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キャッチコピー
・英語版:unknown
・日本語版:unknown

 バカヤロー! そいつがルパン……か?

三文あらすじ:今日も世界中で活動する神出鬼没の大泥棒"ルパン三世"。しかし、"あるルパン三世"が万引きで逮捕されたことを切っ掛けに、違う顔、違う声、違うジャケットの"ルパン三世"が大量に出現する。ニュースキャスターの恋人ユキコ(声:平野綾)と婚約したしがないラーメン屋のアルバイト店員ヤスオ(声:片桐仁)は、ひょんなことから"本物のルパン三世"を巡る騒動に巻き込まれていくのだが・・・


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 毎年GWから始まる夏の映画商戦『パシリム2』『レディプレ』『インフィニティ・ウォー』などの第一陣が一段落し、これから(日本では)『ハン・ソロ』とか、『ジュラワ2』とか、『M:i6』とか、『アントマン2』とか、そういった超ド級の大作たちが、今や遅しと待機中。そんな中、6月のこのタイミングは、言ってみればぽっかり空いた間隙にあたるだろう。とはいえ、例えば、日本では遂に『コナン』を王座から引きずり下ろした『デップー2』とか、カンヌでパルムドールを受賞した是枝監督の『万引き家族』なんていう話題作が公開されているのだから、映画好きに休む暇などない。では、筆者はなぜここ2週間ほど更新をサボっているかと言うと、それはひとえに『DARK SOULS REMASTERED』を買っちゃったからである。そりゃもう夢中さ。一日に3~4時間もプレイし続けた結果、昨日遂にトロコンを達成したので、ふと我に帰り、3月中旬にリクエストをいただいてすぐにレンタルしたにも関わらず放置していた本作を鑑賞した、というわけだ。このままゲームばっかりしていたら、映画好きとゲーム好き、どっちが"本物"の自分か分からなくなっていただろうな。

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 さて、2008年にルパン三世誕生40周年記念のOVA作品として製作された本作は、数多のルパン・ファンから"問題作"と形容される一本である。何人もの"ルパン三世"が登場し、その中でただの一般人が"本物のルパン"を目指していくというプロット自体が既に難解である上、極めて分析的な視点からむき出しのメタ演出を連発する作品であるから、方々で"賛否両論"が巻き起こったのも当然のことであろう。そもそも、本作は、その下地として明確に"幻のルパン作品"たる"押井守版ルパン"を念頭に置いている。"ルパン三世"は具体的な人物ではなく、"ヒーロー"や"神"に等しい偶像としての"概念"であり、その実体などハナから存在しない、という大まかなコンセプトや、物語の推進力たるマクガフィンをプルトニウムに設定し、しかして、そのプルトニウムすら実は存在しなかった、というより具体的な展開などが、押井版との主な共通項であろう。毎度のことながら、そんな難読作品に対する完璧な解説書など、筆者のポケットには大きすぎて入りきらない。よって、以下では、大学生の頃以来本作を再見した筆者の独断的な感想を、つまみ食い感覚で書き留める。

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 まず冒頭は、橋の上でタウンワーク的な求人雑誌を眺めるヤスオ。路駐しているフィアットのカーラジオから流れるニュースは、先日の宝石店泥棒が"ルパン三世"の仕業であると断定する。自身の首にぶら下げた高級そうな指輪をしげしげ眺め、ヤスオは「俺が…ルパン…?」と呟く…。とまぁ、そんな感じ。本作では中々大胆な時系列バラしが随所で展開されるのだが、この冒頭は、おそらく常連の謎のじじぃがヤスオのラーメン屋に緑のジャケットを忘れていった後、かつ、ラーメン屋の片手間に街中でスリを行っていたヤスオが謎の人物からワルサーP38をスッてしまった後、と考えるべきだろう。緑ジャケットとワルサーを手に入れ"ルパン三世"の真似事をしたヤスオは、ニュース=世間がその犯行主体をルパン三世と断じたことで、「あれ…もしかして、俺でも "本物 "になれるのか…?」と、そんな気持ちを芽生えさせたわけだ。"ルパン三世"は周囲が作り上げた"幻想"ではないのか?という押井版の問題提起を本作もまた踏襲していることがうかがい知れる。

