[No.76] モリス・レスモアの不思議な空飛ぶ本(The Fantastic Flying Books of Mr. Morris Lessmore) <78点>

The Fantastic Flying Books of Mr. Morris Lessmore

キャッチコピー:unknown

 全ての読書家に捧ぐ。

三文あらすじ:とある街で絵本を書く青年モリス・レスモア(Mr. Morris Lessmore)は、ある日突然街を襲ったハリケーンに絵本の”文字”を吹き飛ばされ、失意に暮れる。当てもなく歩き出した彼は、幾冊もの不思議な空飛ぶ本(The Fantastic Flying Books)に遭遇。その中の一冊に案内され彼が辿り着いたのは、沢山の本たちが暮らす洋館だった・・・

<本編(15分6秒)>



~*~*~*~

 
 第84回アカデミー賞において見事短編アニメーション賞を受賞したまさに”珠玉のファンタジー”。まるで一冊の絵本かのような心温まるショートフィルムだ。特に素晴らしいのは、以下の2点。

 まず、ビジュアル面の素晴らしさ。冒頭、突然襲い来るハリケーンのシークエンスは、空中で自転車を必死に漕ぐ人や回転する一軒家の上を走る主人公など、アニメならではの描写が非常におもしろい。あまりの強風で絵本の文字がバラバラと飛ばされていくのも極めてユニークだ。荒涼たる白黒の世界をトボトボと歩くモリス・レスモアが空を飛ぶ女性と出会った瞬間、鮮やかに色づいていく世界も大変美しい。本たちが暮らす洋館に着いてからは、非常に生き生きとした本の日常の描写で楽しませてくれる。アルファベットのシリアルを朝食に食べ、外出の際にはブックカバーを着用するなど、人間の生活を本に置き換えたアイデアの数々がユニーク。特に、オンボロの本、すなわち”老本”の蘇生のためオペを試みるシーンは極めて斬新だ。

 次に、本作が持つ寓話性の素晴らしさ。執筆中の絵本の文字を飛ばされたモリス・レスモアは創作意欲を失ってしまうのだが、これは”災害”で大事なものを失った全ての人が負う”心の傷”のメタファーとして捉えることができる。このことの表現として、ハリケーン通過後の荒れ果てた街では、風景を始め悲しみに暮れる人々まで全てが”白黒”だ。無慈悲な災害は、街や人々から”希望”、すなわち”心の彩り”を奪っていったと言える。

 そんな白黒世界は、空飛ぶ女性との出会いで急速に色づき始める。そして、モリス・レスモア自身も本たちが暮らす洋館に辿り着いた時、彩りを取り戻す。また、洋館を訪れ、レスモアが各自のためにチョイスした本を借りた被災者の人々も、次々に元通りの色彩を帯びていくのである。この”人々が活気づく様をモノクロからカラーへの変化で表現する”という手法で有名なのは、ゲイリー・ロスが監督した98年の映画『カラー・オブ・ハート』だろう。同作では、トビー・マグワイヤ演じるデイビッドとリース・ウィザースプーン演じるジェニファーという双子の高校生が、白黒テレビドラマ『プレザントヴィル』の健全で完璧だが反面非常に退屈な世界に入り込んでしまい、彼らが持ち込んだ価値観に看過され生きる喜びを知ったその世界の住人たちが次々とカラーになっていく、という演出が用いられていた。

 彩りを取り戻したレスモアは、本たちと共に洋館で暮らし始めるが、まだ彼は創作意欲を取り戻してはいない。彼が再びペンを取るのは、老本を蘇生させた後だ。老本のオペシーンで重要なのは、”誰かに読んでもらう”ということが本にとっての命である、ということ。そのことに気付いたレスモアは、全てが鮮やかに色づいた世界で未だ唯一白黒のままだった”文字を飛ばされた絵本”を手に取る。そして、彼が筆を進める度、今まで白紙のままで誰からも読んでもらう可能性が無かったその本は、色を取り戻していくのである。

