[No.74] ルパン三世 ルパンVS複製人間<クローン> <98点>

ルパンvs複製人間



キャッチコピー:『ルパンVSクローン(複製人間)-世界史をぬりかえるのはどっちだ!?』

 神の”愚行”、女の”愛”、男の”夢”。

三文あらすじ:かの有名なアルセーヌ・ルパンの孫であり、狙った獲物は必ず奪う神出鬼没の大泥棒ルパン三世(声:山田康雄)が遂に死刑に処せられるが、ルパンを長年追う銭形警部(声:納谷悟朗)はその死を疑い、彼が眠る古城を訪れたところ、なんと生きたルパンに遭遇する。驚愕する銭形から華麗に逃れたルパンは、絶世の美女・峰不二子(声:増山江威子)の依頼で相棒の次元大介(声:小林清志)、石川五右エ門(声:井上真樹夫)とともに”賢者の石”を盗み出すことに成功するも、同じく石を狙う謎の男マモー(声:西村晃)に狙われることに。人智を越えたその力の前に未だかつて無い苦戦を強いられるルパンに対し、マモーは「今生きているルパンこそが“複製人間<クローン>”ではないのか」と問いかける・・・


~*~*~*~

  
 冒頭に貼り付けた予告編は海外用に吹き替えられているものではあるが、”ルパンの死に落胆した銭形が山寺の寺男になる”という本編ではカットされてしまった設定が垣間見えて非常に興味深い。本作のオープニングにおけるルパンの検死報告のシーンで、背景が何故か仏像なのはこのためである。ちなみに、本作の本来のタイトルは『ルパン三世』。劇場用作品第1弾だったのでサブタイトルは当初無く、『ルパンVS複製人間<クローン>』との副題は家庭用ビデオとして販売される際に付けられた。

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 さて、現在まで7作公開されている”劇場版ルパン三世”、すなわち、第1作『ルパンVS複製人間』、第2作『カリオストロの城』、第3作『バビロンの黄金伝説』、第4作『風魔一族の陰謀』、第5作『くたばれ!ノストラダムス』、第6作『DEAD OR ALIVE』、第7作『次元大介の墓標』(『ベネチア超特急』及び『VS名探偵コナン』はここでは除く。)の中で、筆者が最も好きなのが本作。その理由として、大きく以下の4点が挙げられる。

 まず、第一に”作画の渋さ”。まぁ、正直コレは筆者の趣味指向でしかないのだが、最近のアニメに見られるような”ツヤツヤ”した絵柄は、個人的にお気に召さない。また、マモーを始めとするゲストキャラクターのデザインにしても、最近のテレビスペシャルに見られるような、なんだかルパン三世の世界観にマッチしない”アニメアニメ”した軽薄なものではなく、大変好印象だ。

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 第二に、”原典に極めて近い人物描写”。本作では、ルパン、次元、五右エ門の単なる馴れ合いではない関係性や、ルパンと不二子の”男と女”としての関係性が、大変渋く、かつ正確に描写される。例えば、仲違いをしたにも関わらずやはりルパンの下へ向かう次元と五右エ門。道中で次元は「なんだかんだと言いながら、ルパンが心配か。腐れ縁は切れそうもねぇなぁ。」と五右エ門を茶化すのだが、これに対し五右エ門は「馬鹿を言え。ルパンを他人に殺させたくはない、それだけだ。」と言い放つ。そう、五右エ門とは、本来(1stシーズンにおいて)このようないわば”ベジータ的キャラ”だった。まぁ、原作漫画では「ルパンくん♪」と言ってうれしそうに寄って来たりもしていたのだが。

 また、カルトブックから引用するなら、『ルパン三世』を「本質的には”男と女”の物語である」と評すことができるのだが、この点、本作における峰不二子はかなり真剣にルパンを愛しており、不二子のこの気持ちにルパンがどう応えるのかというところにも大きくスポットが当てられている。

 ルパンを取り巻くこれらキャラクターたちの描写は、最近のテレビスペシャルに見られるようなお決まり、おざなりな彼らの関係とは異なるルパンの原典を強く意識したポイントであり、特に筆者を始め、アニメで言えば1stシーズンのファンである者たちの琴線に大胆に触れてくる部分であろう。