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 その後、場面変わって、何やら軽トラの中で名作『カリオストロの城』のメインテーマ、Bobbyが歌う『炎のたからもの』をiPodで聞いているヤスオ。ほどなく彼の恋人であるユキコが憤慨した様子で乗り込んでくる。『炎のたからもの』をBGMとしつつ、クレジットのバックで彼らは走り続け、自宅に帰り着く…。後々描かれるが、これはヤスオがユキコの両親とおばあちゃんに婚約の挨拶をするため、ユキコの実家を訪れたシークエンスである。いざ家の前まで来たのにヤスオは怖じ気づいて姿をくらませ、ユキコは驚いて方々探し周り、その隙に今や寝たきりのおばあちゃんにだけヤスオはこっそり挨拶し、そこでおばあちゃんに「あなたなら、大丈夫。」と励まされた。その後のシーンだ。ここで、なぜヤスオは満足げ(あるいは、吹っ切れたよう)な表情だったのか。現時点での筆者は、ユキコのおばあちゃん=初代"峰不二子"説に依拠すれば、いくつかのポイントを割りと綺麗に説明できるような気がしている。

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 おばあちゃん=初代"峰不二子"説は、作中で明確に過去作との人物的連続性が語られた(と解釈できる)次元と銭形以外のルパン・ファミリーが、実は既に世代交代している、という考えに基づいている(次元については、「おじさんは(リボルバーを)40年も使ってるんだ。」という彼自身の台詞。銭形については、63歳の片さんより5歳年上という三上刑事の言及が、過去作と同一人物である根拠。)。メタな視点からこの説を根拠付けるなら、それぞれのキャラクターを演じる声優に着目すべきであろう。すなわち、本作製作時点において、ルパン三世:山田康雄⇒栗田寛一峰不二子:二階堂有希子⇒増山江威子石川五ェ門:大塚周夫⇒井上真樹夫と声優の代替わりがあったのに対して、次元と銭形はアニメ最初期から一貫して小林清志納谷悟朗が演じ続けており、この事実をキャラクター設定にも反映した、ということである。

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 では、キャラクター的に世代交代したルパン、不二子、五ェ門の初代は、それぞれ誰なのか。まず、ルパンについては、描き方の意味深さからして古本屋"紅屋"の老店主と考えるのが自然であろう。もちろん、この老人はクリカン演じる現ルパン三世(の変装)と考えることも可能だ。しかし、現ルパンが銭形に変装してユキコのインタビューに応じた際、そのラストではしっかり"これはルパンの変装だったんですよー!"とバラしたフェアさを考えれば、結局最後までそんな示唆が無かった紅屋店主は、やはり年老いた初代ルパン三世の素顔と考えてもいいように思う。実際、この説に依拠した上で更に推論を進め、紅屋の店主=初代ルパン三世はヤスオの父親であるとの説を提唱しているブログを筆者は発見した。確かに、そもそもヤスオがなぜルパン三世たるほどの超人なのかが皆目分からん!と批判する人も多い本作において、ヤスオをルパンの子孫とする考え方は、中々の妙案に思える。でも、だったら父親じゃなくて祖父でしょう。なぜなら、ルパン三世って元々そうだからである。彼はアルセーヌ・ルパンの三代目として、おじいちゃんが執筆した『盗術』という書籍を頼りに世紀の大泥棒へと成長した。であれば、本作が提示する新たな継承の構図は、ルパン三世が更にその三世に意志を伝える、すなわち、ヤスオは"ルパン三世三世"となったのだ!というものである方が美しい。

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 ヤスオの祖父は、初代ルパン三世である。この説を念頭においた上で、ユキコのおばあちゃん=初代"峰不二子"説を導くためには、もう一つ理屈が必要だ。着目すべきは、キャラクターの名前。本作での冒険を通して誕生した"ルパン三世三世"の本名は、ヤスオ。これはもちろん、(パイロット・フィルムを除いて)ルパン三世の初代(にして絶対的な)声優である山田康雄から取られている。対するヤスオのフィアンセ、ユキコ。もうお分かりだろうが、この名の引用元は、峰不二子の初代声優である二階堂有希子。よって、初代声優と同名のヤスオの祖父が初代ルパン三世である、との方程式をあてはめれば、初代声優と同名のユキコの祖母こそが初代峰不二子である、という結論を導き得るのである。あ、ちなみに、初代五ェ門の候補として最有力なのは、銭湯で斬鉄剣を研いでいたあの謎の老人ね。