 老本の蘇生、傷ついた人たちへの本の貸し出し、さらにこの自分の絵本に再び命を吹き込むシーンなど、洋館に来てからのレスモアは度々人助けをする。そして、そのことが自分自身の心の治癒にもなっているのだ。ここから読み取ることが出来るのは”傷ついた心は他の傷ついた心を救うことで救われる”という極めてポジティブなメッセージではないだろうか。いわば”正のスパイラル”。

 徐々に昔のような”心の彩り”を取り戻しながら、日々執筆するレスモア。遂に絵本が完成する頃、彼は既におじいさんになっている。ゆっくりと席を立ち、洋館を後にするレスモアを本たちが取り囲み、彼は急速に若返っていく。そして、幾冊かの本たちに連れられ空へと旅立っていくのだ。冒頭で登場したあの”空飛ぶ女性”と同じ!レスモアを洋館へ導き、彼を救済したハンプティ・ダンプティの本を持っていた女性である。今やすっかり立ち直ったレスモアは、彼女と同じように空へ消え、後にはレスモアが書いたあの絵本が。そして”白黒の”女の子が洋館を訪れ、レスモアの絵本が彼女の腕に止まる…。レスモアはあの女性の本に救われ、今度はレスモアの本が女の子を救う。やはり、本作のテーマは”助け合いの連鎖”なのである。

 未曾有の大震災、不況など様々な問題に苦しみ、悲しみ、殺伐とする昨今の日本。本作は、そんな時代にこそ、心の彩りを忘れず互いに助け合う気持ちが大切だということを教えてくれる。

 ところで、最後に老人となったレスモアが本たちに取り囲まれて若返り、空へ飛び立つシーンだが、これはやはり”レスモアの死”を表しているのだろうか。もちろん、映画の解釈は観る者によって様々だし、特に本作のような台詞の無いファンタジーでは、1シーン1シーンを如何様にも解釈できるような作りになっている。とはいえ、絵本を書き終わった老レスモアのあの少し切なげな表情や戸口でふり返り本たちに向ける視線、そして彼を見送る本たちの厳かな雰囲気などを見るに、”若返り”と”飛翔”は、彼が天国へと旅立っていったことを表しているのだと感じられる。

 まぁ”そんなの観たら分かるよ”と言われればそれまでなのだが、なんせかなりアニメチックなデフォルメを多用したアニメだし、レスモアが執筆を再開してからおじいさんになるまでが早かったので、心象風景の描写とかなのかなぁと筆者は一瞬思ってしまった。とにかく、映画のラストでレスモアはその生涯を終えたという解釈をするなら、彼はあの洋館で余生を懸けて絵本を書いていたということになる。その内容は、1ページ目に彼自身が描かれていたことから”レスモアの自伝”だろう。彼の人生があの少女を救うのだ。

 しかし、そうすると、今度はレスモアを救ってくれたあの女性の正体が気になってくる。彼女もレスモアと同じようにあの洋館で生涯を終え、そこで書き上げた絵本がレスモアを導いたあの絵本であるということは、本作の展開から合理的に推測されるところ。そして、レスモアを導いたあの本に描かれていたのは…そう、ハンプティ・ダンプティだ。筆者は、あの女性こそが”おとぎ話の母”マザー・グースではないかと睨んでいる。

点数:78/100点
 素晴らしい。間違いなく誰にでも強くオススメ出来る秀作だ。特に、社会の荒波に揉まれ、心がなんだかモノトーン気味の方、必見である。

(鑑賞日[初]:2012.4.19)

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Comment

  • limited607h
  • URL

序盤で印象的だった場面は、災害の中でも本に執着していたこと、言葉・文字を失ってから男は色を失ったこと、災害直後の世界で廃材は少なく白紙の散在が多かったことでした。
終盤では帽子・ステッキ・本が表紙の一冊の本の完成と共に数冊の本を連れ立って男が空に旅立つという場面が好きです。
一冊の本には一つの人生があり、一つの人生には多くの本がある。本ないしその背景にある多くの人生と出会うことで、人生は彩られていく。そういったメッセージを本作品から感じました。
限られた時間の中で素敵な15分を過せて良かったです。

  • Mr.Alan Smithee
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Re:

時間は有限です。桜は散ってしまいました。
レスモアのように生涯を掛けて取り組むわけにもいきません。
あとちょっと、頑張りましょう!

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