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キャッチコピー
・英語版:unknown
・日本語版:愛する娘は、バケモノでした。

 お前の世界は、どっちだ?

三文あらすじ:精神を病んだ元刑事、藤島昭和(役所広司)の娘、加奈子(小松菜奈)が失踪した。自身の心の闇と戦いながら加奈子の行方を調査する藤島、その中で彼は、隠された娘の素顔を知ることになる・・・


~*~*~*~


 ひっきりなしに台風が襲来するこの頃、週末に結婚式を挙げようという男女がいる。彼らは、筆者の大学時代の盟友であるため、できれば晴天を望むのだが、まぁ、この世界は我々の思うようにはなるまい。本作『渇き。』は、深町秋生の小説『果てしなき渇き』を、『下妻物語』、『嫌われ松子の一生』、『パコと魔法の絵本』、『告白』などで知られる中島哲也監督が映画化した2014年の作品である。バイオレンスかつキッチュな中島節全開でままならぬ世界の"真の姿"を描いてみせた本作は、公開されるや否や各方面で賛否両論を巻き起こした。新郎がオススメしていたことだし、中島監督の新作ホラー『来る』ももうすぐ公開されることだし、このタイミングで初めて観てみたというわけだ。

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 全体の印象としては、もう本当に騒がしい。コテコテにアクの強いキャラクターたちがバタバタと右往左往し、様々な時代、ジャンルのミュージックがジャンジャン奏でられ、カットはパッパパッパと移ろっていく。楽しいし、テンションが上がることは否定しようもないが、常時放出されるアドレナリンが飽和を来たすため、途中から飽きがくるという意見も至極もっともだと思う。要は、"映画のテンションに緩急がない"ということだ。まぁ、だからこそ、突如として喧騒が消え去るラストの雪原シーンが逆に映える、とも言えるのだが。本作のメッセージが凝縮されたのであろう藤島の「あいつは…俺だ…。」を際立たせるため敢えてそうしたのなら、それは一定以上の効果を確かにあげているのだろう。

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 さて、筆者が思う本作のテーマを一行で言うとこうだ。

 例えどれだけ残酷で狂っていても、人は "物語 "が無ければ生きていけない。

 本作にはあからさまなモチーフとして『不思議の国のアリス』が登場する。そう、人類史上、聖書に次いで書籍としての発行部数が多いとされる物語。このモチーフが象徴するのは、一義的には本作の主人公である藤島自身であろう。もっとも、本作は、『不思議の国のアリス』を客観的に"創作物"として扱っているように思う。つまり、藤島がなぞらえられるべきは、マッドハッターやチェシャ猫ではなく、もちろんアリスでもなく、作者たるルイス・キャロルではないだろうか。キャロルもまた、藤島と同じく統合失調症を患っていたと言われる。その幻覚を反映させたのが、物理法則から話し運びから何から何まで支離滅裂なファンタジーの世界だったわけだ。

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 そして、もしかしたら、"まとも"な現実では生きづらいキャロルにとって、自らが生み出した『不思議の国のアリス』という狂った物語は、ある意味で救いだったのではないか、と筆者は妄想する。少なくとも、本作の藤島にとって、自身が生み出した加奈子という娘は、救いだ。それは、当然「子供はかけがえのない存在で…」という"現実的"な意味においてではない。藤島は、やっぱり狂った世界でしか生きていけない男なんだよな。だから、彼は、妻にも指摘されたように、我が最愛の娘が薬中だったと知って無意識にウキウキしてしまう。確かに、娘の狂気を知るにつれ、彼は「クソがっ!」と呟いて苦しむが、しかし、やはりこのキ◯ガイ男は、娘を巡る中島節炸裂のこの一連の事件の中でしか、いや、その中だからこそ"主人公"になり得るキャラクターだ。

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 このように考えると、当然、藤島の娘である加奈子がアリス、または『不思議の国のアリス』という物語自体ということになる。周囲の人間はみな無条件で虜になってしまう、しかし、その割には、特に男性を虜にするいわゆる"ファム・ファタール"には必須のはずの性的魅力がほとんど描写されない、という点からも、加奈子は具体的な人間というよりは、もっと抽象的な存在なのだと理解される。しかし、本作は、ここで更なる多重構造を提示する。すなわち、加奈子を慕う哀れな負け犬"ボク"(清水尋也)の存在である。憧れの加奈子に裏切られ、利用され、アリスのコスプレをさせられた上、金持ち男色じじぃたちの性奴隷にされてしまう"ボク"。彼は、加奈子から"アリス"とあだ名を付けられる。