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 長くなったが、以上より、ユキコの実家を訪れたヤスオは、期せずして初代峰不二子と邂逅し、彼女から「あなたなら、大丈夫。」と励まされたというわけだ。そして、この説が導く最大のメリットは、ヤスオが"本物のルパン三世"になり得た理由を説明できるという点にある。先述の通り、センスとか身体能力とか、その辺りの"リアル"な理屈に関しては、父親にせよ祖父にせよ、ヤスオは初代ルパン三世の子孫だったと考えれば、おおよそ納得がいく。しかし、"本物のルパン・ファン"は、カルトブックにも記載されていたこの事実を忘れてはいない。

 「『ルパン三世』は "男と女の物語 "である。」

 つまり、原作初期で"峰不二子"が毎回異なるキャラクターとして登場していたように、不二子は突き詰めれば"女のイデア"として存在しており、対する"ルパン三世"は、世のあらゆるオスどもの夢や美学を象徴した"男のイデア"としてそこにいる。ここで押さえておくべきは、『ルパン三世』が"男と女の物語"である以上、ルパン三世という"男"は、峰不二子という"女"無くして成立し得ないという点。つまり、"本物のルパン三世"となるためには、"本物の峰不二子"に認められる必要がある、ということである。やっとこさ結論に至るが、現不二子に「このヤマが成功したら、俺を "本物のルパン三世 "だって認めてくれるか?」と問うたものの、結局彼女からは明示的に認めてもらえなかったヤスオは、実はそれ以前に初代峰不二子という"本物"からのお墨付きをいただいており、したがって、"本物のルパン三世"になるための適格を既に有していた、ということになるのである。

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 その他書き留めておくべきは…そう、あいつマジでなんなんwwwとみんなからバカにされている噛ませ犬的悪役のローガンさん(声:ジョシュ・ケラー)は、まぁ一応役割があるんじゃないだろうか、とか。いかにも往年の『ルパン三世』的ヴィランといった雰囲気で登場するローガンだが、実はその姿は子供であり、なんとなんと、末期ガンを患った自身の肉体を捨て、自身の子供に自らの脳を移植することで生き長らえているという外道なのであった。『vs複製人間』のマモーとはちょっと趣が違うものの、彼もまた延命、ひいてはもしかしたら永遠の命に魅いられた者の一人であるが、マモーが自助努力のみできちんと不死を実現していたのに対して、ローガンはあろうことか自身の子供を手にかけるほどの鬼畜である。しかして、その"ガワ"はやはり幼けな子供。もちろん、斬新なキャラクターではないとはいえ、そんなギャップが魅力的であり、彼にまつわるドラマと冒険に期待が膨らむ。しかし、彼は序盤であっさりと死亡して、その後、登場することは終ぞない。だから、なんなんだ!あの無駄なキャラは!と憤慨するのも無理からぬところであろう。

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 しかしながら、彼が象徴しているのは、つまりこういうことだ。次元の「本物かどうかなんて問題じゃねぇ。組んだら他のどんな奴とやるよりも面白ぇ。そう言う奴の事だろ、ルパンって奴ぁ。」という台詞にもあった通り、"ルパン三世"ってのは、ガワで決まるんじゃない。真に粋で、真にクールで、真にダーティで、真にロマンティックな、そんな真の"男"なら、誰しもが"ルパン三世"たり得る。そういうテーマである。でも、だったら、もっときちんとメインの悪役としての使命を全うさせて、ローガンのドラマにも落とし前を付けないといけないんじゃないか? そう、それも一理あるが、あっさり殺してしまうことにも、やはり意味がある。要は、いくら中身が非道なおっさんだろうが、外見が幼けな子供である以上、仮に殺すにしても前フリは丁寧に行うべし。それが、一般的な"映画上のモラル"だ。しかし、本作はあえてあっさり殺した。なぜか。それは、もちろん、先述の「いや、俺たちの"正義"は"ガワ"じゃないんで。」っていう本作のテーマを際立たせるためである。以上より、筆者は、ローガンというキャラクターに関しては、実は一応しっかり考えた上で描かれているのではないか、と好意的に捉えているのである。

