から
(2018/2/27 19:02時点)


関連記事
スポンサーサイト
Mr.Alan Smithee
Posted byMr.Alan Smithee

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply