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キャッチコピー
・英語版:He doesn't need words
・日本語版:unknown

 この戦いを制した者が、真の"親《ヒーロー》"になる。

三文あらすじ:最愛の恋人ナディア(セイネブ・サレー)が突然の失踪。その行方をつかむ鍵は、混沌を極める裏社会に隠されていた。近未来のベルリンを舞台に、声を失った男レオ(アレクサンダー・スカルスガルド)の静かなる戦いが幕を開ける・・・


~*~*~*~


 数週間前から配信がスタートしているNetflixオリジナル作品『MUTE/ミュート』。まぁ、世間の評価が決して高くはない中(Rotten Tomatoesを見ると、批評家に至っては13%という驚きの低評価。)、SF映画ファンが本作を必見の作品としていたのは、ひとえにデビュー作『月に囚われた男』とその次に撮った『ミッション:8ミニッツ』で我々のハートを鷲掴みにした監督ダンカン・ジョーンズの最新作だからである(実際、作中何度か『月に囚われた男』の主人公、すなわち、先日のアカデミー賞で見事助演男優賞に輝いたサム・ロックウェル演じるサム・ベルというキャラクターが登場する。正確には、『月に~』の主人公ではなく、無事地球に帰還した彼のクローンだと思うが。)。

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 まぁ、とにかくゴッタゴッタと騒がしい作品である。演出はクールで、主人公は話せない。それでも、大前提として『ブレード・ランナー』を下敷きにしたような雑多な未来都市には、画面狭しと実に様々なガジェットが映り込む。加えて、奇しくも『シェイプ・オブ・ウォーター』と同様、主人公が声を失っているという設定や、その間接的な原因となった主人公(の親)の宗教観、舞台がドイツであることからくる異国感、その裏返しとしてのアンチ・アメリカ視点などなど、本作には、読み解く上でのモチーフになりそうな要素が、これでもかと詰め込まれている。

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 その全てを解釈することなど、筆者には到底無理な話だ。そこで、個人的に感銘を受けたポイントだけ書いておく。それはやっぱり、昨今(特に2017年)の大作映画シーンで顕著だった"選ばれし者じゃない展開"『シェイプ・オブ・ウォーター』の感想の追記部分で少し書いたが、昨年は、(あくまで筆者が観た中では)『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOL.2』とか、『ブレード・ランナー 2049』とか、『最後のジェダイ』といった大作SFが、こぞって"選ばれし血縁"を否定していた。これは、すなわち、既存の"主人公論"の改革でもあるだろう。片田舎の凡人である主人公がひょんなことから冒険を繰り広げる内に、実は"伝説の◯◯"の子供だったことが判明し、彼(彼女)は、その運命とも戦うことになる…。そういった、おそらく『スターウォーズ』によって決定付けられ、その後、40年ほどもの間、SFやファンタジーのお約束となっていた"主人公像"を、上記作品たちはこぞってひっくり返してみせたわけだ。

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 私見によるとこの改革は、昨今のインスタグラム&YouTubeブームと無関係ではない。もちろん、前提として、社会におけるインディビジュアライズが益々押し進められ、もはや"血筋が持つ力"に説得力がない、という状況があるだろう。これは既に数十年前から囁かれていた社会環境だ。ここに近年、SNSというツールが登場した。特に、文字情報だけでなく、自ら画的なクリエイティビティを発信できるインスタグラム。これはデカい。それから、SNSと並んで動画投稿サイトの存在も極めて重要である。特に、Youtuberという職業の登場。ここにポイントがある。要は、かつてとは違い、我々"凡人"だっていつでもどこでも、世界に対して自らのクリエイティビティを発信でき、なおかつ、それが自身の生業にもなり得るという状況。言い換えれば、我々の誰しもが社会に影響を与え得る存在であり、世界を動かし得る存在であり、それすなわち、我々誰しもが"主人公"になり得るということである。