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 それから、"ルパン三世"という存在を極限まで抽象的に扱う本作のやり口は、一見してみんなが期待する"本物"の『ルパン三世』からかけ離れているようにも思える。そんなこましゃっくれた"思考実験"は、"しんきく星やつら"こと押井守にのみ許された例外中の例外であって、ルパン作品としては完全に失格。そんな風にも思える。しかし、思い出して欲しいのは、ルパン・ファンであれば誰しもが魂のバイブルと位置付けているであろう劇場版第一作『ルパン vs 複製人間』。あの傑作のテーマって、実は本作と同じなんだよ。つまり、同作でマモーを打倒した"ルパン三世"だって、結局は同作以前に冒険を繰り広げていた"オリジナル"かどうか、分からない。「お前こそが"クローン"ではないのか?」というマモーの問い掛けを、同作は否定していない。"夢を見ないという夢"="スーパーヒーローたること"を取り戻せたルパンは、その出生が自然分娩だろうが、そうでなかろうが、"ルパン三世"なのである。よって、きちんと『vs 複製人間』を念頭に置いた上でそのテーマを更に押し進めた本作は、ルパン・ファンとして蔑ろにすべきでない"本物のルパン作品"(の内の一本)ということになろう。

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 なんだけど、こと"一本の映画作品"として観るとき、本作は、本当にグズグズのボロボロ、紛うことなき駄作と言わざるを得ない。もちろん、筆者はあくまでも名も無き一映画ファンであって、自分の手では一本たりとも長編映画を作ったことがないのだけれど、それでも。まずは、やっぱり圧倒的な過剰説明。本作は、よく"難解"という"称号"を与えられるが、実は別に理解不能な奇作ではない。難しそうに見えるのは、あまり意味の無さそうな時系列バラしのせいだ。本作がドヤ顔で提示するメイン・テーマ、すなわち、"「ルパン三世」は特定の人物じゃなくて「概念」なんだよー!"という部分は、もう本当にこれでもかと言うくらい繰り返し、かつ露骨に説明される。

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 先述したローガンというキャラクターの存在もそうだし、次元の上記台詞にしてもそうだし、あと、「男は男に生まれるのではない。男になるのだ。ルパン三世もまた然り。」という紅屋主人の台詞にしてもそう。特に、台詞による説明を繰り返してしまうところは、"映画"として心底ブサイクだ。"映画"は"Movie"なんだよ。大傑作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の監督ジョージ・ミラーを始め、多くの映画監督が"無声映画としても鑑賞し得る作劇"を心がけていることからも明らかなように、映画の説明は動きでするもんだ。それを本作はクドクドと言葉にする。まるで「このアイデア…ちゃんとみんなに伝わるかなぁ。」という作り手の不安が透けて見えるようで、「そんなに心配やったら、まずはその不遜な時系列バラしをやめろよ!」と注意したくなる。

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 それから、本作がこれみよがしに展開する"メタフィクショナル"も、筆者は本当に下手くそだと思う。メタってめちゃくちゃ難しいと思うんだよ。っていうか、そもそもメタ演出なんてのは、裏技も裏技、クリエーターが本来用いていいものではない禁じ手である。これはなぜかと言うと、まぁ色々と正確な分析はあるのだろうが、一鑑賞者として思う一番の理由は、どうでもよくなっちゃうから、である。映画は作り物なんだ。作り手は、作り物をあたかも"本物"のように見せる"詐欺師"なんだ。キャラクターが鑑賞者に語りかけたり、現実の事象に言及したりするメタフィクショナルは、詐偽の手の内を明かしてしまうことに他ならない。だったらどうなる? 我々だって、もちろん映画が"嘘"だなんてことは分かってるけど、それでも敢えて騙されに行ってるんだぜ? それがハナから「あ、これはウソなんですけど、でも、おもしろくないですか?」なんて言われても、「いや、それやったらもうなんでもありやんけ。」ってなっちゃうんだよな。

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 もちろん、メタフィクショナルを用いた過去の傑作は無数にある。でもね、一本の中でメタなギミックを連発する作品は、そう多くない。そりゃあ、ただでさえ綱渡りの裏技なんだから、それをいくつも投入された日には、もう完全に"どうでもえぇわモード"になっちゃうわけだ。前置きが長くなったが、本作はこれをやるんだよ。"ルパンは概念"ってのが既にかなりメタなのに、それとは別に実在の声優を絡めてきたり。最も酷いのは、やはりヤスオ・ルパンが映画館で『カリオストロの城』を鑑賞しているというギミックであろう。『ルパン三世のテーマ』に乗せたタイトル・バックの後、またぞろ『炎のたからもの』が流れていて、映画館の映写室でヤスオ・ルパンが寝ている。そこにハンバーガーを持った次元が入ってきて、「お前、またそれ観てるのか。」と言う。あのシーンである。

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 ルパン作品の登場人物が過去のルパン作品を観ている。これ以上のメタは無く、そして、こんなことをしてしまっては、もう全てがおじゃんである。一応、本作の世界は我々が住む現実と同じで、ルパン三世はあくまで架空のキャラクターとして世に出ており、過去に『カリ城』等のルパン作品が公開されていた。で、それを観て感化された者たちが、ルパンや次元や五ェ門や不二子になろうとして頑張っている。そんな設定なんだ。と、好意的な解釈を試みてはみた。確かに、これでも筋は通りそう。つまり、今現在の我々の中にだって、大好きなキャラのコスプレをする人はたくさんいるわけだが、それを更に押し進めていって遂には"本物"が生まれる。そんなファンタジーは十分成立する。しかし、ここで問題なのは、銭形のとっつぁんの存在である。架空のキャラクターである銭形警部に憧れた誰かがコスプレし始めて、いつしか"本物"として世間に受け入れられた。それは無理があるだろう。百歩譲って、本作の「"偽物"だって"本物"になれるんだよ?」というテーマを思い起こしたとしても、だったら、三上刑事を始めとする"世間""偽ルパン"の存在に驚くのは、どう考えても変。

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 ちなみに、ヤスオ・ルパンが繰り返して観ているという映画作品は、『カリ城』で確定と考えてよいと思う。なぜなら、先述の映画館のシーンでは、今や破れてボロボロになった『カリオストロの城』のポスターが、ワン・カットながら堂々と登場するからである。仮にヤスオが観ているのは『炎のたからもの』をメイン・テーマにした『カリ城』とは別の架空の作品なんだよ、と無理矢理考えてみても、ポスターがある時点でアウトである。

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 以上、随分ナガナガダラダラと書いてきたが、筆者には、本作が映画として誉められた作品だとはどうしても思えない。もちろん、ひとつの"ルパン作品"として、『ルパン三世』の本質と真剣に向き合っていることはうかがい知れるし、あくまでOVAの一本としてこのような分析的・実験的な作品が製作されることは、むしろ好ましく思う。しかしながら、どうにもブサイクだ。まぁ、「捨てっちまおう…。」と意気消沈するほどの駄作ではないのだろうし、多くのブログで絶賛されていたりもするので、敢えてゴート札風に言うなら"幻のニセ映画"。そんなところだろうか。

点数:62/100点
 誤解の無いように言っておくが、筆者は、本作が観る価値の無い作品だなんて言わない。コメントにて本作の感想をリクエストしてくれた方に喧嘩を売っているわけでも、もちろんない。これは筆者の持論だが、世の中には、観る価値の無い映画など、一本たりとも存在しないのである。むしろ、我々が映画に求めるものは常に"驚き"なのであるから、それがプラス方向のものでもマイナス方向のものでも、無味乾燥な予定調和を観せられるよりは百万倍マシだ。そんなわけで、本稿をお読みになってお怒りの方がもしいたら、ぜひコメントにてご意見をお聞かせ願いたい(実際、筆者は、解釈以前の事実認定の部分で何か間違っているかもしれないし。)。あなたも私も『ルパン三世』が大好きなことに変わりは無いのだから、「馴れ合いはせん!」なんて言わずに、最終的には「ほいじゃま、握手。」と洒落混みましょう。

(鑑賞日:2018.6.10)

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Mr.Alan Smithee
Posted byMr.Alan Smithee

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