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 第三に、ルパン vs マモーという極めて”シンプルなプロット”。本作にはルパンが子守すべきガキんちょも出てこなければ、無粋な横やりを入れてくる第三勢力(銭形を除く。)も登場しない。102分を掛けてしっかりと、ルパンの華麗さ、格好良さ、渋さ、そして”ルパンとは一体何者なのか”という点を堪能できるのである。

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 最後の理由は、まさにこの”「ルパン三世」とは何か”という本作のテーマ。そう、本作はルパンという大泥棒の”アイデンティティ”を巡る物語なのである。今回はこの点を中心に若干詳述したい。

 本作におけるヴィラン、マモーは、自らを”神”と謳うルパン史上最強の敵。彼の披露した”御業”は結局ほぼトリックだったのだが、ラストでは本当に人智を越えたその正体を明かすことになる。さらに、彼の表の顔は世界有数の大金持ちハワード・ロックウッド。金にものを言わせた自慢の兵力によって、物語中盤、ルパンを完膚無きまでに敗北させる。この点が本作と他のルパン作品との大きな相違点。毎回割と簡単に敵に捕まったりするルパンではあるが、ここまで徹底的にやられることはない。

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 ルパン三世と言えば、今や誰もが知る”大泥棒”の代名詞である。俗に言う”パイロット・フィルム”での彼の紹介はこうだ。

「これぞ、ルパン三世。
 怪盗アルセーヌ・ルパンの孫。
 クールタッチのゲバルド。
 天才的アクションに生きる男。
 そのパワースケールが、世のゴキブリ野郎どもをダメージする。

 この車、ヒトラーが愛用したという往年の名車”ベンツSSK”にフェラリーV型12気筒エンジンを搭載。
 そのマキシマムスピードは300を超える。

 狙うルパン、そこには、追う者のみが知るエクスタシーがある…。

 クール、マッド、あるいはスタンダード。
 アクションシーンのTPOに応じて着こなされるスペシャルオーダーの数々。
 言うなれば”ルパンズ・ファッション”である。
 カスタムルックのパーソナリティが、ヤングメンのハートをアタックする。

 狙われるルパン、そこには、デッドラインを超える者のみが知るパセティックなフィーリングがある。

 彼は狙う。狙いは外さない。
 正確なプログラム、周到なオペレーション。
 コンピューターに挑戦する、彼の頭脳。

 …彼の辞書に、“不可能”は無い。」



 テンションが上がったので思わず全文引用してしまった。正直、車のくだりはあまり関係ないのだが、とにかく、僭越ながらそこそこの”ルパンファン”を自称する筆者が唯一手放しで絶賛する”ルパン評”、それこそがこの”パイロット・フィルム”における紹介である。そして、最も重要なのは、その末尾部分。そう、ルパンに不可能は無いのである。これが、ルパン三世というキャラクターを知る上でまず重要なポイント。

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 次に、通称”赤ルパン”と呼ばれるアニメ2ndシーズン最終回のラストシーンを飾り、本作においてもラストシーンで用いられる楽曲が、トミー・スナイダーの歌う『スーパーヒーロー』。そのサビ部分は、

 I'm A Super Hero.
(You're A Super Hero.)



の繰り返しだ。

 つまり、自他共に認める不可能を知らぬスーパーヒーローこそがルパン三世なのである。

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 このことは本作でもう1箇所強調されている。劇中登場する雑誌の記事で”スーパーマン”や”バットマン”といったいわゆるアメリカのスーパーヒーロー達とルパンが肩を組んでいるシーン。ご丁寧にスーパーヒーローの象徴であるマントまで着けている。

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 以上から、”不可能を知らぬスーパーヒーロー”こそがルパン三世であり、すなわち、それが彼の”アイデンティティ”であるということが言える。

 しかし、そんなルパン三世は、最強の敵マモーによって、ぐうの音も出ないほどコテンパンにやられてしまう。パリでのカーチェイスから砂漠をさまよい歩くシークエンスにかけては、巨大トラックの追跡を防いだと思ったらセスナからの銃撃で車を爆破されたり、やっとアジトに辿り着いたと思ったら先回りして破壊されていたり、乾ききった砂漠のただ中で水差しを見つけたと思ったら”敵さんのデモンストレーション”だったりという具合に、ルパン一味はとにかくやられっぱなしだ。

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 ”スーパーヒーロー”ルパン三世は、マモーに勝てないという”不可能”を突きつけられ、自身のアイデンティティを喪失させられたと言っていいだろう。

 少し余談だが、ルパンがコテンパンにされるこの一連のシークエンスにおいて、ルパン一味の信頼関係が崩壊し始める”アジト壊滅”のくだりは、テレビ放映の際にすべからくカットされてしまっている。その原因は、五右エ門と口論になった次元が思わず今はもう放送禁止用語になった言葉を吐いてしまうため。「ヒステリックにわめくな、このキ○ガイ!」がそれだ。まぁ、今のご時世、カットも致し方ないとは思うのだが、それにしてもこのくだりは、マモーによる”仲間との信頼関係の破壊”を描くことで、ルパンが物理的にだけでなく心理的にもコテンパンにやられることが強調される重要なシークエンスなのだから、これを切ってしまうと本作の完成度が大きく下がってしまう。ルパンファンとしては、若干パセティックなフィーリングを抱かざるを得ない部分だ。

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 さぁ、最強の敵マモーに完全敗北を喫した我らがルパン三世。不二子を連れ去られた彼が再びマモーに戦いを挑まんと立ち上がるシークエンスこそが、本作、いや、全てのルパン作品の中でも最高のシークエンス。

 アジトで休むルパン、次元、そして不二子。そこに突如マモーが現れる。空中に浮かび、アジトの一室を異次元のように変貌させ、操った不二子を連れ空に消えるマモー。「この場で掛け値なしの天変地異でも見せてもらおうじゃないのよー!」というルパンの遠吠えに対し、直後大地震が発生する。まさに”神の御業”。完全に戦意を喪失した次元は、アジト崩壊跡で何やら作業中のルパンに対し「出ようぜ、もう懲り懲りだ。マモーのやったことは夢でも幻でもねぇ。こればっかりはお前も認めるしかないだろう。」と諦めモード。しかし、マモーの行いの仕組みを科学的に説明し始めるルパン。

 「ルパン!理屈だ!てめぇの言ってることは何もかもだ!」

と語気を荒げる次元にもルパンは動じない。彼は、再びマモーの本拠地に乗り込む意志を表明するのである。「馬鹿言え!俺は行かねぇぞ!今度という今度は、絶対に行かねぇぞ!」と頑なな次元は、「うぬぼれもいい加減にしやがれ!」とルパンを叱責する。「来ねぇのか?」とルパン。「あぁ、行かねぇ。」と吐き捨てる次元の意志は固い。諦めたルパンは、

 「いいよ、信心深い奴には向かねぇ仕事だ。」

と背を向け歩き出す。その刹那、崩れかけのバーカウンターから立ち上がる次元。彼のマグナムが火を噴き、正確に放たれた銃弾は、ルパンの足下の空き缶を直撃。その歩みを止める。

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「行くなぁ!ルパン!」


 渋い!馴れ合いではもちろんないが、原作では”ルパン帝国で共に育った幼なじみ”という設定の回があるほど、次元とルパンの絆は強い。『カリオストロの城』のレビューでも書いたが、やはり彼らは相棒の中の相棒、”ザ・パートナー”である。そんな次元の叫びに対し、ルパンが史上最高の名言を吐く。

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「俺は夢ぇ、盗まれたからな。取り返しにいかにゃ。」


 感無量。この渋い台詞が持つパワースケールに、筆者のようなゴキブリ野郎は完全にダメージされてしまった。そして、次元は問う。

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「“夢”ってのは、女のことか。」


 これもまた渋い!ルパンは振り向き、表情を緩める。そして…

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「実際クラシックだよ、お前って奴ぁ。」


 もはや今生に悔いは無し。究極に最高にこれ以上ないほど渋いやり取りだ!こんな文句の付けようも無いシークエンスを解説しようとする筆者が野暮なゴキブリ野郎であることはもはや疑いようもないが、それでもやはり書かせて欲しい。そこには、レビューを書く者だけが知るエクスタシーがあるからだ。

 まず、ルパンが次元を評して言った”クラシック”。これは、冒頭で繰り広げられたエジプトでのシークエンスが前フリになっている。ピラミッドの中をオートバイに2ケツして逃走するルパンと次元。風で飛ばれそうになった帽子を慌てて被り直す次元をルパンが茶化す。「お前さんもしっかり“クラシック”だねぇ。いい加減その帽子脱いだらどうよぉ。」これに対する次元の「馬鹿言え。昔っからのトレードマークを、簡単に変えられるか!」という返答が粋だ。

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 そんな冒頭のやり取りを踏まえての、先ほどの”クラシック”発言。ここでルパンが言いたいのは次元の考えは“古い”ということである。さらに、冒頭でルパンは、“クラシック”な次元の帽子に対して「脱いだらどうよ」と発言しているため、“クラシック”という言葉を決して肯定的な意味合いで使ってはいないことが分かる。つまり、ルパンは、次元に“クラシック”と返答することで、女を救うためだけに決死の戦いを繰り広げるというトラディショナルなヒーロー像を否定したわけであり、より端的に言えば、ルパンがマモーに戦いを挑むのは、峰不二子だけが理由ではない、ということになる。これをエジプトでの発言に引っかけて、ルパンは表現したのである。オシャレだなぁ。彼のTPOに応じた言葉のチョイスに、ヤングメンのハートは完全にアタックされるだろう。

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 では、ルパンが言う”夢”とは、一体何だろうか。次元の言った”女”、すなわち峰不二子のことではない。その答えこそ、筆者が今回長々と書いてきた”ルパンのアイデンティティ”なのである。

 ルパンが彼のアイデンティティ、すなわち”不可能を知らぬスーパーヒーロー”足ることをマモーによって踏みにじられたという点については、既に述べた。そして、このことがルパンの”盗まれた夢”であるという決定的なヒントは、マモーが彼の深層心理を暴き出すシークエンスで垣間見える。物語中盤、ルパンはマモーのアジトで捕らえられ、怪しげな機械で潜在意識を探られる。そこにあるのは、不二子を始めとする女性の裸体、銭形のとっつぁん、ワタパチみたいなお菓子(オレンジ味)など、極めて低俗で下劣なイメージばかり。これに気をよくし、一足飛びにルパンの意識の最深部へと迫るマモー。しかし、そこで彼が見たものは…

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「何と言うことだ!ルパンは”夢”を見ない!空間!虚無!それは白痴の、あるいは神の意識に他ならない!」


 このマモーの驚きから分かるのは、ルパンは通常人なら誰もが意識の最深部に有しているはずの”夢”を持っていないということ、そして、そのような意識は”白痴”もしくは”神”の意識であるということだ。とはいえ、ルパンが白痴でないことは明白だろう。したがって、彼は”神”ということになる。しかし、これはあくまでもマモーの表現。数万年という悠久の時を生き、自らを“神”と称するマモーにとって、ルパンの持つ”常人を超えた意識”は”神”のそれと映ったのだと考えられる。他の表現に引きなおすとどうなるだろう。そう、”常人を超えた”=”超人”、すなわちルパンが有するのは”スーパーヒーローの意識”と言えるのではないだろうか。

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 人が潜在意識で見る”夢”とは、その人の潜在的な欲望であり願望だ。そして、願いの全てを自ら叶える力を持つ者こそが”スーパーヒーロー”。よって、スーパーヒーローは夢を見ないし、夢を見ない者はスーパーヒーローである。加えて、ルパンはそんな”スーパーヒーロー”としての自分自身に満足し誇りを持っているということを考慮すると、”ルパンは夢を見ない”ということは、”夢を見ないことこそがルパンの夢”と言い換えることができる。ところが、ルパンはマモーによって不可能を突きつけられ、もはや”スーパーヒーロー”であることを喪失、あるいは少なくとも自らの存在に対する疑問を抱くようになってしまう。潜在意識を探られた時、ルパンはまだ”夢”を見ていなかったが、あのままマモーに勝てなければ、きっと”マモーに勝利するという夢”を見ることになっていたはずだ。したがって、ルパンは”スーパーヒーローであること”=”夢を見ないという夢”をマモーによって盗まれた、ということになる。つまり、ルパンが言う”盗まれた夢”とは”スーパーヒーローとしてのルパン三世自身”を意味しているのである。