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 この"70億総主人公時代"を反映した転換こそが、"選ばれし者じゃない展開"であると筆者は考えている。受け継がれてきた"遺産"なんて必要ない。努力と才能さえあれば、誰だって、いつだって"ヒーロー"に変身できる。個人は、かつてのように大勢の前でただただ無力な存在ではなく、そう言った意味では"逆アメリカン・ニューシネマ"とも言えるムーヴメント。それこそが、今どきの"定番"であり、"模範"であり、詰まるところ"神話"なんじゃあないだろうか。確かに、神が一般庶民の地位に引きずり下ろされた物語など、おっさんである我々には、容易に容認できるものではない。しかし、物語は進化していくべきだ。だから、筆者は、かつて自らが生み出した"神話"を勇敢にも否定し、"新たなる神話"を語ってみせた『最後のジェダイ』が、本当に大好きなのである。

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 あれ? なんの話だ? そうそう、本作の主人公である無口なレオも、そんな"現代神話"の落とし子である。失踪したミステリアスな恋人ナディアの消息を辿るレオは、その先で、実は彼女が闇医者であるアメリカ人カクタス(ポール・ラッド)の元妻であり、親権争いの末、彼に殺害されていた、という残酷な事実に直面する。"残酷な"…いや、それはレオが"主人公"であるという"先入観"が抱かせた同情だろうな。よくよく考えれば、ナディアには、レオ以前にカクタスとの真にしっかりしたドラマがある。レオが後生大事に持っているナディアの写真を撮影した橋には、恋人時代のナディアとカクタスが書いた相合い傘っぽいラブラブの落書きがあった。ナディアは、政略結婚で嫌々カクタスに嫁いだわけでもなければ、借金の肩としてカクタスに売り飛ばされたわけでもない。確かに、親権争いが殺人にまで発展するというのは異常だが、それでも、ナディアとカクタスの"恋"や"結婚"は文句の付けようもなく"正しい"ものだったのであって、レオは所詮、彼らの人生に随分遅れて登場した"部外者"であり、"脇役"でしかないのである。

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 しかし、レオは、この『ミュート/MUTE』という物語を紡いだ。ピーター・クイルがそうだったように、"K"がそうだったように、レイがそうだったように、そして、彼らの先駆者たる"ローグ・ワン"がそうだったように。レオは、"主人公"である(はずの)カクタスを打倒し、彼と"ヒロイン"であるナディアの子を助けた。彼女のおばあちゃん、すなわち、ナディアの母親に送り届けるまでの刹那的な期間とはいえ、"脇役"であるレオと"主人公"であるカクタスの子との間に"親子"のような関係性が芽生えるというのは、なにか考えさせられるものがある。伝説的な人物の子"じゃない方"を主人公にすることで改革を行った上記作品たちを前提にして、逆に本作は、子供を導けた者が最終的な主人公である、というまさに"親権争い"とでもいうべき構図を採用した、とも言えそうだ。

点数:67/100点
 とはいえ、感銘を受けたのはほぼそのコンセプトの部分のみであって、全体として拳を突き上げたくなる、あるいは、声を枯らして歓喜の雄叫びを挙げたくなるような傑作かというと、決してそんなことはないと思う。もちろん、決してつまらなくもないけれど。ガジェットたちは、確かに斬新ではないものの魅力的ではあるし、何と言っても、リメイク版『IT』でペニーワイズを演じたビル・スカルスガルドのお兄ちゃんであるアレクサンダー・スカルスガルドは、『シェイプ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンスに匹敵するレベルで最高の演技を披露した。ただ、本当の"家族"について知りたいなら、鑑賞すべきは本作じゃない。次回、現在絶賛公開中のディズニー・アニメーション最新作『リメンバー・ミー』で、筆者の涙腺が爆発する。

(鑑賞日[初]:2018.3.14)
(Netflixで視聴)

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Mr.Alan Smithee
Posted byMr.Alan Smithee

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