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 つまり、加奈子もまた彼女にとっての『不思議の国のアリス』を欲しているんだ。まぁ、彼女の本棚にならぶ単行本の中で一際目につく『フランケンシュタイン』から推して図れば、親によって生み出されたモンスターたる加奈子は、"人間性"を求めて自らの"物語"を欲する、と考えてもいいだろう。しかし、いずれにせよ、本作は、そんな"物語中毒者"たる人間のあがきを、あるいは"物語"というものの本質を克明に暴き出す。加奈子が"ボク"に物語を求めたのは、かつて愛した緒方の死という現実に耐えられなかったからだろう(もちろん、その愛が我々の思うそれと一致しているとは言い切れないが。)。"ボク"は、緒方じゃない。空虚な偽物だが、それが分かっていても、加奈子には必要だった。

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 一方、藤島を始めとする加奈子の周囲の人物たち。彼らが追い求めた加奈子という物語は、実は既に存在しないということが、後半で明らかになる。つまり、加奈子は、本作が始まった時点で既に、自身の娘を加奈子のたぶらかしによって売春の道へと堕とされた母・東先生(中谷美紀)の手によって殺されていたのである。みなが必死になって探し、憧れ、信じていた加奈子は、実像の無い、いわゆる"空虚な中心"だったわけだ。ま、台風の目みたいなもんだな。ここでポイントなのは、東という女性が、本作ではほとんど唯一"普通のキャラクター"だという点である。もちろん、中谷美紀は浮世離れして美しいおばさんだが、東先生の属性、環境、出で立ちから演技テンションまで、他の強烈なキャラクターたちと比べれば、ずいぶんとノーマルだ。

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 つまるところ、彼女は、本作において唯一、現実社会に生きる"真っ当な人間"なのである。そして、そんな人間が、いとも簡単に物語を殺す。そういうもんなんだよ。物語は、絶対に現実には勝てない。東による加奈子殺害の事実は、この本質を如実に物語っている。ラストの雪原シーンでだって、藤島に加奈子の死体探しを強要される東は、「こんなの見つかるわけないわよ!帰して!」と極めて"合理的なヒステリー"を起こす。愛娘も今や無事に元の生活へと復帰したのであろう東にとって、もはや加奈子は、正しい現実に刹那生じた過去の歪みでしかない。しかし、藤島は違う。みなが正しいと信じて疑わない現実こそが狂っていると感じる藤島にとって、加奈子という物語こそが、自分の生きる世界だ。だから、彼は「あいつは…俺だ…。」と吐くのである。

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 さしずめ、ラストの雪原は、物語と現実の狭間にある"無地の辺獄"と言ってもいいだろう。藤島ら"狂人"たちの楽園たる狂った世界と東ら"常人"たちが住まう現実とを区切る、何色にも染まらぬ無垢な空間。もちろん、どちらが"狂っている"のかは、実は各々の主観に依って異なる。藤島からすれば雪原のあっちの世界が"正常"だが、東からすればこっちの世界こそが"正常"だ。そう考えると、この雪原がオープニングで一瞬映り、その直後にジャン・コクトーの

 ある時代が混乱して見えるのは、見るほうの精神が混乱しているからに過ぎない

という言葉が示されるのも、「さぁ、あなたには、この雪原のあっちとそっち、どっちの世界が混乱して見える?」という問いに、筆者には思える。

点数:70/100点
 全体の読後感としては、決して「大傑作!」という感じではない。しかし、"物語"を薬物同様、特定の人々には依存症を引き起こすほど不可欠な何かとして扱い、それへの欲求を中毒症状にも似た"渇望"として表現するやり口には、感銘を受けた。"物語"を武器のようなポジティブなアイテムではなく、己すらも破滅させかねない劇薬として例えているだけで、根幹では、結局『エンジェル・ウォーズ』や『ライフ・オブ・パイ』や『シェイプ・オブ・ウォーター』みたいな"物語の力を信じた作品"と言えるからだ。

 さぁ、自分は今、いったいどっちの世界にいる? 旧友の結婚式に際して台風の回避を望む"まとも"な世界か。それとも、よりにもよって"コンレイ"なる通称の台風が接近しているという笑えない皮肉を楽しむ"狂った"世界か。あるいは、新郎よ。お前が当然の現実だと信じている"結婚"という物語は、常人にとってはただ滑稽なヨタ話、かもしれないぜ。……まぁ、いいや。雨が降るか矢が降るか、はたまた幸運にもカラカラに渇いた地面を歩けるか、それは分からないが、とりあえず筆者は、二次会の司会の練習を続けるとしよう。

(鑑賞日[初]:2018.9.20)

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Mr.Alan Smithee
Posted byMr.Alan Smithee

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