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 そして、このように考えると、サブタイトルの『ルパンVS複製人間<クローン>』が決して一義的なフレーズでないことに気付くだろう。何体もの自身のクローンを生み出すことで悠久の時を生きてきたマモーとルパンの対決、というのが1つ目の意義。さらに、ルパンによるアイデンティティの回復、あるいは確認、すなわちルパンと彼自身の“クローン”との戦い、というのがもう1つの意義だ。

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 また、ラストシーンで『スーパーヒーロー』の軽快かつクールなメロディを突如ぶち壊すあの間抜けな楽曲『ルパン音頭』の使用にも、極めて明快なメッセージを読み取ることができる。曲が切り替わる瞬間を抜き出すとこうだ。

 「I'm A Super Hero~♪」「お~れ~はル~パン~だ~ぞ~♪」



 終始次元や五右エ門から非難されていた”女のため”ではなく、自らが”ルパン三世”であるために最強の敵と対峙するルパン。素晴らしすぎる。劇場公開第1作目にしてここまで”ルパン三世”を深く掘り下げたストーリーには、完膚なきまでに感服だ。

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 なお、本作では”大国アメリカ”もかなりフィーチャーされており、既に言及した”ルパンがアメリカンヒーローと肩を組む雑誌記事”や”極めて日本的な『ルパン音頭』”などは、その辺に対するメッセージ性も併せ持っていると思われるのだが、長くなりすぎたし、このような政治的テーマはあまりワクワクしないので今回は割愛する。

点数:98/100点
 そもそも『ルパン三世』は、毎話毎話全く趣向の異なるストーリーが繰り広げられる作品である。しかし、根底にあるのは、女、暴力、ロマンといった”男の美学”。その体現者こそがルパンだ。原作の持つ雰囲気そのままに、シンプルなプロットで“ルパン三世”というキャラクターの描写に特化した本作は、やはり”ルパン史上最高傑作”と呼ぶに相応しい。本作のどこか前衛的で観客を置いてけぼりにするかのような雰囲気に拒否反応を示す人もいるようだが、そんな人はとりあえず筆者が今回書いた解釈(論理が散り散りかつ一貫しないもので大変恐縮ではあるが。)を叩き台にして、もう1度じっくり鑑賞してみて欲しい。そして、解釈の相違こそあれ、筆者と同じように本作を傑作と考えるに至ったなら、一緒に”ルパン好きのみが知るエクスタシー”を感じようではないか。

<おまけⅠ>
 ルパン三世アニメ放映開始40周年記念、連続テレビアニメシリーズとしては実に27年ぶりとなる期待の新シリーズ『LUPIN the THIRD ~峰不二子という女~』。現時点でまだ2話までしか放送されていないのだが、これは非常に素晴らしい!正直脚本は若干お粗末と言わざるを得ないし、オープニングが何だかおかしな(桃井かおりチックな)雰囲気ではあるものの、原作漫画に限りなく近いビジュアルイメージと随所に散りばめられた旧アニメシリーズに対するオマージュは、ルパンファンにとってこの上ない出来映え!是非ご覧頂きたい秀作である。



<おまけⅡ>
 それから、上記『峰不二子という女』、劇場公開作品『次元大介の墓標』を経て、『ルパン三世 PARTⅢ』から実に30年ぶりにスタートしたルパン三世主役の新TVシリーズ。原典に極めて近い作画やキャラクター描写を踏襲しつつ、ルパン史上初となる“青ジャケット”を採用したり、(ほぼ)全編をイタリアで展開するなどの新規性も取り入れた秀逸なシリーズである。正直、ラスボスであるレオナルド・ダ・ヴィンチがピンと来なかったこともあって、最終章はイマイチだなぁと個人的には思ったのだが、そこに至る過程での一話完結ストーリーがめちゃくちゃに秀逸。特に、次元だったり五右エ門だったり銭形だったりというサブ・キャラクターを主軸に置いたエピソードの完成度が抜群に高い。ルパンファンは当然既に鑑賞しているかと思うが、そうでない方々にもぜひ観ていただき、“青ルパン”の虜になってもらいたい名作である。



(鑑賞日:A long time ago...)

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