0 Comments
cargo.jpg


キャッチコピー
・英語版:The Future Is Fragile
・日本語版:unknown

 絶望の果てに何を背負う。

三文あらすじ:感染者を死した屍へと変貌させる奇病が蔓延したオーストラリア。幼い娘を抱えたまま感染してしまったアンディ(マーティン・フリーマン)は、ただひたすら進み続ける。例え自分の身に何が起ころうとも・・・


~*~*~*~


 本作『カーゴ』は、当ブログでも以前感想を書いた同名ショートフィルムの長編化作品である。ショートフィルム版を生み出したベン・ハウリングヨランダ・ラムケはそのまま続投し、主演にMCUのエヴェレット・ロスとして『ブラック・パンサー』で大々的に活躍したマーティン・フリーマンを迎えた上で、Netflixオリジナル作品として先日から配信がスタートした。さぁ、ゾンビ映画ファンから概ね絶賛に近い好評価を得ていた『カーゴ』は、スケールアップしてもその真髄をブラすことなく良作足り得ているだろうか。

cargo1.jpg


 そもそも、ショートフィルム版の真髄とはどの辺りにあったのだろう。筆者が思うに、それはやはり"ニンジン infront of 馬の鼻先"なアイデアの新鮮さである。ショートフィルム版が紹介されるとき、よく「ゾンビ映画なのに泣ける!」と騒がれるが、あらゆるジャンルを侵食しながら増殖し続けているゾンビ映画界においては、"ゾンビ×感動"という組み合わせなど、もはや目新しくはない。当ブログで感想を書いたものだと、例えば『レスト』というショートフィルムなんかは、死してなお大切な妻への愛を貫くゾンビを描いた落涙必至の感動作だ。

cargo2.jpg


 そんな中で本作が素晴らしかったのは、娘を救うために命を賭ける父親…!というありきたりで曖昧な展開(実は、父親は噛まれてから一計を案じるから、"救うために命を賭ける"というのはちょっと違うのだが)に、きちんとゾンビの性質を活かした具体的な解決策を与えた点である。すなわち、自らのゾンビ化が避けられず、他の生者の助力も得られない現状、目の前に生肉をぶら下げることでゾンビ化しても背中の娘を襲わずに歩き続け、いつか出会うであろう生者に自分を殺させ娘を保護してもらう、というプラン。ショートフィルム版の感想でもちらっと書いたが、確かにこのプランは穴だらけだ。生肉が取れる可能性もある。娘もろとも崖から落ちる可能性や、娘もろとも生者に殺害される可能性、はたまた、上手く自分だけ殺されたとしても、仰向けにひっくり返って娘を押し潰してしまう可能性だって考えられる。

cargo3.jpg


 でも、既に作中で描かれた通り、そして何より、既に確固たる常識として我々が共有している通り、ゾンビの蔓延した世界には絶望しかない。『ミスト』のラストみたいな奇跡的な"救済"は、ゾンビ映画とは無縁のものだ。よって、細部に穴があろうとも、ことゾンビ映画という救いのないジャンルにおいては、主人公が考案した"ニンジン作戦"が、おそらく最善策なのである。ちなみに、ショートフィルム版も本作も、"ゾンビ映画的文脈"の共有を上手に使っている。つまり、ゾンビは治癒できないという大前提があるので、ゾンビ化した以上、例え最愛の妻であっても殺すしかない。よって、その部分の葛藤はカットし、妻ゾンビ化⇒主人公に襲いかかる⇒暗転⇒放心する主人公みたいな段取りが多用されているということ。これはスマートで好感が持てる。

cargo4.jpg


 また、主人公の"ニンジン作戦"に我々ゾンビ映画ファンが高まるのは、それがおそらく本当のゾンビ好きによって考え出されたものだと直感的に得心するから。もちろん、先述のように今やゾンビ映画のルールなんて誰でも知ってはいるけれど、この"ニンジン作戦"のような具体的かつフレッシュなアイデアは、一朝一夕で閃くものではない。ゾンビ映画が大好きで、日頃から一人で、あるいは飲みの席で同胞たちと"自分がああいう世界でこういう状況になったらどうするかなぁ。"と考えたり話し合ったりしている、そんなボンクラだからこそ考え付くギミック。実際、筆者は、まぁ同じ手を考えていたなんて言うとウソになるが、少なくともショートフィルム版を観たとき、「あぁ!その手があったか!」と手を打ったものだ。

cargo5.jpg


 さて、前置きが長くなったが、肝心の長編版である。結論から言うと、まるでダメだと思った。終盤に至るまではすごく良い。ショートフィルム版のスタートから少し時間を遡り、もはや我々のものでは無くなってしまった世界を、それでも睦まじく進んでいく主人公家族。彼らは、長期の寝食を前提に作られたであろうプレジャー・ボート的な船舶で、軍の施設を目指して川を下っていくのだが、このボートの"安地感"がまずは良い。説得力がちゃんとあるんだよ。大河に浮かぶボートであればゾンビに襲われる心配は無いし、キッチンやトイレやベッドを完備している二階建ての船だから、当面の生活には困るまい。ゾンビ映画ファンであり、なおかつ、日頃からゾンビ蔓延後の世界を周到にシミュレートしている我々は、ゾンビ映画が始まるとすぐに安地探しをしてしまいがちだが、本作冒頭は、そんな我々に抜群の安心感…というか、正確には、「あ!それええなぁ!」という羨望の気持ちを抱かせてくれる。

cargo6.jpg


 言うだけ野暮だが、映画である以上、主人公らは安地を捨てなければならない。ここもちゃんときめ細やか。我々もすぐに思い付く食料問題がまずは懸案となり(当然、魚が簡単に釣れるような豊かな川ではない、という点も描写される。)、難破したヨットからの物資調達でいったんは解決したと思わせて、実は潜んでいたゾンビに妻が噛まれてしまう。もちろん、ゾンビ化は止められない。でも、傷口さえなんとか処置すれば48時間は生き長らえるが、放っておけば失血によりもって3時間しかないということで、家族は船を降り、一番近い町を目指すのである。生者であるにも関わらず主人公を追い詰めるおっさん、ヴィック(アンソニー・ヘイズ)も非常に良いキャラクター。今を生き延びるため、とか、このドサクサに紛れて無茶苦茶してやろう、とか、そういう動機とはちょっと違い、彼の行動原理は、"元の生活に戻ったときのために貯えを増やしておく(ついでに憧れのあの娘もゲット!)"という合理的(であり、"童貞的")なもので好感が持てる。言わずもがなだが、主人公アンディを演じるマーティン・フリーマンの演技もめちゃくちゃ良い。『ブラパン』でフィーチャーされたとはいえ、所詮は脇役でしょう?なんて侮っていた自分が、今では恥ずかしい。

cargo7.jpg


 …なんだけど、肝心要の"ニンジン作戦"が全くにダメなのである。結局、"ニンジン作戦"が成立するのは、それ以外に打つ手がないからだ。それなのに、本作では、なんとトゥミ(シモン・ランダーズ)というアボリジニらしき少女の新キャラが、しっかりとアンディに付き添っている(しかも、初見では絶対に男の子だと思っちゃうルックス。まぁ、それはどうでもいいことだけど。)。だったら、ロージーを預けて、彼女の親元に連れていってもらえば良い。確かに、復活のヴィックとのラスト・バトル時、トゥミは彼から"何らかの攻撃"を受け、しばらく昏倒していた。アンディがヴィックを打倒した後も、アンディの肩を借りてやっと歩けるといった有り様だった。でも、その後しばらくしてからは、見た感じ割りと普通に振る舞っていたのである。ここで、本作が概ね上手く利用していた"文脈の共有"が逆に作用してくる。

cargo8.jpg


 すなわち、まずは、トゥミがヴィックから攻撃される瞬間を削ってしまった点。これ自体は、こういうありきたりなシーンの文脈を前提とした上手な省略とも言い得る。怯えた少女に極悪なおっさんが襲いかかるのだから、顔面を殴ったにせよ、腹を殴ったにせよ、攻撃箇所(や攻撃の種類)はまぁ何でもいい。所詮は、やられた少女を見た主人公が「うおー!」と奮起するための動機付けである。しかし、何をされたかがあやふやで、かつ目立った外傷が無い以上、トゥミがダメージを受けた理由は、脳震盪(のうしんとう)と考えるのが普通だ。ここで共有された文脈が牙をむくのである。そう、映画の中の脳震盪は、すべからく放っておけば数分で完治する軽症に他ならない。したがって、やはりアンディが"ニンジン作戦"を実行した時点でトゥミは既に元気いっぱいだったということになり、したがって、やはり娘はトゥミに預ければ良いという結論に至る。

cargo9.jpg


 なんでトゥミという新キャラを作ってしまったんだろうなぁ。はっきり言って、彼女は色んな意味で"お荷物"だ。上手いこと言うなら、彼女こそが何よりの"カーゴ"である。まぁ、好意的に解釈するなら、反対する家族から隠れてゾンビ化した父親を匿っていた彼女は、アンディとはまた違う角度からゾンビ世界での家族の在り方を訴えていたのかもしれない。でも、なんかね。どうも、オーストラリア先住民にスポットをあてるのが真の目的って感じがするんだよな。ヴィックがトゥミも含めたアボリジニ一族をゾンビの餌として利用する展開なんか、なんだか白人に搾取されてきたアボリジニの歴史を象徴しているように思っちゃう。それで結局は白人が全滅し、アボリジニ家族が再集結するラストは、なんだか熱烈なアボリジニ讃歌に見えてしまう。

cargo10.jpg


 それは蛇足だと思うなぁ。確かに、それこそ『ブラパン』のメガ・ヒットによって、今や世間はすっかり少数民(部)族礼賛モードだ。でも、少なくとも、本作に限っては、ショートフィルム版の肝を台無しにしてまでやることではなかったように思える。世のムーヴメントを読んだNetflixが口出ししたのか、そもそもベン&ヨランダが本当に描きたかったことがアボリジニ讃歌だったのかは分からないが、いずれにせよガッカリだ。これはゾンビ映画なんだぞ。そんな大仰なテーマなんか背負わなくて良い。果てなき絶望と圧倒的なゾンビ愛だけを堂々と引っ提げろ。我々が望むゾンビ映画とは、たぶんそういったものなのである。

点数:59/100点
 全体的には非常に真っ当な良作なんだと思う。ただ、ショートフィルム版にあった驚きと感動は、(既知という理由ではなく)ボロボロに損なわれている。いっそトゥミはヴィックに殺されてしまったという展開の方が、よほどしっくりくるのではなかろうか。まぁ、負う子にギャーギャーと教えられなくても、ベンとヨランダはそんなことなど分かっているんだろうけどさ。

(鑑賞日[初]:2018.5.23)
(Netflixにて鑑賞)

リナ 女の子 キュート ニンジン 野菜 イラスト 長袖 ロンパース 柔らか 6-24ヶ月 プレゼント 春秋 シーズン対応

新品価格
¥1,869から
(2018/5/27 22:41時点)


C11 地球の歩き方 オーストラリア 2017~2018

新品価格
¥1,900から
(2018/5/27 22:42時点)


関連記事
スポンサーサイト
Mr.Alan Smithee
Posted byMr.Alan Smithee

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply